『■■■■』(2)
アーリデイズ学園の講義室にて、ダンジョン実習の予約は諦めた火神浩一は、最近名前を聞いた武具の説明を聞いていた。
『基本的に、遭遇することは稀だが、『魔力殺し』と呼ばれる武具や
とはいえほとんどまともには聞いていない。浩一は魔力を使わない。使えない。だから気にしていない。
頭の中では、久しぶりに自身の流派の道場に向かうべきかなんて呑気に考えている。
(いや、その前に代刀の弁償をドイルにしなきゃならんが……)
『
このクラスの武具ともなればAランクに到達できない戦士たちが終生使える品になる。
つまり、一生を遊んで暮らせるとまでは言わないが、居住用シェルターに一戸建てぐらいは買える値段となるわけだ。
(まずいな……全然足りないぞ)
銭ゲバ武器商人であるドイルに会えば、代刀の代金として財産を根こそぎ奪われる危険性がある。
浩一はウィンドウから公共料金などを呼び出し、昨日の探索で得た学内通貨を電気ガス水道会社などに振り込んでいく。
――念の為だ。
ドイルとは浩一の手に余る金額での話をしたことがない以上、警戒するに越したことはない。
もちろん誠意は見せる。ドイルとのつながりは浩一の今後には必要なコネだ。維持しなくてはならない。
(武具購入用の資金に手をつけるか)
憂鬱な気分になりながら浩一は残高を確認した。
浩一が最初に飛燕を手に入れてから武具の一切を購入せず、いつかSランクのモンスターすら倒せる武器に出会った時のためにずっと溜め込んできた金だ。
それでも、その金額は少ない。浩一が血と汗を流して貯めてきた金ですら、雲霞緑青の価格には届かない。
(分割払いならなんとかなるか? ドイルは許してくれるだろうか?)
これでミキサージャブ用の武器を買う選択肢もなくなったな、なんて浩一は考える。
これからはどうあってもEランクの刀である飛燕一本で進まなければならないのだ。
(
浩一には自分に
長年実戦で鍛え上げ、殺害の手管に手慣れたと思っていた。Sランクにも自身の技量ならば通用すると思い上がっていた。
(だが存外、俺の技術には穴があり過ぎたな)
武具だなんだというのは後の話だ。
まず己の底上げが必要だ。それをやっている間に武器などもころりと手のひらに転がってくるかもしれない。
(オーラ系の技術を覚えればもう少し戦闘が楽になりそうだが……オーラ技能の取得許可はAランクからだ)
しかし浩一がAランクをとるのは難しい。
肉体改造をしていないために、体内のオーラ生産量が増えていないためだ。
これもまた、無改造である
(他にも手段はあるはずだ。そう、手詰まりにはまだ早い。まだ俺は何もしていない)
とにかく鍛練の時間を増やす。
だが勉学の時間は削ってはならない。
真面目、不真面目の問題ではなく、この学園でとっている授業は全て戦闘に関わるものである。
刀剣で敵わない敵への対処法。効率的なモンスターの殺害方法。自身やパーティーメンバーが行使可能なスキルの情報。他にもスロット、色属性、ハルイド教、戦場の歴史から知る戦略戦術、人類の倫理問題から発生した事故事件……
加えていえば、バイトの時間も削れない以上。食事の時間や趣味ともいえない趣味などの時間を削っていくしかないのだが……。
(俺に趣味はほとんどないしな。移動時間短縮用に車かバイクでも買うか? だがそれには武具用の金を使うしかないが。違う、駄目だ。金はドイルに払う。頭がこんがらがってやがる。根本的に煮詰まっているな。そもそもいかに時間があろうが、越えられるのか俺に?)
