第七話『駅前にて』

 駅前というのは、その街の性格、あるいは「どれだけ人を集めたいか」というやる気が、最も垣間見える場所だと思う。何せ別の街、あるいは別の国から列車に乗ってやってきた人々が、まず真っ先に視界に入れるのが駅とその周辺なのだ。街の発展具合、集客意欲、そして何をシンボルマークにしているのか。あらゆる情報を一目で分からせ、そして「この駅で降りたい、この街を散策したい」と、観光客に感じさせる……それが出来て初めて、駅は街の玄関としての立場を得るのだ。


 故に駅の周囲は、街中で最も豪奢で活発な場所になりやすい。皇都・東京の中枢、新宿区に隣接した、この街で最も新しく、そして魔鉄器時代の日本において最も旧い『魔鉄特区』――聖玉区においてもなんら変わりはない。新宿駅に次ぐ、あるいはそれ以上の規模を誇る、電車とゴーレム列車の両方が停まる聖玉駅の周辺は、今日も繁盛しているようだった。

 

 製鉄師や魔鉄加工技師、果ては魔女に至るまで、OI能力を以て魔鉄に特別な力を与える者たちを育て上げる『聖玉製鉄師養成学園』を中心に、様々な魔鉄技術を活用した企業、ライオニア系の外資、長野の聖刀区から伝来した、魔鉄鍛冶の店……この国の魔鉄文明の開闢の地としての属性を全て揃えたこの街は、その外からやってくる者、その中に住まう者、どちらもを歓迎し、楽しませ、日々をに過ごすためのファクターを取り揃えている。


 そんなうちの一要素、駅前のスイーツカフェに、雄二は東子と共に訪れていた。主に学生から二十代前半の若者をターゲットにした店のメニューは、カロリーと糖分を随分と盛りに盛った内容だ。自分も一応その『若者』の一部に入っているはずなのだが、内心でうへぇ、と呻いてしまう。

 おまけに立地の問題か、それとも層が層なせいなのか、並んだ数字のどれもが若干お高めだ。正直聖銑区あたりにの別の店で同じメニューを注文したら、もうちょっと代金は安くて済む気がする。


 代金と言えば、食費がないときに出してもらったパンケーキ、まだお代返してないなぁ、となじみの喫茶店を脳裏に描けば、店長のキャラの濃ささえ除けばシックな装丁の向こうと、大衆向け全開、といった調子のこちらとの『明るさ』の差のようなものが見えて、また辟易。


 まぁ、その妙なゴテゴテ感が時折いいのだが。聞けば食事と睡眠、あと入浴のあたりは、人間の体の疲れを癒すのに特に大事な要素なのだという。食欲の部分をジャンクに解決してくれるスイーツカフェというのは意外とお財布的にも助かったりするのだ。


 無論、隣の相棒はそんな『助かる』部分をも容赦なく吹っ飛ばしていくわけだが。

 待機列が自分たちの番まで回ってくると、東子は小ぶりなパフェを注文する。チョコレートとバニラのアイスクリームをコーンフレークの上に載せた本体を、真っ白いホイップクリームとチョコソースの下に隠したそれは見るからに濃厚そう。

 見た目こそスモールサイズなものの、素材がいいのかこの店でも指折りの金額だった。ああ、明後日までの夕飯代がなくなる……。


「お前、そんなに甘いもん好きだったっけ」

「そうでもない」

 

 苦手でもないけどね、と続く。どうやら単に、雄二から一品奢ってもらえる、ということでひときわ高級なのを選んだだけのようだ。こっちの財布の底が見えていることを知ってのこの所業。どうやら一種の意趣返しのつもりらしい。こ、こいつ……。


 そんな東子も東子で、雄二が注文したパフェを見て「うわぁ」とでも言いたげな顔をしていた。


「甘いものなら無限に入る、っていうタイプの人間じゃないでしょあなた」

「馬っ鹿お前、こういうときは可能な限り豪奢に行くのがセオリーってもんだろ」

「聞いたことないわよそんなセオリー」


 全高三十センチを超えようかというトールパフェ。様々なフルーツが盛りつけられたそれは、雄二の趣味とよく合う豪勢なシルエット。

 しかし見た目に反して値段はお優しめだった。豪華で安い。腹も膨れる。この手に限る。


 ただ、今回は調子に乗り過ぎたような気もする。実際にカウンターから手渡されたそれは、想像していたよりも迫力があったのだ。値段の安さは製造過程に大した費用がかからないからだったのだろうか。フルーツのカットが大分ざっくばらんで、よく言えば腹持ちがしそう、悪く言えば無駄に体積が大きい。


