第7話 奈々

天使と悪魔が居るとする。

頭の中で良し悪しで戦うのでは無い本物の天使と悪魔だ。

その天使と悪魔で考えるなら俺は悪魔に呪われている。

人を次々と失い、人に裏切られ。


俺は恋心というものが死んだ。

その、悪魔に呪われている時に。

天使の様な手が.....俺の手を握ってくれた。

その名前は神谷奈々と言う女性だ。


だけど、その天使は悪魔に呪われてしまった様に。

白血病が有りますと神谷さんは打ち明けた。

俺は.....衝撃で正直に言って。

何も手が付かなくなりそうだった。


だけど、神谷さんはそんな悪魔も天使も関係無く。

俺にただ笑顔を見せてくれた。

私は負けません、とそう言ってくれたのだ。


俺は.....恋をしても良いのだろうか。

彼女、神谷奈々に。

俺の様な十字架を背負った様なヤツが、だ。



「美味しかったですね」


「.....そうだな」


お互いの持ってきた弁当が重なってしまった。

それでも良い時間を過ごせた気がする。

神谷さんは何時も微笑んでいた。

流石にアーンするのは恥ずかしかったが。


「私ですね」


「.....?」


「私、お兄さんを運命の人と思ったのは.....あの日、りゅーちゃんのお陰で出会ったからじゃ無いんです。えっとですね、より正確に言うなら.....私がお兄さんを運命の人と思ったのは.....かつて出会って優しくされた事があった気がしたから.....だからこの人なら.....と思ったんです。運命の人だなって」


「.....そうなのか?」


俺は.....神谷さんと何処かで会ったのか?

考えてみるが.....記憶が無い。

俺は顎に手を添えながら考える。


「.....あ、そんなに深く考えないで下さい。私が会った気がしただけですから」


「.....ああ」


「.....それと.....もし良かったら」


赤面で俯き、モジモジする、神谷さん。

俺は?を浮かべながら、見つめる。

すると、神谷さんは意を決した様に顔を上げた。

下のベンチに手を置いて、だ。


「名前.....呼び捨てで.....下の名前で呼んで下さい」


「.....え?」


「.....私は.....お兄さんのままですが、名前を呼んでほしいです」


「.....」


それは.....抵抗が有る。

名前で呼んだ人は必ず.....居なくなるんだよな。

俺は.....その様に思いながら、暫し数十秒。


すると神谷さんが.....俺の手を握って。

それから見つめてきた。


「.....大丈夫です。私は死にません。お兄さんが考えているより頑丈なんです。私。だから.....お願いです」


「.....分かった。約束だ。奈々」


トレジャーでも見つけた様な。

そんな感じの喜び方で、俺に笑顔を見せた。

俺はその笑顔を見ながら、苦笑する。


「有難う御座います!」


「.....奈々。そんなに喜ぶ事か?」


「女の子にとっては好きな人に呼び捨てにされるのはこの世が光輝く程.....嬉しいんですよ?」


「.....」


いつ以来だろうか。

俺が女性の名前を呼び捨てにしたのは。

そうか、鍵以来だな。

鍵が.....俺に説教をして.....呼び捨てにして、と言った以来か。


『私は.....鍵で良いから。ね?翔ちゃん』


「.....」


「お兄さん?どうしたんですか?」


「.....いや、昔の幼馴染の.....事を思い出したんだ」


俺は奈々の手を握る。

この女の子を守る。

鍵を守れなかったから.....守りたい。

そう、思いながら俺は笑んだ。


「.....約束してくれな。死なないって」


「.....私、貴方を残して死ねません。だから.....大丈夫ですよ」


「.....」


奈々は俺を見ながら八重歯を見せて笑む。

風が吹き、木の葉が舞う。

俺は.....その日を忘れないだろう。


「.....さて、水族館に戻るか」


「そうですね」


「.....次は何を見たい?」


「.....次ですか?そうですね.....イルカですね」


それは良いな。

水族館のメインイベントと言えば.....イルカショーだからな。

俺は思いながら弁当を持って歩く。


その背後から.....奈々が付いて来ながら.....俺の腕を掻っ攫った。

所謂、腕と腕の恋人繋ぎだ。

俺は頬を掻きながら奈々を見る。


「.....ちょ、おいおい」


「.....えへへ。幸せだなぁ。私.....」


その様に呟いた瞬間。

ゲホゲホッと奈々が咳き込んだ。

俺は突然の事に驚きながら奈々を見る。


そして.....その奈々の手の平を見て.....俺は青ざめた。

青ざめたってのは.....血液がべっとり付いている。

何だ.....!?嘘だろ.....おい!


「.....奈々!!!!!」


「.....あ.....れ?」


そのまま奈々は青くなりフラついて地面に座り込んだ。

俺は直ぐに係員を呼んで。

そして救急車が来てから奈々と共に病院に行った。

俺の時が.....止まった気がする。


後から分かったのだが、奈々は急性リンパ性白血病だと.....いう事だった。

所謂、小児ガンで有り.....だという。

ただ俺は.....泣く事しか出来なかった。

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