プロローグ(3)


 どうあっても接敵は避けられなかった。

 耳に届くのは大蛇の呼吸音や這いずりの音、狐鬼こっくりの嘲り嗤う声。

 難敵との距離は、浩一と雪の耳に彼らの音がはっきりと聞こえるほどに近くなっている。

 長大な直線であるこの通路だがモンスターの移動速度を考えれば全く安全な距離ではない。

 双方が攻撃可能になる距離まで残り10秒あるかないかだった。

 逃げずにるなら急がなくてはならない。

 浩一は雪の返答を聞き、戦闘は避けられないと理解した時点で脳内に戦闘手順を思い浮かべていた。

 もっとも刀だけしか扱えない浩一にとって戦闘というものはひどく単純なものだから、浩一から雪に出す指示は一点だけである。

「雪、敵は俺が足止めする。お前は大技で大蛇にダメージを与えろ」

「えぇ!? 浩一はッ!?」

「はッ、俺はくッ!」

 巨大な大蛇。オロチと呼ばれるモンスターを指差し浩一はすぐさま駆け出した。その手の中には小さな小石が握られている。先程雪と話している間にそれとなく砕いておいた通路の破片だ。

 ダンジョンの壁や床は通常破壊されても時間が経てば自然と消失し修復されるものだが、短時間であればそれを利用することも可能だった。

 敵へ向かって駆け出す浩一の背に向けて雪は叫ぶ。

「わ、わかったよ! 気をつけてね!!」

 東雲・ウィリア・雪おさななじみの言葉に浩一は振り返らず指を振って応えると、走る速度を上げながら、敵に向けて鋭く砕かれた通路の破片を投擲する。

 真珠色の石の欠片が風を切りながら2人へと向かっていたオロチの眼球に命中する。

 石の欠片程度では如何に眼球を狙ってもこのレベルのモンスターへの有効打にすらならないが、その視界は一瞬だけだが封じられた。

 その一瞬の隙を逃さずに浩一は抜刀。疾走する速度を落とすことなく駆け抜けざまにオロチの側頭部を深く切り裂いた。

『シャァァァアッァァァァァァァ!!!!』

『コォォオオン!!』

 怒声か悲鳴か。脳を抉られる激痛にオロチがのたうち回る。不安定な足場になったオロチの背中から数体の狐鬼こっくりの怒声が響き渡る。

「おおおぉおぉぉぉおおおおおっっ!!!」

 咆哮、そして跳躍。

 こういちがオロチの身体を駆け上がり、いまだ体勢を崩したままでいた狐鬼の一体、その頭部に斬撃を浴びせかけた。


 ――狐の頭を持つ亜人の首が飛んでいく。


 浩一が何度か狩ったことのある狐鬼よりも数段たくましい肉体を持つその狐鬼は、その実力の全てを発揮することなく、恐ろしいまでの精妙さで振りぬかれた浩一の愛刀に首を斬り飛ばされていた。

 だが、首を飛ばされようとも狐鬼はモンスターだ。


 ――綺麗に斬り飛ばしたがゆえに、まだ生きている。


 ただでは死なぬとばかりに首だけの頭部で狐鬼がコォォォーンと絶叫した。

 自身の命を無慈悲にも奪った簒奪者に対する憎悪が浩一の身体を打ち据える。

「『雄叫び』かッ! 糞ッ!!」

 浩一は空中で刀を握ったままの状態だ。そこに身体を強制的に停止・・させるモンスターの異能スキルを喰らい、受け身も取れずに無防備に落ちていく。

 コォォォーーーン、コォォーーーン、コォッォーーーン、直後に3つの叫びが折り重なるように連なる。それはオロチの上にいる残った狐鬼たちだ。単衣を着た狐鬼たちが浩一に向けて口角に泡を溜めながら叫び続けている。