頬杖を突き平静を装いながらも浩一の内心はパニックになっている。焦っている。追い詰められている。
――
(Sランクを殺せる怪物
「おぉい、浩一ぃ」
小声で話しかけられて浩一の思考が止まる。
隣に男子生徒が座ったのだ。だらしない格好に無造作に刈り上げた金髪、情報屋もやっている浩一の友人。ヨシュア・シリウシズムだ。
「おいおい、ビッグニュースだぞ。聞いたか?」
「何をだ?」
「ついさっきの話だよ。十九と二十の学年主席がダンジョン実習で殺されたって」
情報が早い。浩一は微かに目を見開き、驚きを表現する。そして、これがヨシュアの取り柄だったと思い出す。
ヨシュアの所属を詳しく聞いたことはなかったが、学生が任されているアーリデイズ学園の報道部の末席に籍を置いていたはずだ。
浩一の知らない情報ルートをいくつも持っているのだろう。
「聞いたというか。知ってる。見てたからな」
ほぅ、と正確な情報が手に入ると目を光らせるヨシュア。
周囲を素早く目配せして、自分たちに注目している者がいないか確認した。
だがそんなヨシュアですら、、浩一がその後に続けた言葉には驚愕を隠せない。
「で、例の黒いミノタウロスと戦って、代刀を折られた。最悪借金コース。鬱になりそうだ」
弁償額を考え、机に突っ伏す浩一。友人と話したせいで弱気が持ち上がってきたのだ。
「は? はぁ? え、って、嘘だろおい!? お前がSランクと!?」
だがそんな浩一よりもヨシュアは浩一の発言に気を取られている。
だから講義中にも関わらず、
講義室中の視線がヨシュアに向けられていた。
『なにか講義に不審な点があったかな? シリウシズム君? 再三私の授業を邪魔する君だが、教師に喧嘩を売るのが趣味なのかね?』
す、すんませんとヨシュアは慌てて頭を下げる。
浩一は既に他人の振りをしている。というか、周りと同じように不審な顔でヨシュアを見る演技をするだけだ。
ヨシュアは、なんでもないっス、と冷や汗をだらだら流しながら半笑いで済ませようとするも教師は不機嫌さを隠そうともしない。
助けを求めるようにヨシュアは浩一を見るが、浩一はどこまでも他人のふりをしていた。
『そうか。ならばシリウシズム君。今、私が解説していた項目の問題点とその対処法を前衛後衛別に簡潔にまとめてみなさい』
当然今来たばかりで講義なんぞカケラも聴いていないヨシュアはあー、あー、と言葉にならない台詞を吐き続けた。
浩一も流石に哀れだとは思ったのだろう。PADを操作し教師に見えないようにウィンドウを展開すれば、ヨシュアの表情は
いくら浩一が悩もうとも普段通りで、態度の変わらない友人に、どことなく浩一は機嫌が良くなる。
底抜けに明るく、自身がピンチとなれば恥も外聞もなく周囲に助けを求める騒がしい男。それがヨシュア・シリウシズムだった。
◇◆◇◆◇
時間と場所が変わる。昨日と同じく中庭に浩一とヨシュアの二人はいた。
そこはシェルターの区画のどこにでもある緑のあふれる緑化スペースの一つだ。
どことなく落ち着いた雰囲気の好まれる場所だが、ここは
傍に神術の鍛錬に使われる修練場があるため、空気中に修練場から漂ってきた治癒の魔力が混ざっているからだ。
そのせいか戦士風の男子学生や騎士甲冑の女子生徒が治療費をケチるためか、浩一たちから離れた位置にあるベンチに座りのんびりしている姿を見ることもできる。
「で、見てたって、現場に居たん? 昨日あれだけ注意したべさ?」
「ま、な。ちょっと驕ってた。だが、生き残れたんだ。気にするな。あと語尾が変だぞ。どうでもいいが」
夕焼けの赤い光が公園に差し込んできている。シェルター内部の気温が調整され、夕方
結局、二人は講義中には話せなかったことをこの場で話していた。
特に周囲で聞き耳を立てている者もいないため、浩一の口も軽い。
学内を監視する機械の耳には届いているだろうが、教師陣には既に知られている事実であろうから情報を留める意味もない。
「別に浩一の生死ごときで俺は動揺しないけどなー。って、ウソウソめっちゃ心配してましたよ。ご飯三杯も食べれなかったし、二杯しか食べなかったし」
薄情なのか、正直なのか。だが浩一は気にしなかった。
昨日昼食を共にした友人が死んだと聞かされても、
ヨシュアの冗談めかした対応は正しい心の在り様とも言えた。
