第十一話『レーヴァテイン《上》』

「っ……!」


 白貌のペアの登場に、真っ先に反応したのは一人のOI警官だった。彼は呆気にとられたままの表情を瞬時に憎悪へ染め変えると、手際よく小銃を構えリロードする。


「よせ、止めろ!」

「仲間たちの、仇だ……!」


 咄嗟に飛ばした静止の声は届かなかった。壊滅した二つの機動部隊、その無念を晴らさんとばかりに、強くトリガーを引き絞る。甲高く鋭い音と共に、魔鉄被甲の弾丸が発射。銃口が火花を散らし、中空を閃光が舞う。


「おっと」


 ところが、弾丸はガルムにもヘレナにも当たらなかった。『魔鉄の加護』に弾かれた、という意味ではない。文字通り、掠めることさえなかったのである。

 理由は二つ。一つは、青年が銃を構えるのを見た瞬間、ガルムがヘレナを抱えて跳躍、彼我の距離が大きく離れたから。だが、この時点ではまだ有効射程範囲内。どうやら単に、奪い取った『家系図』をしまう隙が欲しかっただけらしい。


 本命はもう一つの理由の方。

 二人を守るように、煌々と輝く炎が集っていた。渦を巻くそれは盾の如く、銃弾を幕取っては無力化し、彼の足下へと落としていく。


 ヘレナ・レイスが、ゴシックドレスの裾から、白く細い腕を伸ばしていた。鉄脈術を引き出すための『扉』にして『鉱脈』である魔女は、何らかの形で術に干渉するか、あるいは術の一部を行使できる場合があるが――どうやら彼女は後者らしい。炎の盾は、ヘレナの掌から広がっていたから。


「いけねぇな。戦争には作法ってものがあるんだぜ」


 ダメージジーンズのポケットに手を突っ込みながら、ガルムはクハッ、と、獣めいた笑みをこぼす。炎の勢いが弱まると同時に、彼はこちらに向けて一歩を踏み出し直す。


「大前提としてルールを守ること。それから特定の兵器を使わないことに、捕虜を大事に扱うこと、あとは……なんだったかな?」

「わすれんぼのがるむ。あいさつだよ」

「ああ、そうそう。宣戦布告あいさつだ」

「がッ!?」


 腕が霞む。ガシャン、と酷い音を立てて、銃を抱えたままの青年が吹き飛んだ。傷一つない拳にふぅと息を吹きかけてガルムはまた、いびつに笑った。それは遅ればせながら、全ての警官が臨戦態勢に入ってからも変わらない。余裕綽々、ということだろうか。

 実際、そうなのだろう。

 今の動き、鉄脈術を使っていない状態の雄二では、始まりも終わりも全く見えなかった――それは即ち、ガルムが平時でも、類まれな戦闘能力を持つ、ということを示していた。

 

 文字通りの一騎当千。

 この場にいる全員を蹴散らしてなお、おつりがくるだけの力がこいつにはある。


「馬鹿者ッ、不用意に手を出すなと指示したはずだぞ!」

「す、みません……」


 吹き飛ばされたOI警官を抱き起しながら、梨花がこちらに視線を寄越してくる。この展開は必然。出番のようだ。


「神凪殿、姫殿下」

「おう」

「任せて」

「すまない――貴君らが頼りだ」


 ジェスチャーで警官たちを下がらせ、雄二と東子は前に出る。

 一騎当千には一騎当千。製鉄師には製鉄師をぶつけるのが一番手っ取り早く、かつ安全だと、この場にいる誰もが分かっている。

 ガルムとヘレナもまた、『試合になる相手』との戦いを望んでいるのだろうか。警官たちに手をあげることもなく、静かにこちらの準備を待っていた。前回口にした、次に会うときが決着、という言葉に偽りはないらしい。

 

 上等だ。お望み通りに倒してやる。


「行くぜ東子。精錬開始マイニング汝が血脈を我に捧げよユア・ブラッド・マイン

精錬許可ローディング我が血脈は汝の為にマイ・ブラッド・ユアーズ


 ギュイン、と仮想の大気を震わせて、霊質界からスライム状の銀色が湧出する。リングの形で二人を囲む『再生の髄液』を、雄二は早速、刃の形に変形させた。

 

