ハナグモ遺跡 その12
◇ ◇ ◇
クロエに父さん、と呼び掛けられたギルベルトは苦悩するような表情でうつむく。
「まだ私を『父』と呼ぶのか」
「…………ん」
「…………そうか」
そのまま二人の間に静寂が流れる。その静寂を破ったのはカナエだった。
「…………ぅ、パパ! パパから離れろ!」
疲弊を隠し切れない顔に敵意を見せつつ、いつでも飛びかかれるように構えるカナエに、ギルベルトは優しく声をかける。
「手を引きなさい、カナエ」
「でもパパ、こいつは……!」
「安心しなさい、彼女は君の……君たちの
「ちょうし?」
「ああ、一番上の姉ということだ」
「ミナト姉の上? でもそれって死んじゃった勇者様じゃないの?」
そこでギルベルトは珍しく言葉に詰まったようにしてクロエを見る。クロエはそれを見て、首をかしげると口を開いた。
「…………ん、おねえちゃん、だぞ?」
「そこは言い切ってほしかった」
「…………妹のことはしらなかったし」
これが噂に聞く勇者なのかと困惑するカナエと、ひょうひょうとした雰囲気のクロエの間でギルベルトはため息をつくのであった。
それからしばらくもしないうちにスートが目を覚まし、カナエと同じような一悶着を起こした後、四人は元いた広間に戻ろうとしていた。
広間へ戻る道を歩きつつ、ギルベルトの後ろに隠れるように歩くカナエとスートは、小さな声でギルベルトに疑問を投げかけた。
「ねえパパ、本当にあれが勇者様なの? そっくりさんとかじゃなくて?」
「彼女の魔力は透明……それだけならまだ怪しむべきだが、彼女は『心臓』を使ったからな。そう考えて間違いないだろう」
「『心臓』?」
「お前たちも見ただろう、あの魔力の爆発的な奔流を」
「ああ、あれすごかったよね」
「どーん!って感じであふれてきたもんね」
「あれは恐らく竜の心臓だ。竜の心臓がその鼓動で生み出す魔力は、魔界の中でも随一だとされている」
「へえ…………」
「勇者様ってあれだよね、吸血鬼、竜、天使、悪魔の因子をぜーんぶ受け入れちゃったすごい人なんだよね。じゃあ血を吸ったりするのかな」
クロエは一人で他の三人の前を歩きつつ、後ろから聞こえる談笑に微笑んでいた。
(楽しそうね)
「…………ん、まあね」
(それにしても失礼しちゃうわ。私は吸血鬼だけど、かわいいかわいいクロエに血を吸わせたりするわけないじゃない。そもそも私は種族としてそれほど血を必要としているわけでもないし)
「…………でも血を吸ったほうがつよくなれるんでしょ?」
(それは否定できないわね。なにせ私は一応? 最強の吸血鬼、らしいですし。ほんとかどうかは知らないけど)
「…………メアは十分、つよいよ?」
(ふふっ。ありがと、クロエ)
四人が広間に戻ってくると、そこには
「む、戻ってきたか。遅かったなクロエ」
「…………ちょっと手こずった、から」
「ほう、クロエが手こずるとは珍しい。そんなにそいつらは強かったのか」
「…………ん、まあまあ」
自分たちの強さを「まあまあ」と評されたカナエとスートは納得いかないような表情をしていたが、ギルベルトの後ろで黙っていた。
「…………そういえば、クヌギは?」
「ん? あー、向こうにいるぞ」
ベルが指さした方にクロエが近づくと、そこには床に半ば埋め込まれて石化しているクヌギがいた。
「…………ベル、これ、生きてるの?」
「たぶん」
「…………」
ベルに相当手ひどくやられたのであろう、ということを感じたクロエは小さく合掌するとベルのもとに戻ってきた。
「それで、そっちは何があったのか聞いてもいいか?」
「…………ん。…………でも話すのは、私じゃなくて、父さんで」
「父さん……? ああ、なるほどな」
ギルベルトを指さしたクロエを見て、何かに気づいたような反応をしたベルは、ギルベルトに向き直ると頭を下げた。
「名乗るのは初めてだな。私はベル。いろいろあってクロエ……この少女とともに旅をしている」
「私も改めて名乗らせていただこう。私はギルベルト=クロイツフェルトだ」
「クロイツフェルト……? それは確か勇者に与えられた姓ではなかったか?」
「ああ。私が個人的に名乗っているだけに過ぎない。一種の戒めのような、感傷のようなものだ」
「娘とのつながりが欲しかったということか」
いけしゃあしゃあと言い切ったベルの顔を見て、ギルベルトは驚いた顔をしたあと、小さく笑う。
「そうだな……その通りだとも。自分勝手な贖罪のつもりさ」
「パパ…………」
普段見せないのであろう弱った姿に、カナエとスートは心配そうな顔をして彼に寄り添う。ギルベルトが二人の頭をなでている様子を見ながら、ベルは先程から黙っているクロエに小声で話しかけた。
「なんというか、不器用な人物だな」
「…………優しい人だけど、愛情のつたえ方が、へた」
「ふふっ」
「…………?」
「いや、クロエもそんな複雑な顔をするのだな、とさ」
「…………ばかにしてる」
「してないぞ」
二人でこそこそ話していると、落ち着いたギルベルトが声をかけてきた。
「ところで、こんなところで立ち話もなんだろう。私たちの部屋に案内しよう」
「部屋というのは先程の工房ではないのか?」
「問いに問いを返すようで申し訳ないが、ベルさんはわざわざ血の匂いのする部屋で寝たいと思うかね?」
「ああ、それは失礼」
過去には暗殺者の血で濡れたベッドで寝た経験もあるベルだったが、さすがにそう何度も繰り返して寝たいとは思わない。そんなことを考えながらギルベルトたちの後を歩いていたベルたちは、工房より少し大きいぐらいの部屋に案内された。
