第二話『製鉄師/ブラッドスミス』

 腕の中の東子が小さく、掌を動かした。ゆるり、と小さな手首のしなる様は、楽団を操る指揮者のごとし。己と相棒の間に流れる音色を、細やかに、それでいて大胆に調律していく。

 ならば引き起こされる現象は、さしずめ旋律の転調といったところか。自分たちを打ち上げていた、二人の《鉄脈術》が生み出す粘液――東子のネーミングによれば『再世の髄液リバース・ゲイン』が、流水から細身のリングへと姿を変えた。


 背後に輝く陽光を弾き、リングはぎらりと水銀の色に煌いた。フラフープのような形状のそれは、雄二の身体を囲みながら一定の距離を保って浮遊する。物質界の法を超越したその様、まさに魔術。


 直後、慣性の法則が働き出す。雄二の身体は地上――厳密には、真下に見える敵の本拠地、つまりは数階建ての廃工場に向けて、超高速で落下を始めた。狙い通りだ。

 東子の銀色の頭をぎゅっと抑え、その小さな体を包むように抱き締める。


「落ちるぞ東子! 舌噛むなよ!」

「あなたの方が噛みそうなんだけど!」


 同時に、右足を突き出せば、リバース・リングがごぽりと泡立った。表層から溢れた髄液が、伸ばした足、その先端へと集っていく。

 体積が増す。銀色の流水が、渦を巻き始める。瞬きの間にその速度は速くなり、勢いは強くなる。

 いつしかどうどうと滝のような音が響き始め、魔鉄暦三〇年の夕空に水しぶきが飛び跳ねた。


「どぉぉおおおりゃぁああああああああ!!!」


 製鉄師激流ドリルキック! とでも叫べばいいだろうか。そんなことを思いながら、コンクリを模した魔鉄製の天井を強く蹴り抜く。ボゴンッ、という重苦しい陥没感が、水流を通じて右の脚に伝わった。


 果たして強烈な炸裂音と共に、廃工場、その最上階の天板は砕け散った。右足は階層構造のことごとくを貫いて、各階の天井にひび割れと穴の花を咲かせていく。

 

 やがて第一階層が視界の真下に見えてくる。十秒ほどの落下の後、雄二と東子は勢いよく着陸した。右足のゲインが池のように広がり、衝撃を吸収してくれる。こういうとき、鉄脈術のコントロールを東子側に任せておいてよかった、としみじみ感じる。どちらかというと不器用で、細かい調節が苦手な雄二としては、どうにもこういう場面で上手く着陸できる自信がないからだ。


 魔鉄の破片舞い散る中、雄二はゆっくりと立ち上がる。


「お邪魔しまーす」

「ごほっ、げほっ……ちょっと、雑過ぎよ! もう少し丁寧に着地しなさい馬鹿!」


 埃を吸い込ませてしまったか。涙目になった東子が、咳き込みながら罵倒してくる。雑過ぎ、というのはそっちだけでなく、軽く手を上げて挨拶までしたことに対しての忠告だろう。もっと緊張感を持て、ということらしい。戦場でずっと気ィ張ってても疲れるだけだとは思うんだけどなぁ……。

 まぁ、反省しなくもない。もしも気を抜き過ぎたせいで東子を喪う羽目になったら……などと思うと、意味で恐ろしいから。多分、その『色々』の全部とは言わずとも、いくつかはこの銀色の小さなパートナーも共有してくれているのだ、と思うと、自然と口角が上がってきた。神凪雄二、実に単純な男である。


「全くもう……私がいないとまともにコントロールもできないんだから」

「ごめんて」 


 謝りながらも臨戦態勢に移行する。足下に水たまりを作ってる『再生の髄液』が、どろり、とひとりでに屹立。勢いよく、再びフラフープを思わすリングへと姿を変えた。


 変形の余波で突風が巻き起こる。魔鉄片が飛び散り、粉塵もぶわりと一気に消え去った。

 開けた視界の先、唖然とする武装OI能力者たちの姿が一つ、二つ……。テロリストまがいの魔鉄犯罪グループ、その戦闘員たちだろう。最終的に六人ばかりを目視できた。小隊一つ分かしら、と検討を付け、彼らの方に方向転換。


「なっ、なんだこいつら! ガキか!?」

「どこから入って来やがった!」


 動揺の声が上がる。横殴りの形で侵入を果たした警官たちはともかく、まさか天井から、それも高校生が降ってくるとは思わなかったのだろう。身長が百七十に届いていないことを若干気にしている身からすれば、ガキ扱いは大層不満なのだが。


