ハスターク その29

 マークとベルがレオーネたちのもとへ戻ると、ウェルキッドたちとレオーネたちが敵対していた。

「レオーネ、何があったんだ?」

「ああ、ベルさんか。いや、ウェルキッドが裏切ったという報告が入ってね。その報告の真偽を決めるのは君たちが戻ってきてからでも遅くないかと思ってね」

「その信頼はありがたいな」

「それで、ウェルキッドはどうだった?」

「ナタリーは裏切ったが、ウェルキッドは裏切っていない」

 ベルがそう言うと、レオーネはすぐに頷いて「了解した」と言うと近くにいた職員に報告してウェルキッドへの警戒を解いた。

「となると、嘘の報告をした者がいることになるな」

「あ、そういえば私と一緒にマークのもとに向かった彼はどうした?」

「…………報告の時に見たきり、見ていないな」

「…………おい、それって」


「ちっ、流石にマークって野郎は戻ってくるのが早かったな」

 職員の身体を乗っ取った魔人、ヴェルムは血に濡れた手を舐めつつ、離れたところから『大賢者』とベルの様子を見ていた。その周りには何人もの冒険者の死体が転がっている。

「こいつらは後で有効利用させてもらうとして、問題はあのよく分かんねえ冒険者だよな。かなりの数の魔獣を相手に一人で立ち向かってほぼ無傷とか、バケモンだなありゃ」

 それに、と小さくつぶやきながら彼は思考を巡らせる。

。そいつの正体も気になるが…………)

「まずはあそこに爆弾を投げ込むところからだな!」

 そう彼が叫んだ瞬間、彼の周りに大きな赤い魔術陣が複数展開した。


「!」

 少し離れたところからいきなり大型の魔術陣が展開したのを受け、レオーネたちは迎撃姿勢を取る。

(あの陣の大きさから位階は七、そして書き込まれている魔術式は…………死霊魔術ネクロマンシーか!?)

「レオーネ、気をつけろ。発動するのがどんな魔術であれ、使われているのは死霊魔術だ!」

「承知した!魔術師隊、前方へ!」

 魔術陣が消えると、そこには城壁の下にあったはずの魔獣たちの死体が、生きている死体リビングデッドとなって冒険者たちに牙をむいてきた。

「落ち着いて対処しろ!生きている死体どもの弱点は火だ。火属性の攻撃手段を持たない者は後ろに下がって攻撃している者の補助を行え!」

「レオーネ、少し外す」

「分かった、気を付けてくれ」


レオーネたちが戦闘を行っている場を離れたベルは先程のナタリーの死体のあった場所に戻ってきていた。するとそこには今まさにナタリーの死体を持ち去ろうとしている職員の姿があった。

「やはりここにおったか」

「あ?何だよお前。殺されに来たわけ?」

「そんなわけないじゃろ。お前を殺しに来たんだよ」

 そう言われた職員は天を仰いで少し考えるふりをすると、「やだね」と言った。

「そんなこと言われて、はいそうですかなんて言わねえだろ」

「当たり前じゃな。しかし、その死体は置いて行ってもらうぞ」

?」

「少なくともナタリーの死体は返してもらう」

「そいつは困る。この身体は特に鍛えてもないし使い勝手が悪いんだ。こいつの身体は小っちゃくて窮屈だがこの身体よりはましだからな」

 そう言うと彼は懐からバルジャンが使ったものとよく似た球体を取り出すと地面に投げつけようとした。

「残念だが、それは一度見た!」

 しかし、地面に激突する前にベルによって弾き飛ばされ、球体は離れたところで光を放つ。

「くっ…………」

「逃がさんぞ!」

 好機とばかりに距離を詰めるベルだったが、後ろから何者かの気配を察知して飛びのいた。彼女が一瞬前までいた場所に、何者かの拳が突き刺さり地面が爆ぜる。

「げ」

 やがて土煙が晴れると、そこに立っていたのは部屋から姿を消し、行方が分からないままになっていたベルたちのもう一つの問題である、クロエであった。

 ベルはクロエが見つかったことを喜びながら彼女に話しかけた。

「クロエ!今までどこにおったんじゃ」

「…………」

「おい、クロエ?」

「…………」

 どこか様子のおかしいクロエは、ベルの呼びかけに答えることなく距離を詰めるとベルに向かって回し蹴りを放つ。彼女がそれを避けるとそのまま続けて拳を振るう。

「ちっ、病み上がりの身体で無茶するから認識がぶれておるのかこいつ!?ああ面倒じゃ!」

「…………」


「なんだかわかんねえけど俺にとっては好都合そうだな。んじゃとんずらさせてもらうぜ、っと」

 ベルが攻撃され続けているその隙に、ヴェルムはナタリーの死体を抱えてその場を離れてしまった。


「げ、あの魔人、気が付いたら消えとるんじゃが!?」

「…………」

「ああもう!ちょっと痛い目を見なければ分からんのか!」

 蹴りをかわしてできた一瞬の隙を逃さずに、ベルはクロエの腹に向けて掌底を放つ。当然のようにそれをかわすクロエだったが、かわされることはベルにとっても想定済み。そのまま第二撃、第三撃と攻撃をつなげていく。最初は防戦一方だったベルは次第に積極的に攻めていくようになり、だんだんとクロエが押され始めていた。

