ハスターク その13

 少し時間はさかのぼって障壁のそばにて。


「ええい、この障壁の魔術式は一体どうなっておるんじゃ!こんな非効率的な魔術式の組み立て方があるか!」

 ベルは怒鳴っていた。


 魔術式は普通、基礎的な式を基にして魔術師自身が使いやすくなるよう、主に魔術式に流し込む自身の魔力をどうするかという部分を変化させて使われている。

 魔力は個人個人で異なった色をしているため、個人を識別する要素として使われるほどに精度が高い。魔力は主に火属性の魔術に適性を持つ赤、水属性の魔術に適性を持つ青、風属性の魔術に適性を持つ緑、雷属性の魔術に適性を持つ黄の四系統が存在しており、各人によってそれぞれ混じりあって複雑な色を成している。例外として魔物が持つ黒、どの属性にも適性を示さない無色が存在しているが、これらを人間が魔術に行使することはまずない。


 しかしこの障壁の魔術式は赤、青、緑、黄のどれにも反応値が低く設定されており、代わりにそれぞれを複雑な配合で混ぜることでやっと反応するというものである。


「ええい面倒くさい!こんなもの魔力弾で打ち抜いてくれるわ!」

「ヒッヒヒヒ、それはおススメできませんよォ~」

「む!?」


 いつの間にか、妙な男がベルの近くまでやってきていた。男は先程ベルに襲い掛かってきた男たちと似たようなローブを羽織っていたが、やけに細長い手足が目に付いた。


「何者だ、と問うのは無粋であろうな」と目をすがめてベルは男に問う。

「ヒヒッ、ええ、アナタの戦闘は先程見させていただきました。いやぁ、お強いですなぁ。ワタクシ、思わずブルってしまいました。ヒヒッ」

「ほう、味方を見捨てるとはなかなか非道いじゃあないか」

「味方……?ああ、あの雑魚どもですか。あんなもの、味方でも何でもありませんよ。駒ですよ駒。イーッヒッヒッヒッヒ」

「随分な言いようだな」

「ワタクシの作った対魔術師用のローブを着ておいてあのざまですからねぇ。まあそれだけアナタが優秀であったことの証左なのかもしれませんが」

「そりゃどうも」

「しかぁしワタクシの作った『来る者拒まず去る者逃がさずクン』の前には無力だったようですが」

「なんじゃそれ」

「ほら、今アナタが苦戦していたソレですよ」

「これもお前の仕業か……」

「ウッフフフ、外から中に入るのは簡単なのに中から外に出ようとするとアラ不思議、出られないという優れものですよォ」

「ごちゃごちゃと煩いやつだな。要するにお前を殺せばこの邪魔な壁は消えるんじゃろ?」

「フヒヒヒヒ!アナタが!ワタクシを!殺すぅ!?」

 男はそう言いながらくねくねと踊り始めた。

「何がおかしいのじゃ」

「いやいやいや!アナタはワタクシの作品を破壊できなかったでしょう。だというのにその作り手を殺すなど、笑止千万というものですよ!」

「チッ」

「そ、れ、に、いくらアナタが優秀でワタクシに勝てるのだとしても駒どもとその障壁の解除、どのくらい魔力を使ったのでしょうなぁ。アナタの消耗はワタクシにも分かっているのですよ!」

「…………」


 ベルは男の言葉に押し黙ってしまう。男の言葉は確かに正しい。

「ヒヒヒ、図星で声も出ないようですなぁ!さらにそこに追い打ちをかけるように絶望的な情報をドーン!」

 男は更に声を張り上げるとバッ、と手を広げた。


「なんとワタクシ、人間ではなく『魔人』なのですよ!ヒーッヒッヒッヒ!」


 そう言うと男は自分のローブを脱ぎ去り、魔人である特徴――病的なまでに青白い肌と額に生えた角をベルに見せつけた。


「フッフッフ、どうですかこの姿!人間よ、恐怖におののくがいい!ヒーッヒッヒッヒ!」

「…………」

「驚いて声も出ませんか!そうでしょうそうでしょう!」

「あー、うん、そういうことじゃったか。いや、うん、その可能性も考えたがその場合面倒くさいから後回しにしておったんじゃよなぁ」


 しかし、ベルが見せた反応は男が予想していた反応と全く違うものだった。

「なぁーんで驚かないんですかぁ!面白くないでしょう!?」

「いや、お前みたいなのをさんざん見てきたからなぁ」


 そのとき、広場のほうから巨大な魔力の爆発が二人を襲った。

「「!!」」

 広場のほうを見れば、血のように紅い魔力の光が立ち上っていた。


「くっ……。まずいことになりおった」

「おおっとぉ、行かせないよぅ!ワタクシとの決着をつけるのです!」

 思わず広場の方へ駆けていこうとしたベルの前に男が立ちふさがる。

「面倒なやつめ…………!」

「イッヒヒヒ!そういえば名乗っていませんでしたな。死ぬ前に聞く名前として心に刻みなさい!ワタクシはジイド!魔界八候が一人、ジルブスタン候の忠実なる部下、ジイィィィィィドォォォォォ!」

 こうして、誰も見ていないところでもう一つの決戦が始まろうとしていた。


 その少し前。

 腕を切り落とされた少女は、肩口から噴き出ている血が顔にかかるのも気にせずに、地面に落ちた自分の腕を見つめながら恍惚とした表情をしていた。


「ヒッ、ヒッ、ヒッ、ヒッ」


 少女は声がうまく出ないのか、ひきつったような声をあげ続けている。

 ナイフを構えた男はその様子をじっと見つめた後、再び少女に向かって突進した。そのナイフが少女の心臓に到達しようとした瞬間。

 少女の肉体から強大な魔力が放出され、男は弾き飛ばされた。

 弾き飛ばされた男はすぐに起き上がると、少女がいた方を睨む。


 そこには、赤い光の柱が立ち上ぼり、その中心には切り落とされた自らの腕を持って立つ少女の姿。


 少女は、いや、少女の姿をしたナニかは男の方を見ると、ニィと嗤った。

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