結末と講義と馬鹿話(4)


「うっわ、あの馬鹿まーた派手にやりやがって」

「やりすぎと言えばやりすぎだが、相手は一般生徒だろ? 同じ八院を害したわけでもないし、いいんじゃないか?」

 アーリデイズシェルター63番区画の商店街に、主席学生専用ブランド『覇道四重奏』製の武装外套バトルコートを纏った二人の青年がやってきていた。

 一人は、ドライ・炎道えんどう・ソレイルという名の、コートの下に鎧ではなく燕尾服を着込んだ二メートル近い身長の優男。

 もう一人は、コートの下に装飾過多な軽鎧を纏った、ドライよりも少し身長の低い、リエン・滅道めつどう・カネキリという軽薄そうな男だ。

 二人は周囲の惨状を見ながらため息をつく。

 雑踏には濃い血の臭いや恐怖の臭いが漂っている。誰かが、いや、彼らの知り合いであるアリシアス・リフィヌスが暴虐を行ったのだ。

「で、ここにいるのか? あの残虐修道女ジェノサイドシスターは」

 リエンのうんざりしたような言葉に、ドライは肩を竦めてみせた。

「本人の前では言うなよ、その呼称。ま、そういう連絡は受けているが……治安維持は来ないのか?」

 きょろきょろと辺りを見回し、アリシアスの姿を探す長身の男ドライ

 騒動を遠巻きに眺めていた観衆がそれに気づき、道を開けていく。

 彼らの纏う武装外套に目立つように刺繍された覇道四重奏の紋章エンブレムは、この都市に住む学生ならば誰もが知っている紋章だからだ。

 覇道四重奏の作品は全てオーダーメイド。

 『リスオルソルの姉妹』と呼ばれる四姉妹が作り出す作品を身につけることのできる人間には、着るだけの格が求められる。

 民間で作られているはずなのに軍の製品に劣らぬ性能。軍や武具メーカーでは決して考えつかない美麗なデザイン。搭載される希少で強力な異能スキル

 ゼネラウスで開催される民間の武具コンクールにて毎年優勝の座に輝いている覇道四重奏は、ゼネラウスという国家で紋章を掲げることを許された数少ない個人ブランドだった。


 ――特別な人物だからこそ、特別な武具を身につけることができる。


 だから彼らが歩みを進める度に周囲の喧騒が静まっていく。

 アリシアスが暴威を振るったあとの場だ。次は何が起きるのかと、期待と不安が高まっていく。

「治安維持か……ああ、いや、すぐにも来るみたいだな。いや、すぐというには遅いが」

 ドライが商店街の出口があるだろう方角を見ながら、自身の疑問に結論を出す。

「あー、Aランク四名を鎮圧しようとして、で、今度はアリシアスが出たからな。治安維持の連中にも同情――ん?」

「どうした?」

「いや、み、見間違いか?」

 随分と聞いてないリエンの動揺する声に、ドライは首を横に傾げた。

「どうしたリエン? 見間違いとは?」

 ドライはやってきた治安維持部隊から、リエンの見る方角を見て、目元を押さえるように指を当てた。

「私は、少し疲れているみたいだな」

「だよな。俺も疲れてるぜ。あんなもん見えるなんざ本当に頭がどうにかしちまってるんじゃねぇのか俺たちは」

「ははは。いやいや、ありえないだろう。リエン!? 今、私たちは敵の精神攻撃を受けているぞッ」

 敵って誰だぁぁ、などとぎゃいんぎゃいん言い合いながら心の覚悟を決めた二人はようやく歩き出した。

 彼らの視線の先には、どこからか引っ張ってきたベンチに座りつつ、見知らぬ男の頭を膝の上に乗せる、気位の高いはずのアリシアスがいた。

 彼らはアリシアスのクランメンバーだった。


                ◇◆◇◆◇


 結局、全てが終わってから治安維持部隊はやってきた。

 浩一の去った場で一人聴取を受けるアリシアスはとても機嫌が良さそうに受け答えをしている。

 この場の担当となった治安維持の制服を着た中年の男は、アリシアスのその様子を三人から命を奪いかけたのだから、鬱憤をそれで晴らしたのだろうと好意的に解釈した。


 ――結局、自らが自殺させようとした相手をアリシアスは治療した。


 浩一に頼まれたからだ。誰であろうと頼まれたところで治療などしない主義のアリシアスだったが、どうしてか浩一の言葉を聞いてしまっていた。

 そのことが不思議で、だが悪くない心地でアリシアスが機嫌がよさそうにしている。

 そんなことを知らない治安維持の中年男は緊張で流れる冷や汗をハンカチで拭い続けるはめになっているが。

「はぁ……はぁ……はい、わかりました。はい、このAランクに襲われたのですね」

