第十話『鋼の系譜』

 作戦決行の日。集合場所に指定されたのは、聖玉区最南端の工業特区跡地だった。

 二十年と少し前、聖玉学園の開校に合わせられるようにと開発が始まった聖玉区だが、それ以前は製鉄所や金属加工工場が立ち並び、それらの仕事に従事する者たちや、金属職人たちの暮らす場所であったという。古来、六皇爵家に献上する鉄器をつくる街だったらしく、その流れを汲んでいたのだそうだ。

 

 そんな場所に製鉄師や魔鉄加工技師といった、新時代の金属職人のための街が出来るとは……なかなか風情を感じさせる歴史だが、現実のところはそこまでロマンチックな展開ではなかったらしい。


 魔鉄器産業の発達によって、旧き鉄器産業は大きく廃れた。埋鉄位階工業従事者レプラコーンによる大量生産にシフトできた工場はまだしも、完全機械制であったり、土地柄、数多のOI能力者を受け入れるのに相応しくないような場所にあった建物は、その多くが廃業、廃棄された。

 最初にガルムと戦ったのも、そういう過程で打ち捨てられた工場の一つだったはず。そこそこの規模だったので、鉄暦時代には多くの金属製品を世に送り出した重要な工場だったに違いない。建造物を魔鉄に変えたは良いが、体制が向かなかったタイプ。


 それにしても――今回の舞台は輪をかけてご大層な『廃墟』っぷりだ。

 視線の先、枯れた川の向こうに見える、ひび割れたコンクリートを主体にした工房の骸。魔鉄ではなくホンモノの鉄で作られた重そうなドアを封鎖する、真新しい銀色の鎖。こちらは焼き入れの施された魔鉄器だ。警察がOI能力者の捕縛に使うワイヤーロープなどと、同系統のイメージが刻印されている。鉄脈術クラスの強力な干渉でなければ破壊できない、強力な鎖……そんなものを使ってまで、外部からの侵入を阻みたいというのが封鎖主の考えらしい。

 

 ガルムの目的は依然として知れないが……この国の未来に関わるほど厄介な展開になる。そういう予感が、雄二の首筋をぴりぴりと痺れさせる。


 まぁ俺の勘、当たんない方だし……と無理矢理不安を抑え込んでいると、おーい、と覚えのある声が聞こえてきた。


「神凪殿! 東子姫殿下!」

「七星さん」


 ぶんぶん手を振りながら駆けて来る焦げ茶色の髪。どこか子犬っぽい笑顔は七星奈緒のものだ。すぐ後ろを青みがかった墨色の頭がついて来る。六道梨花――今日はプレート防具に魔鉄軍刀まで備えた完全装備。いかにも機動部隊の隊長、といった風格に、こちらがいつも通りの制服姿なのが若干恥ずかしくなってしまう。


 無論、雄二と東子にとってはこれが正装にして最大の戦闘スーツなので、これ以上を求める必要は特にないのだが。ライオニア十三企業の一角、世界一の服飾ブランドであるところの『ΑΛΓΟΣアルゴス』がデザインから製作までを手がけた聖玉学園の制服は、特許である特殊な魔鉄繊維で編まれている。そこいらのプロテクターよりずっと頑丈だったりするのだ、実は。


 まぁ、流石に梨花が身に纏っているような、対OI能力者専用の装備には劣る気がするが。他国の軍隊も使っているようなシロモノだ。いくら最高品質とはいえ、学生の制服が敵うものではない。いや、戦えている時点で「制服#とは」といった面持ちになってしまうのだが。


「二人とも、よく来てくれた。巻き込む形になってしまってすまない」

「こっちも色々とワケアリだし、おあいこってことで」

「助かる。早速だが、現場に案内しよう」


 梨花の先導に従って、彼女のあとをついて行く。水流に削られて生まれた、いっそ浅いクレバスとでも言える大きな溝。その壁に、配管のあとが見え隠れする。ここから、近くの浄水場に汚水を流していたのだろう。皇国で一般的に使われているラインより、大分太いような気がする……相当の量を一斉に送り込むため、だったのかもしれない。


