ハスターク その3

 ベルはクロエを引き摺って部屋に戻ってくると、クロエをベッドに寝かせ、ソファに腰かけた。そして彼女は、すぅすぅと穏やかに寝息を立てている相方を見ながら、夜の街へと視線を向けた。


「……」


 その赤い瞳はただ目に映るものを反射するばかりだった。

 そのまま彼女はソファに沈み込むと、目を閉じてしまった。


◇ ◇ ◇


 夜の街。ほとんどの人が寝静まるころ、黒ずくめの男たちが人目を逃れるように街を歩いていた。

 男たちは、街のあちらこちらを移動すると集まって何かを話し合い、そのまま解散していった。


◇ ◇ ◇


 クロエの朝は早い。日が昇る前に目を覚まし、ベッドから抜け出る。そのまま宵っ張りで朝に弱い相方を起こさないようにしながら宿を出ると、まだ薄暗い街の中を歩いて行った。


 まだ薄暗いとはいえ、もう活動を始めている者も少なくはない。そんな人々とすれ違いながら、クロエはずんずんと進んでいく。大通りを外れ、裏道を通って、最終的に人気のない広場のようなところを見つけると、彼女はかすかに頷いて剣を取り出し、振り始めた。


 最初はゆっくりと型を確認するように。そしてだんだんと剣を振る速度を上げていき、急にぴたりと剣を止めた。

 一度剣を構えなおしたクロエは、集中するように目をぎゅっと閉じると、クロエの目の前に陽炎のようにゆらゆらと揺れる人影が現れた。うすぼんやりとしていた人影はだんだんとはっきりしていき、クロエが目を開いた時、人影はクロエのような形をして、剣を構えているような姿になった。

 クロエはその人影に対して剣を振るうが、その人影も応戦するように剣を振ってくる。そのまま数合打ち合うと、クロエの剣が人影の首を飛ばし、人影はふっ、と消えてしまった。


 クロエは満足したように頷くと、剣を虚空に収納して、元来た道を引き返すと、日が昇って活気の出てきた街の様子を物珍しそうに見ながら宿に戻ってきた。


 クロエが主人に挨拶をして自分たちの部屋に戻ってくると、その音で目を覚ましたのであろう相方が、まだ寝足りない、というような目を向けてきた。


「……ベル、おはよ」

「…………う」

「…………ごはん、たべる?」

「…………あとちょっと待ってくれ。いや、それよりも今は何刻じゃ……?」

「…………もうちょっとで、上六刻」

「…………」

「…………たべる?」

「…………寝る」

 予想よりも早く起きていたことを理解したベルは、そのままソファに突っ伏した。


 その様子を見ていたクロエは、少し考えるそぶりをして、ベッドを見ると、自分の育て親の言葉を思い出し、自分の荷物から本を取り出すと、ベッドの端に座ってゆっくりとページをめくり始めた。


 結局ベルは上八刻の直前に目を覚まし、二人は宿屋の主人に呆れられながら朝食をとることとなった。


 朝食を食べ終えた二人は、外出する準備をしながら今日の予定について話し合っていた。

「まずは冒険者組合に錆蜥蜴ラストリザードの皮とかを売りに行くかのう」

「……ん」

「その後は……儂は遺跡の方に行ってみたいのじゃが、どうじゃ?」

「…………市場を、みてみたい」

「そういえば明日からのお祭り騒ぎに合わせて中心部の広場とその周りの道で市場をしておるようじゃのう。ふむ、別行動にするか?」

 ベルはクロエに対し、答えを確信しなからあえて問いかける。

「……遺跡にいってから、市場」

「そうか。なら、早く出ねば夜までに帰ってこれんぞ?」

「……ん」

 どことなく嬉しそうなベルと、やはり眠そうな表情のままのクロエは、そうして二人で宿屋を出て街に繰り出すのであった。


 ハスタークの冒険者組合は、街の北部に広がる遺跡と街の間に存在していた。冒険者組合とは、ハスタークなどの都市を取りまとめているこの王国が管理している組織の一つであり、ここに認められ、冒険者リストに登録された者だけが冒険者を名乗ることができる。


 ちなみに冒険者になるには、各都市の支部などで試験を受けて合格すればよい。その際、五級冒険者として登録され、一定数の依頼をこなし、組合に申請を出すことで四級に昇格することができる。

 しかし三級に昇格するためには、「一定数以上の指定された依頼の完了」だけではなく、進級試験も同時に合格する必要があるため、冒険者の間では「三級になって初めて一人前の冒険者」とまで言われている。

 それだけ四級から三級までの壁が厚いように、三級から二級までの壁もそれ以上に分厚い。


 つまり現在活動している冒険者はほとんどが四級であり、三級冒険者ともなれば熟練者の域に達している。そのため、まだ年端もいかない少女たちであるベルたちが三級冒険者であると知った番兵が驚いていたのも仕方のないことなのである。

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