「三度目の正直だ。ここで仕留めさせてもらう」

「クハハッ、いいねェ兄弟。その目が見たかった――約束を果たそう」


 雄二が東子を抱き寄せるのとほぼ同時。ガルムもまた、ヘレナの小さな体を担ぎ上げ、彼女を肩の上に載せる。


精錬開始マイニングいざや世界、その価値をば問い正さんユア・ブラッド・マイン

せいれんきょかローディングあそびあそばせくようせかいマイ・ブラッド・ユアーズ


 赤色のレザージャケットが、白いファーごと、さらなる赤に染め上げられた。炎が渦巻く。仮想の地割れが現実世界マテリアルを侵食し、ひび割れた床からマグマが噴出。警官たちのどよめきをよそに、ガルムが白く、牙をむく。


 瞬く間に、工房の一角が灼熱世界に塗り替わった。

 回収し損ねた資料の焼け落ちる音の向こう、静かに燃える、ガルムの声が聞こえる。


「――《振鉄ウォーモング》、『崩れよ世界、落日の黄昏はここにありラグナ・ローゲ・アーダー』」


 強烈な熱波を遺して二人の姿が掻き消える。次の瞬間には、炎を纏った握りこぶしが、すぐ正面に現れていた。


 物質界の限界を超えた高速移動。ある程度こいつの手の打ちが分かってきた今、単に魔鉄の加護による身体強化以外にも、鉄脈術が関わっていることが推測できる。

 要するにエンジン。炎を操作し、発生した熱量をエネルギーに変えて、身体機能の強化倍率を引き上げているのだ。


 そして、原理が分かってしまえば、対策ももできる。


「東子!」

「ん」


 短く、力強い返事を聞きながら、溢れ出る『再世の髄液』の奔流と、自らの全身、そのイメージを重ね合わせる。総身に水が染み込んでいくような、不思議な感覚。同時に、手足の操作性が跳ねあがった。


 魔鉄の加護の応用。これまで雄二と東子が手を出してこなかった、鉄脈術の新たなる使い方だ。


 真似するのは何だかんだで得意な方だ。こう見えても成長は早い。

 ここ数日、雄二はガルムとの一戦を参考に、東子と鉄脈術戦の特訓を重ねてきた。実戦あるのみとはよく言ったもので、敗北の苦い経験はこれまでとは別格の経験値を与えてくれたらしい。少なくとも、前の雄二よりは明らかに強くなった。その成果を、ここで見せよう。

 

「ぜぇあッ!」


 おまけに、一度見た攻撃だ。今度は受け止め切れる。

 

 強化した拳に『髄液』を纏わせ、ガルムの炎と逆回転に渦を巻く、銀色の水流は、激突と同時に破裂。巨大な盾の姿を取って、発生した衝撃波を逃がし切った。

 ボコリ、と足下が沈む。土塊とコンクリの混じった破片が宙を舞う。


 戦闘の高揚が、一気に世界の流れを遅くした。オーバードイメージの中を生きる製鉄師の視界だ。もしかしたら本当に、脳はスローモーションの世界を体験しているのかもしれない。


「受け止めきるか。コツを掴んだな?」

「二度も同じ技でやられるわけにはいかないからな」

「ハッ、違ぇねえ!!」


 その減速世界に、ガルムの咆哮が鋭く響く。

 覗いた白い歯が、炎に照らされ赤く輝く。まるで獲物の血を滴らせた狼のようだ。その牙、今回こそ折らせてもらう。


 ぎゃりっ、という鈍い音と共に、鍔迫り合いめいたかたちで腕が重なる。極至近距離で青色の瞳を見据えた次の瞬間には、同時にその腕を振りほどき、弾いていた。


 直感のみに従って、ガルムの攻撃に対応する。


 殴りつける。蹴り上げ攻撃を読んで左足でガード。そのまま足を払って、崩れた体勢に水銀刃で切りつけ、追撃。奥義で仰ぐように、右へ左へとリバース・リングを躍らせる。シャリィィィン!! と鋭い音が鳴るたび、回転する銀の刃が、白い製鉄師の首を狙って飛翔した。