「おぉ!? ま、まずいっ」

 同時に、脳を抉られようとも、高ランクモンスター特有の強靭な生命力により致命打にすらなっていなかったオロチが戦線に復帰した。

 大蛇は自身を傷つけた浩一に純然たる怒りに支配された殺意を向けると、長大な巨体を通路の壁と自身の間を落ちていく浩一へ向けて勢い良く叩きつけた。

 轟音。1トンを超える巨体によるオロチの重撃に乳白色の迷宮内壁がミシミシと軋む。

 衝撃は迷宮内壁だけではない、オロチの身体の上にいる狐鬼も身体を揺らされる。

 揺れながらも狐鬼たちは戦意を解いていない。

 金属音! 浩一が・・・狐鬼の背後より叫んでいた。

「防がれたかッ!!」

 それは浩一が狐鬼たちの死角から振るった刀と、狐鬼が振り上げた鉄扇が衝突した音だ。

 直撃を食らう前に気合・・で硬直を強引に解いていた浩一は、壁に身体を潰されるより早く大蛇の身体を駆け上がっていたのだ。

 危地にして死地ゆえの火事場の馬鹿力。事実、硬直解除が一秒でも遅ければ浩一の肉体は壁と大蛇にプレスされていただろう。

 だがその死地を浩一は利用した、死んだと思わせて奇襲しようとした。死角より接近し、一体でも敵を減らそうと刀を振るった。

 だがそれを復讐に燃える狐鬼たちは読んでいた。

 モンスターが持つ鋭い感覚器官によって浩一が死んでいないことは察知していたのである。

 そして今、鉄扇と浩一の愛刀がギリギリと鍔迫り合いを行っている。

 戦闘を遠巻きに見ていた狐鬼の一体がコォォォーーーン、と再び雄叫びを発動させるも効果はない。

 『雄叫び』系統のスキルは戦力が圧倒していない場合は不発に終わる場合が多いのだ。

 浩一は狐鬼より戦闘力を優越させている。

 弱者の威圧が強者に影響を及ぼすはずがないのだ。

 先程浩一に効いたのは憎悪が理由だった。自らの命を奪ったものに対する憎悪が、異能スキルに格別の効能を齎したのだ。

 戦闘における特殊技能の効果が感情によって増減するのは珍しいことではない。

 人間である学生たちは言うに及ばず、ときに敵であるモンスターにもそれは関係する。

 雄叫びなどの気迫によって効果が変わるスキルともなればそれは当然のこと。

『コォォォーーーン!』

「ちぃッ! さすがにモンスターに力では勝てんか!」

 しかし叫びは力である。

 雄叫びを上げ、裂帛の気合を鉄扇に込めた狐鬼は鍔迫り合いに勝利した。

 鉄扇を振り抜く勢いのままに、浩一をオロチの上より地面へと叩き落とす。

 だが浩一もタダでは落ちない。狐鬼の単衣を掴み、腕の力でオロチの上から自ら諸共狐鬼の一体を引きずり下ろした。

 その一人と一体に対して、再びオロチが壁に身体を叩きつけようと全身を揺らした。『コォォォォーーーン!』浩一と共に落ちた狐鬼がオロチから逃れるために地面より跳躍した。浩一もそれを追いかけ跳躍しかけたところでオロチの上にいた狐鬼のうち一体が襲い掛かってくる。

「自殺する気か貴様ッ!!」

『コォーーーン!!』

 鉄扇と飛燕が打ち合った。金属音と共に激しく火花が散る。浩一と狐鬼の身体がその場に縫い付けられる。浩一の背筋を鋭い悪寒が走る。このままでは逃げられずに潰される。


 ――気配だ。濃密な死の気配だ。


「くッ、邪魔だ!!!」

 浩一は死力を振り絞ると力任せに鉄扇を跳ね上げ、がら空きの胴体に蹴りを叩き込んだ。

 その反動を利用して浩一は壁面へと跳躍する。壁蹴りの要領でさらに上へと跳ぶ。ずずん、と迷宮内壁が揺れる。

 狐鬼ごと浩一を叩き潰そうとしたオロチの体当たりだ。

 だが浩一は間一髪攻撃を避けていた。潰されたのは残された狐鬼のみ。しかし執念か。狐鬼は潰される直前に浩一に向けて鉄扇を投げ放っており、それが着流しと内部のインナーごと浩一の右腕の肉をえぐっていた。

 痛みにより動きが鈍るも、侍の専攻科コースで教わっている技術によって脳内麻薬を操作した浩一は痛みを封殺した。

 同時に壁を強く蹴った浩一はオロチから離れるように地面へ着地する。

 だが復讐に燃える敵は浩一を逃さない。

「で、ッたく、敵討かたきうちか! ご苦労なことだなお前ら!」

 浩一を追いかけるようにして、残った二匹の狐鬼がオロチの上から飛び降りてくるのだった。


                ◇◆◇◆◇


 ダンジョン内壁の淡い光に照らされる中、二匹の狐鬼が浩一に襲いかかってくる。

『コォオオオオオーン!』

 獣そのものの口から撒き散らされるのは唾液と叫びだ。

 狐鬼の鉄扇は浩一の利き腕である左腕を狙っていた。

 だが、浩一は柳のようなゆらりとした特殊な歩法によって左腕への攻撃を避けると、連携して浩一の頭部へも振り下ろされていた鉄扇を狐鬼の手首を切断することで防ぐ。

 一連の流れに狐鬼たちは呆然と動きを止めた。

 浩一との近接戦闘における隔絶した技量の差を理解したのだろう。

 膠着する場、だがモンスター特有の精神性から戦意の全てが喪失することはない。ギリギリと狐鬼たちの歯が憎悪に軋る。

(それでも隙だらけだ。殺――ッ!?)