 世界にとっては短くても、雄二にとっては大昔にも等しい二十年前の風景に想いを馳せていると、ひょい、と奈緒の小柄な体躯が、隣に並んだ。


「神凪殿、体の方はもう大丈夫なのでありますか?」

「あー、おかげさまでな」


 心配そうに見上げて来る彼女に、若干歯切れ悪く答える。距離が近い。反対側の隣を歩く東子の視線が、ぐさぐさと脇腹に突き刺さって痛い。

 とはいえ、お礼はしなくては。あの場に奈緒がいなかったら、ガルムとの一戦はより過酷なものになったはずなのだから。


「あのときは本当に助かった。民間人の避難を主導してくれたお蔭で、人的被害気にせずにすんだし」

「い、いえ。むしろああいう形でしか援護できず、申し訳なかったのであります。神凪殿が危険な目に遭われていたのに、自分と来たら」

「謙遜しないでほしい。私たちだけでは、どうやっても彼らを安全に逃がすことはできなかったし……それにこいつの怪我は自業自得だから、あなたが気にする必要はない」

「ひ、姫殿下まで……うっうぅ、身に余る光栄であります……」


 あれ? ちょっと俺の扱い酷くなってね? うるうると涙をにじませ、目元を抑える奈緒の姿に、自分と東子の間に横たわる『格差』を感じてしまう。

 まぁ、奈緒は『超』がつくほどの六皇爵家マニアであることが既に知れている。東子と自分で印象に差があるのは仕方あるまい。

 何度も言っていることだが、警察の一員がプロ・ブラッドスミスと仲良くしてくれていること自体が奇跡なのだ。多くは縄張り意識から来る対立思考を剥き出しにしてくるし。相棒様様である。


 案外この人も六皇爵家マニアだったりすんのかな、と、今度は梨花の方に目を向けてみる。丁度話しかけようとしてくれていたのか。彼女の墨色の視線と、雄二の瞳が交錯した。


「先日、皇国警察の機動部隊が、ガルムに返り討ちにあった話は聞いているな」

「ああ。悪いけど……当然かもな、ってちょっと思った。実際戦ってみて分かったことだけど、あいつら、集団で戦って勝てるような相手じゃない」

「まさしく同感だ。奴らは『群を超越する個』……兵器としての製鉄師、そして鉄脈術を体現した様なペア。対するこちらには、同じだけの力を持った製鉄師はいない。で、あるならば、戦いを有利に進めるための別のアプローチが必要なのは道理だからな」


 製鉄師と魔女が、二人一組で放つ鋼の魔術、鉄脈術――その力は、戦争の在り方そのものを変えた。

 軍対軍から、ペアペアへ。数多の犠牲や、大量破壊兵器など必要ない。ただ一組の製鉄師と、彼らが呼び出す異界の風景があれば、それで全てが事足りる。


 ガルム・ヴァナルガンドはその究極のような製鉄師だった。これまで数多の国と、そこに広がる戦火の中で大暴れしてきた、という経歴が、印象に拍車をかける。

 何も考えずに戦って勝てる相手ではない――そのことはもう、雄二も梨花も、身に染みて分かっていた。


「今回は、そのためのヒントを探す。奴の拠点候補の一つを探索し、ガルム撃破に繋がる手がかりを得るのが、作戦の目標となる」

「調べ物は得意じゃねーんだけどな……」

「文句言わない」


 相棒の小さな手が、ぺしりと尻を叩いてくる。いてて。


 やられた箇所をさすりながら、雄二はコンクリの廃墟を見上げる。特殊な形の煙突が大層目立つ構造は、この辺りでは中々見かけないものだ。


「旧天津麻羅アマツマラ派の工房跡地、か……長野にしかないもんだと思ってた」

「戦時中、大きな襲撃事件があるまでは、各地に分派が拠点を持っていたらしい。この場所に居を構えていたのは、当時の六皇爵家、特に武術を司る玉祖家に、武器を提供していた一派だな……ラバルナから『セカンドオリジナル』――『天下春命ジェフティ無名異むみょうい七紫ななしが持ち帰った技術のうち、刀以外の魔道具を作る技術を特に多く受け継いだ者たちだ。私の祖父も、その派閥が作った銃剣を使っていた」

「へえ」


 天津麻羅。

 それは魔鉄鍛造――特に『刀鍛冶』という点において、国内最高の技術を誇ったドヴェルグの集団だ。ラバルナ帝国によって招集され、魔鉄文明を授けられた賢人たちのうち、たった三人しかいない日本人の一人にして、現在長野の聖刀学園を率いるとあるドヴェルグが、その旗揚げを担ったという。