 アリシアス・リフィヌスはこれでも穏健派・・・の四鳳八院だが、男の首を物理的にも権力的にも軽々と切断できる位置にいる。

 男は頷き続けながら早く終わってくれと願っている。仕事とはいえ、生きた心地がしなかった。

「ええ、そうですわ。そこの腐れモンスターにも劣るグズどもはわたくしの所持品を破壊して、わたくしの譲歩を悉く無視し、あまつさえ剣を抜き、わたくしに襲い掛かってきたのですわ。シェルターの酸素を無駄に消費するだけのゴミどもをどうして治安維持は放置していたのか、理解に苦しみますわ」

 アリシアスは軽快に中年男を罵り続ける。

 もちろん彼女に罵っているという意識はない。当たり前の感想を述べているだけだ。

 中年男は頭を下げ続ける。そうですね、遅れて申し訳ありませんと言葉を重ねながら、早く終わってくれと願っていた。

 機嫌良さげなアリシアスが唇を湿らせ、ふぅん、と中年男の禿げた頭を眺めた。


 ――なんとも見事な頭の下げっぷりだ。


 ここまで美しく頭を下げられれば、アリシアスもなんだか治安維持の遅さに文句をつける気がしなくなってくる。

(なるほど、これが治安維持のSランク対応の仕方ですの)

 この中年男にSランクの抑える武力はない。

 この男にあるのは、Sランクすら納得するほどの謝罪の美しさだ。

 それは浩一が行おうとした、交渉によるSランク鎮圧の一つの正解の形でもあった。

 単純に戦力でSランクに拮抗できる治安維持部隊員が周囲にいなかったために行なわれたそれは、周囲の人間から見れば、これ以上アリシアスが行動を起こさないという一定の成果を挙げている。

 もちろん、治安維持がやってくる寸前までその膝の上に寝かされていた人物が事を片付けたなど、駆けつけた人間は知る由もなかったが。


 ――治安維持が到着したとき、アリシアスは帰る寸前だった。


 商店街に設置されている監視カメラを起動すれば映像や音声は聞けるものの、規則として聴取は行わなければならなかった。

 剣が抜かれ、血が流れた以上、ただの学生の喧嘩で終わらせるわけにはいかない。

 治療されたとはいえ、倒れた男たち四人の意識は失われている。

 だから、唯一話しが聞けそうなアリシアスから男は必死に懇願し、謝罪をしつつ、この件の事情を聞こうとしていた。

 聞けば、この事件は相手から仕掛けてきたという。

 リーダー格の男の腕の切断も、その腕が武器に手をかけていたから行なったとも。

 また残りの三人もすでに治療がされているが、何を思っていたのか、自らの手で心臓を貫いていた。


 ――このシェルター都市においても、刃傷沙汰は当然重罪だ。


 だが事件の渦中にいたのはリフィヌスだ。八院の一人である彼女を罪に・・問うわけ・・・・にはいかない・・・・・・

 頭を下げ、ふむ、と内心のみで男は頷いた。

 この証言だけで十分だと判断したのだ。無駄な正義感で楯突いて八院リフィヌスを怒らせても仕方がない。

 適当に周囲の人間の証言を集めていた部下たちの報告もアリシアスの証言に虚偽がないことを証明している。

 わざわざ都市の記録を面倒な手続きを行なってまで参照する必要はない。

「はい。はぁ。ご協力感謝します。はぁ」

「では、わたくしはもう行っても?」

「はい。あの、よろしければ屋敷まで送らせますが?」

「結構ですわ。そこに連れがおりますので」

 はぁ、と男が視線を向けた先には二人の人物がいた。覇道四重奏以前にその顔を見て一目でSランクだとわかり、はぁ、と情けない息が零れた。

「はぁ、ああ、それでですね。ここにもう一人いたという証言があるのですけれど。はぁ、その方はどこに」

「もう一人? ああ、わたくしを凶刃から護ってくれた殿方ですわね。もう行ってしまわれましたが、なにか・・・?」

 天使のような美しすぎる顔に正真正銘の笑顔と、凄み・・で圧してくるアリシアス。

 はぁ、と中年男の口から今度は正真正銘のため息が溢れた。

 嘘を・・つかれている・・・・・・

 今回の事件でアリシアスに恩を売れるわけがないのだ。

 Aランクが四人だろうがこんな店売りの装備を身に着けた学生にSランクであるアリシアスを傷つける手段がそもそもない。

 護ったというのはつまりウソ。虚言の類だ。ただそうなるとアリシアスがどんな意図でこの言葉を発したのかを男は考えなければならない。そうして一秒もかけずにその意図に気づく。恩人だと言ったのだから迷惑をかけるな。居場所を探るな。騒乱に参加した罪を問うな。罰を与えるな、とそういう意味だ。