 ジェットの要領で噴きあがった炎が、無理矢理ガルムの姿勢を元に戻した。獲物を逃した刃たちは宙を舞い、勢いよく拡散した火焔に切り裂かれてしまった。破片はじゅうと嫌な音を立てて焼失。霊質界へと還っていく。


 跳躍したガルムの踵落としが来る。ばしゃりと足下に『髄液』を広げると滑るように退避。一瞬前までいた場所が粉々に砕け散って、猛烈な量の砂塵が舞う。

 あいつらはどこだ、と視線を彷徨わせる必要はなかった。探すより先に、相手の顔が目の前にあったから。


 口の中に広がる血の味に、そういえば昔は


「平気?」

「当然」

「ならいい」


 いけない。オーバードイメージの行使に全力を割いているせいか、思考が飛躍しがちだ。

 だがこの余剰部分を、全て戦闘につぎ込めば――脳機能はより、先鋭化される。


 互いの鉄脈術が、再び交錯した。

 炎の柱と水銀の刃が激突する。拳と拳がぶつかり合い、閃光と突風が工房の内部をめちゃくちゃにしていった。


「くっ……神凪殿を援護しろ!」

「駄目です六道さん、狙いが付けられません……!」

「動きが速すぎます! 神凪君と姫殿下の動きを阻害する可能性が……!」


 色さえも『遅く』感じる世界で、梨花が第二起動部隊の面々に指示を飛ばすのが聞こえる。しかし警官たちは口々に、その指示に無理だと答えていく。


 当然だ。ここまでの攻防、凡そ二秒に満たない。物質界の理を揺らがし、人間の限界を超えた戦いに、製鉄師に非ざるOI能力者は関われないのだ。


 そんな極限の風景の中。雄二はガルムが高速接近の姿勢を取るのを見た。人狼ヴェアヴォルフのごとく背を屈め、獰猛な笑みを浮かべる様子は、次の一撃が相当に速く、そして強力であることを予感させる。


 瞬間、脳裏にスパークが走ったような錯覚。確信があった。この攻撃を利用して、ガルムに一矢報いることができるという、確信。

 

 相棒と目くばせを一つ。強化した腕力に水流の力も含めて、噴水の容量で東子を射出。小柄で軽い彼女の体が、勢いよく工房の空を舞う。翻る黒いスカートを後目に、雄二は深い前傾姿勢を取る。


 大地が内側から破裂するような、重く激しい音がする。両者同時の加速。震脚が、魔鉄混じりのコンクリ壁に罅を入れた。

 衝撃はそのまま、爆風を呼ぶ。自分たちを取り囲むOI警官たちには、風を置いて雄二とガルムの姿が消えたように見えただろう。正直雄二自身、ガルムの姿は殆ど知覚できなかった。


 けれどそれは、雄二がこの狼めいた製鉄師に太刀打ちできなかった、ということとイコールではない。断じてない。

 何故なら、この高速の激突、勝利の女神は――雄二にとってそれは多分銀色の小さな相棒だが――自分の側に微笑んでいるのだから。


 みぞおちを、『髄液』を纏った拳が深く、撃ち抜いた。

 雄二とガルムでは、疾走の速度が違う。当然だが、激突の位置も、攻撃の予備動作を行うタイミングも大きく異なる。

 この一撃は、その差を利用したもの。ガルムの方が先に腕を振り上げるのを活用して、がら空きの腹に拳を撃ち込んだのだ。


「グッ……!?」


 吐き出される息は、炎のように熱かった。ガルムの動きが痺れたように止まる。いかな振鉄位階とは言えども、この一撃は響いたらしい。身体強化で全身を硬化されていたら若干怪しかったかもしれないが……そのときは銀の籠手を炸裂させて、追加のダメージを叩き込んでいただけだ。