 当然、彼らの技術はラバルナ帝国仕込みのそれと最も近い。諸人のものとは異なる手腕、理想、そして理念。

 理想の作品のためには、鍛冶の限界すらも超え、邪道にさえ手を伸ばした刀製の修羅たち。


 魔鉄鍛造スヴァルトは無限に使える技ではない。

 ドヴェルグがこの技術を使用する際、OWを『消費』するという話は既にした。消費したOWは一定の時間を経れば復活するのだが……その回復を待たずに、さらに魔鉄鍛造を行おうとすると、生命維持に必要なイメージや、身体機能そのものを『消費』する可能性の出る、非情に危険な状態に陥る。限界ギリギリまで作品を作った次の日、八太郎がやたらぐったりしているのはそういうことだ。


 超過鍛造ユーベルスヴァルト、と呼ばれるこの技術を、しかし天津麻羅は自在に扱って見せたという。当然、生み出される作品は、その労力に見合った最高峰。

 その技術を危険視され、ワイルドエイジの最中に海外勢力に多くの工房と技師を殺された、と聞くが……ここも、そんなうちの一つだったのだろうか?


「最も、ここがそのための工房だったかは分からないがな……無論、御苑に近い以上、何かしらを献上していたのは確かだろうが」


 はたと、何かに気付いた様子で東子が顔を上げる。銀色の目は梨花を見据えていた。


「六道、ってどこかで聞いた名前だと思っていたけど……もしかして近衛の?」

「ああ。父の代からは、皇国警察に身を置く家柄となったが……先代の陛下には、よくしてもらったらしい」

「……そう」

「もっとも、私は先代の天孫陛下と、さほど関わらせていただいた記憶はないが」

「私もよ」


 静かに。どこか無感情に。東子はそう返す。


「お父様も、お母様も、私が充分甘える前に亡くなったわ。特にお父様からは、娘として可愛がられた記憶は殆どない」

「そうか……申し訳ない、辛いことを言わせてしまったな」

「いい。気にしてないから」


 淡く微笑む東子。クリアシルバーの瞳に、悲しみの色は見えない。

 しかし雄二は知っている。流した涙と一緒に、どこかへと去ってしまったか……あるいは、押し殺しているだけなのか。どちらにせよ、東子が『両親の喪失』に、なにも感じていないはずがないことを。


「なぁ、東子。あんまり無理はしなくても……」

「気にしてないって言ったでしょ。二人がいなくなってから……私、寂しいと思ったことないもの」


 ところが、相棒は雄二の気遣いを振り払って見せた。その心配は見当違い、そんなことはないのよ、と。頬を柔らかく緩めて、東子は優しく微笑んだ。


「……あなたがいてくれたおかげでね」

「お、おう」


 不覚にも、滅茶苦茶ドキッとしてしまった。あんなことがあったばかりだからだろうか。こいつを意識する場面が、どうにも不必要に増えている気がする。

 

 そりゃ確かに東子のことは大切だし、好きか嫌いかで言われれば間違いなく大好きだ。見た目に関しても流石と言うかなんというか、一応の『プリンセス』の称号に違わぬ可憐さ。透き通った銀色の髪と瞳、幼い可愛さの中に確かな美しさを備えた姿は、銀細工の妖精のようで、甘い女の子の匂いも相まって不意にどきどきさせられることはこれまでにも何回かあったわけで。


 けれど最近のこれは違う。もっと、こう……神凪雄二の想い、その根源を刺激するような。


「さっさと歩きなさい、馬鹿雄二。置いて行くわよ」

「あっ、おい!」


 パートナーの混乱を知ってか知らずか、東子は歩調を早め、雄二を追い越してしまった。


「ひゅーひゅー、というやつでありますか」

「勘弁してください……」

 

 思わず敬語になってしまう。脱力した雄二の様子が面白かったのか。奈緒は存外に可愛らしい、くすくすというハスキーな笑い声を響かせた。


「凄いでありますな、神凪殿は」

「凄い? どこが」

「そういうところが、でありますよ」


 さっぱりである。

 何を言われているのやら、と目を白黒させていると、奈緒はまた一つ、笑声をこぼす。


「自分のしたこと、立場、その凄さを誇示することなく、ただ受け入れる……余人にはできないことでありますよ。流石は東子姫殿下の契約者、といったところでありますか」

「え? いや、別に俺そんな大層なことは……」

「自分とは大違いであります……力もなく、しかもその無力さに一喜一憂してしまう自分とは」


 ……なんだか話の雲行きが怪しいぞ。

 話題が重くなるとき特有の、妙な空気を感じ取ってしまった。


「七星さん?」

「少し、思うところがあったでありますよ。自分、ご存じの通りOI能力者なわけでありますが……昔は、製鉄師になりたかったのであります。プロ・ブラッドスミスとして、大好きな六皇爵家の皆様がつくった、この国の秩序を守りたい、と」


