ハナグモ遺跡 その11

◇ ◇ ◇


 スートとカナエの二人の戦闘能力は、なるほど勇者の後継者と名乗るのに十分なものであった。


 ただし、相手が悪かった。


「ハッ!」


 スートが突き出す槍をクロエは横に回って避けると、柄を握りつぶす。素材としては木材でできているが、魔力によって強化されていてその気になれば金属を砕くほどの硬度のものを、である。


「…………」

「チッ」


 穂先を無くしたスートはバックステップで距離を取りつつ、錬金術で穂先を作り直す。その隙を潰すようにカナエがハンドアックスを後方から挟むように投げつつ、自身も両手にそれを持ってクロエに近づく。

 しかしクロエは手に持った穂先を投げ捨てると上体をそらしてかわし、前方に走るとカナエの頭上を飛び越える。


「…………」

「おまえ、闘う気はあるのか?」


 敵対する二人に半身を晒しつつ、武器も持たずにただ立っているクロエにカナエが問いかける。その問いにクロエはちらりと目を向けて口を開いた。


「…………もっと本気で、こい」

「なに?」

「…………ほんとうに勇者の後継なら、本気を、みせろ」

「……お前は何を知っているの?」


 明らかな不審の色を顔に表すカナエの問いにクロエは答えず、今度は自分から攻撃を仕掛ける。まばたき一つのうちにスートの目の前に至ると、とっさに上げようとした槍を踏みつけて無効化し、腹部に手を添えると軽くひねって押し込む。

 次の瞬間スートの身体が壁に激突し、床に倒れる。スートは少女とはいえ、クロエよりも背が高い。その体格差をものともせずに吹き飛ばす様子をカナエが目にしたときにはすでにクロエが目の前に立っていて、そのことを認識すると同時に体に衝撃が走った。


「っ、ぐ…………」

「げほっ、げほっ…………」

「…………うん、まあ、なかなかがんじょうだな」


 スートに掌打を、カナエに蹴りを繰り出したクロエは意識を保っている二人の様子を見て、少し感心したような声を漏らした。

 その様子を見ていたギルベルトは、倒れている二人に向けて口を開く。


「スート、カナエ、

「わかったよパパ!」

「見ててね!」


 ギルベルトの言葉に顔を輝かせた二人は少しふらつきながらもしっかりと立ち上がり、クロエを睨みつける。その目の色がスートは紅に、カナエは紫に染まっていく。それと同時にスートの下半身が蛇のものに変わり、カナエの髪が伸びてポニーテールがひとりでにほどける。


「私たちのこの姿を見るのは人間ではお前が初めてだぞ」

「後悔するなよ!」

「…………やっとか」


 ぼそりとクロエがつぶやくと同時に、スートが下半身を縮めて飛ぶようにして距離を詰める。そのまま槍を突き出すが、その速度は先程とは比べ物にならないほど速い。


「…………!」

「逃がすか!」


 クロエが飛びのくようにして避けたのを追って槍を突き出すが、クロエは空を蹴ってその穂先を避ける。しかしその後ろからハンドアックスを持ったカナエが襲い掛かる。壁を蹴ってクロエの上を取ったカナエはその紫の瞳を輝かせながら背中を狙うが、クロエはそちらに目を向けることなく横に飛ぶ。

 その背中を追うようにハンドアックスが不自然な軌道を描いて投げられる。


「…………む」


 後ろから迫るハンドアックスを察知したクロエはかすかに眉をひそめると再び宙を蹴ってその軌道から外れるが、避けたハンドアックスが空中で消えると、クロエの頭上から降ってくる。


「…………ち、《短距離転移ショートワープ》、か。…………めずらしい魔術、だ」

「ご名答! でも正体が分かっただけじゃ対処できないでしょ!」

「…………」


 降ってくるハンドアックスをかわして地上に降りたクロエは黙ってカナエを睨むと走り出そうと足に力を込め、違和感に気づく。


「…………?」

「かかった!」


 見ればいつの間にか足に魔術陣がまとわりつき、じわじわとクロエの身体を侵食していた。そして魔術陣がまとわりついているところはまるで石のように変化していき、動かなくなっていく。

 クロエは魔術陣に込められた魔力を吸い上げるために《スイーパー》を意識的に強めようとする。

 しかし。


(…………魔力が吸えない、いや、吸いにくい?)


 そのように判断したクロエは油断なく周囲を警戒しながら小さくつぶやく。


「…………シュバルツ」

(なにかご用かな?)

「…………『心臓』を貸して、一鼓動でいい」

(いいのかい?)

「……………………なりふりかまってられるか」

(了解だ、主人マスター


 シュバルツがそう告げた瞬間。

 ドクン、と非常にゆっくりとした鼓動の音が響く。


「な、なにごと!?」

「まさか…………?」


 そしてクロエの身体から、魔力が間欠泉のように噴き出す。その魔力はクロエを縛る魔術陣の中に流れ込み、魔術陣を食い破る。

 魔力が噴き出していたのはほんの数瞬であったが、その短い時間でクロエは魔術陣から脱出していた。


「…………ふう」

「なに、今の魔力量……」

「すごい魔力……」

「…………今のは竜の心臓……か?」


 三者三様の反応を見せる中、クロエはそれを好機とばかりにカナエに近づく。


「…………っ! 馬鹿め!」


 カナエはとっさに両手からハンドアックスを投げるが、クロエは恐れずに手を伸ばしてつかみ取る。再びカナエは、しかしその顔を見て驚いたように口もとを歪める。


「目を閉じたまま私のオノを掴んだっていうの!?」

「…………お前のオノは魔力をおびている、からな」


 クロエはそのまま右手のハンドアックスをカナエに向けて振りかぶり、左手のそれを後方から飛びかかってきていたスートに向けて投げつける。


「くっ!」

「なんの!」


 二人はそれぞれの得物でその攻撃を受けるが、その間を潰すようにクロエはカナエを蹴り上げると、後方から突き出された槍を避けるように半歩横に移動する。

 それを読んでいたかのように突き出した槍で薙ぎ払おうとするスートだったが、クロエは飛びのいてかわしつつスートを壁に向かって蹴りつける。


「ぐっ…………」


 蹴ったスートを気にかけることなくクロエは蹴り飛ばしたカナエを追って飛び上がり背面を取る。そのまま背中に手を当てると掌打を放ち、地面に激突するカナエを追って着地するが、そこにスートが割って入る。


