ハナグモ遺跡 その10

「ははは、そう褒めるでないわ。もっと大盤振る舞いしたくなるじゃろうが!」


 喜色満面の笑みを浮かべながらベルは魔力を練り上げる。見ればそこかしこに舞っていた槍は大きく数を減らし、残っているのは八本のみである。しかし数が減ったからといって侮ることはできない。

 現にクヌギの本能は槍に対して大音量で警鐘を鳴らしていた。


(なんなんですかねあの魔力量…………。私の釘でもかき消せる気がしないんですが)


 槍は込められた魔力によって周囲の景色を歪めている。そしてその上ベルはまだ魔術を放つつもりである。


(でも人間である以上いずれ魔力は切れるはず。これだけの大魔術を連発しているのだからそろそろ切れたり…………しないですよねえ)

「魔力切れを狙うつもりなのかもしれないが、儂はこのくらいの魔術ならあと数十発ぐらいは余裕じゃな」

「…………そういうこと言うのやめてくれませんか」

「なんじゃ、こらえ性のないやつじゃのう」

「こらえ性とか、いう、問題じゃ、ありませんよこれ!」


 落胆したようなベルに、槍を紙一重でかわしながらクヌギが悲鳴のような声で反応する。

 しかしそんな均衡も長くは続かない。


「っ、ああ!」


 漏らした苦悶の声は短いものだったが、クヌギのわき腹は深くえぐられていた。そこを好機とばかりに槍が殺到する。しかしそこはかつて勇者となるべく鍛えられたためか、ギリギリでとはいえ避けてみせる。しかしすぐに足に力が入らなくなったのか、倒れこんでしまう。


「流石、というべきなんじゃろうな。儂のこの魔術を初見で避けられる者ははなかなかおらんぞ」

「ぐっ…………そりゃどーも。私これでいっぱいいっぱいですよ」

「はっ、まだそんなに目をぎらつかせておきながらよく言うわ」


 クヌギの顔は血が抜けて青白くなっているが、そのぶん目のぎらつきが顕著になっている。その目はベルが見慣れた目――自分が死んだとしても一矢報いようとする者の目であった。

 現にクヌギはすでに立ち上がり、釘をベルに向けて構えている。


(こういう手合いは何度も見てきたが、正直あまり相手にしたいとは思わんのう…………。ま、今回はそうも言ってられんな)


 頭の中でさっと結論を出したベルは杖を構え、いつクヌギが動いてもいいように準備する。そしてクヌギがベルに向かって突撃しようと踏み込んだ瞬間、クヌギの足元が沈み込む。


「!?」


 その途端、四方の壁に穴が開き、合成獣キメラ達がぞろぞろと溢れ出てきた。


「どうやら、ギルベルトが仕掛けた罠のようじゃのう」

「っ……ええ、私としたことがこんな罠に引っ掛かるなんて」

「さて、どうする?」

「何のことですか?」


 ベルは穴から次々と出てくる合成獣にちらりと目を向ける。二人がいる部屋がかなり広いためまだ合成獣との距離は遠いが、それでもすでにかなりの数の合成獣が二人の周りを取り囲んでいた。


「おぬしも儂も互いのことが邪魔じゃが、それ以上にこやつらの方が邪魔じゃろう。ならば、ここは一旦休戦にせんか?」

「つまり二人でこいつらを殲滅してそれから仲良く殺し合いましょう、と?」

「うむ、どうじゃろうか」


 その言葉に、クヌギはあごに手をやりつつ空を見つめる。そのまま目を閉じて眉間にギュっとシワを寄せ、再び目を開いたとき、その目には決意が浮かんでいた。


「そうですね、その答えはこう、です!」


 そう言いながらクヌギは流れるように懐から短刀を抜き、思い切りベルの方へと投げた。


「ふん、お主ならそうすると思っておったわ」


 短刀を目前にベルはやれやれといった口調でつぶやくと、


「g@'33!」


 後ろからベルに襲い掛かろうと忍び寄っていた合成獣の額に短刀が突き刺さる。ベルは体勢を崩した合成獣に足払いをかけて地面に倒すと、魔力弾を頭に向けて撃ち込んだ。

 それを見ながらクヌギが能天気に笑い、自分に襲い掛かってきた合成獣の首をはねる。


「容赦ないですねえ」

「ん? いや何の説明もなく人の頭に向けて刃物投げるようなやつよりはマシじゃろ」

「そんな人いるんですねえ」

「鏡を見ろ」


 そして二人は互いに背を向けると、それぞれの得物を手に合成獣をさばいていく。


「《氷刃》。ついでに《纏雷てんらい》」


 ベルは杖の先に氷でできた刃を伸ばすと、そこに紫電がはしる。その感触を確かめるように軽く二、三度振ると目の前の合成獣にちらりと目を向け、次の瞬間その合成獣の腕が落ちる。


「む、やはり強度は期待できんのう」


 見れば刃は砕け、長さが半分ほどになってしまっている。ベルは再び刃を伸ばすと自ら合成獣の群れの中に突っ込んでいく。そのまま先程腕を落とした合成獣の胸に突き刺すと、刃を切り離す。そして返す刀で周りにいた合成獣たちにも同様に氷の刃を突き刺していく。刃に纏わせた電流によって動きが鈍くなった群れを抜け、ベルは少し離れると振り向いて杖を掲げる。