 まぁ、そういう部分は戦闘で払しょくさせてもらおう。 


「東子」

「ん」


 相棒に声で合図をすれば、銀のリングがだぽりと滴る。リバース・ゲインは再び渦を巻き、今度は右腕と足下に池を作った。


 ズン、と、震脚を一発。


 踏み抜いた足の裏から、強烈な推進力が発生する。次の瞬間には、目の前に敵の顔。流水に乗った踏み込みは、たったの一歩で雄二の身体を敵の陣中に送り込んでみせた。

 構えた右手を全力で振り抜けば、ヒットと同時に拳に纏ったリバース・ゲインが炸裂。水風船に穴を開けた時の、大量の水が噴き出す光景……別に意識したわけではないのだが、計らずとも似たような情景になってしまう。


「がッ!?」


 激流に呑まれ、彼方へ向けて吹っ飛んでいく戦闘員。呆気にとられたその表情は、今の一撃が瞬きの間――それこそ、彼が認識できない程の速度で繰り出されたと証明する。

 流れるように。あるいは踊るように。今度は、左の腕に水流を纏う。背後に陣取った別の戦闘員を、フルスイングの一撃で吹き飛ばす。


「はぁッ!」

「ぐぁっ……!?」


 体勢を崩したそいつに向けて、胴を撃ち抜くローキック。通路の彼方まで、プレートギアで補強された身体が、いとも簡単に放物線を描いていく。


 だがその先、着弾予定地には、戦闘員に囲まれた東子の姿。しまった、置いてきた隙を突かれたらしい。小柄な彼女の身体だけでは、武装した戦闘員と戦うのは中々厳しい。引き返すにもそこそこ距離がある。


 まぁ、焦る様な状況ではないのだが。

 確かに東子一人だけでは、武装集団とは戦えまい。だがそれは、「彼女の身ひとつだけでは」の話なのだ、所詮。


 雄二を取り巻いていたリバース・ゲインの激流が、銀色の巨大なリングに再び変わる。その縁を握れば、どぷりと沈み込むような不思議な感触。何回掴んでも慣れないその感触に顔をしかめながら、相棒に向けて


「東子、頼んだ!」

「ほんと、相棒使いが荒いんだから」


 チャクラムを思わす軌道をとって、東子の元へと飛翔するリバース・リング。叫んだ彼女はそれを腕に引っ掛けると、そのまま踊るように銀色の線刃を振り回す。水しぶきを伴う斬撃が、戦闘員たちを切り裂き、薙ぎ払い、吹き飛ばす。ぐえっ、ぎゃぁっ、という悲鳴は、彼女の攻撃が有効打を与えている証明だ。


「雄二!」


 東子はもう一度銀の刃を構えると、竜巻めいた水流を放ち、周囲から戦闘員を吹き飛ばす。そのまま回転の勢いをつけて、リングをこちらに投げ飛ばしてきた。


「おう!」


 その時にはもう、雄二の準備も整っている。勢いよくジャンプ、同時に空中で輪刃を掴み、着地と同時に東子をサルベージ。体勢を整え始めていた敵陣を再び薙ぎ払うと、


「この野郎、よくも!」


 魔鉄製のブレードナイフを携えた男が、切り下ろしを放ってくる。強化された視力は、僅かな機微からその狙いが首筋であると伝えてきた。

 ちらりと見やれば、腕にはOICCがついていない。普通人だ。

 ならば――。


「き、効いてねぇ……」


 防御の必要は、ない。


 きん、と音を立てて、雄二の首がブレードの刃を弾き返した。接触面には切り傷の一つもできていない。それどころか、ノックバックの一つすら、雄二が感じることはなかった。

 斬りかかってきた戦闘員の目が見開かれる。どうやら、絡繰りに気付いたらしい。


「《魔鉄の加護》……こいつ、製鉄師か!?」

「ご名答。ようやく気付いてくれたみたいだな」


 呟くように賛辞を贈る。勿論、心からのものではない。煽るように。相手の冷静さを削り取るように。というかそもそも浮いてる『再世の髄液』を見た時点で製鉄師だと分かってもよさそうなものだが。最近はこんな感じの魔鉄器でも流行っているんだろうか。そういや反重力浮遊板エアボードの最新モデルが出る出ないとかとか聞いたような……。


