ハナグモ遺跡 その5

「それからしばらくは、私たちはベッドの上での生活を余儀なくされました」

「視界が遮られているのですから当然ですね」

「見えはしませんが口と耳は自由だったので、他の四人としゃべることはできましたが、皆口数は多くありませんでした」

「まあ、当然ですよね。何の説明もなく眼球を抉られ、何かよくわからないものを埋め込まれ、その後も放置するだけで声をかけることもありません」

「さらにそれから数日たってやっと包帯が外れ、自分の目で世界を見ることができるようになりました」

「その瞬間、私たちの目は異質なモノと成り果てていることを理解しました。いや、理解させられました」

「私の目が誰かを映した瞬間、自然に『ああ、今隣にいる少女の首に手を突き立てれば殺せるな』という考えが浮かびました。考え、というよりは鮮烈で具体的な想像、と言い換えた方が正しい気もしますが」

「とにかく、私にそんな気は一切ないにもかかわらず、そんなことを考えてしまったのです」

「その少女も、私の顔を見て息を詰まらせていましたから同じような目に遭ったのでしょう。そしてそれは、その場にいる五人全員が経験しているようでした」

「あまりにも自然で気持ちの悪い想像に、包帯が取れたという喜びよりも先に自分の体の一部が誰かの手によって変えられてしまったという恐怖が先に来ました」

「他の皆も似たような気持ちを感じていたのでしょう。前日まではそれなりに明るい声が聞こえていたにもかかわらず、その日の部屋の雰囲気はまるで葬式のようでした」

「次の日になってようやく当主様がお見えになりました」

「当主様は『そなたらが手にした力は我が一族が総力を挙げて作り出した《混合魔眼》である。明日からはその力を制御し、我がものとするための訓練を行う』とおっしゃると、そのまま出ていかれました」

「次の日から言われたとおり、魔眼の扱いを学ぶ訓練が始まりました」

「私の魔眼は……ええ、そうです。《魔弾の射手》です」

「この魔眼は、《射貫く者》を基礎としつつ、《必中》《死線》《未来視》といった魔眼を合成したものになります」

「つまり、『相手に対する必殺性と命中精度を強化された《射貫く者》』というのが私の魔眼の効果になります」

「他の皆もそれぞれ何らかの上級魔眼を基礎に低級魔眼を複数合成した魔眼を植え付けられていたようです」

「そして私たちが魔眼の扱いにある程度慣れてきたころ、再び実戦形式の訓練が戻ってきました。しかし今度は魔眼を使っての訓練です」

「最初は先生を相手に、慣れてきたら魔獣に、そして最終的には、私たち同士で実戦訓練をするようになっていました」

「そしてそんな生活が始まって数ヵ月過ぎた後、一人が逃げ出しました」

「私のほかに一人だけ残っていた、女の子でした」

「彼女が持っていた魔眼は《悪食牢獄》というものでした」

「性質は単純。『何でも食らう』です」

「正確に言うと、『何でも飲み込んでしまう空間を自由に呼び出し、飲み込んだものを消化すればその特性を扱える』というものでした。彼女は後半の特性をあまり使いこなせていなかったようですが…………」

「とにかく、彼女は仲間内で戦うことを疎んで、屋敷から逃げ出しました」

「今まで訓練中の事故による怪我などで脱落する人は多くありましたが、自分の意志で脱走しようとする者は一人もいませんでした」

「もちろん、屋敷の大人たちが私たちより圧倒的に強く、脱走しようとしてもあっさり捕まってしまうことを理解していましたし、そもそも逃げようとすると屋敷前の一本道をひた走るか周りの山を越えるかという二択しかなく、私たちは逃げるという選択肢自体考えの外に置いていました」