「でけぇ……」

「本当に食べきれるの?」

「正直分からん」

「馬鹿……」


 仲直りしても相棒は辛辣だった。彼女のクリアシルバーの瞳が向けて来る、呆れたような視線が痛い。

 ただ、今回は東子自身、どこか楽しそうだった。どうやら気分を晴らすことには成功したらしい。ほっと、雄二の肩から力が抜けた。ようやく一安心だ。


 いつまでもカウンター前に立っているわけにもいかないので、席を探す。昼飯時からは大きく外れ、夕飯時にはまだ早い時間だが、客は多い。座るだけでも一苦労……というほどではないが、取り合いくらいにはなってしまうかもしれない。

 ちょうど退勤や下校の時間と重なったか。若い会社員たちや、自分たちと同じく放課後の時間を潰しに来た学生が結構な数いた。聖玉学園だけではなく、この辺りに籍をおく普通の高校の制服もちらほら。


「あれ?」


 その中にふと、知った頭を見つけた。凄く深い知り合いというわけではないし、ぶっちゃけ知り合ったのも昨日の今日なのだが……インパクトがデカいというか、出会いが衝撃的過ぎたというか。

 

 明るい茶色の髪の毛の下、小動物、あるいは子犬っぽい雰囲気の顔を、今はぐぬぬとしかめて何かとにらめっこをしている女性。


「七星さん」


 近づいて声を掛けてみると、彼女は不思議そうにこちらを見上げてきた。


「およ? その声は神凪殿……と、東子姫殿下!」

「ど、どうも……」


 皇国警察、魔鉄犯罪課――通称『魔鉄課』の警察官、七星奈緒だった。

 彼女は東子の姿を見つけるや否や、先程の反応の悪さはどこへやら。眩い笑顔と共に勢いよく立ち上がる。当然というかなんというか、制服姿ではなく私服であった。小さな白いリボンを胸元にあしらった、濃いあずき色のワンピース。裾から覗く脚を薄いタイツで覆っている。


 結構女性らしい格好するんだな……ちょっと意外……などと失礼なことを思っていると、周囲の客たちがざわめき始めた。突然大声を上げたことに吃驚したのか。それとも、『東子』という名前を聞きつけたのか。

 どちらにせよ少々よろしくない展開だ。東子は一応、この国のプリンセスということになる重要人物だ。聖玉区に暮らす人々なら、自分と彼女が一緒に歩いている姿はお馴染みになっているのだろうが……外から来た人からすれば、こんなところに天孫家の姫君がいるというのは相当の驚愕と混乱を懐く出来事のはずだ。


「し、失礼したのであります。ささっ、こちらへどうぞ」


 それはいち『六爵家ファン』として、そして警察官として良く弁えているのだろう。奈緒はびくんと肩を震わせると、焦った様子で向かいの席の荷物を退けてくれた。お言葉に甘えて、相席をさせてもらうとしよう。


 テーブルの上にグラスを置くと、ごとり、という重い音がした。このパフェ見た目以上に重量あるじゃねぇかと若干焦りながら、銀色のスプーンでクリームとアイスを掬い、フォークで雑にカットされたフルーツを突き刺しては食べる。冷たさと甘さ、フルーツのほのかな酸味が丁度いい塩梅で、思っていたより爽やかだ。あれ、もしかしたら完食までいけるかも?