「ここが私たちが普段生活している部屋だ。そうくつろげるところでもないと思うが、辛抱してもらおう」
ギルベルトはそう言ってカップをいくつか棚から取って飲み物を準備し始めた。その間にカナエたちはテーブルを囲むように置かれたソファに座っており、クロエたちのことをじっと見つめていた。
「そうは言ってもギルベルト殿、このソファはなかなかの一品のように見受けられるが」
「ああ、屋敷から適当に持ってきたものだからな。それなりの品ではあるだろう。それと殿、などとつけなくて構わない。そちらに敬称を付けられるのは何というか、違うだろう」
どうすればいい、とベルに目線で尋ねられたクロエは、少し首をかしげると口を開いた。
「…………父さんはもともと、貴族。…………だけど勘当されてるからじっしつ、平民」
「…………」
その答えに、ベルは頭痛がするかのように頭を押さえてみせた。クロエの話のそのまま受け取るならば、ギルベルトは貴族から平民になり、また貴族の姓を名乗っているということである。しかも勝手に。自由な人物にもほどがある。
その不信感が伝わったのか、ギルベルトは全員の前にカップを置くと、「自分でも変だという自覚はある」とどこか不満げに言った。
「それはそうと、アルミナ……いや、今はクロエ?だったか、今まで何をしていたんだ?」
しかしすぐにクロエの方に向き直ると先程より真剣な声音で問いかける。それに対してクロエはスッと目線をそらすと、「…………しゅひ、ぎむ」と言った。
「ふむ、ベルさんから何らかの依頼を受けて行動している途中で、その内容を話すことは契約違反だということか」
「…………ん、そんなとこ」
「ここにはいつまでいるつもりなんだ?」
ギルベルトは自然な風を装いつつ、どこか唐突に尋ねる。気になっていたのだろう、よく見れば目が少し泳いでいる。その視線がクロエから外れてベルを向いたタイミングで、ベルはその問いに答えた。
「そうだな、次は西に向かうつもりだが、クロエがここにしばらく滞在したいというならそれはそれで構わないぞ。別に旅路を急ぐわけでもないのだしな」
「…………ん、でもそんなに長くはいない、よ?」
「いいのか? 久しぶりに会えたのだろう?」
「…………父さんはいいけど、そっちの二人がめんどくさそう」
「ああ…………」
ベルにしか聞こえないような声で、クロエが珍しくむくれた声を出したので、納得しながらベルは苦笑する。確かにそれはあまり長居したくないのだろう。
「…………長くてすうじつ、早くてあさっての朝、くらい?」
「まあそんなとこか。…………そういえば今は何刻だ? 一日は経っていないと思うが、それなりに長い時間この遺跡に潜っていたからな」
「今は大体下八刻といったところだな。どうだろう、夕飯もふるまおうと思っていたのだが」
「私は別に構わないが……」
「…………ありがたく、いただきます」
やけに神妙な顔つきで堅苦しく言うクロエの姿に、ベルが噴き出したのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
「ところで、さっきの彼女はあのまま放置していてよかったのだろうか」
手慣れた様子で野菜を切って鍋に入れていくギルベルトは、隣で野菜を洗っていたベルに問いかけた。
「ん? …………ああ、クヌギのことか」
「彼女はそういう名前だったのか。それで、大丈夫なのかね?」
「うむ、あれは一種の仮死状態なので肉体的に問題はないが…………失礼、こちらに連れてきてもよろしいか?」
「構わないが、彼女の方は大丈夫なのかね? どうやら勇者に並々ならぬ思いを抱いている様子だったが」
「それをあなたが言うのか」
「それもそうだな」
そのひょうひょうとした話しぶりにどこかクロエらしいものを見たベルは、困ったように眉を寄せながら笑うと、広間へ戻った。
広間に戻ったベルは、クヌギにかけた呪いの解除魔術を唱えた。魔術はすぐに効果を発揮し、クヌギの身体が人肌に戻り、体が床からせりあがってくる。
「おい、大丈夫か」
「ん…………あと三十分だけぇ……」
「そういうのいいから」
「ちぇ」
むにゃむにゃと言いながら寝言を口にするクヌギは、ベルに半眼で睨まれると口をとがらせながら目を開いた。
「いやあ、ものの見事にやられましたね…………。ところで私さっきまでどうなっていたんです?」
「どこまで覚えているんだ?」
「ベルさん、その口調って作っているんですか?」
「うるせえ」
「ひえ」
軽口をバッサリ切り捨てたベルを見て、クヌギは小さく悲鳴を漏らすと「《幻影剣》とかいう魔術で心臓を貫かれたあたりですね」と答えた。
「あれ、でも傷は見当たりませんね。滅茶苦茶痛かったんですけど」
「ああ、《幻影剣》に実体はなく、痛覚そのものに刺激を与える魔術だからな。その性質から殺傷ではなく拷問で使われる方が多いな」
「ずいぶんといやな魔術ですね……。私もそういう技術を持っていないわけじゃあないですが、そこを魔術で代用するのか、と言いますか」
「まあ心臓とか急所に刺すとショックで死ぬこともあるようだが、私はそんなへまはしないさ」
平然と「失敗したら死んでたぞ」と言外に言われたクヌギは冷や汗を垂らしながら、「それで、私をどうするんですか?」
と尋ねた。
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