「ククク……クハハハハハ……!! いいねェ、最高だぜ兄弟! あの一戦でオレたちの力を把握したな……! おまけに自分の力の使い方も理解してきたと見えた!」


 ふらつきながらも余裕を崩さないガルム。どうやら決着には程遠いと見えた。くそ、どんだけ頑丈なんだこいつ、と悪態をつきながら、反撃に備える。


 だが、ガルムは拳を構えなかった。何がおかしいのか、ずっとくつくつ笑ったまま、静かに語り掛けて来るだけ。


「性能比べってのは、どうしてこう楽しいんだろうな。お前も不思議に思ったことはねぇか、兄弟」

「生憎、その『性能比べ』とやらを面白く思ったことがないんでね……!」

「とぼけんなよ。ここまででお前は何度も味わったはずだ。自分の戦闘力、鉄脈術、その『兵器としての力』が、オレと戦う中で研ぎ澄まされ、価値を上げていく様をな……!」

「――」


 反論の言葉を、すぐに出すのは躊躇われた。正直、ガルムが言ったとおりのことを感じなかったか、と言われれば嘘になるから。


 別に雄二はバトルジャンキーでもなければ、強さに対するあくなき探求心を懐いているタイプの人間でもない。むしろできれば戦わないで、一日中昼寝をしていたいくらいだ。

 そんな自分でも、ガルムに打ち勝つだけの戦略を、戦術を、切り結ぶ中で組み立てていけるという事実……東子と一緒に、こいつに勝てるようになるかもしれないという推測は、どうしようもなくこの心を湧き立たせた。高揚感を隠すことできるほど、雄二は器用な男ではない。


 ――それでも。


「そうかもな」

「だろう?」

「けど……同時に違う」


 この力は、今から名を呼ぶ、相棒のために使うものだ。彼女と過ごす時間のために、二人で強くなると決めたのだ。

 だから、性能だとか、その価値だとか――そういうのは、雄二には関係ない。


「東子!」

「任せて」


 空に舞った相棒が、ドリル状の激流と共に落下してきていた。ジェット機のエンジンとも似た、低く、同時に甲高い、相反する属性を持った音。


「なにッ……!?」


 初めて、ガルムの顔が大きく歪む。流石にこの展開は予想していなかったらしい。

 ガルムの発言から察するに、奴は「パートナーを放り投げる」という雄二の行為に、自身の『性能』をより正確に使うため、という理由を見出していたらしい。実際、東子が腕の中にいたままでは、激突のタイミングがずれる、あるいは速度そのものがたりない、腕を上手く振り抜けない……といった弊害が出るだろうことは想像に難くない。


「やぁぁああああああああ――――ッ!!」


 東子の、タイツに包まれた細い足が、着弾する。

 鋼の砕けるような轟音と共に、水流と炎が接触。大爆発と真っ白な煙が巻きあがった。


 その勢いにおされて、爆心地から東子が放り出されてきた。雄二は素早く『再世の髄液』を増やすと、リング状になったそれを飛ばす。丁度すっぽり、飛んできた東子がその中央に収まった。ナイススロー。


 浮き輪が海に浮くように、相棒をのせたリングは空中をすいすい進んでくる。やがて雄二の真上に到着すると、役目は終えた、と言わんばかりに『髄液』の奔流へと還っていった。


 落ちてきた東子を、ぽすんと抱き留める。ちょっと煤けた前髪を払えば、「無茶させないでよ」と抗議の声が飛んできた。

 

「悪い、無理させたな。大丈夫か?」

「……ん」

「そりゃ重畳」


 一瞬だけ視線を交差させる。クリアシルバーの瞳は、数手先まで二人の編むべき『踊り』の形を伝えてきた。たった一度でこれだけの量の情報を伝えられるんだ、無表情ってことはないと思うんだけどなぁ……などと、いまだに解けない疑問が浮き上がる。むしろ雄弁なほうだと思うんだが。

 いや、今そういうことを考えている場合ではないのだが。まぁこれも、余裕があるという証左だ。


 砂煙が晴れる。同時に腰を落として身構える。かなりのダメージは与えたはずだが、それであのガルムが倒されるとは想像できない。


「なッ……!?」

「無傷……!?」


 ――だが、現実は想像の遥か先を行っていた。


 ガルム・ヴァナルガンドには、そのジャケットの表層の焦げも含めて、一切の傷がなかった。彼は薄く、楽しそうに笑みを浮かべているだけ。余裕げな態度は崩せていない。


 雄二と東子から、彼を守るように、薄く純粋な炎が広がっていた。地獄の炎とはまた違う、しかし青色の火焔を超すあつさ。

 ファイアーウォール、というセキュリティ用語が脳裏に浮かぶ。

 

