ハナグモ遺跡 その3

 赤い光はすぐにその全体をクロエたちの前に表した。しかしその姿は先程出てきたものよりも胴体が太く大きくなり、その表面に無数の目と腕を携えていた。その異形キメラはおもむろに二つの頭にある口を開いた。

「dyi(4d'0fed@)r.」

「しゃ、しゃべりましたよこいつら!いえ全然何言ってるのか理解不能ですけど!」

「クヌギ、下がっていろ。流石にこの数を力が制限された状態でこなすのは厳しいぞ」

「…………」

 何か言葉のようなものを発した異形は、その足を持ち上げて一歩を踏み出す。図体が大きい分移動速度は先程のものより低下しているようだが、それでも人間が歩くぐらいの速度でこちらに迫ってくる。それを見た二人はクヌギを背に隠すようにして異形の前に立つ。しかし、魔術を封じられたこの状況下ではこの異形を倒しきることができないことを二人は理解していた。

「クロエ、あの身体を魔闘術で砕けるか?」

「…………多分、むり。…………そもそも、あいつの身体の周りになにか膜が、ある?」

 暗くてよく見えないが、それでも目を凝らすとその表面が時折波打っているのが見えた。

「恐らく魔力で全体を覆っているんだろうな。しかもそれだけで魔術を減殺できるほどみっちりと、か」

「…………壁の刻印が魔術封じなのは、魔力を封じるとあいつの優位性が崩れるか、ら?」

「おそらく。しかしその壁を破ってもあいつそのものが硬いとなると……面倒だな」

「…………たぶん、どっちかだけなら、なんとかできる」

 拳を構えながらつぶやいたクロエに、ベルは問いかける。

「さっきは無理だと言わなかったか?」

「…………それは、両方のとき。…………片方だけなら、魔力切れしない程度の出力で、打ち抜ける…………たぶん」

「たぶん、ということは確実ではないのだな?」

「…………まずあいつの身体がどのくらい硬いのか、わからない。…………だからこそ、たぶん」

 それを聞いたベルは少しの間顎に手を当てて考えると、後ろを振り向いてクヌギに声をかけた。

「おい!お前も研究者の端くれなら《観察眼》ぐらい持ってないのか!」

「もっ、持ってますけどそれがどうかしたんですか!」

「それであいつの身体を視ろ!そしてその結果を私たちに報告しろ!」

「わ、私の《観察眼》はそんなに優先度が高くないんですが!?」

 悲鳴のような声をあげるクヌギに対し、ベルは「知るか!」と叫んだ。

「生きたいと思うならさっさとしろ!」

「は、はいぃぃ」

 そこまで言ったベルはクロエの方に向き直るとニヤリと笑った。

「さてクロエ、これで私たちがやることは決まったな」

「…………ベル、さすがにあれはかわいそう」

「全員で生き残るには全員で協力しないとな」

 飄々とうそぶくベルに、クロエは一つ息を吐くと改めて拳を構えなおした。

「…………それが依頼なら、わたしはこなすだけ」


 クヌギは焦っていた。突然深い穴に落とされたと思えば、よくわからない気味の悪い機械の親玉のようなものが現れたのだ。これで混乱するなという方が難しいのに、その上そいつを解析しろときた。

「ベルさんは無茶振りが過ぎます…………!」

 みっともなく頭を振りながら、それでも冷静な頭のどこかで声が響く。また見捨てればいいじゃないか、と。自分はそうやって生き残ってきたんだろ、これまでも、これからも。

「う、うぅ…………」

 しゃがみこんでしまいそうな目眩の中で、悪魔の声が響いている。そんな揺れる視界の中で、彼女は銀の輝きを見る。

 クロエは徒手空拳で自分よりはるかに大きな異形と闘っていた。そんな姿が、いつかの誰かと重なって、それを振り払うように大きく頭を振る。それと同時に口を開く。

「ああっ、もう!そう!そうです!これは生き残るためなんです!」

 振り切れない迷いから無理やり自分を引き抜くように、クヌギは声を上げる。それと同時に、強く、強く目を凝らす。

「…………っ!」

 キーンという耳鳴りと共に頭痛が襲ってくる。思わずしゃがんでしまいながらも目を離さず、頭の裏側をじくじくと針で刺されるかのような痛みに耐えながら、さらに深く、目を凝らす。左目の周りが熱を持ち始めても気にせず、ただ、目を凝らす。


 その変化に先に気が付いたのは、異形の注意を引きつけながら足止めをしていたクロエだった。

「…………ベル」

「む?ほう、あれは……」

 その視線の先では、左目の周りに三角を重ねた形の紋様を浮かび上がらせたクヌギが異形を睨みつけていた。その足はフラフラとしていたが、その眼差しは強く、射貫くように、鋭い。

 その様子を見ながら、ベルは宝石にためていた魔力を使って小規模な爆発を起こす。その隙にクロエがベルの横へと戻ってきた。

「…………あれ、《観察眼》じゃないよ、ね」

「ああ、私も見るのは久しぶりだが、あれはだぞ。それもかなり位階の高い、な」

「…………効果は?」

 クロエの問いに対し、宝石をばらまきながら異形の足止めをしつつベルが答える。

「確か…………《射貫く者》だったか。本来の効果は弓矢や魔術などで対象物を射貫く際にどこに当てるのが最も効率よく損傷を与えられるか、というのを使用者に教えるものだが、あれはそんな生易しいものではないぞ。いくつかの魔眼が混ざり合って変質した結果、対象の内部すら暴いて、一撃で全てを破壊しようとするものだ。……さすがにそこまでは使用者の力量的に無理ではありそうだがな」

