第八話『落日の獄炎』
炎の温度とは、青に近づけば近づくほど高くなるのだという。有名なのは空に輝く星の光で、赤い光が地球に届く恒星より、青い光が届く恒星の方が強い熱を発していると言われている。酸素の供給が充分であり、安定している状態……必然的にその熱も高く、強力に維持される、ということなのだろう。
だが――鉄脈術は、
つまり。
何が言いたいのかというと。
聖玉駅前の大広間、その中央に巨大なひび割れを作り、辺り一面を焼き焦がす地獄の炎は、その色こそ濃く深い赤でありながら、明らかに自然における常道を超える『熱さ』だった、ということだ。
振鉄位階の鉄脈術が導き、地上に降臨させた異界の理。擬態先の材質を問わずことごとくの魔鉄を焼き焦がしながら、その勢力と版図を強める焔が、いったいどれほど強烈で、真に迫ったオーバーワールドから発生したものか、雄二には想像もつかなかった。
逆巻く端は淡い橙色となって空を蓋う。じゅうじゅうと鋼の焼かれる酷い音と匂い。立ち込める煙の向こう、逃げ惑う人々。悲鳴の声は必死。ただの一度でも炎の腕に掴まれれば命はない……それが皆、分かっているのだ。
まるで隕石でも落ちてきたかのような惨劇が、たった一撃、ほんの一瞬で引き起こされた、という事実に、戦慄を隠すことができない。
おまけにそれを、一組でもたらすだなどと。
「ガルム・ヴァナルガンド……!」
うだるような灼熱の中、雄二はもう一度、その下手人の名を叫ぶ。ひときわ濃い赤色の中に、雪のような髪色のペアは立っていた。
「よう、兄弟。随分としけた面構えしてんな――折角の夕暮れだ。少しは楽しんだらどうだ」
にたり、と荒々しく口角を上げ、北方の製鉄師は白い歯を剥き出しにする。獣の牙を思わすその鋭さが、この男の獰猛さを表しているかのよう。理性も常識も持ち合わせない、本物の殺戮者の顔……今更ながらに雄二は、この男が世界中で暴れまわった、凶悪なテロリストであることを実感した。
その一方で、彼の切れ長な瞳には、覚ったように静かで理知的な色が宿っていた。とても血に飢えた狂戦士のそれとは思えぬ、いっそ高貴ささえ感じさせる目。
実際、詠うように紡がれた言葉は、ガルムの肩書を思えば不自然なほど詩的で、幻想的だった。
「ああ、いい空だ……燃える、燃える、燃えていく。世界が終わる日の空は、きっとこんな赤色なんだろうよ」
薄く細められた瞳が、夕焼け雲を映して赤く輝く。静かに下ろされたその視線は、直後、雄二の黒い目をじっと射抜いた。
「見てみたいとは思わねぇか」
「なんだと……?」
「オレは思うぜ。世界の終わりってやつを、この目で確かめてみたい」
ぎらり。
青色の最奥に揺らめく、地獄の炎を見た気がした。
全身から、凄まじい勢いで脂汗が噴き出した。手足が震えるのを無理矢理抑えたつもりだったが、それでも僅かに指先が痺れてしまう。
――重圧の、格が違う。
こんなナリでも、一応雄二はプロ・ブラッドスミスだ。政府機関から正式に認可を受け、国防、あるいは治安維持の為にその異能を使う、『戦闘者』としてのプロ。それこそ命の危険があるような戦いも潜り抜けてきた。
その過程で……これほど、ただそこにいるだけで強烈な存在感を発揮する製鉄師を、雄二は一度も見たことがない。
それはすぐ隣の東子も同じだ。この国の『姫君』として、雄二よりもずっと緊張感、緊迫感に慣れているはずの彼女でさえ、ガルムの気迫に圧され気味だ。
こいつは強い。
ルートヴィーゲから散々忠告を受けていたはずだが、今ようやく、それが実感として圧し掛かってくるようだった。
しかもこれでなお、昨日の邂逅時よりも
真正の怪物。振鉄位階は往々にして、鍛鉄以下の製鉄師たちとは隔絶した力を持つとされるが、こいつはその中でも桁違いだ。
「世界を終わらせる……滅ぼすつもりだっていうのか」
「世界を滅ぼす? おいおい、馬鹿なこと言うなよ」
――勿論、到達点ではあるだろうがな。くつくつという笑い声をこぼしながら、ガルム・ヴァナルガンドは嘯いた。
「
ゾッ、と、背筋が泡立つのを感じた。
価値観が違う。根本的に違う。この男と自分とでは、人の命の価値に対して、懐いている『意味合い』が全く異なる……!