 ブレード持ちの男は悔し気に後退。素早い身のこなしからは訓練の跡が感じられた。恐らく、雄二が製鉄師でなかったなら、逆に圧倒されていたに違いない。何せ雄二自身、自分の身体能力がそこまで高くないという自覚がある。戦場での機敏な動きは全て、東子との契約ある種のチートによって得たものだ。普段の雄二なら、バックステップだけで東子と合流すれば息が上がってしまうだろう。


 魔鉄の加護ブラッド・アーマー。それは製鉄師が魔鉄器時代における『戦力の頂点』足りうる、二つの理由の片割れ。

 魔女体質の少女が、物質界の法則から僅かに超越するように、製鉄師とその契約魔女は、鉄脈術を発動している間だけ、より霊質界側に存在が『寄る』という特性を持つ。その現象を、人はこの名前で呼ぶのだ。


 霊質界は物質界の法則を弾く。霊質界に干渉できない非OI能力者では、今の雄二と東子に刃を届かせることは不可能。おまけに存在そのものが補強されるため、身体能力も大幅に向上するのだ。例え敵がOI能力者であっても、それが製鉄師でないならば彼我の戦力差は圧倒的である。


「くそっ……囲め! 倒せなくても、撃てば足止めはできる! とにかく撃て! ボスの部屋に入れるな!」」


 隊長格と思しき人物の叫びを受け、男たちはマシンガンを構える。黒い銃身が小刻みに揺れ、銃口に火花が閃いた。

 ぎらりと煌めく弾丸は、魔鉄被甲弾だろう。そこそこ安価で手に入る上、OI能力者や魔女が使えば、魔鉄製の武装や製鉄師にもダメージを与えられる。

 流石の雄二とて、そのフルオートを全て受ければ相応のダメージは覚悟しなければならない。


 だがこれも、警戒するような場面ではなかった。


「無駄だ」


 いっそ冷徹なまでに感情を抑えて、威圧の声を出してみる。テロリストもどきたちから狼狽の声が漏れた。別に、雄二の声が恐ろしかった、というわけではないだろう。所詮十五の少年の威圧行動、格好いいわけでも重苦しいわけでもない。というかぶっちゃけ滅茶苦茶似合わないだろこれ、と自分でも思う。


 だから混乱の理由は、もっと別。

 彼らは見たのだ。弾丸が一つとして、雄二と東子に届かなかったその光景を。


 二人の足下に渦を巻く、水銀じみた粘性の液体。それが主を守るように、壁の形で屹立していた。流体性のタワーシールドは撃ち込まれた銃弾を絡めとり、捕食し、溶かしてしまう。


 これぞ、二人の《鉄脈術》の姿。

 雄二のオーバーワールドに満ちた景色を、そのまま現実世界に引きずり降ろし、使役する。融解と再創造の粘液は、絶対防御の盾として、そして絶対撃破の武器として、対峙した者のことごとくを凌駕する。


 製鉄師が『戦場最強』たる理由、そのもう片方こそが、この《鉄脈術》である。たった二人で戦況を覆し、時には国の行く末、その土地の未来さえも決めてしまう、鋼の時代の魔術、魔法。製鉄師が「一組にして戦略兵器」とも言われる理由そのものだ。魔鉄の加護を貫通して製鉄師に決定打を与えられるのもこの鉄脈術のみ。

 

 最強の盾と最強の矛。

 その両方が揃ったならば、同じ最強の座にない者で手出しなどできるはずもない。


「く、くそっ、退却しろ!」

「ひぃ、ひいいいいっ!?」


 戦闘員たちは武器を構えたまま、建物の奥へと逃げていく。みるみるうちに姿が見えなくなった。何と速い逃げ足だろうか。


「しまった、向こうにゃ警察が構えてるぞ、っていうの忘れたな」

「相変わらず変なところで温情かけるわよね、雄二って」

「敵も味方も、中途半端に苦しむよりかはゼロかイチかの方が楽だからな」


 まぁ、実際の所世の中そう甘くはないし、ゼロイチでは色々と報酬にも支障がでるのでよろしくないのだけれども。

 どちらにせよ、下っ端メンバーに逃げられてしまった今、小数点分は稼げなくなってしまった、と思った方がいい。追うことも考えたが、それよりはゼロをイチにした方がお得な気がする。


「てなわけで東子、建物の構造と、中の人数はわかるか? というかぶっちゃけボス部屋と笠原のおっさんの場所が知りたい」

「ちょっと待って、今やってみる」


 ぽたり。

 リバース・ゲインの一滴が、魔鉄製の床に零れ落ちる。同時に、東子がそっと瞼を下ろした。手をかざし、何かを探るように熟考するその姿は、一部の人間が魔女をして『鋼の巫女』と呼ぶ、という話に、奇妙な納得感を抱かせた。