「…………!」

 しかし、クロエはその矮躯からは想像もできないような膂力をもってベルの攻撃を押しつぶそうとする。その攻撃を避け、いなしながらベルはクロエに掌打や蹴りを放つ。

「ぐ、うっ」

「…………」

 それでも、ベルの本職は魔術師であり。肉体戦闘はもともと得意ではない。対するクロエは近接戦闘においては達人級である。その地の差がだんだんと現れ始めていた。

「がっ、あ」

 ベルの胴体にクロエの拳が決まり、彼女は体をくの字に折りながら吹き飛ばされる。よろよろと壁を支えに立ち上がるベルに対し、ベルの攻撃による負傷はあるものの、ほとんど五体満足の状態であるクロエは油断することなく近づきつつ追撃を加えようとする。

「あー、痛てて…………。もう知らん、ここからは出し惜しみはなしじゃ!悪く思うなよ、クロエ」

 それを見ながらベルは、懐から宝石を取り出す。魔術式が刻まれたその宝石をベルが足元に叩きつけるように振りかぶった瞬間、クロエが爆発するように駆け抜けその宝石を奪い去ると遠くへと投げ捨てた。しかしその一瞬の隙にベルは新たな宝石を懐から取り出すと足元へと叩きつけていた。

「《封印シール解除パージ》、続けて《第二封印セカンド解除パージ》ッ!」

「…………」

「この姿をお前に見せるのはあの時以来か」

 クロエはとっさに飛びのき、目を細めて光に包まれたベルを睨む。

 光が消えるとそこには、ベルの面影を残した十代後半程度の年齢に見える少女が立っていた。少女――ベルは空間から身の丈を超える錫杖を取り出すと、ぶんと振り回してクロエに先端を向けた。

「さて、少々不本意じゃがもう一度戦うとするかの」

「…………」


 そのころレオーネたちは生きている死体リビングデッドに苦戦していた。死体たちの耐久力はそれほど高くないものの、その数が圧倒的なのだ。もともと冒険者たちが討伐していた魔獣たちが素材に流用されているため、殺しても殺しても次から次に生み出されてくる。

「ち、この場所だと範囲の広い火属性の魔術は味方を巻き込む可能性があるために使えない、しかし一気に殲滅していかなければいずれ数で押しつぶされる、か。まったく、いやらしい攻め方だな」

 レオーネのつぶやきに、近くで魔術による支援を行っていたカエデが疑問を呈する。

「レオーネ様の実力であれば死体だけを狙って撃ち殺せるのでは?」

「できないことはないが、魔術の改編をする分、時間と精密な魔力制御が必要になる。普段の私なら難なくやってのけられるが今の私はそうも言っていられないからな。むしろカエデの魔術の方があいつらを殺しやすいんじゃないか?」

 カエデの使う魔術は彼女の生まれ育った地方で独自の進化を遂げており、呪符やナイフなどの道具を利用しなくてはならないものの、その分細かなところまで手が届くようになっている。

「ええ、可能ですがいかんせん手持ちが少ないのでよくて三分の一を殺したところで手持ちが切れますね」

「そんなものか…………。となるとちまちま殺していった方がよさそうだね」

「そうですね…………」

 戦場には多くの冒険者たちがまだ立っているが、死傷者も少なからず存在している。今はまだ確認されていないが、このまま冒険者が死に続ければ恐らく敵はその死体すらも利用して生きている死体リビングデッドを作り出すだろう。そうなれば冒険者の状況は一層悪くなるだろう。

「マーク!そっちの様子はどうだ!」

「ぼちぼちだな!そっちは!」

「同じ感じだ!」

 どうやらマークの方でも状況は進展していないらしい。

「ベルさんがいてくれればもう少し状況を変えられるかもしれないが、今いない人に頼るのはよくないな」

 そのとき、死体たちの後ろで爆発が起こった。


 成長したベルとクロエの戦いは熾烈を極めていた。魔術式が刻まれた錫杖を持ったベルは呪文を唱えることなく上級魔術を連発し、それに対してクロエは魔力をまとった拳で撃ち落としたり避けたりと、真っ向から向き合っていた。

「はははははは!!こうやってクロエと戦うのはあの時ぶりじゃが、お互い腕は落ちておらんようじゃな!」

「…………っ」

 そのまましばらく拮抗した状況が続いていたが、だんだんとクロエの動きに疲れが見え始めた。

「はは、どうした。攻撃の手が緩んできておるぞ!」

「あ、あああああああああああああああ!!!!!!!!」

 突如クロエは大声を上げると獣のように四つん這いになってベルに突っ込んでくる。

「…………」

 ベルはその様子を静かに見つめ、錫杖を構えなおす。

「しゃぁっ!」

「はっ!」

 一瞬の間に二人の影が交錯し、一人が倒れた。

「…………はぁ、疲れた。さて、この借りはちゃんと返してもらうからの、クロエ」

 錫杖をぐるりと回して自分の影の中にしまうと、ベルは「《封印シール》」とつぶやいて元の姿に戻った。そしてそのままと歩くと倒れるクロエの横に座り込んだ。

「まあでも、今は休め。そのあとしっかり働いてもらうからな」

 そう言って彼女はクロエの銀髪をなでる。その顔は慈愛に満ちていて、とても今しがた殺し合いをした者に向けるものではなかった。

「レオーネたちの所に早く戻らんとな。そのためにもクロエには早く起きてほしいが、そうもいかんじゃろうしなぁ」

 ベルはクロエの頭をなでながら、いまだに戦闘の続いている遠くを見つめ、そうつぶやいた。

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