「それを彼女が理解していなかったはずはないのですが、それを上回るほどにあの生活が地獄だったのでしょう」

「そしてその代償は、すぐに私たちの目の前にもたらされました」

「彼女がいなくなって広くなった部屋で目を覚まし、朝の訓練のために中庭に行くと、他の男子が何かを見ていました」

「何を見ているのかと近づこうとすると、コノハが私に気づき、『こっちへ来るな!』と鋭い声を上げました」

「今まで聞いたことの無い彼の声に、私の足は一歩下がりましたが、心の中の私が『見なくてはならない』と警鐘を鳴らしていました」

「制止しようとする男子を押しのけ、地面に打ち捨てられたを目にしたとき、私はそれが何かわかりませんでした」

「そこにあったのは肉でした」

「頭はなく、腕も片方なく、足に至っては両方とも潰れ、皮がずるりと剥けて中の肉がこぼれ出ていて」

「でも、綺麗だったであろう着物の切れ端がそこにはあって」

「その柄にはなんだかとても見覚えがあって」

「私の頭の中で、何かがプツンと切れた音を聞きました」

「それからすぐに私は倒れ、自分の部屋で寝かされました」

「半日ほど寝た後、すぐ中庭に向かいましたが、すでに肉塊は一片残らず回収されていて、そこに朝の残滓は一切残っていませんでした」

「夢を見ていたかのように歩いて部屋に戻ると、先生は私が起きたことを聞いたのか、残りの三人と共に訓練場に来るよう命じました」

「私が彼らにそのことを伝えて訓練場に行くと、風呂敷包みを床に置いて、先生が私たちを待っていました」

「先生は私たちが座ったことを確認すると、風呂敷を広げました」

「そこには、頭がありました」

「傷を負い、血で汚れ、

「笑顔が好きだった」

「少女の頭がありました」

「もはや何の反応も返せない私たちを前に、先生は『これが脱走する者の末路だ』と言いました」

「そして風呂敷でその頭を包むと立ち上がって持ち上げ、私たちに『今日はもう休んでよし』と言い、その場を後にしました」

「先生が立ち去った後も、私たちは誰一人立ち上がることはできませんでした」

「やがてコノハが口を開きました」

「『あれは人の手によるものだ』と」

「それが意味するところはつまり」

「脱走した者には、死を」

「単純で、明快で、淡々とした事実が、私たちの前に証拠と共にやってきた瞬間でした」

「次の日から、何事もなかったように訓練は続きましたが、私は集中できず、先生に何度も指摘を受けました」

「そんな私を見かねたのか、コノハやユキネ、アスカは私たちに休むよう声をかけてきましたが、私はそれを突っぱねて、無理やり訓練に参加していました」

「そんな風に訓練を続けていたために無理がたたったのか、私は身体を動かせなくなりました」

「悔しくて泣きました」

「ああ、私たちは何のために訓練しているのだろうか、と」

「それから数日間、私はぼうっと部屋のベッドの上で過ごしていました」

「さらに数日たってようやくベッドから出ることができるようになり、私は倉庫に向かいました」

「私は目当てのものを見つけると、隠すように持って部屋に戻りました」

「私はそれを部屋の梁にかけると、先端を輪のようにくくりました」

「椅子の上に立って輪から窓を見たとき、見慣れたものであるはずなのに、初めてその景色が美しいもののように感じました」

「それをもっとよく見ようとするように首を伸ばし、私は椅子を蹴りました」

「椅子が倒れるガタンという音がやけに耳に響き、すぐに静寂が訪れました」

「私は泣いていました」

「苦しいとか、悲しいとか、綺麗だとか、残念だとか」

「嬉しい、とか」

「私は泣いていました」

「そのまま目を閉じ、私は意識を捨てました」

「しかし神様というのは意地悪なもので、私をそう簡単には死なせてくれませんでした」

「目を覚ますと、コノハの顔が目の前にありました」

「その瞬間、コノハが私のことを抱き寄せました」

「見れば、他の二人もそこに立っていて、涙していました」

「そこで私は、自殺に失敗したことを悟りました」

「どうして私を死なせてくれなかったのかと、苛立ちの声を出そうとして、私の口から出てきたのは嗚咽でした」

