遺された者達(その2)


(かなり計画的に犯行が行われているようだな。…声を掛けたのは殺人事件の遺族に、更に若松商店街と事件の関係性のでっち上げ、被疑者の3人は大学に行きながら農場に住み込んで生活している。)


栗岡が謳うたび、商店街で連続発生していた強盗事件が、単純に露店を漁り商品を盗んでいく際に発煙筒を投げて逃走するだけの事件ではない事が分かる。犯行に使用されていた火薬や、3人に犯行を思い起こさせた人物の存在。今ここで辰実が向き合っている被疑者の犯行など、氷山の一角でしかない。


「その時の事を、覚えていますか?その前後の出来事も覚えていれば。」


時系列で整理していけば、被疑者3人の変化を捉えやすい。その変化には必ず、犯行を唆した者が関わっている。それが火薬の出処に関わっている事は間違いない。


「大学に入ってすぐの事でした。3月に三島さんが亡くなってから、奨学金だけでなく自分達の生活は自分達で賄おうと農場に住み込みする事に決めたんです。3人とも農学部ですし、牛と作物を両方育てている牧場が若松にありましたので。声を掛けられたのは、住み込みをし始めてから2か月くらいの事です。」


(唆した奴は、予め栗岡さん達の事を知っていた可能性があるな。)


「講義が終わって帰るところでした。…僕達は、勧誘を受けたんです。その人は三島さんの知り合いを名乗っていて、僕達の事も知っていて。その時に、金は渡すから火薬を作ってほしいと言われたんです。」


(…当時からの生活状況を見るに、金はいくらあっても足らなかっただろうな。)


「それは、強盗に使うための火薬を?」

「実験と聞いてました。…貰った発煙筒も、実験でできた試作品だと。」


(基本的に火薬の作成を許されてるのは、火薬類取締法の3条に基づいて経済産業省の許可を得た者に限られる。これが実験だと400g以下を作るのであれば例外に当たるんだが…)


この後すぐに辰実は、栗岡にどういう設備で火薬を作っていたか質問したところ、農場の空いた倉庫だと答えを受けた。この倉庫については未だ捜査の手も入っておらず、早急に確保が必要であった。


「栗岡さん、また話を聞かせてもらわなければいけないかもしれません。」

「…分かりました。」


話が行われていた傍らで、梓がまとめていた供述調書の内容を辰実は確認する。多少の訂正はあったものの内容に問題はなく、2人はこの場を片付けてすぐに報告に向かう事ができた。



 *


「成程、立島事件か…」

「資料を見る限りでは、被疑者が食いつきそうな話題だと思いましたが、下手に話ができないと相手を動かす材料にならないので、松島さんには立島事件というワードは伏せてもらってました。」


課長席。煙草を咥えながら、宮内は梓がまとめた供述調書に目を通す。


「そうか、お前はあの事件の現場におったんか。」

「ええ。凄惨な現場でした。」


ようできとるわ、と言いながら宮内に視線を向けられた梓は、「ありがとうございます」と恥ずかしそうに頭を下げる。吸い尽くしたシケモクは安い灰皿に擦り付けられ、煙が止んだ。


「とりあえず、3人が火薬を作っとった言う倉庫を調べてみないかんな。刑事一課長に連絡入れた後、ワシから農場に連絡入れてみるから、その間2人はコーヒーでも飲んできたらええわ。」

「ありがとうございます。」


 *


署内の1階、食堂前には自販機スペースがあり、基本的に小休止を取っている警察官はここに集まって何かをしている。近くには喫煙スペースもあるが、辰実と梓は全く煙草を吸わないので特に話をする事が無い。