 どこか照れたような笑みを浮かべて、夢を告白する奈緒。その表情は、俯くと同時に少し、寂しげなものに変わった。


「でも、自分は埋鉄位階でありましたし……一応、高校生のころに『覚醒位階上昇』はしたのでありますが、パートナーが見つからなかったのであります。結局そのまま、機会を逸して……皇国警察に入ったのも、少しでも昔の夢に近づきたかったからなのであります」


 製鉄師は、二人で一人。

 それは覆しようのない絶対の法則。OW一つにつき、必ず製鉄師と魔女は一人のペアを組まなければならない。中にはOWを複数持つOI能力者もいる、という話だが、それは例外中の例外。彼らにしたって、OW一つにつき一人、契約魔女が必要なことに変わりはない。魔女がその中に格納できる世界は、同時にひとつだけなのだから。


 逆に、生涯己と契約する魔女に出会えないOI能力者もいる。むしろ少なくない、と言って良いかもしれない。

 自らの世界イメージを受け入れ、肯定してくれる銀色の運命は、誰も彼もが必ず出会えるわけではないのだ。

 

 自分はとんでもない果報者なのだと、改めて認識する。


「駅前襲撃事件のときも、もし自分が製鉄師だったのなら、もっと役に立てたのかな、と。そう思うと、少し悔しくて……そんなことを思ってしまう自分に、がっかりするのでありますよ」


 かける言葉が見当たらなかった。活発な顔立ちに落ちた影を、どう払えばいいのかが、雄二のライブラリーとボキャブラリーでは導き出せない。

 

 製鉄師同士の戦闘には、製鉄師しか介入できないのが常だ。魔鉄の加護による絶望的なまでの防御力格差に、鉄脈術がもたらす圧倒的な攻撃力。霊質界からイメージを鉱脈として引きずり出した景色をぶつけ合う、御伽噺も真っ青な戦闘風景。そんなところにただの人間を放り込んだら、ひき肉にされて帰ってくるのがオチだ。

 例外的に、この間の廃工場のとき、あるいは第一、第三部隊がガルムと戦ったときのように、多数のOI戦闘員が製鉄師をサポートすることはあるが……それにしたって、戦いの主役は製鉄師だ。正直、OI能力者は邪魔になることさえある。


 今やこの国を捕食するべく襲来する侵略者たちは、その殆どがOI能力者、とくに製鉄師だ。必然的に、それらと戦うのは製鉄師になる。


 ――そしてきっと、それは警察の中でも同じなのだ。

 ルートヴィーゲは、警察の製鉄師を『虎の子』と言っていた。きっと製鉄師と普通のOI警官では、様々な面で対応が違ったのだろう。

 奈緒がそういう、扱いの差に何かを感じるタイプでないのは既に分かっていることだ。だから彼女がそれになにかを思うのなら。


 悔しかったのだろう、きっと。

 製鉄師ではない、というそれだけで、役に立てる要素が一つ減る、その現状が。


 と、先に対岸にたどり着いていた、第二機動隊の面々から声が上がった。どうやら、魔鉄チェーンの溶断に成功したらしい。いよいよ錆びついた扉が開く。


「開いたぞ!」

「よし、突入する。万が一、奴らが現れても無理はするな! 神凪殿と東子姫殿下の援護を徹底しろ!」


 小走りで東子の下へ戻る。僅かに不機嫌そうな雰囲気。


「……何の話してたの」

「製鉄師の在り方について……?」

「なにそれ」

「俺も分からん」


 正直話の内容そのものはノリで進めていたところがあるくらいだし。


 しかし、製鉄師の在り方、か。ガルムも似たようなことを言っていたような気がする。製鉄師は戦ってナンボ、だったか……奴の好戦的な性格を思えば実に納得のいく思想だが、何故だろうか、もっと何か、別の意図がある発言なような気がしてならない。残念ながら自分の理解力では、「気がしてならない」に留まってしまうわけだが。

 だが、このまま放置できる話題ではないような気もする。勘の良い方では決してないが、こういう直感だけはそれなりに自信があるのだ。


 なぁ東子、お前何か気が付かなかったか――と、相棒に問いかけようとした、そのとき。


「おい、こっち!」


 先行していた第二機動部隊の隊員が声を張り上げた。どうやら、何か見つけたらしい。

 