「だめ」


 静かな声。ヘレナ・レイスが、その両の瞳を炎の赤に輝かせ、薄く唇を開いていた。高出力の炎の壁は、彼女が魔女としての力で顕現させたものだろう。魔女に与えられる数多のサポート能力の中には、結界を貼ったり、強力な魔女であれば戦場そのものを塗り替えられる力がある、と聞いたことがある。


「だめだよ、だめ」


 ガルム・ヴァナルガンドは振鉄位階。そして振鉄の製鉄師ならば、契約した魔女もまた、振鉄位階の片割れとして相応しい力を得る。

 赤い瞳に静かな怒りを燃やす彼女は、正にそうだった、ということだろう。


この子ガルムは、私を守ってくれた。だから私が、彼を守るの」


 そしていつの間にか、無垢さの落ちた、静謐な口調で、何か大事な、とても大事なことが呟かれたそのとき。


 雄二は、思い知らされた。忘れていたのだ、と。ヘレナはどうにも、獰猛で好戦的なガルムと違って、大人しいというか、無口な印象があったから。


 ――彼女もまた、テロリスト。

 相棒ガルムと共に数多の街を、国を、人々を焼き尽くしてきた、慈悲なき戦争屋なのだということを。


「皇爵家の製鉄師でも倒せないのかよ……!」

「ば、化け物……」


 警官たちの間に混乱が広がっていく。東子のキックを間近で見たのだ。きっと自分たち以上に、決着を信じてくれていたに違いない。


「皆落ち着け! あいつだって人間だ! 製鉄師だ! ずっと戦えるわけじゃない、限界はある――」

「ハッ……ハハハハハ! クハハハハハハハハ!!」


 ガルムの哄笑が響く。嘲るように、あるいは諭すように。


「兄弟ィ……てめぇは何も分かっちゃいねぇ。オレたちは製鉄師、この世界に風穴を開ける、正真正銘の怪物さ! その証拠を見せてやる。オレたちのな」

「ガルムを傷つける悪い子は、わたし、許さないよ」


 赤いレザージャケットの袖から伸びる、ごつごつとした大きな手。

 それが黒いゴシックドレスの中、小さな手を、予想外に優しくつかんだ。


 ――瞬間、雄二の風景がぶれる。それが世界の震えによって起きたものだと気付くのに、たっぷり二秒近く使ってしまった。


「な、ん……」

「何でありますか、この地響きは……!?」


 梨花と奈緒もまた、同じ振動を感じたらしい。驚愕に目を見開く。素早く辺りを確認する二人だったが、どうやら風景そのものに異常はないようだった。


「地響き?」

「り、六道さんたち、何を言ってるんだ……?」


 一方で、この強烈な揺れを一切感じていない警官もいた。彼らの防具の袖からは、銀色のリングを見つけることができない。OICCをつけていない……対製鉄師・魔鉄ではなく、一般の戦闘員の排除や、補給などを目的とした支援役たち。つまりは普通人だ。


 この空間振動、OI能力者だけが感じ取っている。鉄脈術が物質界に再演リアクトした霊質界の風景ではなく、オーバードイメージでのみ観測できる、向こう側の現象であるらしい。


 ――拙い。

 戦慄が背筋を通って頭頂から抜ける。

 知っている。神凪雄二は、この現象を知っている。そもそもの話、製鉄師ならば誰もが知っているはずだが……規模が段違いだ。『これ』を引き起こせるのは、振鉄位階でもほんの一握りのはず。

 ガルム・ヴァナルガンドとヘレナ・レイス。どこまでも推測の上を行くペアだ。楽観視を許してくれない奴らとは、こういう手合いのことをいうのだろう。


「六道さん、皆を連れて建物の外に出ろ!」

「何だと!?」

「いいから早く! 、あんたら、このままだと死ぬぞ!!」


 その証拠に。


「――精錬加速。いざや世界、その価値をば問い正さん」

「精錬認可。あそびあそばせ九曜世界」


 異常にはっきりとした祝詞が、建物中を震わすように、奇妙な『重み』を持って響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る