「死ぬ前はあんなに死にたかったのに、今は自分が生きていることが嬉しい」

「そんな自分が悲しくて、でも、嬉しくて」

「私は静かに涙をこぼしました」

「それからすぐに先生がやってきて、『ミサキ、まだ訓練を続けたいか?』と聞きました」

「私は迷いました」

「ここがきっと、私にとっての転換点だと」

「続ければきっともっと苦しむ、けれど戻ればきっと別の苦しみが待っている」

「私が悩んでいることを見て取ったのでしょう。先生は『また明日、聞きに来る』と言って、部屋を後にしました」

「コノハたちは私がどちらを選択するのか、期待と不安をないまぜにした顔をしていました」

「その顔を見て、私は選択しました」

「私は私の気が変わらないうちに、と思いコノハに先生を呼ぶように頼みました」

「やってきた先生は黙って私の顔を見つめ、私の選択を聞こうとしているようでした」

「私は、続けることを選択しました」

「苦しみに、耐えると決めて」

「大事を取ってその翌々日から、私は再び訓練に参加するようになりました」

「コノハたちと訓練に耐えながら、私たちは生活していました」

「そして運命の日がやってきました」

「その日の訓練が終わった後、当主様が訓練場に現れ、勇者の選抜を行う、と直々に私たちにおっしゃりました」

「その方法はいたって簡単なものでした」

「されど、私たちにとっては最大の試練となりました」

「曰く」

「四人で殺し合え」

「…………」

「ええ、それが、最後の――最期の試練でした」

「くじで二人一組になって殺し合い、生き残った者同士で殺し合い、最後の一人を勇者とする」

「強い者を一人選ぶのに、これほど簡潔な仕組みはないでしょう」

「すぐに私たちはくじを引かされました」

「明日、コノハとアスカが」

「翌日、私とユキネが」

「その翌日、この訓練が終わりを告げる」

「そのことを突きつけられた私たちは、口数も少なにそれぞれ部屋に戻りました」

「次の日、コノハはアスカを殺しました」

「闘う前は二人とも苦悩しているようでしたが、直前に先生が何事かを耳打ちすると、二人は迷いながらも覚悟を決めたように前に出て、殺し合いました」

「死ぬ直前、アスカは何かをコノハに託したようでしたが、それが何なのかは分かりませんでした」

「翌日、私たちの番がやってきました」

「ユキネは私に近づくと、『遠慮なく俺を殺せ』と言いました」

「『その代わり俺も手加減はしねぇ』とも」

「私は直前まで迷っていましたが、ユキネと向かい合った時、そんな雑念が一瞬で吹き飛びました」

「今まだ私たちは魔獣からの殺気を受けることはあっても、人間から殺気を受けることはまずありませんでした」

「しかし、彼が私に向けるそれは紛れもなく殺気で」

「私の魔眼はそれに引きずられるように力を発揮し」

「気が付くと、私の腕が彼の胸を貫いていました」

「ユキネは何も言わずに私に笑いかけると、そのまま目を閉じました」

「初めて人を殺した日、私は眠れず、庭を歩いていました」

「そしてあの日以来近づいていなかった倉庫の前で立ち止まり、その扉を開けました」

「そして私は、この《釘》を手に入れました」

「それを手にしたとき、私の頭の中にぐずぐずとナニカが流れ込んできました」

「そうして、私は《釘》の使い方を知り、その力を利用できることに気が付きました」

「私はその足で、山に入りました」

「奥へ、奥へと」

「そのとき、私の頭にはアスカのことも、ユキネのことも、コノハのこともありませんでした」

「ただ、私のことだけがありました」

「生き延びたい、と」

「すぐに追手がかかりましたが、私はそのことごとくを返り討ちにし、屍の山を築きました」

「それからすぐに、風の噂でコノハが勇者になったことを聞きました」

「それからはまあ、故郷に帰るわけにもいかず、かといってどこかに当てがあるわけでもないのでふらりふらりと放浪しているうちに冒険者になり、今ここでお二人と話している、というわけなのでございます」

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