 駆け寄ってみると、これまでとは明らかに風貌の違う部屋がひとつ。金床のあとでも、住居スペースでもなく、なんだろう……書庫、というか。あるいは事務室だろうか。鉄暦時代のドラマでよく見る、プレハブの執務室を思わす閉鎖空間。


 ガラス窓のある本棚の中には、バインダーで綴じられたプリントの束。それが何十冊も……梨花が取り出し、ぱらぱらと捲るそれを覗き込めば、どうやら魔鉄鍛造に関わる研究資料らしい。


「旧天津麻羅派が遺したやつか……工房が閉鎖したときに回収しなかったんだな」

「色々とごたごたがあって、回収よりも封鎖を優先した……って聞いた。天津麻羅に限らなくても、こういう場所は他にもあるみたい」


 どうやら、政府や六皇爵会議のご都合らしい。不正利用の可能性を考えれば色々と問題な気がするが……まぁ、天津麻羅の技術は、その辺のドヴェルグが拾って扱えるものではないらしい。


 その証拠に、机の上の図面に描かれていたのは、一応八太郎との付き合いで魔鉄器や魔道具の知識がある雄二をして、意味が欠片もりかいできないシロモノだった。


「なんだ、これは……魔道具の設計図か?」

「にしちゃぁ物騒過ぎねぇか? この構造……多分固定砲台バズーカの類だろ」


 しかも全長があきらかに大砲のそれではない。戦艦用の砲でもまだ『短い』はずだ。これではむしろ、武器というよりモニュメント。脳裏に旧東京タワーやらフツミタマタツリーの威容がよぎる。そんなものを作って何をするつもりだというのだ。宇宙人を狙撃するわけでもあるまいに。


 頭をふって下らない発想を片付けると、古びた紙を整理する。

 ふと、その中の一枚が抜け落ち、はらりと相棒の足下に着地。不思議そうに手に取った東子が、眉をひそめた。


「なに、これ……」


 それは奇妙な『図』だった。

 系統樹のような、あるいは坑道のような、不思議な線。それが繋ぐのは、あきらかに漢字でもかな文字でもアルファベットでもない、奇妙な太い文字列だった。どこかでみたことがあるような、ないような。


 要領を得ない既知感に首をかしげていると、後ろから奈緒が身を乗り出してきた。古びて、端が茶色くなりだしたその紙を、しばし眺め……そして、小さく息を呑む。


「――家系図であります」

「家系図?」

「ええ。この書式、この文字……六皇爵家とその関係機関でだけ使われている、特別な暗号文書であります。これで家系図を描くのは六皇爵家だけ。それも、ここを利用していた玉祖ではなく……天之央家グロリアスの系図であります」

「天之央家の、系譜……」


 その言葉を紡いだとき――相棒の声は、僅かに震えていた。


「……お母様」


 東子の呟きが耳に届く。その中には、濃密な寂しさが籠っているようで。

 ……やっぱり、無理してるんじゃねぇか。


 そっと彼女の銀色の頭に手を置く。落ち着かせるように撫でていると、そっと東子の手が重ねられた。こっちの方が良いらしい……恥ずかしいことに、先程の「雄二がいる間は寂しくなかった」という話は本当と見える。


 またも心臓の鼓動が加速する。目を背けるように、雄二は話題を逸らしてみた。


「そういやルートヴィーゲ先生から、昔は六皇爵家に子供が生まれると金細工を渡してた、って話、聞いたことあるな。三種の神器にあやかってんだかなんだかで」

「恐らく、ここを拠点にしていた一派はそれを作る役割を担っていたのだろう。その為に、天之央家の系譜図を……」


 そう、梨花が己の見解を述べかけた、そのとき。


「いいや。そいつは宝の地図さ。帝国の遺産を動かすための鍵……その在処ありかを探るための、な」


 背後から、手が伸びる。それは奈緒の手の内から家系図を奪い去ると、ぴらぴらとおどけるように振ってみせる。

 馬鹿な、いつの間に。というか、何故ここに。ここはあくまで拠点候補の一つで――実際、入り口の閉鎖は完璧だった。こいつの拠点は、ここではなかったはずなのに!


「ガルム・ヴァナルガンド……!」


 振り返った先。

 暗闇に、その髪と瞳、牙を思わす犬歯を光らせるように。


 北方の製鉄師とその契約者が、音もなく姿を現していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る