それはきっと恋にも似て(2)
儀式のようなやり取りが終わった学園の医務室で
那岐の言う
「火神浩一。スロットを入れず、身体の改造もせず、強力な色属性を持たず、四鳳八院に血縁もいない。かつての名門、相原流の教えを受け、そのコネでアーリデイズ学園に推薦枠で入学。戦技ランク、公式ランクはともにB+。座学の成績のみ上の下。周囲の評価は変人。
詰問するような那岐の口調。だが、声色、抑揚、生来の
だが、好意的な感情の全ては切り捨てる。
四鳳八院の命を救ったのだ。
「そう、だな。ああ、ああ、その通りだよ……俺は、ある理由からスロットも改造もできない……だから、弱い」
「そういうことを聞いてんじゃないわよ。だから、おかしいのよ貴方。私達はね。どうして、こんな低性能で。こんな低ランクで生き残れたのかって聞いてんの。回避特化のスキル詰め込んだスロットを二枚入れてるわけでもないんでしょ?」
とんとん、と自分の頭を指で叩く那岐。その指の先には頭蓋に収められた
それは人工スキルである『スロット』を収める場所だ。
アリシアスが優しげな声色で那岐の後を次いで浩一に問う。
「スロットは脳に埋め込むことで、人工的に強力な魔法、技能を付与するものですわ。
アリシアスの言葉には詰問の気配はない。むしろ感心を多分に含んでいた。
戦技のランクは総合力だ。
耐久、魔力、気力、撃力、技量、速度、運勢という七種類の身体能力、所持技能、行使可能魔法、神術、色属性に加え、戦闘経験などの、その者の持つ力を正確に計測したうえで与えられる。
だから、BランクではAランクには通常どうやっても勝てない。
それは攻撃力、という現実的に曖昧な
また、他の各々の単位も同じように様々な観点からランクを与えられる。
BはどうやってもAに到達することはできないし。AがSに勝ることもない。
当然、それらには状況判断力も含まれている。
戦技ランクS与えられたモンスターには、それを発揮する能力を当然持っている。
Q:百人の戦技ランクB+の学生が一対一でSランクオーバーのモンスターに真正面から挑んだ際、十秒以上生き残れる学生は何人いるでしょうか?
A:0人
二〇八八年アーリデイズ学園初等部入学試験問題(配点三点)
思考実験ではない。現実としてデータが残っている。
この都市がここまで発展する間に、人類はモンスターに幾度も絶望的な闘いを挑まされた。
そうして、何千、何万という人間が都市の礎となってきた。
その統計を前提として、ランク制度は機能しているのだ。だから那岐にも、アリシアスにも、浩一がどうやって生き残ったのかが見当もつかない。
もちろん浩一が何をしたのかはPADや雲霞緑青の柄の内部に記録された戦闘記録を調べればわかる。
二人は八院だ。浩一の所属するアーリデイズ学園側に要請すれば今回の件に対処している教師たちを通して浩一の戦闘記録を入手することは容易だった。
そういった手段を今回使わなかったのは、二人は浩一に恩義があったからだ。
「ねぇ、浩一。教えなさいよ」
問いに、浩一は答える気になれなかった。
秘密もトリックも何もない。浩一にとって今回のことは生き残っただけだったからだ。
痛撃を与えたわけでもない。恐怖も与えていない。
――何もしていない。恥しかない。そんなことを吹聴して得意げな顔をしたくない。
顔をしかめてしまった浩一を見て、那岐とアリシアスは顔を見合わせた。浩一が生き残ったのは浩一が持つ秘匿技能である可能性に思い当たったからだ。
だから、浩一が黙って待っている二人を見て渋々答えたときに、それは違うな、と二人は思った。
「別に、俺は、特別なことはしていない」
ただでさえ気力が弱っているときに、敗北した戦いの詳細など語りたくはない、という気分なのだろう。浩一の言葉にはうんざりした色が混じっている。