 浩一が動きを止めた2匹へと踏み込み、斬撃を浴びせようとした瞬間、意識の外にあった方向から鉄扇が飛んでくる。

「ッ――おらぁぁッッ!!」

 浩一はそれを避けなかった。咄嗟の判断で刀を地面に落とすと己の肉のこびりついた鉄扇を空中で掴み取った。そのには覚えがある。浩一のものだ。オロチに潰された個体が、死に際に投げたもの。

(オロチに潰されたはずの個体が生きていたのか!!)

 人間ならば即死だったろうに恐ろしいまでの生命力だ。だが浩一の意識は驚けどもその感情に支配はされない。


 ――なんでも・・・・あるのだ・・・・


 鉄扇は浩一に掴まれようと慣性を失っていない。重みと摩擦がグローブ越しに浩一の手に圧力と熱を与える。

 浩一は鍛錬のみで鍛え上げた膂力でそれに耐えると速度を殺すことなく身体ごと腕を回転させ、浩一の傍で切断された手首から漏れる血を手で抑えていた狐鬼の頭部に叩きつけた。

 ぱかぁん、と浩一の前で狐鬼の頭部がはじけ飛んだ。

 血飛沫と脳漿が浩一の身体に降り注ぐ。無視して腰をひねりを加え、鉄扇をそのままの勢いで投げつけられた方角に向けて投げ返す。

「はァッ!」

 足元に落としていた刀を浩一は蹴り上げると掴み取る。そのまま仲間の血飛沫を浴びていたもう一匹の狐鬼の上半身を袈裟懸けに斬り飛ばした。

 鋼の刃すら叩き折るミノタウロスの剛健な筋肉と違い、狐鬼の筋肉は速度を追求しているためかしなやかで柔軟だ。

 もちろんランクBの亜人なために人を遥かに超越した耐久度を誇るが、浩一の全力の斬撃に抗するほどのものではない。

 コォォォォォンと悲哀を誘うかのような声が浩一に届く。先ほど浩一に蹴り飛ばされ、オロチに潰されるも生き残った一匹だ。

 浩一の投げ返した鉄扇にはさすがに当たっていない。

(牽制だったから気にはしないがやはり投擲技能も鍛えたほうが良さそうだな)

 思考を走らせながらも浩一は敵を殺すべく走り出す。

 オロチに近づくことになる。床は危険だ。浩一は跳躍すると全力疾走のまま壁面を疾駆する。

 その直後に轟音が響く。ぱらぱらとダンジョン内壁が埃を落としながら揺れる。

 狐鬼の危機を見て取ったオロチの身体が再び壁に叩きつけられたのだ。


 ――だが、駆ける浩一には当たらない。


(思えば、オロチこいつも哀れなもんだ)

 眼下にある蛇の巨体を見て思う。

 狐鬼に使役されなければそのタフネスと剛力はこの場で最も強力な武器として発揮できたはずだ。

 だが、狐鬼達を攻撃できないために攻撃手段や手数が限定されてしまっている。

『コォーーーン!!』

 巻き上がる肉片を浴びることなく残る一匹に到達した浩一は、襲い掛かってくる狐鬼の鋭く尖った爪を危なげなく回避すると、すれ違い様に首を手早く切断した。

「浩一っ!! 戻って!!」

 タイミングよく掛かって来る声。浩一が狐鬼を全滅させるのを待っていたのだろう。大量の魔力を蓄えた魔法陣を傍らに雪が叫んでいた。

「おうっ!!」

 浩一は雪へと怒鳴り返すと、設定された敵グループが違うために、未だ生きているオロチを無視して『戦闘終了認定』され、光の粒子へ変わっていく狐鬼の死体を一瞥もせずに跳躍する。