 隣を見れば東子も、チョコレートアイスの表層にスプーンを滑り込ませていた。小さな口に、小さな茶色い欠片が、小さく運ばれていくその様子を、わけもなくじっと眺めてしまう。

 なによ、文句でもあるの、と言いたげに、じろりと睨まれてしまった。思わず居住まいを正してしまう。ただしその視線は自分だけが対象ではない。見れば奈緒も、慌てて姿勢を整えていた。


 こいつ観察だけで一杯イケる口か……と、この警官の予想外の『天孫オタク』ぶりに呻きつつ口を開く。


「こんなところで何してたんだ? ちょっと意外過ぎる邂逅だったけど」


 絵面はまるで違和感ないけどな、という言葉をすんでのところで飲み込む。小柄で童顔、正直雄二たちとたいして年の変わらない見た目に見える奈緒は、こんなところでデバイスやコピー用紙とにらめっこをしていれば、そこいらの女子大生、下手をすれば高校生に見える。

 失礼な思考を感じ取ったのか、東子がじろり、とこちらを睨みつけてきた。なんだよ、今回はお前の体型の話してねぇじゃん。いや、奈緒の見た目の話は充分睨まれるに値する内容だった気はするけど。するけど!


 平常運転……できればこれが平常であってはほしくないところだが……の雄二と東子に、奈緒もまた、マイペースを崩さず応答する。机に広げたコピー用紙をとんとんと束ねながら、彼女は口を開いた。


「資料のまとめでありますな。次の作戦に向けた調査報告」

「それ、外でやっていいもんなのか?」


 曲がりなりにも警察が使う作戦資料だろうに、民間人の目につく場所で整理していていいんだろうか。


「ほんとは駄目なのであります。ただ、勤務時間内だけではどうにも終わらず……」

「ああ……」

「それで特別な許可を貰って、こうして外で続きをやっているでありますよ」


 ふーん、と軽い相槌をうちながら、もう一口、パフェのアイス部分を食す。口の中に甘さが弾け、遅れて喉奥がひんやりし始めた。うーん、夏場になるとこれがもっと欲しくなるんだろうなぁ。あくせく資料に何かを書きこむ奈緒の姿を眺めながら、まるで関係ないことを思ってしまう。


 奈緒が腕を動かすと、視界の端に、広げられた資料の一部が入り込んできた。

 彼女の慌ただしい性格を思わせる筆跡で書かれていたのは、どうやら資料のタイトルらしく。


「……襲撃……地予想表?」

「わぁぁ、見ちゃ駄目なのであります」


 口にスプーンを運びながら、東子がその文字を読み上げる。ピンと来るものがあった。


「ガルム・ヴァナルガンドの、か」

「……流石は神凪殿。誤魔化せないでありますな」


 苦笑する奈緒。その表情で納得がいった。なるほど、そりゃぁ警察署の外で仕事をしても誰にも怒られないわけだ。

 なんせそもそもの笠原順次郎誘拐事件自体が一般には大して広まっていない話題だったのだ。あの魔鉄犯罪グループも、今に至るまで雄二は組織名すら知らないし、リーダーたちの名前も聞いていない。当然あの廃工場であった戦いについては当事者以外は知らないだろうし、そこに怪しげなヴァンゼクスの製鉄師が介入したなどと、民衆は想像してさえいないのだ。


 おまけにガルム・ヴァナルガンドは、国防担当のプロたちはともかく、雄二のような国内治安担当のプロならば存在を聞いたことさえ無かった存在。ただでさえプロ・ブラッドスミスたちの戦いを、「ちょっと遠い世界の出来事」と認識している節がある民衆にとっては、『襲撃予想』だとか建物の名前だとかを見たところで、そもそも結びつかないのだ、頭の中で。

 

 OI能力者、特に製鉄師をやっていると、イメージだけで物事を操作する都合上、想像力はやたらと豊かになりやすい。端的に言えば発想が飛躍しやすいのだ。なんせその象徴たる鉄脈術からして、「自らの見る世界の過大解釈」を基軸とするわけなのだから。

 反面、そんな風に過剰な発想オーバードイメージをする必要のない普通人は、これだけの情報量では「まさかそんな」とさえ考えないだろう。


 おまけにMACROMETHISのホロ・デバイスが普及しつつある聖玉区で、まさか警察官が紙媒体で、それも凶悪なテロリストの捕縛計画を立てているだなどと誰が想像しようか。流石の雄二も多分無理だ。