那岐はそこに踏み込む。自分も負けたのだ。次に繋げるためにも、情報を持ち帰りたかった。
「嘘ね。言いふらしたりしないから話してよ。こっちもなにか欲しい情報あったら渡すから、ね?」
「そりゃ魅力的だが……隠すようなことはしていない。とても単純なことだぞ。よく相手の動きを見て、多少大げさに避けただけ。だが、奴は学習した。俺の動きを見抜き、直ぐに詰まされて、殺されるところだった。それだけだ。本当にそれだけだ」
深い溜息に、那岐とアリシアスは顔を見合わせるしかなかった。
嘘か誠かは置いておいて、浩一は心底からそう思っている。
「浩一様は、自身がとても稀で貴重な実績を残したことを理解すべきですわね」
「いや、稀だろうが貴重だろうが負けは負けだ。それに、あんなもの、
それができずに死んだ人間が何人いると思っている、という言葉を那岐は口の中で留めた。
先程から感じている違和感の正体に那岐はたどり着いていた。
不遜どころではない。挑んだ際も浩一なりに勝機があったから挑んだのだ。
――火神浩一は正気ではない。狂人だった。
「それよりも、だ。こっちから質問させてもらうが、なんでお前ら魔法を使わなかったんだ?」
「今、なんと言ったのですか?」
その声色に那岐は思わずアリシアスの顔をまじまじと見てしまった。
あのアリシアスが驚愕の表情を浮かべている。ミキサージャブに追われてなお、余裕を保とうとしていた少女がだ。
アリシアスの心底驚いている顔などそれなりに長い付き合いだと自負している那岐ですら初めて見るものだった。
でも、と那岐は思った。
魔法を使わなかった? どういう意味だろうか。
もしかして、火神浩一は魔力を扱っていない状態でミキサージャブに挑んだのか?
「だから生き残ったわけ?」
那岐の呟きに浩一は黙ったままだ。
そういえば、浩一があの場に現れたとき、彼は魔力を纏っていなかった。
この世界の戦闘で当然のように行われている
加えて言えば、学園都市では前衛職のオーラ系スキルの習得はとある理由から、戦技Aランク以降で習得が可能とされている。
つまり、火神浩一はあの場に、なんの身体強化も為されていない、丸裸も同然の状態で挑んでいたのだ。
「えっと、自殺志願……?」
驚愕を止められない那岐の隣で、くすくす、と小さな笑いが聞こえた。
アリシアスが微笑みながら嬉しそうに、楽しそうに、聖女のような笑みのまま、浩一の手を取っている。
(なに、この娘……? 貴女、四鳳八院でしょ……なんで、そんなただの侍風情に……)
那岐はアリシアスが理解できなかった。
アリシアスは、浩一に対して向けている感情が、まるで神の奇跡を見た朴訥な農民のような、
この都市の上位者として、あってはならない、あるまじき姿だった。
「浩一様は本当に面白い方ですわね。こんなにも驚いたのは聖堂院の反乱のときぐらいですわ。浩一様、ミキサージャブの持つ戦斧は強力な魔力中枢破壊系の魔力殺しですの。だから、奴に魔法は届かず、魔力による身体強化も通じず、魔力で稼動する装備も奴の前では効力を失ってしまう。だからわたくしたちはあの時、ただ殺されるしかなかった」
アリシアスの手が、浩一の手を優しく包んでいる。その姿に那岐は苦しい感情が湧いてくる。
愛とか恋とかそういうものではない。もっと焦燥感を煽られるような――。
「わたくしたちは浩一様に命を救われた。浩一様には過分な報いだとお思いでしょうが、わたくしたちが八院である以上、命には命で報いねばなりませんの」
たとえ、それが貴方様の望まぬことでも、と耳元で囁かれ、浩一の表情が停止した。
褒美ではなく、報いという言葉を使われたことから浩一もようやく察したのだ。
これは礼ではなく、罰だと。行動の結果だということを。救ってしまったなら責任を取らねばならない。