 法を護る者としてそんなことはしたくはない。

 だけれどこんな些細なことで八院に逆らいたくない。葛藤や本音をリフィヌスの前で語るわけにはいかず。男は曖昧な笑顔を浮かべ、火神浩一のことは綺麗さっぱり記憶から消すことにした。


                ◇◆◇◆◇


 63番区画から離れた別の区画の大通りを三人の男女が歩いていた。

 一人はアリシアス。残りの二人はアリシアスの聴取が終わるのを待っていたドライとリエンだ。

 八院の分家にあたるドライもリエンは、八院であるアリシアスよりも都市内での立場は低い。

「聴取はどうたったんだい?」

 クランメンバーであるドライとリエンを両脇に侍らせたアリシアスは、自らの蒼髪の端を指でつまむと、くるくると回し始めた。

 虫除けである二人がいるためにフードは被っていない。

「八院に逆らったため、で片付けましたわ。アレらは八院の血に連なる者ではなかったので、適当な圧力を掛ければ事件ごと潰せるでしょう」

「ひどい女だな君は」

「全くだぜ」

 クランメンバーの意地の悪い言葉を澄ました顔で流すアリシアス。

 嫌味を言っても罪悪感の欠片すら覚えた様子を見せないアリシアスに、二人の男は顔を見合わせ、肩を竦めるに留める。

「そういえば、リフィヌス。貴女が治安維持が来る前に追い払ったあの侍は何者だったんですか?」

「侍……ああ、浩一様ですか? そうですわね。たとえるなら奇跡的な方、かしら」

 アリシアスはかすかな笑みを浮かべ、くすくすと笑ってみせた。

 治安維持の気配を察し、追求されたら可哀想だから、と逃がした男、浩一の事を思い出したのだ。

 何を勘違いしていたのか、逃げてやる代わりに三人の男たちの治療をしろ、と要求されたが、それも思い出せば微笑ましい記憶だ。

 きっと事情聴取されて浩一がアリシアスへ不利な証言をすることを交渉材料としたつもりになったのだろう。あの侍は。

(あの三人を治療したいだなんて、極度のお人好しだったのでしょうか?)

 どういう人間なのだろうかと浩一のことをアリシアスは考えた。自刃させた三人に対しては、要求通り臓器の完全再生を行った。完璧な治療だ。うるさいだろうから意識は戻さなかったが、すぐにでも戦えるぐらいに完璧に治した。

 そして最後のあの光景を脳裏に思い描いた。浩一の腕の中から見たあの光景を。

(B+ランクがAランクを倒した)

 あの奇妙で稀な戦果を他と比較するのは無意味なことだが、と考えたところでアリシアスは隣に立つ二人が驚いた表情で自分を見つめていることに気づく。

 途端、自らの表情がこわばったことに本人は気づかなかった。

「驚いた。アンタもそういう人間らしい表情を浮かべるんだな」

「あら、リエン様。まるでわたくしが人間じゃないみたいな言い方ですわね」

 はッ、とリエンに鼻で嗤われアリシアスは目を細めた。

「リエン。調子に乗るな」

 ドライに窘められたリエンが罰が悪そうな顔をし、口を閉じる。

「それよりリフィヌス。学園から依頼が来たぞ。明日からアリアスレウズに潜るが時間はあるか?」

 ドライにダンジョンの名前だけを言われ、アリシアスは首を傾げてみせた。

 そんなアリシアスに、獲物を狩る表情でリエンはにやりと嗤ってみせる。

「単位【7】の大物だぞ。相手はミノタウロスだってよ。個体名は『ミキサージャブ』」

 ふとアリシアスは先ほどリーダー格の男に対して振り上げた殺意を下ろしていなかったことを思い出す。

 相手はモンスターだが、これは鬱憤を晴らす良い機会だろうと考えた。

「ちょうど良いですわね。それで那岐なぎ先輩は?」

「ああ、もちろん彼女にも既に伝えてあるよ。快く了承してくれたさ」

「そうですの。では、わたくしも参加いたしますわ」

 こうして、自らが勝者の側にいることを疑わない者たちがミキサージャブの討伐へと動くのだった。


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