ハスターク その28
ウェルキッドが冒険者たちに指示を飛ばしていると、魔獣たちの観測のために下に降りていたナタリーが近くにやってきた。
「ねえ、ウェルキッド」
「ん、どうした?」
「えっとね、その、バイバイ」
「なっ……!」
いきなり拳を振るってきたナタリーをいなしつつ、ウェルキッドは驚愕の声をあげる。向けられる敵意に体は無意識に反応するが、頭はその状況に追いつけない。
ナタリーは自分が
「冒険者各位!現時点をもってナタリーを反逆したものとみなし私は彼女を排除する!君たちは城壁の下部に存在する魔獣を掃討しつつ『大賢者』のもとへ!」
「逃がすと思っているのかい?」
そう言うとナタリーは背中から黒い触手を生やすと近くにいた冒険者を巻き込んでウェルキッドを攻撃した。その攻撃をかわしたウェルキッドは腰の銃を引き抜いて触手を撃つと、「早く行きなさい!」と冒険者に命じた。
「へえ、一人でやる気?」
「当然だ。君の力は私でないと止められない」
その言葉にナタリーはニヤリと笑うと、拳を構える。それに対し、彼は険しい顔をして銃を構えなおす。
「君をここで止めます。君の相棒として!」
ウェルキッドは冒険者たちを巻き込まないようにナタリーを引き離しながら戦闘し、ついに追い詰めていた。
「これで終わりです」
銃口をナタリーの頭に向けながら、ウェルキッドは宣言した。
「投降してください。私は君を殺したくない」
「キヒ、キヒヒヒヒ!」
「何がおかしいのですか!」
「いやあ、私を殺したくない、か。うんうん、泣けるねえ」
ナタリーはニタニタと嘲るように嗤いながら銃口に頭を近づける。その様子にウェルキッドの肩がピクリと跳ねるが、彼は意志の力で照準を合わせ続ける。
「私を殺したくはないと言うがね、この体はすでに死んでいる。俺がこの体をもらった時点でこいつの生命活動は停止してんだよ」
「な、に?」
「じゃーな、優しい私の相棒」
彼女がそう言った瞬間、彼の足元に亀裂が入りすぐに崩落してしまった。
「ふぅ、さてと」
寝転がっていた少女は起き上がると、背中から生えた触手で近くにあったがれきを穴の中に放り込んだ後、下に動く者がいないのを確認すると鳴り続けていた通信装置を手に取った。そしてウェルキッドの声で通信に応えた。
「はい、お待たせしました。魔獣の数、ですか。ちょっと待ってください」
「さてと、これからどうしようかな。あの冒険者たちが『大賢者』のもとに行くと面倒だし殺しとこうかな」
「そんなことはさせませんよ」
その言葉と共に一発の銃弾が彼女の足を止める。彼女は不愉快な顔を隠そうともせずに後ろを振り向く。そこには砂ぼこりにまみれてボロボロになったウェルキッドが立っていた。
「おとなしく死んどけよ、テメエ」
「断る」
「ケッ、まあでも満身創痍っぽいな。ちゃんと殺してあげるから安心して死んでくれ」
「私が死ぬのはお前を殺してからだ」
「無理だね」
ウェルキッドの覚悟のこもった言葉をバッサリと切り捨てて、ナタリーは彼を殺すために足に力を込める。次の一瞬で彼女は彼に肉薄しその拳を振るう。反応できずに棒立ちになっているウェルキッドの姿を見て、彼女は自分の拳が肉を打ち骨を砕く姿を想像する。
「!?」
しかし、現実はそうならなかった。彼女の拳は何かの力によって彼の身体から逸らされると、その後ろにあった壁を破壊して止まった。
「貴様っ!なにしやがった!」
「
「制約…………?」
「私と彼女は相棒として活動するにあたってお互いに制約をかけている。私から彼女にかけた制約は『その力をもって私を傷つけないこと』だ」
「そんなの、さっきまでは発動してなかっただろうが!」
「当たり前だ、任意の発動だからな」
「ふざけんな!…………いや待てよ、貴様にも制約があるはずだよな。でもこいつの中にはそんな記憶は存在しねえ!」
「彼女が私にかけた制約は『彼女が暴走したらどんな犠牲を払ってでも彼女を殺すこと』だ」
「釣り合わねえだろそんなの…………!」
「私たちはそれでよかっただけのこと。外野に口を出される筋合いはない」
そう言って彼は銃を彼女の心臓に向けて構えると、小さく呪文をつぶやき始めた。
「《汝は狩人・その身朽ちるまで・獲物を追い・撃ち抜き殺す・必滅の一撃なり》――さらばだ」
呪文の完成と共に彼が引鉄を引くと、放たれた銃弾はまっすぐに彼女の心臓を貫いた。
少しの間放心したように突っ立っていたウェルキッドは、ナタリーが動かないことを確認すると膝をついた。それと同時に、喉の奥から強烈な嘔吐感が湧き上がってきて堪らずに地面に吐き出す。
赤いものの混じったそれを見ながら、口もとをぬぐって彼は立ち上がる。そのままナタリーに近づくと彼女の身体を抱き起そうとした。
「!」
しかしその瞬間頭の奥にチリッとした痛みを感じて飛びのくと、死んでいたはずのナタリーが起き上がって手刀を振るってきた。
「ちぇっ、もうちょっとで首と胴をおさらばさせてあげられたのによ」
「なぜ生きている!確かに銃弾は心臓を撃ち抜いたはず…………」
「確かに心臓を撃ち抜かれて一回は死んだぜ?でも俺の心臓は一つじゃねぇんだよな」
「ちっ」
ウェルキッドは距離を取ろうとするが、足に力が入らずよろめいてしまう。
「さっきの一撃、かなり危ないやつだったがそうそう何度も撃てるような代物ではないようだな。見た感じ、その魔術は自分の身の丈に合ってないみたいだな」
