ハナグモ遺跡 その4
「私はこれでも故郷では一、二を争う優秀な人材だったのです。…………いやなんで笑うんですかベルさん!」
「そんな私は子供の時、本家に連れていかれました。はい、私の家はその家の傍系に当たる家系だった、ということですね」
「それが、ヒシガミ家です」
「私のほかにも多くの子供たちが集められていました。三十人ぐらい、だったでしょうか」
「お堂のようなところに集められた私たちは今から何が始まるのかと、期待しながら緊張していました」
「しばらくすると本家の偉い人が――平たく言ってしまえば当主様がお見えになりました」
「当主様は私たちを人睨みした後、重々しく口を開きました」
「『そなたたちは勇者となるべくして集められた。これより勇者となる一人を決めるべくそなたたちに修行を課す。心して訓練に励め』と」
「当主様がその場を去った後の私たちの反応は十人十色でした」
「自らが勇者になるのだと意気込む者もいれば」
「魔族のことを考えて泣きそうになる者もいましたし」
「そもそも何のことだかさっぱりだという者もいました」
「しかしそんなことを大人たちは考えてもくれませんでした」
「私たちはそのまま本家の離れに通されると、男子と女子を分けて部屋を決めると、何時にどこそこへ集合せよと言われました」
「実際にそこへ行くと、そこには何人かの大人が立っていました。その人たちは私たちが集まったことを確認すると、『今からお前たちの実力を見せてもらう』と言いました」
「言われるがままに私たちは自分のできること、できないことを申告し、実際に軽めの手合わせをするなどしました」
「いきなり慣れない土地での慣れない暮らしをさせられた私たちでしたが、ご飯がとてもおいしかったことを覚えています」
「いくら子供とはいえ、これから勇者になるかもしれない私たちをもてなす用意はあったようでした」
「それから二か月後、初めての脱落者が出ました」
「原因は訓練中の怪我でした」
「すぐに手当てが行われ、命に別状もなく今後の暮らしに不自由するような後遺症も残りませんでした」
「しかし彼の心は折れてしまったのでしょう」
「次の日には彼の姿はなく、先生――本家で私たちの指導をしてくれている方から、そのように聞かされました」
「それまでは私たちのどこかに『みんなで頑張ればいいよね』みたいな気持ちがあったのでしょうが、その件以降みんなはより真剣に訓練に取り組むようになりました」
「しかし初めての脱落者が出てから、訓練は厳しくなっていきました」
「それでも私たちはひたすらに食いついて行きました」
「『一番にはなれなくてもいい。でも最下位にだけはなりたくない』」
「そんな声なき悲鳴が聞こえるようでした」
「そんな私たちのことなどお構いなしに、訓練の厳しさは増していき、一人、また一人と脱落していきました」
「そして人数が当初の半分ほどになった時のことでした」
「私たちは初めて、私たちの手だけで魔物を殺しました」
「それまでは先生たちも手伝ってくれていたのですが、そのときを境に先生は一切手を出さなくなりました」
「怪我をしてもその場で手当てをすることはなく、生きて屋敷に戻ることができれば手当てをしてくれました」
「私たちはなるべく怪我をしないように立ち回り、もし誰かがしたとしても自分たちだけで治療できるようになりました」
「もしかするとそれが狙いだったのかもしれませんが」
「それでも私たちは子供です。できることとできないことがあります」
「その日の標的は魔猪でした。牙に毒を持つためにそれを避けながら機動力を刈るという定石通りに事は進みました」
「しかし慣れというのは怖いもので、拘束が甘かったのか、魔猪が逃げ出しました」
「それだけならばさして問題はなかったので、私たちは二手に分かれて魔猪を追うことにしました。そしてことはその後に起こりました」
「もう一匹魔猪が現れたのです」
「その魔猪は私たちの集団に突っ込んできました」
「突然のこととは言え、いつもそのような非常事態に先生の手によって放り込まれ慣れていた私たちは驚くことはあっても、焦ることはありませんでした」
「私たちはその魔猪から逃げるか、狩るかの選択を迫られました」
「もちろん狩る必要はありません。すでに私たちが捕らえていた一匹を狩ってしまえば今日の訓練は達成できます」
「しかし私たちは欲をかきました」
「その戦闘中、一人が泥に足を取られ転びました」
「そのような隙を相手が見逃すはずもなく、魔猪は彼女に向かって突進しました」
「彼女はかろうじて避けましたが、その牙は彼女の脇腹をかすめていました」
「その後その魔猪はどこかへ逃げ去ってしまいました」
「すぐに彼女は毒に冒され、自分で歩くことが困難になりました。そして運の悪いことに、魔猪の毒の解毒剤を持っている少年は、もう一つの集団に居ました」
「私たちは諦めず、彼らと合流することを選びました」
「しかし、私たちが彼らと合流した時には、すでに彼女は息を引き取っていました」
「私たちが屋敷に戻ると、大人たちが待っていて私ともう一人を別室に連れて行きました」
「私と彼が二手に分かれた後それぞれの集団の指揮をしていたから、です」
「その少年がコノハでした」
「私とコノハは何が起きてこのような事態になったのか詳しい説明を求められ、全て正直に話しました」
「全てを聞いた当主様は、私たちを懲罰房に連れていくことを命じました」