不倶戴天、という言葉が頭に浮かんだ。
OI能力者は抱えたOWの故に、独自の世界観を養い易いが……それにしたって、ここまでとは。
「大事なのはそこに至るまでの過程さ。災害、飢餓、世界中を舞台にした大事故……そんなもんで滅びられても、何も面白くはない」
ガルムは鋭く牙を剥き、ゆらりと背筋をたわませた。笑いをこらえるように顔を覆った前傾姿勢は、彼が纏った『人狼』の気配をより強くする。まだ分からねぇか、と歌い上げる。
「戦争だよ。戦争を起こすんだ。戦火は長く続けば続くほどいい。いっそのこと世界が滅びないまま、ヴァルハラよろしく終わらない戦なんてのも良いかもしれねぇな」
「お前……ッ!」
文字通りの
制服の裾を、東子の小さな手がきゅっと握る。彼女のクリアシルバーの瞳は、その内に幽かな、しかし確かな激情を燈していた。どうやら、考えていることは同じらしい。
「雄二、こいつの言うことに耳を傾けちゃ駄目。時間の無駄よ」
「ああ……ここで潰す!」
奈緒に見せられた異国の写真がフラッシュバックする。焼け落ち、焦げ付き、そこに暮らすものの未来に影を落とし続ける、焦熱地獄の形跡。
このままこいつを放置していれば、この聖戦区も同じようにされてしまう。もしかしたらあの施設よりももっと酷く、周辺全てを巻き込み焦土に変えられてしまうかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければ。
雄二は東子を庇う様に前に立つと、
そっと東子の手を握る。柔らかいそれは若干ではあるが汗ばんでいた。安心させるようにぎゅっと力を込めれば、同じ分だけの力が返ってくる。
「へぇ」
戦意を見せたことが意外だったのか。それとも他に、何か思うことでもあったのか。ガルムは楽しそうに、己の相棒を呼び寄せた。
「ヘレナ」
「うん」
翻る赤いジャケットコートの裾、その陰に身を隠していた白髪の少女が、そっと小さく踏み出した。熱波に靡いてふわりと揺れる、フリルまみれのゴシックドレス。魔女体質であるが故にその実年齢は推測しようもないが、その佇まいと舌足らずな口調は、両腕に抱えた大きなぬいぐるみとあいまって、彼女を一層幼くみせる。
「たたかおう、たたかおう。それでさいごにはころしちゃおう」
そして幼さとは、時として残虐さの象徴ともなる。
見た目にそぐわぬ、あるいは見た目通りに、容赦のない言葉を呟いて――ヘレナ・レイスは
ゴウッ!
火焔の威力が強くなる。その衝撃は大気を打ち、空間振動として顕現する。リバース・リングの表面も、ぷるぷると小刻みに波打っていた。ぴしり、ぴしりと魔鉄タイルの敷き詰められた広間に、大きな亀裂が走っていく。
まるで鉱脈のようなその罅の中心で。
「
「
ヴァンゼクス=マギの製鉄師は、鋼の魔術を解き放つ。
ドン、と。
空気が変わったのを、感じた。
「《
先ほどよりも強く。これまでよりも、より強く。それどころか雄二が、十五年と少しの生涯で一度も感じたことがないほどの灼熱が、熱波と共に炸裂した。
巻きあがる焔の中に、地の底を思わす邪悪な黒が混じり出す。いつか世界を終わらせる、滅びの入り口――煉獄の炎。
太陽が西の彼方に沈み終わった夜の空は、しかしいまだに赤く染まっている。最早それは夕焼けなどではない。地上を飲み込む赤い光が、雲の隙間に乱反射しては、ぎらりぎらりと瞬いた。
正真正銘、空の火傷といってもいい光景。
ガルムの言った世界の終わりとは、なるほど、確かにこのような光景なのかもしれない。
――ガルム・ヴァナルガンドとヘレナ・レイスを中心に、
火山をひっくり返したように、二人の周囲が融解し、赤熱し、マグマよろしく火焔を噴き出しては終息する。いっそ太陽が地上に降りてきた、とでも言われた方が、まだ納得のいく異様な光景。
肌の表面がぴりぴりする。緊張感だけに基因する感触でないことは、明らかだ。額を通った汗が零れ落ちる前に蒸発する。ぐにゃりと歪んだ視界は、尋常ではないほど大きな陽炎によるものだろうか?
