ハスターク その27

 職員からの連絡が来てからあまり時間を置かずに、ベルがレオーネたちのもとへやってきた。

「問題はないか?」

「ああ、魔獣たちもこの城壁を超えることはできないようだからね。こちらが一方的に攻撃はできているが、なかなか数が減らせない」

「私を迎えに来た職員からそう聞いている。つまり、大掛かりな戦略級魔術を使えればいいのだな?」

「それも考えたが、発動する位置を間違えると街の方に被害が出てしまう。それはできるだけ避けたい」

 そう言われたベルが城壁の縁に近づいて外の様子を見てみると、確かに魔獣たちの位置取りが絶妙であり、その数を大きく減らそうとするならば針の穴を通すような精密さで魔術を行使しなければならないことが理解できた。

「ふむ、魔獣たちがこのような位置取りを自発的に取るとは思えないな…………」

「ああ、このような統率の取れた行動をとれる魔獣ならばもう少し魔力を保有しているはずだ。そう考えるなら、この魔獣たちを統率している個体ないしは人物がいるはずだな」

「つまりこれもレオーネを狙ったものだと?」

「魔獣は本能的に強い魔力に惹かれるから、最初に大技を放った私を狙ったと考えられなくもないが、それを言うなら君だってかなり暴れただろう?」

 ベルはその言葉に反論しようとしたが、自分がしていたことを思い出して「む……」と唸った。

 レオーネは彼女の様子に少し頬を緩めたが、すぐに真剣な表情に戻った。

「やはり私を狙っている、と考えて問題はなさそうだね。だからと言って私がこの場を離れたところでこいつらが私を追ってくるとも限らないわけだが」

 レオーネがそう言って二人で頭を悩ませているところに、一人の職員がやってきた。

「すいません、少しお時間よろしいでしょうか?」

「ん?ああ、構わないとも」

「実は先程から支部長と連絡が取れなくなっていまして、どういった状況にあるのかを確認を取れないかと思いまして…………」

「彼と連絡が取れなくなったのはいつごろだ?」

「ベルさんの報告をして、次の定時連絡をしようとしたときに繋がらず、先程もう一度連絡しようとしましたが反応がなかったためこちらに伺いました」

「そう考えると一刻は経っていないくらいか…………。もうすでにウェルキッドたちと合流していてもおかしくはない時間だな。ウェルキッドたちの方には連絡したのか?」

「はい、問題なく討伐を続けていて、まだ支部長たちの姿は見ていない、と」

「そうか…………」

 難しい顔をするレオーネを見かねて、ベルは声をかけた。

「レオーネ、私が見に行ってこよう」

「ベルさん、任せてもいいかい?」

 彼女のその言葉にベルはこくりと頷くと、職員に連れられて向こうの方へ走って行ってしまった。


「しかし、マークが定時連絡を忘れるとは思えんな」

 職員に合わせて速度を落として走りつつ、ベルは職員に向けて口を開いた。

「そうですね。支部長は普段はふざけることもありますが、ルールを守り、やるべきことをやり切る人です。そんな人が自分で決めたルールを破るはずがありません」

 ベルは横目でちらりと職員を見ると、彼は必死な顔をしている。それだけマークという男への信頼が厚いのだろう。

「信頼しているんだな」

「当然です。荒野の真ん中のこんな街をほぼ一人でここまで育てた人ですから」

 ベルの軽口に対して、職員は即答した。

「一人?一応ここは王国の一部なのだから治めている領主がいるのではないのか?」

「この街ができたころはいましたが、あまりの暴政に追い出されました。その後この土地はお人よしの貴族が名義上の領地とし、実質的な統治は支部長と市民から選ばれた長が行っています」

「ほう、そんな奇特な貴族様がいるんだな」

「まったくです。確か、オーレンブルドとか言う姓だったかと。まあ私たちどころか支部長たちも本人と会ったことはないそうですが」

「怪しさ満点だな…………」

「まったくです」

 そんなことを話しながら走っていると、前方にウェルキッドたちがいるはずの南側が見えてきた。しかし、その場の様子を見たベルは急に足を止めると、近くの物陰にしゃがんで隠れた。

 いきなり足を止めたベルを咎めるように職員が口を開こうとしたが、その口をベルが手でふさいで自分と同じようにしゃがませた。眉を寄せる職員に対し、ベルは口に指をあてて「静かに」というジェスチャーをした。