「そのまま私たちは三日間懲罰房に閉じ込められました」
「それまでの私のコノハの印象は、正直に言っていけ好かないやつでした。仏頂面をしながら楽しくもなんともなさそうに訓練をこなし、終わった後は私たちのことをじっと見つめてるんです」
「聞くところによれば彼は本家の人間で、そもそもが私たちと違うのです。そりゃあ私たちのことが面白くないんだろうなってずっと思っていました」
「そんな感じだったので、正直懲罰房に入れられることよりも、コノハと一緒にいることの方が私にとっては苦痛に感じました」
「懲罰房は懲罰、と名はついているものの存外広く、私たちがお互いの居場所を作るのに十分な広さを持っていました」
「二日目の昼、私たちがご飯を食べていると突然彼の方から話しかけてきました」
「『俺といるのがそんなに嫌か』って」
「突然のことだったので呆気にとられましたが、私は強気で『ええ、そうね』と答えました。それを聞くと彼は困ったように眉を寄せて、『すまない』と言いました」
「その時の私には、全然彼のことが理解できませんでした。なぜ謝るのか。いや、謝るのはわかる。自分が悪いことをしたために嫌われているのではないか、と思うのは自由である。でも、どうしてそのときだったのかは結局わからずじまいでした」
「その日の夜中、彼は静かに基本の型をなぞっていました」
「それが、とても綺麗だったんです」
「月明りしか入らないような暗い房の中、ただひたすら愚直に型をなぞるその姿は、私の胸に何かの情動をもたらしたのです」
「そうして三日目、私たちは房を出て、皆のもとに戻りました。皆は私たちを温かく迎えながらも、どこか影があるようでした」
「よく見ると、解毒剤を持っていた少年の姿が見えませんでした。コノハも同時にそれに気づいたのか、近くにいた少年に尋ねると『当主様に呼ばれた』と言いました」
「それを聞いたコノハは『そうか』と力なく答えると、そのまま一人でどこかに行ってしまいました」
「次の日、コノハは訓練に現れませんでした」
「次の日も」
「その次の日も」
「そのまた次の日も」
「そうして一週間が立った日、やっと彼は戻ってきました」
「しかし彼は何も語らず、そのまま自然に訓練に参加し、その日が終わりました」
「それからしばらくは何事もなく、ひたすらに訓練の日々が続きました」
「しかしそんな日々も長くは続きませんでした」
「ある日、当主様に呼び出された私たちは、近くに侵攻してきた魔王軍の足止めをするよう命じられました。その際に、蔵にある武器を選んで持っていけ、とも」
「私たちがいずれ敵として相まみえる相手、魔王軍」
「そのような存在と今の自分たちの力の差がどれほどあるのかを試す、という意味ではちょうどいい機会であるとも言えました」
「でも、現実は過酷でした」
「その戦闘でさらに四人が帰らぬ人となり、三人が大怪我を負いました」
「私たちはとうとう、五人になってしまいました」
「五人になってしまい、随分と広くなってしまった庭で訓練していると、先生が私たちを呼びつけました」
「私たちが向かった先には、当主様と何人もの大人たちが控えていました」
「松明の明かりしかないその部屋には異様な雰囲気が漂っていましたが、入れと言われれば入るしかありません」
「五人全員が座ったことを確認すると、当主様が口を開きました」
「『お前たちはよく頑張っている』」
「それまで私たちに冷たい、厳しい目を向けることはあっても、決して労いの言葉などをかけてはくれなかった当主様の口からその言葉が出てきたとき、私たちはそろいにそろって間抜けな顔をしていたことでしょう」
「しかし、それは甘かった」
「当主様はその穏やかな目のままに、私たちに告げました」
「『目を寄こせ』と」
「私たちは凍り付きました」
「何を言われたのか全く理解できなかったからです」
「その間にも当主様の言葉は続きます」
「『そなたたちは実によくやっている。未来の勇者がこの中から出るのだと思うと儂も鼻が高い。じゃが、そなたたちは穢れを知らぬ。勇者といえど、その本質は殺す者である。そなたたちは最近魔王軍と戦ったそうじゃが、あれはまだ雑魚よ。そなたたちが相手にするのはより強大なモノ、恐ろしきモノである。それに飲み込まれぬよう、今のうちから穢れをその目で見るがよい』」
「当主様がそう言うと、そばに控えていた大人たちが私たちを取り押さえました。そして無造作に目に手を伸ばし、私たちの目を抉りました」
「その時私の耳に聞こえていた絶叫が私のものだったのか、隣にいたものだったのか、それすらも定かではありません」
「そしてその絶叫も終わらぬうちに、今度は箱を持った大人が私たちの目の前に来たかと思うと、その箱の中にあった球体を私たちの眼窩にねじ込みました」
「その瞬間のことは、今でも夢に見るほどです」
「脳の中に新しい回路が形成されて、無理やりそこに電気を流すかのような強烈な刺激でした。その回路は私たちに極彩色の景色を見せました。と言っても美しいものではなく、ただひたすらに醜悪としか形容しようのないおぞましい景色でした」
「私たちはそのまま気絶し、起きたときには目の周りに包帯が付けられ、何も見ることができなくなっていました」
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