ハスターク その6

 二人は、リーダーを名乗る男から聞き出したアジトへ続くという獣道を歩いていた。


「…………このみちで、あってる?」

「多分あっとるんじゃないかの。隠されてはおるが踏み固められた道になっておるし」


 後ろを行くクロエの疑問に、ベルは前を行きながら、手に持ったナイフで道を切り開きつつ答えた。だが、ベルはしかし、と言って続けた。


「まあ、一つだけ気になっておることはあるがな」

「…………なに?」

「儂らが森に入ってからしばらく経つが、全くと言っていいほど魔物に遭っておらん。クロエがここにいるにもかかわらず、じゃ」


 クロエは、身の回りにある魔力を自分の体に溜め込んでしまうという特異体質である。魔力とは、個体差はあるが生きているものから常に生成されているものであり、空気中にも存在している。

 また魔物は、空気中の魔力を取り込んだことによって急激に進化を遂げた生物だとされており、その生まれゆえに本能的に強い魔力に惹かれる。そのために、自身が強い魔力を生み出しつつ、周りからもさらに吸収してしまうクロエは存在しているだけで魔物を引き寄せてしまうのだ。


「…………いわれてみれば」

「奥で眠っておるのか、何かに殺されたのか……」

「……つまり、つよい?」


 眠そうなクロエの目が少し輝く。その目をよく知っているベルは「おるといいな」とだけ返して、先を急いだ。


 見張りの男は、二人と出会うことなくアジトに向かえるように道なき道を急ぎつつ、何か妙だと感じたが、彼の焦りはその違和感を無視させてしまった。


 二人がしばらく歩いていると、開けたところに出た。そこには地面に亀裂が入って隆起しており、そこが洞窟の入り口であるようだった。


「ふむ、ここが目的地のようじゃな」

「…………ん」

「ふむ、どうやら奥に何か住み着いておるようじゃな。しかしあの男があの状況で隠し事をするとも思えんし、儂らを襲っておる間に入られたか」

「…………それ、つよい?」

「まあ、都市にやってくるような魔物にすれば、かの」

「…………ふうん」


 ちなみに、魔物が都市の中に現れることはそう珍しいことではない。しかし多くの魔物は街に設置されている魔物除けによって街を避け、森の中に入ることが多いために市民が襲われるということは滅多にない。

 そんな風に、二人がのんきに話している時だった。


「うわあああああああああああああ!!!」

 一人の男が叫びながら洞窟の中から飛び出してきた。

「お?」

「…………?」


 男はクロエたちを見ると「ひっ」と言ったが、そのまま脇目も振らずに駆け抜けていってしまった。


「今の男、ここにおったということはさっきの盗賊の仲間だったのかのう」

「…………たぶん、そう。…………ナイフをなげたひと、いなかったから」

「ああ、言われてみればそうじゃったのう」

「…………あのナイフ、いいナイフ」


 二人がそれでものんきに話していると、洞窟の奥から地鳴りのような音がしたかと思うと、巨大なムカデのような魔物が姿を現した。


「あー、あれなんじゃったっけ」

「…………衝突百足クラッシュセンチピード?」

「あれってもうちょっと小さくなかったかのう」

「…………たべすぎ?」

「いやー、クロエじゃあるまいし」

「……おすすめは、丸焼き」

「え」

「…………おいしい、よ?」


 コテンと首を傾けたクロエに対して、ベルは信じられないものを見るような顔をしてみせた。

 そんな会話をしているうちに、巨大ムカデはズルズルとその体を洞窟から引きずり出していた。全長が十メルターは下らないであろうその巨体を持ち上げつつ、二人の方を向いて牙をカチカチといわせていた。


「あんなでかいのほんとに食うつもりか……?」

「…………おいしいから」

「毒とかないのかの?」

「…………焼けばだいじょうぶ」

「ほんとかのう……」

「…………焼くのはまかせた」

「ええ…………」

「…………あたま、斬ってくる」

「…………」


 なおも嫌そうな顔を続けているベルを横目に、クロエは剣を引き抜いて巨大ムカデの方へと向かっていった。


 クロエが一直線に巨大ムカデの方へ駆けていくと、ムカデもクロエの方へと突っ込んできた。ムカデの突進が予想より早かったクロエであったが、慌てることなくギリギリまで引き付けると、横に飛んで節に剣を突き立てた。

 ムカデはクロエを振り落とそうと体を振り回したが、クロエは全く剣から手を放そうとせず、より深く剣を差し込んできた。


 その様子を見ていたベルはため息を一つつくと、手のひらを地面につけた。

 その途端、手のひらを中心に光を放つ円形の幾何学模様が現れ、その模様が強く輝いた瞬間、ムカデの足元が音を立てて崩れた。

 もちろんクロエはその隙を逃すことなく剣をひねってムカデの首を斬り落とすと、そのまま飛び降りた。

 クロエが地面に着地した瞬間、前方から火球が飛んできてムカデに着弾すると、その巨体を一気に燃え上がらせた。


「これでよいのか?」

 燃えるムカデを眺めているクロエの隣に、火球を放ったベルが歩いてきた。

「…………ん」


 しばらく経ってからクロエの合図でベルが炎を消すと、そこには焦げ付いたムカデの巨体が転がっていた。


「これ、焼きすぎではないのか?」

「…………殻がかたいから、よく焼く」

「…………」


 クロエは躊躇なく近づいて手を伸ばすと、ポケットからナイフを取り出し、殻を開いて中の身を食べ始めた。


「……ベルも、食べる?」

「あー、うん、一口だけもらおうかのう……」

「……ん」


 そういうとクロエはもう一本ナイフを取り出し、器用に片手で身を削いで突き刺し、ベルに渡してきた。

 付き出された身は白く、なんというかあまり虫っぽくはない。恐らくはそういう風に進化した結果なのだろう。

 目を閉じたいがクロエはナイフで身を渡してきているため、目を開けておかないと危険である。仕方がないのでベルは一気にかぶりついた。


「ん?」

「……どう?」

「意外と旨いなこいつ」

「……むふー」


 驚いた顔をしたベルは今度は自ら身を削ぎ始め、それを眠そうな中にほんの少しの嬉しさを混ぜた表情で見つめるクロエも、自分の分の身を削いで食べていった。


 結局ムカデはすぐに二人の腹に収まることとなり、ムカデがいた洞窟の奥からは盗賊たちが残していたであろう金品が出てきたため、組合の規則のために二人はそれを持って街へと帰るのであった。

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