 そしてそのままオロチの背中に飛び乗ると背中に刀を突き刺して駆け抜けた。

 飛燕クラスの量産型の太刀でも、使い手が侍の専攻科であるならばオロチの皮膚や肉の切断は可能だと、購入したモンスター情報に載っていたために躊躇なくできた行為だ。

 浩一は一瞬で2、3メートルほど大蛇の身体を切り裂くと肉体から吹き出した鮮血に塗れ、狭い通路で暴れ出したオロチの頭を蹴りつけながら雪へと跳ぶ。

 それはオロチが作らされた明確な隙だった。浩一の長年のパートナーである魔法使いゆきが見逃すわけもない致命的な隙。

「――凍てつく寒さに身を斬られよ! 『氷塊刃』!!」

 雪の叫んだ『力ある言葉』によって魔法が発動する。

 いまだ宙空にある浩一の身体を避け、空を貫くのは大量の小さな氷の刃だ。

 それらはのた打ち回るオロチの身体を端から切り裂き、巨体を凍らせていく。

「倒れ、ろぉおおおおおおおおおッッ!!」

 魔法の射出範囲を避けながら着地した浩一は猛り叫ぶ雪の隣に立った。

 魔杖を構えた雪の周囲にある魔法陣は杖と雪の背後にある合計2枚。

 基本的に魔法陣の数によって魔法の威力は決定されているためか、この魔法は魔法陣3枚の『飛瀑』より威力は低い。

 しかしどうしてか氷の魔法はオロチに威力以上の有効打を与えていた。

 『シャァァァァアァアァァ!!』と絶叫を上げながらのた打ち回っていたオロチの身体が段々と動かなくなっていく。

 そこで初めて浩一は、雪が自身の持つ炎の生体属性に逆らってまで氷魔法を使った意味を理解した。

「なるほど、温度の低下が効くのかオロチには」

 視線の先では体温を強制的に下げられたオロチが眠るようにして沈黙していた。

 いかにモンスターに生物の限界を多々越えている部分があるとしても、こういった部分で元々の生物の持つ特性を越えられない固体も残っている。

 爬虫類型のモンスターの多くは温度が下がれば行動が鈍くなる。

 死ぬわけではないが、動けなくなるのだ。

「ふッうぅぅーー」

 雪が息を吐き、ジャケットの内ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭いていた。

 魔力行使が収まり、なんの力も発しなくなった魔杖がだらしなく地面に突き立てられる。

 だーるーいー、と杖に雪がよりかかり唸りだす。

 『氷塊刃』は雪にとっては大技に位置する中位魔法だ。

 何事にも向き不向きがあるように、魔法使いにも得意とする属性と苦手とする属性が存在する。

 雪の持つ生体属性は『炎』だ。全ての属性に補正を持つ全属性対応魔杖の補助があったとはいえ『炎』と真逆の特性を持つ『氷』の魔法は雪を相応に消耗させていた。

「よくやった、雪」

「う、うん。浩一、はぁ、はぁ……とどめ、お願い」

「ああ、わかってる。任せろ」

 なれない氷の魔法の使用で青息吐息の雪は休ませておくことにし、浩一は停止させられたオロチへ向かってゆっくりと歩いていく。

 相手は動きを止めている。だが、油断をしてはならない。いかに低温によって強制的に停止状態へと追い込まれたモンスターであろうとも、その存在が人間とは違う不条理の塊であることを忘れてはならないのだ。

 浩一は己に言い聞かせながらゆっくりとその首筋から尻尾までの距離を見る。

 全長は10メートルほど。その身体は眠ったように動かない。とはいえ先のように尻尾から頭まで切断、なんて真似をすれば流石に暴れだすだろう。

 ならば、とその丸太にも似た首筋を見る。うっすらと霜が降りたその巨体。完全に切断するにはいかほどの技量が必要だろうか。

 浩一は自身の腕を見る。筋骨は絶えず鍛え上げてきた。記憶にある限り、10年以上の歳月を刀を振るい過ごしてきた。


 ――己の武は足りているか?