意図せず、脚が半歩後ろに下がったことに愕然とする。同時に思考の片隅、けたたましく警報を鳴らす本能に、その理由を知覚した。
恐れている。この製鉄師との対決を避けようとしている。
まともにぶつかれば死ぬと、これまでの経験が教えてくる。
――勝てるのか、本当に……!?
ここに来て、ルートヴィーゲの前で切った大見得が揺らぎ始めていた。言い知れない不安感が、心の奥底に水たまりを作っては波打ち、その嵩を増していく。鎮めよう、嵩を減らそうと悪戦苦闘しても、不安の水滴は次から次へと落ちていく。
だから、反応が遅れた。
「雄二、前!」
「くっ……!?」
東子が鋭い警告を飛ばしたとき、ガルムとヘレナの姿はもう、先の場所には無かった。ひび割れるような、あるいは魔鉄の床が削り取られるような不気味な音と共に、地面が抉れ、捲られる。
目の前に現れたガルムが、獄炎を纏った手刀を振り下ろすのと、一瞬で体積を増した『髄液』が、盾の形をとるのは殆ど同時。むしろ反応できたことが奇跡なくらいだ。事前に東子が形状変化をしてくれていなければ、恐らく防御は間に合わなかった。
瞬きをする暇もない、とはこのことだ。
通常、人間の身体では出せない移動速度。限界を超えた異常な脚力と、それを実現するだけの筋力がなければ成せない技だ。ガルムの痩躯は確かに引き締まってはいるが、今言った通りの条件を満たしているようには見えない。
となれば答えは一つ。
魔鉄の加護――その攻撃面への転用である。
物質界の法則から製鉄師を守り、製鉄師だけの戦場を創り上げたこの力は、別段防御だけのものではない。身体能力を大幅に向上させ、アスリートも真っ青な戦闘が可能になる。
無論、雄二にもできないわけではない。というより今この瞬間にも使っているほどだ。お世辞にも身体能力が高いとはいえない雄二は、魔鉄の加護がもたらす補正を使うことで、ようやく
ガルムはそれに異様と言っていいほど長けていた。自分の限界、どこをどう強化すればどれだけの性能向上が得られるのか、それによってどのように動きを変えれば最適な破壊力を生み出せるのか……その全てを完全に把握しきっているのだ。
「ぐ、ぅ、お……」
「う、ぅ、うう……!」
「鍔ぜり合って見せるか……面白い」
シールドの耐久値が持たない。次から次へと溢れる『髄液』は、燃え盛る炎にも負けはしないが……東子の精神力が持つまい。鉄脈術とは、使い手二人のイメージによって性能が大きく変わる。何もかもを飲み込み、焼き尽くしてしまうような炎の中では、いかな東子とはいえ絶対防御のイメージを固めるのは難しかろう。
「ッは!」
「クハハッ!!」
水銀色の障壁が崩れ去るのと同時に、雄二は『髄液』の刃を飛ばす。並みの刀剣よりも切れ味のあるその斬撃は、しかし丁度、勢いよく噴き出した黒い炎に阻まれてしまった。
肩に小さな白い少女を乗せて、ガルム・ヴァナルガンドは軽快なステップを踏む。追撃のためにリバース・ブレードを飛ばせば、そのことごとくは
……いや、偶然ではない。
狙っているのだ。ガルムとヘレナが動く先は、次に炎が噴き出す場所に他ならない。
見た限り、『崩れよ世界、落日の黄昏はここにあり』、その基本骨子は『火炎の発生・支配』だろう。振鉄位階である以上、恐らくもう一つ特性があるはずだが……見えていない以上、今はそれは考えないことにせざるをえない。
その二要素を、ガルムは雄二のように、いわば『属性攻撃』として使うのではなく、戦場の構築に活用しているのだ。