「やはり敵の数が多い時には一気に殲滅するのが楽しいわ! 《雷精よ・集いて踊れ・万雷の喝采と共に》!」


 呪文が紡がれると合成獣たちの頭上に雷でできた球体が発生する。そしてベルが杖を振り下ろすと同時に、球体から雷が降り注ぐ。合成獣たちは痺れた体で逃げようと足掻くが、抵抗虚しく全ての雷が合成獣の胸を貫く。

 ホワイトアウトした視界に色が戻ってきたとき、そこには肉の焦げる匂いが漂い、ピクリとも動かない死体の山が完成していた。


「うわ、えげつない魔術…………。っていうかあんな魔術使える余裕があったんですかあの人」


 ベルとは違い身体能力で合成獣を殺すクヌギは、十数体目の首と腕を切り落としながら部屋の反対側から響く轟音に首をすくめた。そして目線も向けずに、襲い掛かる合成獣の爪を避けてその腕を切り落としながら反対側の腕を掴んで引き寄せ後ろから首筋に一突き。この間わずか数瞬である。

 クヌギは首から短刀を抜き軽く振って血を落とすと、先程まではどちらかといえば受けに回っていたのが一転、攻めの姿勢を見せる。

 合成獣の周りを踊るようにぐるりと回りながら、いつの間にか両手に持っていた短刀を振るい合成獣の手足を斬る。合成獣たちはクヌギの動きに翻弄されてなすすべもなく達磨にされている。


「ふむ、まあこんなもんですかね」


 そしてクヌギが動きを止めたとき、その周りには四肢を切り落とされて無様にうごめく合成獣たちが転がっていた。


「そちらも終わったようじゃな」


 その言葉にクヌギが渋面を作って振り返る。そこにはクヌギ以上の数を相手にしながらまだまだ余力を残したような顔で近づくベルの姿があった。


「けっ、少しぐらい疲れたふりぐらいしてくれたっていいじゃないですか」

「はっ、それはできぬ相談じゃな。儂としてもプライドというものがあるからな」

「…………その話し方にプライドだの、ベルさんっていくつなんですか?」

「デリカシーのないやつじゃのう。そんな奴に教える気はないの」

「ちぇっ、つまんないですね」


 クヌギはそう言うと、さて、と言って手を叩く。


「じゃあやりましょうか」

「あん?」

「いえ、ほら、私たちってお互いに死んでほしいわけじゃないですか」

「まあ儂はお前の生き死になどあまり興味はないのじゃがな」

「えー」

「え、なにお前そんなに殺し合いたかったの?」

「いえ死にたくはないですが」


 いひひ、とどこか子供のように笑うクヌギはすぐに表情を真面目なものにすると、「でも殺し合わないといけないのは事実です」と言い切った。


「お互いのことが認められないのなら、実力行使しかありません。そして私は死ぬまで動き続けるつもりですし。…………というか私はそのくらいの気持ちで挑まないと勝ちの目すら見えませんので」

「まあ儂は殺されても取り憑いて呪い殺すぐらいはやってやるが、別に今それをするほどではないからのう」

「ずいぶん自信がおありのようで」

「まあ負けんじゃろうからな」

「その天狗の鼻叩き折りたくて仕方がねぇ…………」


 クヌギはベルの堂々とした負けない宣言に対してぼそりとつぶやくと、両手に短刀を持って構えた。てっきり釘が出てくると考えていたベルの怪訝そうな顔に、すねたような表情でクヌギは答える。


「確かに釘の方が対応はしやすいですが、なにぶん使い慣れていないのでやりにくいんですよね」

「ああ、なるほどな」

「さて、さっさとやりましょう。勇者に死なれると困るので」

「あいつが死ぬことはないがのう…………」

「問答無用!」


 叫ぶと同時に地を蹴ったクヌギに対し、ベルは大きなため息を一つ吐くと杖を構えて呪文を唱え始めた。


◇ ◇ ◇


 一方その頃。


「……………………ぅ」

「……………………ぁ」


 二人の少女がそれぞれ壁際に倒れ、部屋の中央には無傷のクロエが立っていた。


「見事なものだな。…………いや、それも当然か」

「…………」


 壁際に座り込むギルベルトは自嘲気味につぶやくと、クロエが近づいてくるにつれてその顔を落とす。クロエはそんなギルベルトにゆっくり近づくと、目の前で立ち止まった。


「私が憎いだろう?」

「…………」

「顔を見せていないのはそういう理由だろう?」


 隠蔽魔術によって顔立ちの認識をできないようにしているクロエは、その言葉に何か言おうと口を開き……閉じてしまった。


「それで、どうする? やはり私を殺すのか?」

「……っ」

「ああ、殺すなら一思いに……」

「…………がう」


 クロエがつぶやいた声が聞き取れず、ギルベルトは怪訝な顔を向ける。


「…………ち、がう」

「何が違うと言うんだ」

「…………わたしは」


 そこで言葉を探すようにうつむいたクロエは、唇をかんで顔をあげる。


「…………つらかったのは、そう。…………くるしかったのも、そう。…………でも、でもね、わたしはきらいになんてなれないよ」


 お父さん、とクロエはささやくように言った。

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