 浩一はちらりと雪を見た。息を落ち着け、気を整えた雪は浩一に向けて親指をぐっと突きたてた。

 幼馴染は浩一がやりたければやってみろ、と仰っている。

 ふぅ、と浩一は息を整える。いまだB+ランクの前衛戦士である浩一には、高ランク前衛職の持つオーラ系スキルを習得する能力がない。

 だから切断するには10余年の年月で鍛えに鍛えた自身の技が必要になる。

 いたずらに敵の目を覚まさせてはいけない。

 即死させなければならない。死に体となった敵ほど恐ろしいものはない。そう言い聞かせながら浩一は切断すべき箇所を見抜き、鞘に収めた刀を構えた。

 目を閉じ、精神を集中する。頑張って、と雪の声が聞こえた気がしたものの心の内に落とすだけに留め、飛燕を振りぬいた。


                ◇◆◇◆◇


 紀元と呼ばれる人類の歴史は消滅した。

 有史以来、致命的な闘争だけは行ったことのなかったはずの人類史。

 しかしその中に汚点として燦然と輝く歴史的事実がある。

 『大崩壊』と呼ばれるもの。

 空を火が染め、海を毒が染め、大地を血が染めた大闘争だ。

 きっかけが些細なことだったそれは当時二百億を越えた人類の悉くを葬り去り、結果、大地の生命は死に絶えた。


 ――かに見えた。


 偉大な賢人か壮大な狂人か。それらを早期から予見していた科学者集団があった。

 彼らは世界の各地に百を超える数の巨大なシェルターを建造し、人の全てが絶滅する前に多くの人類を保存することに成功した。

 かくして人類は生き残るも、変容を迫られることになる。

 それは闘争が終わり、シェルターから地上へと出てきた人類が見た光景が理由だ。

 荒廃した大地。汚染された空気と水。オゾン層は完全に破壊され、人類にとっての恵みである太陽光は敵となった。

 地球は人の生存できぬ環境となっていた。

 人々は絶望し、シェルターへと引き返すしかなかった。


 ――時は過ぎていく。


 その時からだった。

 人類がシェルター内部での長く、苦しい生活を余儀なくされることになるのは。

 それでも彼らには希望があった。

 それはシェルターを建造した科学者たちの残した人工知能たちだ。

 人々は人工知能たちに願った。地上で生活したい。再び青空の元で生きていきたいと。

 答えを待つ人々に、人工知能たちによって解答がもたらされる。

 それは、シェルター内部に保存されていた受精卵を人の手で加工することだった。

 強靭な生命力を持つように、激変した環境でも生き延びられるように種そのものに手を加える方法を人工知能は人類へと与えた。

 しかし急激な変化は種としての崩壊を招きかねない。ゆえに長い時間を掛けて人類は自らの遺伝子を改変していった。


 ――そして、どれだけの年月が流れたのか。


 人類が外部環境に耐えられるようになり、世界各地のシェルターから外に出られるようになったその時、いくつかの知識と設備を残し、人工知能たちは機能を停止した。

 それはあらかじめ決められたことだった。

 これからは人類の意思で生き抜けという、科学者たちの祈りにも似た願いだった。

 だが自由を得た人類は半年もしない内に生物として敗北する。

 『人類に積極的な敵対意思を持つ生物群』、通称モンスター。

 地上には、当初は分類もなにもされず単純に怪物モンスターとだけ呼ばれた彼らが闊歩していたからだ。

 それらは大崩壊以後の地球上で初めて確認されるようになった生物たちだった。旧世界には存在しなかった生き物だった。

 オーク、コボルト、ゴブリンを初めとする重火器で容易に殺傷可能な怪物。

 ミノタウロス、サイクロプス、オーガなどの、戦車や航空機などの兵器群をもってしてようやく殺傷できるようになる大型の怪物。

 そしてそれらを上回る……――怪物も。

 虚空から炎や氷、雷を呼び寄せる奇妙なローブを纏った人に似た異なるもの。

 見たものを石化させる異能を持った鳥。空を自在に飛びまわり、戦術核の直撃にも耐えた巨大なトカゲ。


 ――そんなものが地上には大量にいた。生息していた。群れを作っていた。


 絶望に足が生えて地上を闊歩していたようなものだ。

 人類は外界での生存を諦めるしかなかった。

 だが、終わりではなかった。

 人類が本格的に衰退していこうとするときに世界の各地で同時に発見されたものがある。

 人工知能群が人類に秘匿していた技術だった。

 まるでこうなることを見越したように用意されていた新たな人体改造技術の発見。

 人類に与えられた新たなる牙だ。

 それにより、人類は狩られる側から立ち上がることに成功する。

 閉塞したシェルターから外の世界へと居住空間を広げていくことができるようになる。

 外に出て、太陽の下で活動できるようになった彼らは願う。

 もっとだ。もっと取り戻さねば。我々の大地を。空を。海を。

 人類は更に状況を効率化させるために、それを建造し始める。

 都市の地下を迷宮化させ、モンスターを閉じ込め、子どもたちを投入し、過酷に、だが圧倒的効率で成長させるための巨大教育機関。


 ――それこそが学園都市だった。


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