 おまけに奈緒の見た目を考慮すれば、本格的に大学生のレポート課題か何かだと思われていても不思議ではない。正直、雄二が事前にガルムの事を知っていなければ、「なんか物騒なレポート書いてんなぁ」と思って終わりだった可能性まである。

 恐らく魔鉄課の上層部は、そういうところまで考えて彼女にゴーサインを出したのだろう。

 

 まぁ、そんな複雑な話は、目の前の少女警官の姿からは読み取れやしないのだが。今のは全部雄二の推測……件の『飛躍しがちな思考』の一端である。


「これまで、あのペアが活動してきた諸外国の地域……資料を見比べてみると、ある程度規則性があることが分かったのであります。それでこうして、国内の建造物と規則を見比べて襲撃予想を立てているのでありますよ」


 一応、雄二たちも『順次郎の奪還』という意味では公的な当事者だ。資料を見せても良い、と判断したのか、奈緒は隠すように持っていた用紙の束から、一枚を抜き取って手渡して来る。

 そこには何やら色々と、聖玉区内の施設の名前が書きこまれていた。これがガルムとヘレナが、次に襲撃する場所……その予想ということだろうか。


「随分古い建物が多いな」

「出資元が帝国政府だった企業の跡地も多いわ……見て、このビルなんて鉄暦末期に建ったやつよ。確かまだ材質がコンクリートのはず」

「……おっしゃる通り、予想地点はどこも鉄暦末期から魔鉄暦初期……もっと具体的に言うなら、帝国崩壊からブラッド・カタストロフ終息までの十数年間、その間につくられた敷地や建物であります。これまで彼らが狙ってきた場所も、そんな場所ばかりなのでありますよ」


 奈緒が少し旧式の携帯端末を操作する。くるりとこちら側に向けられた画面には、雄二でさえもニュースやらなんやらで見た覚えのある、有名な帝国時代の史跡が写っていた。

 この世ならざる炎によって溶かされ、焼き焦がされた、見るも無残な姿になって、だが。

 通常の物理法則ではありえないほどの、徹底的な融解と破壊……これほどの規模で炎が燃え続ければ、周囲の被害も尋常ではなかったはずだ。


「酷いなこりゃ」

「この場所は、一帯の建築や舗装道含めて魔鉄製でしたから、今はもう復旧が終わっているのでありますが……」

「そこで何かがあった、という事実は、周囲の人の心に傷を残すわ。それは魔鉄加工では癒せない問題」


 東子の言葉に、奈緒が頷く。


 ドヴェルグが『焼き入れ』をした魔鉄は、その形状、採用種別に関わらず、一定の技術があるOI能力者がいれば修復できる。物理的な意味での損害は、今の時代直ぐに取り戻せるものなのだ。

 だが心は別だ。

 人の心、歴史、そこに生きた人々に与えられたショックは、簡単には癒せない。


 ――それは多分、東子が痛いくらい良く知っている話だ。の自分は、色々と分かっていなかった……分かることができなかった。心の傷を癒すのに、ただ傍にいてやることしかできなかった。


 けれど今は違う。


「さっさと食い止めねぇと……」


 様々な情動がないまぜになり、口をついて出た。

 自分には、戦う力がある。この街を襲う脅威から、人々を、東子を、守れるだけの術がある。今がきっと、それを最大限に活用するべきときなのだ。


 一口、アイスクリームを口に含む。舌の上で溶ける冷たさと甘さは、幼少期、OWに侵食された雄二では、感じることができなかったもの。東子が与えてくれた、普通の、何の変哲もない、大切な日常風景の象徴だ。 


 自分だけではなく他人にとっても、そういう日常風景はあるはずだ。それを守るためにも、雄二は決意を新たにする。

 何を引き起こそうとしているのかは知らないが、ガルム・ヴァナルガンドとヘレナ・レイスの『計画』とやらを必ず止める。それで聖玉区を守る。笠原のおっさんも取り返す。


 そして東子を――それがどんな形であるかはまだ自分でもよく分かっていないけれど、彼女を幸せにするために、隣にいる権利を今一度補強する。


「雄二」

「ん?」

「ひ、一口食べない?」


 その東子が、銀のスプーンにチョコとバニラのアイスをのっけて、雄二の口元に近づけていた。ご丁寧に自分の一口よりも量が多い。製鉄師の食事量が多いことを気遣ってくれているのか、別に関係はないのか。