「ハアアアッ!」

「…………じゃま」


 鋭く突きこまれた槍をクロエは無造作に掴むと、そのまま無理やりスートを引き寄せ腹に肘を叩きこむ。息を吐いて動きが止まったスートに対し、クロエは回し蹴りで脇腹を蹴ってふき飛ばす。

 その隙にカナエは《短距離転移》を利用して前後左右と上からハンドアックスによる攻撃を仕掛けるが、クロエは顔色一つ変えずに前進すると前からくるハンドアックスを掴み取り、その一本で左右と上のオノを叩き落し、後ろから仕掛けていたカナエを受け止める。

 受け止められたカナエはなおも両手にハンドアックスを持ってクロエに攻撃を仕掛けようとするが、クロエはそれらを全てゆらりとした動きでかわし続ける。頭を割るために振られた一撃がつむじに吸い込まれるように決まったと思った瞬間、頭は後ろに引かれてオノは空を切る。


「ぬるぬると…………!」

「…………ふっ」

「笑うなっ!」


 カナエが諦めずにハンドアックスを振るっていると、吹き飛ばされていたスートが援護するようにクロエに槍を突き出す。クロエはそれを鬱陶しそうに払いながら、カナエに近づく。それを邪魔するようにスートも槍を差し込むがことごとく払われ、クロエの手がカナエに伸びる。その手がカナエの手首を掴むと、カナエの視界がぐるりと回る。


「かは、っ」


 再び地面に叩きつけられたカナエはすぐに立ち上がろうとしてまだクロエの手が手首を掴んでいることに気づき背筋に冷たいものが走る。その予感の通り、クロエは地面に倒れたカナエの身体を自分で持ち上げるとそのまま連続で投げ始めた。カナエは必死にそこから抜け出そうとするが、手首は万力のように締められて自力では抜け出せそうにないことを悟ると、その目を大きく開いて機会を待つ。

 その間、スートは槍を突きこむ隙を探していたが、どうあがいてもカナエに刺さりかねないと判断した彼女はカナエの能力を発揮できる環境づくりのために動き始めた。


「…………?」


 カナエを投げ始めてからスートがこちらに攻撃してこなくなり、そのうち何かを魔術で作り始めたのを見たクロエは警戒しつつもひたすらカナエを戦闘不能にするべく投げ続けていた。


「…………っ!」


 しかしそのスートがこちらに何かの金属を投げつけてきたことでクロエはカナエを盾にするが、カナエがそれを《短距離転移》でどこかに飛ばしてしまう。

 それを何度か繰り返した後、突然スートが槍を構えて全力で突き込んできた。それを再びカナエを盾にすることで防ごうとすると、カナエはスート自身を《短距離転移》で移動させる。後ろに移動した、と魔力感知で判断したクロエはカナエを地面に叩きつけつつ後ろから突き出される槍を払ってスートの首筋に一撃を叩きこむ。その一撃で地面に倒れこむスートだったが、その顔が笑っているのを見たクロエはとっさに顔を上げてカナエの方を振り返ろうとして、足をもつれさせた。


「…………っ! なるほど……」


 見れば先程よりも速く魔術陣が足にまとわりつき、すでに腰ほどまで石に変わりつつあった。

 倒れたクロエが壁を見ると、ちょうどクロエが顔を上げたときの視線の辺りが鏡のようになっている。恐らくスートが魔術によって物質変換と形状変化を行ったのであろう。そして首を巡らせるとそこには鏡の破片のようなものがばらまかれている。これらを使って

 そこまで認識してクロエは微かに笑い、全身が石になる。


「…………ぅ、はあっ、はあっ。…………勝ったのか?」

「いや、まだだ!」


 全力で魔眼の能力を引き出していたために気絶していたカナエは、目の前の石の塊を見てぽつりと声を漏らすが、ギルベルトの言葉にとっさにその場を飛びのく。

 するとカナエが立っていた場所が突如大きな重力がかかったように陥没する。


「…………ん、まじゅつはにがて」

「なん、で…………」


 見れば石の塊から石のかけらが零れ落ち、その下から柔らかな少女の肌がのぞく。そして全身がもとに戻ったクロエはよいしょ、と言いながら立ち上がる。


「…………魔術陣が、からだを這うものだとわかっていれば、その下に魔力でできた皮をすべりこませれば、魔術陣が石にかえるのは、それだけ…………けほっ」


 咳き込みながらもニヤリと笑うクロエの姿に、カナエはこの戦闘で初めて格上と相対する恐怖を感じていた。しかし勇者の後継として育てられた彼女にとって、恐怖に屈して膝を折ることだけは自分に許すことはできない。その一心でカナエはクロエに挑む。これまでの戦闘で疲弊した体に鞭を入れ、残された全力でクロエに一撃を入れるために突撃する。


「…………ん、まあ、よくがんばった、ぞ」


 その信念を込めた一撃を、クロエは頑張ったの一言で済ませると、次の瞬間、勝敗は決した。

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