 二人の鉄脈術は、雄二のOWが持つ特性を余すことなく内包している。

 かつて雄二の見ていた異界の風景――どろどろの粘液へと溶け落ち、己と世界の垣根が消失する景色は、「侵食」の特性として鉄脈術の一端を形成する。


 即ち、『再世の髄液』を魔鉄に滴らせれば、それと繋がったあらゆる魔鉄を「感覚器官」として侵食できるのだ。


 スライム状にぷるぷる震える雫は、やがてひとりでに『再世の髄液』の中へと戻ってきた。覆水盆に返る……物理法則を無視したこの挙動もまた、鉄脈術が「現代の魔術」と呼ばれる理由の一つ。


 東子が、クリアシルバーの瞳を開く。


「……いた。そこの壁、ぶち抜いて三枚の場所」

「了解、っと」

 

 細く白い指が、すっと目の前の壁を指し示した。なるほど、確かに通路の角、貫けば効率的に建物の奥へと進めそうだ。


 そっと近づくと、灰色の壁をノックする。何度か繰り返すと、僅かに音が違う箇所があった。どうやら構造上の問題で、少しだけ薄くなっているらしい。


 銀のリングを流水のガントレットに変貌させ、雄二は拳を腰だめに構えた。新たな『髄液』を供給し、その体積を徐々に、徐々に増やしていく。

 銀色の流れが速くなる。一秒、二秒と勢いが強くなっていき、比例するように水しぶきも上がり出した。


「ぜぇあッ!!」


 全力の拳を叩き込む。鈍い衝撃と共に、リバース・ゲインが解放された。

 勢いづいた白銀の激流は、そのままパイルバンカーの容量で魔鉄の壁をぶち抜いた。


 バキバキバキイイイイイイィッッッ!!!


 強烈な貫通音と共に、通路を挟んで工場の壁に孔が開く。その数、指定通りの三枚。

 接続した向こう側に、廃工場の中枢――かつての魔鉄器製作ラインが見え隠れ。随分と素直なところに隠れていたものだ。これなら最初から建物のド真ん中に着陸した方が早かったかもしれない。


 まぁ、過ぎてしまったものはしょうがない。うん。しょうがないったらしょうがない。


「な、なんだ、てめぇらは……!」

「どこから入って来たんだい……!?」


 東子と共にのしのし入場すると、動画で見たペアが声を荒げた。大柄な体躯に戦闘員たちと同じヘッドギアとアーマーを着けた製鉄師と、トゲやファーで装飾した、やたらとパンクなファッションの魔女。成長停止年齢は十二歳ほどと見え、格好の奇抜さとのギャップが凄い。

 こりゃまたキャラが濃いのが出てきたなぁ、と思わず閉口する。二人そろって随分とまぁ口調が粗雑なこと。

 雄二も別に丁寧な話し方を心がけているわけではないが、輪をかけてアウトローな感じだ。テロリストというよりはただのチンピラかゴロツキに見えてくる。


 実際、そうなのだろう。梨花と奈緒は彼らを一貫して『魔鉄犯罪グループ』と呼んでいた。もっと危険度が上の、別の呼び方をされる集団と対峙したことが何度かある。彼らと比べれば、その重要度もお察し、と言ったところなのだろう。

 うーん、このくらいの相手なら、適度に煽り立てて逆上させた方が戦いやすいかもしれない。


「いやぁまぁ、正義の味方? みたいなもんよ。んで、そこの穴から入ってきた」

「雄二、ノリが軽すぎ。さっさと仕留めるわよ」

「格好つけるのも駄目か……」


 というわけで軽口を叩いてみたのだが、東子に怒られてしまった。作戦変更である。

 まぁ結局のところ、正面から叩くことに変わりはないのだが……そうだ、その前に人質の場所だけ確認しておかなければ。戦闘に巻き込んでしまっては元も子もない。


 視線を走らせれば、工場の奥の方……かつては魔鉄器を加工するために埋鉄位階の一般作業員レプラコーンたちがあくせく働いていだのだろうベルトコンベアーの機材の上に、見慣れたスーツ姿の男性が釣り下げられていた。

