ハスターク その14

 レオーネ・ラウフガングは、自分が『大賢者』と呼ばれていることをあまり快く思っていない。仲間を失い、ただ一人だけ生き残ったというのに、賢者と呼ばれもてはやされている自分のことを滑稽だとすら感じている。

 その思いが、走る彼女の口からこぼれ出た。


「私は、何のために生き残ろうとしているのだろうな」

「……レオーネ様、民には希望が必要なのです。そのことを貴方は」

「ああ、理解しているとも。でもね、カエデ」

 レオーネはそこで言葉を切って隣を走る少女に語り掛ける。

「私はこんな世界など正直どうでもいいのだよ」

「っ!それは…………」

「アルミナも、ミーシャも、エドモンドも、君の兄であるコノハも、みんな私を残して逝ってしまった。……私はね、いつ死んでもいいと思っている。死んでもみんなに会えるわけではないけれど、いないことをずっと感じながら生き続けるよりはずっといい」

「そ、そんなことを言わないでください!いつもの強気なレオーネ様はどこに行ってしまわれたのですか!わたしをそばに置いているのが辛いなら私は国へ帰りますから!」


 それを聞いたレオーネは足を止め、そのことに気づかなかったカエデは少し進んでからレオーネを振り返った。


「私は、なぜ逃げているのだろうか」

 その独白に答える者はいない、はずだった。

「それは貴様が死にたくないと願っているからだろう。……まあそんなことは関係なしに貴様の首をいただくがな」


 そう言いながら、シルクハットをかぶった長身の男が突然現れた。

「っ!何者だ!」

 刀を構えつつカエデが問う。

「俺はバルジャン。ジルブスタン様の命により、『大賢者』、貴様の首をもらい受ける」


「―――――――!」

 クロエの姿をしたナニカは、声にならない奇声をあげながら男をなぶっていた。男はすでに左腕が血にまみれてだらりとしており、他のところも大量に出血していた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


 荒い息を吐く男の血にまみれた自分の手を舐めながら、少女の姿をしたソレは男に近寄っていく。少女の歩みはあくまで朗らかであり、血にまみれておらず、もう片方の手に抉った男の足の肉を持っていなければ花畑を歩いていると言われても違和感のない足取りであった。


「えへ」

 先程まで片腕を切り落とされていたとは思えないほどに元気な様子である少女の姿に、男の足が半歩下がる。しかし、男の目に灯っている憎悪の炎は消えることなく燃え続けている。その炎に突き動かされるかのように男の足が一歩前に出る。

「あ、ああああああああああ!」

 叫びながら男はナイフを少女に向けて突進する。ナイフが少女の胸に到達する直前、少女はその笑みを一層深くし、男の視界から消えてしまった。


「??」

 どこに行ったのかとあたりを見回す男の胸から、ズボリ、という音が鳴る。何事かと見下ろした男の胸から、小さな手が生えていた。その手には、手からはみ出るような大きさの、赤黒くぬめぬめとした肉の塊を握られていた。その手が引き抜かれた瞬間、耐えがたい嘔吐感を覚えた男の口から血が吐き出された。

「ゴボ、ッハ」

 急激に力が抜けて倒れる身体を止めることが出来ず、男は地に伏せる。なおもびくびくと震えている男を見下ろしながら、少女の顔が眠そうな顔になる。

「…………ありがと、ミア」

 そう呟いたクロエは、レオーネが走っていった方を向き、首をかしげると、そのままぶっ倒れてしまった。

「…………血と、魔力が、足りな、い。……すぅ」


 そのころベルは、宙を飛びながら襲ってくるジイドの猛攻から逃げ回って耐えながら、起死回生の機会をうかがっていた。


(切り札その二が決まれば確実にやつを倒せる。しかしそのための隙がぜんっぜんないんじゃが!?)


「イッヒヒヒ!何か企んでいるようですがぁ、そんなこと、このワタクシが許すわけがないでしょう!ヒヒヒッ!」

「面倒くさいやつめ……!」


 ジイドは高らかに笑いながら上級魔術を乱発してくる。どうやら口先だけではなく実力は確からしい。今のところはまだふざけているようで凌げてはいるが、それもいつまで続くのか分からない。歯を噛みしめながらベルはひたすらに防御魔術や反する属性の魔術を放ち続ける。


「っ!ここじゃ!」

 ベルは一瞬の隙をついて宝石をジイドの目の前に弾き飛ばす。

「それはッ!先ほど見ましたとも!」


 ジイドは慌てることなく目の前に防御魔術を展開し、同時に魔術によって宝石を押しつぶす。宝石に刻まれていた魔術式が宝石の崩壊とともに作動するが、ボフン!という音を立てただけで終わってしまった。


「イヒ、イヒヒヒヒ!ざぁーんねぇーんでぇーしたぁー!アナタの企みごときこのジイド様が見抜けないとでも!?ワタクシの対魔術師ローブを燃やし尽くすほどのあの戦術級魔術ならワタクシの防御をぶち抜けるかもしれませんが、そのことに気が付いているのはお前だけじゃねぇんですよォ!」

「なるほど、それが地か」

「あぁん?」


 起死回生の一手が潰された絶望の顔を見てやろうと意気込んでいたジイドが見たのは、なおも不敵な笑みを浮かべてこちらを睨みつけているベルの姿だった。


「テメェ、なんでそんな顔してるんだよォ!テメェの策はたった今!潰されたところだろうがよ!」

「潰された?何を言っているんだお前。私の策は

「!?」

「《封印シール解除パージ》……喜べ、ちょっと本気で相手してやる」

 そういった瞬間、彼女の周りに魔力が集まりだす。


(これほどの魔力、一体どこから……!チッ、ワタクシに宝石を打ち出したのは攻撃するためではなく、!)

「しかぁしっ!アナタの魔術が完成する前にワタクシがアナタを殺してしまえばいいのですよォ!《ぶっ飛びやがれ!塵も残さずにっ!》」


 そう叫ぶとジイドの周りに四つの大きな陣が現れ、回転しながら輝きを増すとベルに向かって極大の光線を打ち出した。

 打ち出された光線は一瞬で視界を白く塗りつぶし、視界が元に戻った時、そこにベルの姿はなくなっていた。

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