「何か様子がおかしい。今確認するからちょっと待ってくれ」

 そう言うとベルは遠見の魔術を静かに発動した。そして彼らの様子を確認した彼女は、スッと目を細めた。

「何が見えたんだ?」

 急に険しい顔をしたベルの様子に、慌てながら小声という器用なことをしてみせた職員に、ベルは遠見の魔術を行使した。

「これは!」

「見たな?」

 確認の言葉をかけられた彼は、今自分が見た者が信じられないといった様子で頭を横に振った。

「いや、何故だ…………?何故!?」

「静かにしろ。向こうに気づかれると面倒だ」

「しかし、支部長たちを止めなければ」

「それは後回しだ」

「何故!」

 興奮する彼をなだめるように、ベルは落ち着いた声で続ける。

。そいつらを片付けないと街の中に入り込まれる可能性がある。もう一つは残りの冒険者だ」

「残り……?」

「マークが率いていたはずの冒険者だ。二人の周りに倒れている人数からして、マークが率いていた冒険者は恐らく反対側を通ってレオーネのもとを目指していると考えられる。そいつらを確実に連れていく必要がある」

「でも、どうやって…………?」

「分担作業だ」

 困惑する彼の顔をしっかりと見据えながら、ベルは力強く言う。

「お前は今来た道を全力で戻ってこのことをレオーネに伝えろ。私はここで魔獣どもを討伐し、マーク達を止めてやる」

 言い切ったベルの顔を呆然として眺めていた職員は、口をぎゅっと閉じると頷いて元来た方へと走り出した。ベルはその姿が影に隠れて見えなくなるまで見送ると「さて」とつぶやき、助走をつけて城壁の下へと飛び降りた。


「…………」

「どうした?なんか気になることがあったって顔だな!」

 ふいに眉を寄せたナタリーに向かって、マークは大剣を振るう。しかし、その剣先が届こうとした瞬間に彼女は振るわれた方と反対に避け、マークに向かって拳を振るう。それをとっさに引き戻した剣の腹で受け流しつつ、マークは距離を取った。そして剣を構えなおしたマークに向かって、ナタリーはニヤリと笑って手を広げると口を開いた。

「ふん、貴様ごときにここまで時間を取られるとはな。想定外だったよ」

「そりゃどーも」

 軽口で返したマークに、彼女は右の眉を上げて不思議そうな顔をする。

「だが、ウェルキッドを冒険者に連れさせて逃がしたのは失策だったな。彼の力なら私を倒すことなど難しくなかっただろうに」

「さあな、それもお前が言ってるだけで実際はどうだかわかんねえよ。それにな、俺はあいつらを生かして帰す必要があるんだよ」

「ははは、この状況で他人の心配とは恐れ入る」

「性分なもんで」

「…………まあいい。貴様をさっさと殺して『大賢者』の首を持って帰ろう」

「させるかよ!」

 地を蹴って肉薄し拳を振るってくるナタリーに、マークは剣を振り、ときに蹴りを繰り出すことによって牽制しつつ受け流す。

 しかし数回打ち合った後、いきなりナタリーの動きが止まった。その隙を逃さず、マークは踏み込んで剣を振るった。

「ハアッ!」

「ぐっ…………!」

 ナタリーはとっさに飛びのいたが、その一瞬前に彼の剣が彼女の身体を袈裟懸けに斬り裂く。

「チッ、。きっちり鍛えられているとはいえ人間の身体は壊れやすくていけねえぜ」

「!?」

「一旦ここまでだ。下に置いといた魔獣どもが誰かにぶち殺されたからな。貴様を殺すのは後にしてやる」

「逃がすかよ!」

 ナタリーはそう言い捨てて城壁の縁に向かって走り出し、マークは追おうとしたが彼女はすぐに壁を飛び越えて下に消えた。あと一歩で届かなかったマークはすぐに下を覗いたが、彼女の姿はすでになくなっていた。しかしそれと入れ替わるように下からベルが上がってきた。

「嬢ちゃん?今どこから来たんだ?」

「ん?城壁の下からさ。さっきまで下で魔獣狩りをしていたのさ」

「なるほど、ナタリーが言っていた誰か、ってのは嬢ちゃんのことだったか」

「そのナタリーはどこに行ったんだ?」

「『大賢者』様の所だな。早く戻るぞ」

「逃がしたのか」

「仕方ねーだろ。あいつ相当強かったんだぞ」

「知ってる」

「やっぱ嬢ちゃん意地が悪ぃ」


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 職員の男はベルと別れてから必死に走っていた。一刻も早く『大賢者』にナタリーの裏切りを伝え、ウェルキッドを助けなければならない。

「やあ」

「っ!」

 しかし、あともう少しで辿り着くというところで絶望がやって来る。

 絶望は少女の形をして、彼の目の前に悠然と降り立った。

「惜しかったね。うんうん、君はとても頑張った。けれどね」

 そして少女の姿をした魔人はゆっくりと言い放つ。

「君の人生はここまでだ。そしてその人生、

 直後、少女の体から黒い触手が生えて……職員の意識は暗転した。


 そして。

「『大賢者』様!ウェルキッドが!!」

 ベルと共に様子を見に行かせた職員が、息を切らしてフラフラになりながら駆け込んで来るとそう言って倒れこみ、そんな彼を介抱するために冒険者たちが慌てて駆け寄る。その顔は冒険者たちには見えなかったが、確かに彼は笑みを浮かべていた。

 ほの暗い、笑みを。

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