 全体的に長方形なひょろ長いシルエットと、オールバックにした黒い髪。宮内庁職員、笠原順次郎氏である。


「おーい笠原のおっさん、大丈夫かー」


 取りあえず安否確認の為に声をかける。すると、ものすごい勢いでその顔が上がった。声の発信源を探してその頭が左右する。動きがぬるぬるしていて絶妙に気持ち悪い。

 太い黒ぶち眼鏡の奥の瞳が、こちらを見つけるとぱぁっと輝いた。


「ゆ、雄二くん……!? それに東子姫殿下も! た、助けに来てくれたのかい!?」

「なんだ、結構元気そうじゃんおっさん」

「心配して損したわ」

「酷い! これでも怖い思いしたんだよ僕!!」


 ギャグマンガみたいにえぐえぐと涙をこぼしながら、じたばた暴れる笠原氏。いい人なのだが、どうにも気が弱いのが玉にきず……どころか大問題な気がする。非常に気が散ってよろしくない。

 まぁ、こういう風に無意識で重い空気を和らげてくれるのが、このおっさんのいいところではあるのだが。


「東子……? そうか、てめぇら、六皇爵家の……!」

「こいつを取り戻しに来たってワケかい!」

「ま、そういうこったな。大人しく投降こうさんしてくれると助かる」

「既に一般構成員は魔鉄課が取り押さえている。あなたたちに逃げ場はない」


 実際、通路の向こうから聞こえる銃声は殆ど止んでいた。構成員のレベルはもう分かっている。流石に素人ではなかったが、同時に非製鉄師の犯罪者に対してはプロフェッショナルであるところの第二機動隊がやられることはないだろう。


 そして対製鉄師に関しては、雄二と東子こそがプロである。こういう手合いと戦うために、プロ・ブラッドスミスの資格があるのだから。


「ふざけやがって……返り討ちにしてやる!」

「あんたらの分の身代金も戴くよ! アタシらまだまだ金が足りないのさ!」


 声を荒げ、敵ペアが臨戦態勢に入る。製鉄師も魔女も形相を戦士のそれに変えた。なるほど、肝は据わっているらしい。


「頼むぜお前! 精錬開始マイニング操縦席の扉を開けろユア・ブラッド・マイン!」

「ほいきたあんた! 精錬許可ローディング操縦桿を握るがいいマイ・ブラッド・ユアーズ!」


 製鉄師の切り札――鉄脈術を繰り出すための祝詞が響く。祝詞の内容は発する音こそ雄二たちと同じだが、込められた意味がまるで違う。

 当たり前だ。一つとして同じOWと魔女の組み合わせは存在せず、鉄脈術は常に唯一無二。雄二たちと彼らの使う鉄脈術は、全く別のOWを地上に顕現させるのだ。


 果たしてそれは、鉄暦時代から続く有名なリアルロボットアニメを思わす、鋼鉄の巨人を降臨させる、という形で発現した。

 胴の部分に開いたコクピットに、男性リーダーと魔女が乗り込んでいく。


『《製鉄スティールオン》――『巨像顕現、打ち下ろすは鋼の拳ドレットナックル・ギガンテス』!』


 誇示するように、あるいは世界に宣言するように。鉄脈術の位階と、その名が高らかに告げられる。製鉄位階……鉄脈術としては初期の段階だが、侮れるものではない。鉄脈術の位階は、強さではなく『構成要素の数』だからだ。

 複数の構成要素がある鉄脈術ならば、多彩な戦術が取れる。逆に一つしか構成要素がないならば、それに特化した強力な運用が存在することに他ならない。


 現に、振り下ろされた巨大な拳は、地面に易々と亀裂をつくり、雄二と東子目掛けて岩の柱を突きあげてみせた。


「あぶねぇっ!」

「ひゃ」


 揺れる工場の床を強く蹴り上げ、東子を抱いて跳躍回避。一秒前まで二人の立っていた場所まで、地割れの影響が及んできていた。魔鉄板がぐにゃりと曲がり、撃ち捨てられた工場が、さらに無惨な亡骸になっていく。どうやら、大分パワータイプの鉄脈術らしい。


 こりゃぁこっちもパワーで押し切るしかないか、と頭の中でおおざっぱな戦術を組み立てていると、腕の中の東子がぷうと頬を膨らます。


「いきなり抱き上げないでよ。吃驚するじゃない」

「悪い、ちょっと焦った」

「もう……」


 視線を下ろせば、雄二の瞳と、東子の銀色の目が交差する。

 ここからが本番だ。さぁ、製鉄師同士の戦いを始めよう。

 


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