「サンキュ」

「あ」


 遠慮せずにいただく。折角高い金を払ったのだ。ちょっとくらいおこぼれに預かっても天罰は当たるまい。ましてや提供主は当の東子本人。なんの問題もないはずだ。

 

 流石にモノが違う。口内に入ったバニラアイスは瞬く間に解けていき、エッセンスの利いた甘い香りが鼻腔を通って抜けていく。チョコレートの方もまた格別だ。僅かに付着したソースとあいまって、時たまコンビニで買うような板チョコとは天と地ほどの味の差。これが駅前の一スイーツカフェで食べられるというのだから、恐るべし聖玉区、というやつである。


 雄二が口の中に広がる高級感を味わっている間、東子と言えばぴたりとフリーズしてしまっていた。見れば目は驚愕に見開かれたまま、頬は真っ赤だ。八太郎やクラスメイトたちがいうほど無表情ではないにせよ、たしかに表情の『型』のようなものが変わりにくい東子にしては珍しい、本心からの機能停止。どうしたのだろうか。了解もとらずにひょいぱくと食べてしまったのが問題だったのかしら。 


「お熱いでありますな」

「ばっ……そういうのじゃないわよ」


 奈緒がなにやら東子を揶揄えば、相棒は随分と狼狽えた様子で反論する。何だかんだ仲いいなこの二人、などと思いながら、今度は自分のパフェをスプーンに掬って、「ほれ」と東子の口もとに近づけていく。


「……ここだけの話」


 その最中、奈緒がゆっくりと切り出した。


「実はもう、次の襲撃予定地と、奴らの根城は見当がついているのであります」

「ほ、本当か!?」

「警察の力を舐めないでほしいのであります。プロ・ブラッドスミスほどの戦闘力はまだありませんが、こういう部分は鉄暦から培ってきたノウハウがあるのでありますよ」


 ふふん、と逸らされたワンピースの胸元が、予想外に女性的なラインを描く。下手をすれば高校生かと見紛う見た目だと思っていたのだが、もしかして結構スタイルは良――


「……馬鹿雄二」

「え?」

「ふん」


 何故か言葉で殴られた。東子は不機嫌なまま、スプーンの上のクリームとオレンジ、あとキウイをもっていく。暫く咀嚼したから、そっとその柔らかそうな頬を朱に染めた理由は良く分からなかったが……今はそれよりも大事なことがある。


 雄二は奈緒の方に向き直ると、半ば懇願するように彼女に問うた。

 ガルムとヘレナの居場所が分かるかもしれない。今なら、その凶行を未然に防げるかもしれない。その事実が感情の渦をつくり、喉の奥から吐き出した。


「教えてくれ、あいつらはどこに――」


 ――けれど。

 その問いかけを、最後まで放つことはできなかった。


 何故ならば。


「うわっ!?」

「きゃっ」

「うぉっ……!?」


 雄二が最後の言葉を放ちかけるのとほぼ同時に、店全体を強烈な地震が襲ったからだ。縦揺れ、横揺れ、どちらなのかは判別がしづらい。自然に発生したものではない感覚……製鉄師との戦闘で、時たま感じるものだ。


 何かが、外に着弾したときの振動。


 窓の外で、白煙が上がっていた。客たちがにわかにざわめき立つ。往来では悲鳴さえ上がっていた。


「な、なななな何ごとでありますか!?」

「こいつは……七星さん、お客さんの避難誘導を頼む! 東子、行くぞ」

「ええ!」


 混乱しっぱなしの女性警官に一言依頼を飛ばして、雄二は相棒と共に、駅前のアベニュー、その広場へと転がり出る。

 熱い。まるでマグマに囲われているかのようだ。魔鉄製の床が、滅び去るように焼けている。


 その奥に、立ち上がる人影があった。


「よう。思ってたよりも早い再会になったな、兄弟」

「ガルム・ヴァナルガンド……!」


 白煙と火焔の向こう。

 真っ白い髪をした青年と少女が、碧玉と紅玉を思わす瞳をこちらに向けていた。

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