上手い。この男、自らの鉄脈術を戦術に組み込むのが上手すぎる。自分の体だけでなく、鉄脈術によって引き起こされる物質界の変化――その全てまでもを、完璧に把握し、掌握しきっている。
並大抵の経験でできる技ではない。いったい幾ばくの年月をかけ、どれほどの戦場を渡り歩き、どれだけの数の人間を殺してきたのだろう。考えるだけで背筋が泡立つ。
「東子、大丈夫か」
「誰に向かって言ってるの……来るわよ!」
相棒の叱咤が届くと同時に、火炎の熱波をまき散らし、ガルムが大きく跳躍する。ドォッ、と低い音を立てて立ち昇った火柱が、雄二と東子を逃がさない。足場はひび割れ、流れ出した溶岩を避けながらでなければ移動もままならない始末だ。
避けられない。もう一度、防御するか……いや、迎撃するしかない!
渦を巻く『再生の髄液』を、ガントレットの要領で右腕に絡めとる。
「ははははは!! そうだよ、そう来なくちゃなァ!」
それを見て、何か気に入ったのだろうか。ガルムもまた、業焔を拳に宿し、炎の尾を引きながら、上空から一撃を見舞ってくる。
両者の拳が、激突した。
その光景、流星の水面に墜ちるが如し。インパクト地点を中心に、体が千切れるかと思うほどの爆風が吹き荒れる。炎はことごとく吹き消され、『髄液』も一瞬で渇き潰えた。
「くっ……」
「ちょっと雄二……大丈夫なの?」
「大丈夫だ。痺れてるだけだっつーの」
思わずたたらを踏む。咄嗟に伸びた東子の手が支えてくれなければ、そのまま倒れ込んでいたかもしれない。全身が悲鳴を上げているのが分かる――たった一合、拳を合わせただけでこのダメージ……格闘戦は無理だな、と、今更ながらに判断する。
正直、負けたかと思った。というかこのまま戦い続けていれば間違いなく負ける。雄二自身の限界が近い。できることならもう、この戦闘を切り上げてしまいたいほどだ。
だが、引くわけにはいかない。聖玉駅を放棄して逃げ出すのは、この一戦を始めた理由そのものに反してしまう。
おまけにガルムは、まだまだ戦う気のようだった。楽しそうに、いっそのこと子供のように、無邪気で狂気的、それでいて獰猛に過ぎる笑みを浮かべる。
「いいねェいいねェ! そうとも、製鉄師とはこうあるべきだ!」
「なんだと……?」
「カマトトぶんなよ兄弟。分かってんだろ? 製鉄師は戦ってナンボだってな」
ガルムの腕が、ゆらりと上空に掲げられる。ドクン、と、世界が脈打ったような錯覚――いや、OI能力者にとって、製鉄師にとって、それは錯覚などではない。
ヘレナ・レイスがそっと、その赤い瞳を伏せた。人形のように微動だにしない彼女の周囲に、蜘蛛の巣状の鉱脈が広がる。それは凄まじい勢いで赤と黒の炎を吐き出し、ガルムの掌へと球の形に収斂していく。
その直径は一瞬にして一メートル近くまで到達。陽炎に世界を揺らがせながら、最小の疑似太陽が顕現した。
厳密には太陽のそれと通常の火焔というのは原理が異なる、という話を、こんな時だというのに思い出す。だというのなら――ガルム・ヴァナルガンドの炎とは、その太陽フレアに近かったのではあるまいか。
「さぁ、もっと見せてくれよ……お前らの『性能』をよォ!!」
敵の戦力を見誤ったことに気付いたときには、得てしてもう遅いもの。
ガルムは、携えた光球を目にもとまらぬ速さで打ち出した。咄嗟にリバース・ゲインを隆起させ、十枚近いシールドを展開する。灼熱と閃光が弾け、びりびりと全身に衝撃が走る。
これはまずい。今の雄二の出力では、火球の威力を全て受け切れないらしい。展開した障壁、そのことごとくが蒸発し、砕け散り、どろりと無惨な液体へと戻ってしまう。