「大丈夫ですか、黒沢さん?」

「…ん?ああ、大丈夫だ。」

「なら良かったです。深く考え込んでいたようでしたので。」


無理矢理にブラックのコーヒーを口にしながら、梓は先程から缶のコーラのプルタブを起こそうとしたまま険しい顔で下を向いている辰実を気にかけた。


「立島事件の事ですか?」

「そうだな。」


ようやくプルタブを起こす。パチパチと音を鳴らしながら冷たい液体を喉に流し込んでいく、甘味も酸味も、渋味も混ざった複雑な味が心を落ち着かせる。


「俺は当時交番員で、110番通報を受けて臨場したんだ。当時の警察官は皆あの事件に関わってロクな目に遭わなかった。…俺も、未だに何があったかなんて家族に話せちゃいないよ。」

「すいません、変な事を聞いてしまって。」


気にする事は無いと、辰実は伝える。その事件の凄惨さ故に、現場に臨場した者、後に捜査に従事した者、皆に皆何かを残してしまった。それが筆舌に尽くし難い事であるのは、同じ警察官である梓にも理解できる。


「ともかく、あのような事件が二度と起きないよう祈るだけだ。」

「…はい。」


飲み終わったのは辰実が先で、2歩分くらい遅れて梓がゴミ箱に空き缶を捨てる。


「馬場ちゃん、ブラックを無理に飲むよりカフェオレでほっこりした方が気持ちは楽だぞ?」

「え?え?」


バレていたようで、梓は恥ずかしくなってしまった。



 *


午後6時。


買い物時とご飯時で、若松商店街はザワザワしている。20分近く前に退勤し、やる事の無い梓は商店街をぶらぶらしていた。…のも束の間、コンビニで買ったローカル誌を家で読むのもアレだと思い、商店街の古い喫茶店に足を運ぶ。


ガラス張りの屋根の下、雨が降っても陽が差しても代り映えは感じにくい。昔からあったのが遺されたアーケード街を、混乱するくらい異なるペースで歩く踵の音が、窓際の席まで聞こえてきたような気がした。


ローカル誌『わわわ』。地元の話をいち早くと言われれば、ずっと前からこの一冊。県内で出かけるならおススメの場所や注目の店の特集。更には地元のグラビアやモデルの特集も組まれたりと、テレビでやっている東京の内輪事をこちらに持ってきたような。…そうなると、世間は東京やその辺だけじゃない。


(やっぱり、いつ観ても綺麗だなー…)


何年もずっと人気を博して止まない、グラビアの倉田愛結(くらたあゆ)。梓もいちファンだという彼女が巻頭グラビアで迎えてくれる。168cmという高身長に上から93、61、95と抜群のプロポーション、おまけにフランス人とのクオーターで栗色の長い髪につぶらな青い瞳が誰もを魅了して止まない。


驚くべきは、結婚していて産後復帰しても産前と何ら変わらぬプロポーションを維持しているという事。この話をし始めると、愛結の魅力を語るには枚挙に暇が無くなってしまうため、この場はこの辺りで説明を止めておきたい。


水着姿も素晴らしく目を惹く。この時梓を最も焦がしたのは、曇り空の窓を背景に、黒いドレスでカメラに背を向けた写真であった。やや閉じ気味に俯いた表情が奏でる繊細な美、片手の指でできる計算よりも明快だっ


一瞬息が詰まるような雰囲気、写真からも言葉にせず伝わってくる。



(あ、黒沢さん)


仕事終わりに若松商店街を歩いている様子。仕事中も見慣れたようなぶっきらぼうを顔に貼り付け…、と思ったが少し表情が軟らかく見える。辰実の側を一緒に歩く長身の女性、時々ふわっと吹く風に、その髪が靡く。美しい栗色の長い髪、まるで手元で読んでいた雑誌の、梓を魅了した世界からそのまま出てきたような。


(え?ちょっと待って!?黒沢さんの奥さんって!?)


注文した紅茶を受け取っている場合ではなかった。


彼女が辰実を一瞬見たその横顔、青い目をしている。姿が去ってしまった後に梓の視線はまたローカル誌に。

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