ハスターク その10
それは突然起こった。
広場の一つ外の道から、広場をぐるりと囲むとように光の壁が出現したのだ。
「なんだ!?」「どうなっているの……?」「おい!」…………。
突然閉じ込められた群衆たちに疑問が広がっていったそのとき、誰かが叫んだ。
「お、おい!『大賢者』様が!」
クロエたちは光の壁が出現したときも慌てることなく会話を続けていた。
「…………ベル、あれはなに?」
「んー、結界の一種だろうなあ。魔術式がよく見えないからどのような特性を持っているのかは分からないがな」
「…………人がじゃま」
「ああ、おかげでここから動くことが出来そうにないな」
しかし、であった。
「お、おい!『大賢者』様が!」
誰かがどこかで叫んだ。見ると、『大賢者』がいるはずの広場の中心部にも広場を囲んでいるものと同様の結界が存在していた。
その瞬間、クロエの雰囲気がざわりと切り替わる。周りにいる人々がその重圧に耐えられずに泣き出したりえずいたりしている。
それを見ながら、ベルは鋭い声でクロエに釘を刺した。
「クロエっ!」
それを聞いた途端、辺りを包み込んでいた重い空気が霧散した。しかし、二人の周りの人々は体を震わせたりしていた。
「気持ちはわかるが落ち着け。お前も私も人に、特に権力をもった者に見つかるのは面倒な身だ。一時の感情でそれを台無しにするな」
「……………………“依頼者の希望は最優先で守られるべき事項”…………このきまりは、わたしにとって、ぜったい」
「そうだ。私は依頼者だ。」
「…………ん」
「そのうえで聞く。クロエ、どうしたい?」
「『大賢者』を、レオーネを助けたい」
「よし、なら助けるといい。でも、お前だとバレてはいけない」
「…………ん」
「ちょっと待てよ……」
そう言うとベルはクロエに向かって指を振り、何らかの魔術を行使した。
「…………なにを、したの?」
「認識阻害、変身、束縛、だ」
「…………なんで、束縛?」
「お前の特性を封じたんだ。流石にあれは使えば一発でお前だとバレてしまう可能性があるからな」
「…………あの壁って、なぐれる?」
「…………さあ?」
「…………ん」
クロエは小さく頷くと、広場の周りの建物の壁を蹴って人の壁を抜け、すぐにベルの目には映らなくなってしまった。
それを見届けたベルはくるりと振り返ると、クロエのおかげで歩きやすくなった広場を出口に向かって進みつつ、「こっちも行動するかのう。……ああめんどくさい」とつぶやいた。
クロエが人々の頭上を越えたとき、広場の中心部には黒ずくめの男たちが結界を囲むように立って人々の進行を止めているのが見えた。その奥に目を移せば、結界の中でも黒ずくめの男たちが『大賢者』の護衛部隊に襲い掛かっているのが見える。
それを認識したクロエは広場に降り立つと、そのまま近くにいた男の顔面を殴りつけた。仲間が殴られた、と他の男たちが認識するより前に、クロエは更に男たちを攻め立てる。
「ごはっ」「がっ」「ぐふっ」
ほとんどの男を一撃で無力化すると、クロエは拳を握り締めて思いっきり振りかぶり、結界に殴りかかった。
「…………?」
しかし、結界は何の手ごたえも返すことなく、クロエはあっさりと結界の内部に侵入してしまった。
手のひらを見つめて閉じたり開いたりしながら面白くなさそうな顔をしていたクロエは、剣で斬りかかってくる男を見ると、スッと表情を消した。
クロエが、男が剣を振りかぶった瞬間に掌底を腹に叩き込むと男は苦悶の声をあげて地に伏した。クロエは男が倒れた方には目を向けることなく、護衛の数を減らされ押されつつある『大賢者』の方へと向かった。
◇ ◇ ◇
めんどくさいと言いつつ結界のほうに向かったベルもまた、男たちの襲撃を受けていた。
「ああああああああ!もうこうなることが分かっておったから嫌だったんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
もともとベルは見た目通り、肉弾戦には向いていない。しかし、男たちは遠慮容赦なく剣などの武器を持って近接戦を仕掛けてくる。しかも男たちの練度はかなり高く、そのこともベルの苦戦を招いていた。
「ええい、面倒な……!《火よ!風よ!水よ!雷よ!》」
男たちの攻撃の隙間に魔術による攻撃を試みるも、男たちが着ているローブは魔術耐性があるらしい。
(ちっ、この体で大技を使うには時間がかかるから使えないが、改変して威力を増しているとはいえ初級魔術では削れない、か)
そう考えたベルは懐から一つの宝石を取り出した。
「はぁー、切り札をこんなところで切ることになるとはのう」
そう言うとベルは親指で宝石をはじき、呪文を詠唱し始めた。
「《我が肉体は器なり・我が精神は不動なり・我が世界は永遠なり・よって・我が存在は不滅なり》
◇ ◇ ◇
『大賢者』は徒手空拳で襲撃者と戦っているようだが、彼女の専門は魔術である。治癒魔術を使っているため大きな傷は負っていないようだが、相手を倒せるための魔術を行使する時間を相手が潰してくるためお互い決め手に欠けるようであった。
そこにクロエは突っ込むと、相手の男へと蹴りかかった。
しかし男のほうも驚くことなく片腕をあげて防御すると、『大賢者』に向けていたナイフでクロエを斬り裂こうとした。
それを見越していたクロエは蹴りが防御されるとすぐに離脱したが、着地した時に違和感を覚えて足をみた。そこには、朱色の線が一筋走っていた。
「…………」
それを不思議そうにじっと見つめていたクロエは静かに立ち上がると、ナイフを持った男に向かって蕩けきった笑みを浮かべた。
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