瞬く間に最後の一枚が、無数の破片へと砕け散る。液体へと戻った『髄液』は、炎の熱に溶かされ、蒸発した。
「東子!!」
「きゃっ!?」
体は、勝手に動いていた。火球の軌道上に割り込み、東子を突き飛ばす。
背中に衝撃。ほぼ同時に、全身を骨の髄から焼き尽くすような途轍もない熱が襲った。いいや、最早これを熱といっていいものかさえも怪しい。
純粋にして狂気的なまでの、『燃焼』のイメージ。
ヴァンゼクスからきた製鉄師が、自らそう表現した通りの――『世界を終わらせる炎』。
「が、ふっ……」
夥しい量の鮮血が、口の端から零れた。膝の力が抜ける。
「ゆ、うじ――」
震える東子の声が届くや否や、雄二の体は、魔鉄がはがれ、土が剥き出しになった道路へ倒れ伏す。全身が痺れる。肺が焼け付いたか。呼吸をするだけで苦痛が酷い。視界を強く保てない。明滅はどんどん酷くなってきた。
これは死んだかもしれない。
あまりにもあっさりと、そんな推測が脳裏をよぎって消えた。
「やだ……雄二、雄二っ! やだやだやだっ、なんで――」
「馬鹿、お前……相棒守んのも、製鉄師の仕事だろう、が……」
半ばパニックに陥りつつあるパートナーが、自分を抱き起す感触がする。薄っすら開いた目に写ったのは、綺麗な銀色の瞳を大きく開いて、そこからぼたぼた涙をこぼす東子の顔だった。いつもは、どうやら自分以外には無表情に見えるくらい、表情を大きく変えたりはしないのに。どんなに不機嫌になったとしても、泣いたりなんてしなかったのに。
誰かの死に直面しても――それこそ、
チッ、と、鋭い舌打ちの音が聞こえる。どうやらガルムが、なにやら悪態をついているらしい。
「なんだよ、ガッカリだぜ兄弟。製鉄師が人を守ってどうする」
「……」
「飽きた。お前らとはまだ、楽しく性能比べができるかと思ったが……ここでひと思いに殺してやるよ」
押し黙ったままのヘレナを連れて、ガルムが一歩、近づいた。粉々になった魔鉄タイルと砂利の混じった音がする。その一つ一つが、今の雄二にとっての死刑宣告。
それを遮り、否定するように。
「近寄らないで……」
静かで、それでいてこれまで聞いたことがないほどに重い、東子の声が響いた。
「雄二に……私のパートナーにっ……手を、出すなぁぁぁぁぁぁアアアッッ!!!」
ズン――。
突き上げるような、重い地響き。一瞬、霊質界が振動しているのかと思ったがどうも違う。そもそも鉄脈術とは『製鉄師と魔女が二人で放つ』ものではあれど、その起動はどこまでいっても製鉄師に依存している。東子の側から、二人の鉄脈術を引き出すことは不可能に近い。
だとするならば――これは、霊質界に由来するものではなく。
揺れている。
物質界が、揺れている。
聖玉駅前の大広間が……いや、この聖玉区そのものが、東子の絶叫に呼応して、
「なにッ……!?」
ガルムの声が凍り付く。今の雄二では、まるでOWが見えていたころのように視界がおぼつかない。奴が今、どんな顔をしているのかは想像するしか他にない。
それでも――
「こいつは……ハハッ、そういうことかよ……!」
その声が、ある種の歓喜によるものだとは、理解できた。
「行くぞヘレナ。目的は達した」
「いいの?」
「良い。決着は持ち越しだ」
重圧の気配が遠のく。それに引きずられるように、雄二の意識も闇へと堕ちる。
最後に聞いたのは、ガルムのこらえるような笑い声と、何らかの意図を秘めた宣言。
「もう一度会おう、兄弟。お前の目の前で、戦争が始まるのを見せてやる」
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