(それを言うなら俺だってそうだ……)
浩一自身、この友人が死んだとしても、動揺はするだろうが、驚くほどのショックを受けるとは思わなかった。
このご時世だ。学生とはいえ、学園所属の学生が
「ヨシュア、お前が満腹になろうが空腹に苛まれ様が俺には関係ないけどな。で、だ。何か聞きたいことがあるのか?」
「あー。詳しい情報ヨロ。とにかく情報が錯綜してるから見たままよろしく」
Sランクを一日に二人も失ったアーリデイズ学園。
元々が層の厚い学園のため人材が欠乏することはないが、連日の高ランク死亡者の発生だ。教師達の青ざめる顔は簡単に想像できた。
とはいえ、だ。
ヨシュアたちにとって現在進行形のスクープでも、浩一にとっては
「まぁ、いいけどな」
昨日の借りもあるし、こうして情報をくれてやればなんだかんだと今後もいろいろな情報をヨシュアは友人価格でくれるだろう。
浩一は、そんな下心も含めて情報を包み隠さずくれてやることにする。
「今日のダンジョン実習のときだな。時間は午後三時から四時ぐらいだったか。地下二十階層で賞金首のモンスター、巨体の黒いミノタウロス、ミキサージャブに遭遇した。場所は二十一階層への階段の傍の通路。あとで位置ログ送る。で、ミキサージャブの装備は戦斧一本。なぜか恐慌状態だったクラン『
ほうほう、というヨシュアと比べ、語る浩一の顔はつまらなそうだった。
「で、だ。残りの二人『青の癒し手』のリフィヌス、『百魔絢爛』の戦霊院が殺されるって時に、見てただけの俺が戦闘意欲を抑えきれなくて突っ込んでその間に二人が撤退。俺も戦ってみたが全然駄目だったな。腕も刀も壊された。で、詰まれて殺されるって時に『百魔絢爛』が高速機動用の魔法で撤退を支援してくれて撤退。あとは逃げ切って『青の癒し手』に医務室で治療してもらって終わりだ。ああ、ちなみに情報流すなら俺の名前は匿名で頼む」
はぁぁ、と感心したようにヨシュアの口から感嘆のため息が
火神浩一、この男が嘘を付かないことはよく知っているが、中々に壮絶な話だ。
「よくSランクが死ぬような相手によく生き残れたな。お前」
「戦闘は
「ふーん、なるほどなぁ。って、あれ、雪ちゃんは? ま、まさか!?」
「母親が倒れたとかで実家に帰ってるだけだ。心配しなくても大丈夫だぞ」
「な、なんだ。よかったなぁ」
胸をなで下ろすヨシュアに対し、浩一は女相手には優しいな、と呆れながら話を続けていく。
「とりあえず俺が把握してるのはこれぐらいだが、他に聞きたいことあるか?」
「あ、と。そうだな。特にはない。これで十分だ。あともうちょっとデータ的な意味で詳細な情報が欲しい。提出用のレポートの一つぐらいは作成してるんだろ?」
まぁな、と呟きながら浩一は先ほどの講義中に作成した文書ファイルをPADを操作しヨシュアへと送る。
浩一がここまでするのはヨシュアへの義理立てもあるが、下心も存在していた。
こうやって与えた情報をヨシュアがあちこちに広めてくれればその分ミキサージャブに挑もうとする者は減るだろう。
――主席が敗れたのだ。
今後、ダンジョンが再開放され、ミキサージャブの懸賞金が跳ね上がったとしても、あまりにも大きいリスクに他の学生は尻込みしてくれるはずだ。
この情報が時間を稼いでくれれば、その間に浩一が1%でも勝機を得られれば、それで浩一はまた挑むことができる。
「うひひ、サンクス~、イェハー」
気楽に言うヨシュアに呆れながらも浩一は立ち上がる。
漂う治癒の魔力が薄くなっていた。
話している間に夕闇は終わり、半透明のドームから月明かりが降りてくる。
街灯が周囲を照らすようになれば刀を取りにいく、という時間でもなくなっていた。
「ああ、そうだ。情報料代わりだ。今から飯ぐらい奢ってくれ」
「おう、いいぜー。どこに行く?」
「お前の奢りだしな。高いところで頼む」
「やだよ! 馬鹿! 変態!!」
「誰が変態だ! てめぇ!!」
「うひゃー!! えっちー!!」
激しい戦闘があった。
身体も心も疲れ切っている。
将来への不安もある。
だが胸の奥は未だ熱く、戦意は衰えていない。
それだけに満足し、浩一は逃げるヨシュアを追いかけながら、食事代の節約に成功するのだった。
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