かつてモンスターの子供を一人の戦士が哀れみ殺さなかったため、数年後成長したモンスターに殺された人々がいたことと同じようにだ。
この世には、望まれぬ正しさ、優しさもある。
那岐の前で、アリシアスはまるで恋人がするように浩一の手に触れている。
浩一が首を振った。
「なら、いずれこの報いを使うことにするさ。気が変わるかもわからんしな。どちらにせよ。今は無理だ。俺に受け取る器がない。話を戻すが、魔力殺しでわかったが、あんたらの前衛を殺したのは、
話が戻ったことに那岐は気を取り直しつつ頷いた。
「
Sランクの重騎士ドライは魔力とオーラによる強化により、音速を越える突進を放つことができた。
だがミキサージャブはそれを恐怖と魔力殺しで強引に停止させ、殺した。
速度が落ちれば、落差に身体が戸惑い動きが悪くなる。悪くなればミキサージャブの攻撃に対応できなくなる。
だから殺された。この時代の前衛がミキサージャブと相性の悪い理由がそこにはある。
「俺は諸事情あって、魔力強化が効きにくい体質だからな。魔力強化はしなかった。それに胆力と言ってもいいが、俺の持つ
そう浩一は言うが、那岐にはそうは思えなかった。
那岐は侍の持つ精神操作技能である『侍の心得』の効果を思い出す。
『侍の心得』の本質は精神系の異常を異常と認識しながら受け入れ、精神の内部でその異常を、精神の刃で殺すという防御方法だ。
――だから効果には
那岐にはわかる。おそらく『侍の心得』の持ち主を十人集めても、ミキサージャブの恐怖を防げるのは火神浩一、この狂人だけだと。
ため息のような吐息を那岐は吐いた。規格外の人間の話を聞いてもなんの参考にもならなかったからだ。
それに、未だに浩一の手をとっているアリシアスが不気味だ。
「……だから浩一は生き残った、か。貴方はトリックも小細工も扱わなかったから生き残れたのね」
それでも敗れた、と浩一は続けない。ようやく気を使うことを覚えたのだろうと那岐は思いながら立ち上がった。
「さて、要件も済んだし、とりあえずいろんな人に報告してこなきゃね。アリシアス?」
ドライもリエンも八院の分家だ。
本家である豪人院と心護院に謝罪に行かなければならない。那岐は陰鬱になりかける心を叱咤し、共に生き残った少女に声をかけた。
「え……あ、はい。今行きますわ」
アリシアスは浩一の手から名残惜しそうな様子で手を離すと、必要ないだろうに、わざわざ回復神術である『快癒』を唱えた。
そうしてからアリシアスは浩一にぺこりと
「アリシアス、随分と執心してるじゃない」
「そうでしょうか? それとも彼が
「何? どういう意味?」
「那岐先輩は浩一様に何か感じませんでしたか?」
「私? 私は……何も……」
去ろうとする二人に、背後にあるだろうベッドに寝ている浩一から声が掛けられた。
「アリシアス。治療、ありがとな。助かった」
「いえ、当然のことをしたまでですわ」
声を掛けられたアリシアスは瞬時に、天使が地上を照らすが如くに微笑んでみせた。
光のエフェクトすら見えそうな眩しさを感じさせる微笑みに那岐は頭が痛くなった。
(なにを考えてるの? まさか
戦霊院那岐には、アリシアス・リフィヌスが恋だの愛だのという単純明快かつ、明るいものに染まるなどとは到底思えなかった。
アリシアス・リフィヌスは元は分家とはいえ、今は四鳳八院だ。
ゼネラウスというモンスターどもを殺すための国家の上位階級、魑魅魍魎が喰らいあう蠱毒に心身から浸かりきっている
邪悪とまではいかないが、何か恐ろしいことでも考えているのでは、と。
友人ではあるが、性根と本性を知っているために、邪推してしまう程度に戦霊院那岐はアリシアス・リフィヌスを警戒していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます