ハスターク その2
城門を抜けると、そこには多くの人々が行きかう大きな通りが目の前にあった。
「…………!」
「おお……!」
通りにはすでにいくつかの露店が並んでおり、様々なものを売っている。ベルはそちらに気を取られている相方の手を引きつつ、通りを進んでいった。
「…………ベル、なにか買いたい」
「先に宿を決めてからじゃな。その後でいろんなところを見て回ろう。それに本番は明後日からなんじゃしそれまで待っても遅くはあるまい」
「…………むぅ、わかった」
◇ ◇ ◇
「…………なかなか見つからんの」
「…………ぜんぜん、ない」
二人はその後宿を求めて歩き回っていたが、ほとんどの宿が満室となっていて、入ることが出来なかった。
「夜も更けてきたし、次の宿に入れんかったら都市の反対側にあるとかいう遺跡の方でこっそり野宿かのう……」
「…………」
「嫌そうな顔をする前に次の宿に入れるように神様にでも祈っておくんじゃな」
「…………それは」
クロエはその言葉に対して何かを口にしようとして、結局口を閉じた。ベルはそのことに、気が付かないふりをしていた。
低かった月が頭上を過ぎる前、二人はやっと一つの宿を見つけた。
「お、あったな」
「…………あった」
「入ってみるか。……まああそこも満室じゃろうがな」
「…………いどむまえからあきらめるな」
そんなことを言いながら二人は宿のドアを開けた。
宿のカウンターには背筋のピンと伸びた老人が座っていた。
「いらっしゃい、宿泊か?それとも食事か?」
「うむ、できれば一週間の宿泊を希望したいのだが、可能だろうか?」
「ああ、問題ない。……部屋は一つで構わないか?部屋にベッドが一つしかないんだが」
「構わんよ。食事と寝床があれば十分だ」
「宿代は一日七十ドルクだから、合計で四百九十ドルクだが、問題ないか?」
「うむ、問題ない。食事は今からでも出せるだろうか?」
「簡単なものでよければ準備しよう。少ししたらこの奥にある食堂に来てくれ。ああ、朝は上六刻から上八刻の間、夜は下七刻から下九刻の間に出す。それ以外だと出せないことがあるから注意してくれ」
「あい分かった、ではこれで頼む」
そう言ってベルは百ドルク銅貨を五枚取り出すと、主人に渡し、鍵を受け取った。
「ふう、やっと人心地ついたわ」
「……ベッド、ふかふか」
「本当はさっさと宿を決めてギルドに肉やら皮やらを売りに行きたかったのじゃがな」
「…………しかたない、あしたでもおそくない……ぐぅ」
「おーい、食事は食べんでいいのかー?」
「……ごはん」
「食い意地の張ったやつめ」
主人に言われたとおり、二人が少ししてから食堂に向かうと、主人がテーブルの上にいくつかの皿を並べていた。
「ご主人、夜遅いのにすまないな」
「構わんよ、客をもてなすのが俺の仕事だ」
主人はそう言って近くのテーブルに座ると新聞を手に取って読み始めた。
二人はテーブルに着くと、やっとありつけた食事に舌鼓を打った。
「……おいしい」
「うむ、このスープは独特な味がするが美味しいな」
「…………パンといっしょに食べると、もっとおいしい」
「もぐもぐ…………」
「…………もぐもぐ」
「ふう。ご主人、美味しかったぞ」
「…………おいしかった、です」
「おう。皿はそのままでいい。風呂はついてないから近くの湯屋を使ってもらうが……今日はもう仕舞いだろうな」
「まあ、我々とて冒険者さ。風呂に入れんこともしばしばある。その辺りは気にせんよ」
「そうか、若い娘が二人で夜更けに来たときは何事かと思ったが、冒険者なら納得だ」
主人はふむ、と一つ頷くと新聞をたたんで二人の前の皿を回収してキッチンと思われる方へ持って行った。しかしすぐに戻ってくると、「なあ、お二人さんよ」と声をかけてきた。
「どうしたのかな、ご主人?」
「……いや、よしておこう。老人が昔のことを思い出していたのだと思ってくれればそれでいい」
「ふむ、人には誰しも過去がある。その中には人に話せることも話しにくいこともあるからな。私にだって、そういうのが片手で足りないくらいにはあるさ」
ベルはその言葉を自嘲するかのようにつぶやいた。
「…………そうだな、ああ、そうだな」
「ああ、そうだとも」
ベルはこの話はもう終わりだというように手を一つ打つと、「さて」と言って席を立った。
「ではご主人、一週間よろしく頼む。…………おい、クロエ、ここで寝るな。部屋に戻るぞ」
ベルは半分眠っているままのようなクロエを半ば引きずるようにして階段を上ろうとしていた。その背に、主人は後ろを向いて声をかける。
「なあ、お嬢さんよ」
「ふう、ふう。……どうかしたか、ご主人」
「ずいぶんと大変な旅をしているようだな。あんなこと、俺の孫には言わせたくない。…………いや、これは失礼だったな、すまない」
ベルは少し視線を宙にさまよわせると、少しからかうような口調で「気にしなくていい、そういうのには慣れているのでな」と答えた。
主人が振り返った時、彼女はすでに階段を登り切っていて、その後ろ姿は見えなくなっていた。
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