「…………つまり?」

「クロエ、準備しておけ。今から面白いものが見れるぞ」

「……………………ベルがそういうなら」

 そう言って、クロエは剣を取り出すと再び異形に向かって走り出した。


「見つけ、たっ……!」

 クヌギは無理のある魔眼の使用による痛みをこらえながら立ち上がり、懐から槍を取り出す。否、それは人の腕の長さほどもある釘だった。彼女はそれを「せえ、のっ!」という掛け声とともに異形に向かって投げた。異形はその身体に生えた腕で釘を叩き落とそうとしたが、何かに守られるように腕は弾かれ、釘は胴体に突き刺さる。それによる損傷はは異形の身体からすれば微々たるものであったが、「損傷を受けた」という事実はその足を止めるのに十分なものだった。

「!」

 ついに立ち止まる異形の姿を見て、クヌギは険しい顔を緩めてネタばらしをするように口を開く。

「あは、その身体は確かに魔力で覆われているから、ただ打ち込むだけじゃあ無理です。打ち抜けません。私の魔眼――《魔弾の射手》だけでも、うまく使いこなせない私が使用していては無理だったでしょう。……でも私の釘は特別製ですからね。釘の先の一点だけ魔力の影響を受けません。私の実力ではその膜一枚破るのが限界ですが、今ならそれで十分で、しょう……」

 そこまで言ってぐらりと倒れるクヌギの姿に注意を向けていた異形は、そこで地上にあったはずの姿が一つ消えていることに気が付いた。

 だが、もう遅い。

 その剣で釘を叩き落そうとした腕を切り払っていたクロエは、そのまま釘のもとまで到達すると釘の頭に向かって拳を振りぬいた。拳が釘の頭を打ち、その先端が異形の身体を貫く。その釘は打たれた勢いのまま中の肉を裂き、合成獣の第二の心臓ともいえる核を破壊した。


 異形の核を砕いて数小刻後、クロエたちはいまだにその死体のそばで立ち往生していた。その原因はいまだに眠りこけていた。

「…………からだが、だるい」

「まあ魔力をあれだけ放出すればそうなるだろ」

 クロエはベルに膝枕をされながら、先程のクヌギについて口を開く。

「…………あの釘って」

「んー?ああ、まさかあんなものを隠し持っていたとはな。何かを隠しているのは分かっていたが、こんな国宝級のものを持ち歩いていたとは」

 そう言いながら、ベルは指先で釘をもてあそぶ。その形は先程までとは違い、いたって普通の釘の大きさになっていた。

「ん、んぅ…………」

 そんなところで話題の人物が目を覚ました。

「やあ、おはようクヌギ」

「え、あ、はい、おはようございま、す……」

 そこまで言ったところで、ここがどこで自分が先程何をしたのかを思い出したように彼女の顔が青ざめた。

「あっ、あのっ、その手に持っている釘を返していただけないでしょうかっ」

「ああ、これか。うん」

 ベルはそう言いながらももてあそぶ手を止めず、にやにやと笑いながらクヌギの方を見ている。それに対してクヌギの顔はどんどんと青くなっていく。

「…………ベル」

「あーはいはい、ほれ」

 じとりとした目でクロエに睨まれたベルは、釘をクヌギの方に投げ渡した。クヌギはそれをお手玉のように何度か手の上で跳ねさせつつ、両手でしっかりと掴んで安心したようにほっと息を吐いた。

「あ、その、えっと、ですね…………」

「別に私たちは何も聞かないが…………そっちが話したいのであれば勝手に話せばいい」

「えっと、ありがとうございます……」

「その代わり魔術を使えない私に代わって前線に出てもらう」

「ひどい!」

「許せ、冗談だ」

「…………ベルの冗談は、時々わかりにくい」

 そんな二人の様子を見たクヌギは、意を決したかのように居住まいを正すと、「クロエさん、ベルさん」と呼び掛けた。

「聞いてほしいことがあります」

「だから……」

「だから勝手に話します。きいて、もらえますか?あ、いや、そんなたいした話ではないんですけども……」

「どうせヒシガミ関連だろ?」

「えっ?いや、はい、そうなんですけど……。どうしてわかったんですか?知ってました?」

 困惑した様子のクヌギを手で制し、ベルはクロエを指さす。

「私も話で聞いていただけさ。こいつからな」

「…………ん。…………コノハのことを、わたしは知ってるから」

「…………ああ、なるほど、それなら理解できました。じゃあ、私のことも知ってたんじゃないですか?」

「…………わたしがコノハと話したのは少しだけで、すぐに彼らは魔王を倒しに向かったから、詳しくは知らない」

 けれど、と少し咳き込みながらクロエは続けた。

「…………いつも仏頂面してたけど、故郷の話をするときは、ちょっとやさしいかおだった」

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