ハスターク その7

 なんとか日が暮れる前に組合に戻ってきた二人であったが、受付で盗賊が奪っていた金品を提出した際にひと悶着が起きていた。


「九人の盗賊をそこの女の子が瞬殺?」

「さっきからそう言っているだろう」

「いや、しかしだね…………」

「こちらとしてはそれを盗賊のものと認めてもらってこちらの懐に合法的に手に入れようとしているだけだぞ。ただ見つけただけならここに持ってくる前にさっさと自分の懐に入れているとも」

「む…………」


 ベルたちは素直にルールにのっとっているだけなのだが、受付の男にとってはベルの語る内容が信じられない。それゆえに男は手続きを進めることが出来ず、ベルたちは足止めを食らっているのであった。


「どうかしたのか?」


 そのとき、奥の方から別のがっしりとした男が出てきた。その男は受付の男が記入している紙をひょいと取り上げると、しげしげと見つめて、ベルとクロエの二人を見ると、もう一度紙に目を落とした。


「ん、まあ、いいんじゃねえの?」

「よいのですか?」

「ああ、別にこの嬢ちゃんたちが嘘をつく理由もねえし、実際にあの辺りで盗賊の被害に遭ってる奴らもいるからな」

「わかりました。…………ではベルさん、手続きをしてくるので少々お待ちください」

「あ、ああ」


 突然のことで理解が追い付いていないベルとクロエをよそに、受付の男は奥へと引っ込んでしまった。


「なあ、嬢ちゃんたち」

「あ、ああ。どうかしたかな?」

「さっきの報告書を見たんだけどよ、そっちの眠そうな嬢ちゃんが一人で九人の盗賊を斬ったっつって書いてたが、そんなに強いのかい?」

「ん?まあな」


 すると男はニヤリと笑い、じゃあよ、と続けた。

「俺と一つ、手合わせをしてくれねえか?」


◇ ◇ ◇


「なんか、めんどくさいことになったのう……」

 ベルは組合の地下に作られている練習場で向かい合う二人――クロエとマークと名乗った男――を見つめながら小さな声でつぶやいた。


 男の突然の提案の後、ベルがクロエに確認を取ると、クロエはあっさりと「…………いいよ」と答え、それを聞いた男は「よしきた!」と返したと思うとすぐに練習場の使用申請用紙を持ってきて書き込むと受付に渡し…………今に至る。

 ちなみに受付にいた男がその時ちょうど戻ってきたのだが、マークに紙を押し付けられて「もうちょっと待ってろ!」と言われていた。

 ベルはさすがに不憫だと思ったが、マークの勢いを前に口をはさむことができなかった。


「なあ、嬢ちゃん」

「…………どうか、した?」

「いや、あとでいいや」

「…………?」


 マークはそれには答えず、ニヤリと笑うと大剣を構えた。それに対しクロエは自然体で立っていた。


「腰の剣は抜かないのか?」

「…………ん。まだ、抜かない」

「そうか」


 二人のその言葉で二人ともが臨戦態勢に入ったことを理解したベルは、手を上げると。

「始めっ!」

 勢いよく振り下ろした。


 合図の瞬間、マークは一直線に突っ込むと下から斜めに斬り上げた。それをクロエは体をひねって躱すと、顎を狙って蹴りを繰り出した。それを横に避けたマークはもう一度、しかし前よりも早く剣を振る。それを難なくかわしてみせたクロエは、自分からマークに近づいて肘を打ち込んだ。しかしそれはマークの手によって受け止められ、そのまま肘を引かれて体勢を崩されたクロエはマークの膝を避けることが出来なかった。


「ぐっ…………!」


 そのまま吹き飛ばされるクロエであったが、空中で一回転すると着地し、しっかりと立ってみせた。


「へえ、案外丈夫だな、嬢ちゃん」

「……うん、マークも意外とつよい」


 二人はそう言って頬を緩めると、次はクロエからまっすぐに突っ込んだ。しかしクロエは正面から攻撃すると見せかけ、直前で横に回ると脇腹に掌底を繰り出した。これを直撃させたクロエはそのまま回し蹴りをマークの腹に打ち込んだ。


「ごっ!」


 体をくの字に折ったマークに対し、クロエは顎に向けて蹴りを放つが、これはマークの左腕によって防がれてしまった。そのまま反対の足で腕を蹴った反動で離れたクロエが着地した時には、マークは立ち上がり、剣を構えようとしていた。それを見たクロエはもう一度近づくと、振り下ろされた剣を飛びあがって避け、肩を踏んで後ろに着地すると、彼が振り返るよりも先に回し蹴りを頭に放った。

 マークはその一撃を頭に食らうと「ぐあっ」という声をあげて地面に倒れてしまった。

 その様子を見ていたベルは「そこまで!」と言うと、クロエたちの方へ歩いて行った。


「やー、嬢ちゃん強えな」

「…………ほんとは一撃ももらわないつもりだった」

「まじかよ……」


 ベルが二人のもとへ着いた時、マークはすでに起き上がっており、クロエと談笑していた。マークは近づいてくるベルの姿を認めると、いたずらっぽく笑って口を開いた。


「いや、悪かったな。こんなことにいきなり付き合わせてよ」

「全くその通りだな」

「でもまあこれでそこの嬢ちゃんの強さは証明されたってことで、ここは一つ流してくれないか?」

「そうじゃないかと途中から思っていたが、やっぱりそうだったか」


 そんな風に話していると、階段から組合の職員が降りてきて、「何をしているんですか!」と叫んだ。


「いや、そこの嬢ちゃんがどんくらい強いのかを試してたんだよ」

「何を言っているんですか!組合長がいないと回る仕事も回らなくなるんですよ!」

「いや、うん、まあ、ハハ……」

「誤魔化さない!」

「……ハイ」


 そうこうしているうちにマークは職員によって地上へと連れ戻され、練習場にはクロエとベルの二人だけが取り残された。


「組合長というのも大変なんじゃな」

「…………ん」

「儂らも戻るか」

「…………ん」

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