「くっ……」
先程の魔術は対象が死ぬまでひたすら攻撃を続けるという規格外のものであるが、その分魔力の消費がとてつもなく大きい。もともと魔力量がそれほど多くないウェルキッドにとって、この一発はまさに諸刃の剣であった。
「なんだっけ、『私が死ぬのはお前を殺してからだ』だったか?その前に自分が死にそうになってる気分はどうだい?」
「《汝はかりゅ――》ッぐぁ……」
「おいおい、さすがにそりゃ無理だろ。自分の魔力の残量を考えろっつの」
呆れたように言いながら、ナタリーが倒れたウェルキッドのもとへゆっくり歩いてくる。そして彼女はウェルキッドの首をもって目を合わせた。
「お前は俺に勝てない。諦めろよ」
しかし、ウェルキッドはナタリーの目を睨みつけると弱々しくも恨みのこもった声で「黙れ……」とつぶやいた。
「自分の立場が理解できてないみたいだな。いいぜ、きっちりわからせてやるよ」
ナタリーはその目が気に入らなかったのか、彼の首を掴む手に力を込めた。
「っがぁ……」
彼は気道を潰されながらも睨みつけ、かすれるような声で声を発する。
「《爆ぜろ》」
「!!」
ナタリーはその呪文に反応して首から手を放そうとしたが、その手首をウェルキッドが掴む。
そして魔術が発動し、二人の間で爆発した。
「ご、ほっ、げほっごほっ」
自分を巻き込んだ爆発に吹き飛ばされたウェルキッドは、咳き込みながら煙の向こうを見つめる。その煙の向こうで、ゆらりと人影が立ち上がるのを見て彼は歯噛みする。
「やはりだめか…………」
煙が晴れるとそこには無傷とは言えないものの、五体満足な姿のナタリーが立っていた。
「自爆までして私を殺そうとするとかお前頭おかしいんじゃねぇの」
「…………言っただろう、私は何としてでもお前を殺すと。それで私が死のうと構わずに行動するように制約がかけられているのだ」
「まあいい、もうお前は動けない。対して私はまだまだ問題なく行動できる。これがどういうことか分かるな?」
その言葉を聞いてもなお動こうとするウェルキッドを、理解できないものを見るかのような目で眺めたナタリーは彼に手のひらを向けると、呪文を唱えた。
「《砂よ・我が敵を・捕らえよ》」
「ぐっ、あ」
彼女が呪文を唱えるとウェルキッドの足場がアリジゴクのようになって彼の身体を引きずり込むとそのまま拘束してしまった。
「私が攻撃できないというのなら、君をそのまま拘束してしまう方がよさそうだ。さてと、君が指揮していた冒険者たちが『大賢者』のもとに辿り着く前に殺さなくっちゃな」
「な、くっ、やめろ!」
「君はそこで指をくわえて見ているがいいさ」
そう言ってナタリーがウェルキッドに背を向けると、前方から一人の男が大剣を振りかぶって走りこんできた。
「そんなことさせるか!」
「っ、なんだ!?」
慌てた様子でナタリーは触手による迎撃を試みるが、男はものともせずに触手を切り飛ばすとナタリーの身体を袈裟懸けに斬り裂こうとした。しかしあと一歩届かずナタリーは後ろに飛びずさるが、男はそのままナタリーを追い詰める。
「マーク支部長!彼女は前までの彼女ではない!十分に気を付けてくれ!」
「ウェルキッド?なんで地面に埋まっているんですか?いや、それは後だな」
「ああ、彼女が今回の騒動の原因だと考えられる。彼女のことを頼んでもいいか」
「はい、じゃあ俺が連れてきた冒険者を頼みます」
そう言うとマークはウェルキッドの近くの地面を斬り裂いてアリジゴクを破壊した。
「確かに冒険者たちは『大賢者』のもとに連れて行こう」
アリジゴクを脱出したウェルキッドはマークと反対方向に駆けだすと冒険者たちと合流しマークの後ろを抜けて『大賢者』の方へと走っていった。
それを横目で見送ったマークは改めてナタリーへと体を向ける。
「さて、何があったのかは聞かねーが、冒険者を殺すってのは許せねえな」
「貴様…………邪魔するなら先に血祭りにあげてやる」
「いいぜ。やれるもんならな!」
「それからすぐに私たちが来たのか」
「そんな感じだな」
ナタリーに逃げられたベルとマークはすぐさま引き返して走りながら、マークがウェルキッドと合流してからの話を聞いていた。
「しかし、ナタリーはどうして裏切ったのかね」
「恐らくは寄生されていると考えるのが妥当だな」
「ってことはこれも魔人がらみか。どこまで用意周到なんだよジルブスタンとかいう奴は……」
そう言いながら走っていると、少し先を走っていたベルが何かを発見して立ち止まった。
「…………ん?」
「どうした嬢ちゃん…………ってんん?」
そこには背中が裂けて倒れ伏す死体が一つ存在していた。
「これは、ナタリーじゃよな」
「背中がぱっくり割れて内臓丸見えだけどそうだな」
「死んでる…………よな?」
「逆に聞くが、背骨を失くして内臓丸出しで生きてる生物って見たことあるか?」
「
「あれは生物じゃねえだろ。それにあいつらにだって骨格があるぞ」
「…………そうか」
「それはともかく、ここにナタリーがいるってことはその中にいたやつはどこに行ったんだ?」
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせると、険しい顔をして先を急いだ。
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