第17話過去の一幕

 「はあ、はあ……!」

悪戯と悟、そして日和たちは、ひた走っていた。

 「聞いてない、ああこんな目に合うんならあのクソ上司からウィスキーせびっときゃ良かった!!!」

 「……酒飲むのか、お前」

 「飲みますよ! もういい大人なんですから!」

 「……そういう風には見えねえが」

日和の外見は、十代半ばほどにしか見えず、まして度数の高い酒をあおるようにはまるで見えない。

 「まあまあ、人には人の娯楽が合っていいじゃないですかぁ、それぐらいお年を召されていればお酒で忘れたい過去の一つや二つああるのも当たり前ですよぉ」

 「モテナシアソビ、貴方絶対許しませんからね!」

 「あはっ! いいじゃないですかぁ、許してくれても」

 「……ったく」

 

 出来る限り後ろを振り返らないようにして走らないといけない。

でないと、またあれが来る。


 「困った困った、まさかナイフが使えないときにあんな化け物に襲われるなんて~(^^♪」

 「貴方ちょっとでいいから黙っててください!!」


驚くことに、あの怪物『カミ』とやらは、絶望世代の殺傷能力が通用しないらしい。上手く原理は説明できないが、日和が言うには、

「あれは『始まりの少女』の遺産です。化け物の怨念、ともいいましょうか。そもそも勝てる勝てないの次元にすらいない存在なので、絶対に立ち向かったりはしないでください、いいですね!」

 これは前振りでも何でもないとばかりに、念押しする日和に二人は賛同した。


無論、物理的な攻撃が利かない訳ではない。

実態がある以上、何らかの影響を与えてしまえば『存在のバランス』を元に戻して、『カミ』を消すことも可能ではあるのだが……。

「(第一、あれの処理は私の領分じゃない、あんな殺傷能力の塊私たちの部隊でも一週間は準備をしないといけないのに……!)」


現状ここにいる戦力は、敵含めて未知ではあるのだが。

だけど『この女』にあれを消すほど力があるとも思えない。


「そりゃあ、私の力は限定的ですからねえ? 別段、派手な攻撃が出来るわけでもないのだし、消耗もしています。あんなデカいのの相手ともなれば殊更厳しいですよ」

「だから、心を読むな!」

「聞こえるんですって」


走りながら、日和は彼女について考えていた。

ここに来る前に目を通した報告書には、変に内向的で、誰とも関わりを持たない少女のこれまでの歴史が書かれていた。

 

♦♦♢♦♦not fake it is true story


 彼女の存在が初めて確認されたのは、彼女が15歳の夏頃。

 きっかけは、饗場もてなしあそびの友人が、その父親に殺された、というものだった。

 資料を眺めていくうちに、日和は一つ一つ頭を抱えていた。

 その友人―さちという少女が無くなった原因は虐待だった。

 どうやら学校でも嫌われていたらしく、父親につけられた痣を写真に撮られ、

それをSNS上で公開されたり、酷いものでは、服を脱がされた状態の写真をネタに、家からお金を無断で持ち出していたようだった。

 性的な話の載った資料も見つかったが、それについて詳しく語る必要はないだろう。考えればわかるというものだ。


 死体には、目を逸らしたくなるほどの、いくつもの自傷が見つかった。

 同じ個所にばかりに塗り重ねるように切られたリストカットの跡、クラスメイトや父親からつけられたであろう青痣……。

 とてもではないが、見れたものではなかった。

といっても、組織の狂った連中は平然と読み流していたのだが。

 

 父親からの暴力で、既に事切れていた彼女は父親によって埋めるために車で運ばれていた。

 夜中、崖に即した、『自殺者が数多く押し寄せる』場所に男は来ていた。

 誰もいない夜のその場所は、自然と男に自らの罪悪感を軽くさせていた。

 そう。

 誰もいないはずだった。


 

 「……おじさん」

ビクッと肩を震わせた男の背後には、少女が立っていた。

 「……何かな?」

平然と対応しようとした父親に対し、彼女は、

 

 「私ね、上手く笑えないの」

 「は?」

唐突に、意味の分からない話を振られた男は困惑した。


 「それに、笑われるのも嫌いでもあるんだよ。」

 「何の話をしているんだい?」

 男は隠し持っていたナイフを彼女に見えないように強く掴んだ。


 「……おじさんには、分からないでしょうね。私は私で、それなりに彼女の相談に乗れていたつもりだったんだけど。こうなっちゃった今となっては、ね」

 「……」

 「私たちは、私たちで共感できていたのよ。偶然、本当にたまたまできた友達だったの」

 彼女の瞳は微かに、優しさか、悔恨か、よく判断できないような感情を含んでいるように見えた。

 

 「私も、変な人間になったと思うの。まさか、死ぬ寸前までどうでもいいと思っていた相手に、もう死んじゃったのに、助けたいなんて思うなんて」

 「だから……さっきから何を言っているんだ」 

 男は震えている。 

 何故だ。

 どうして、こいつは俺が幸を殺したことを知っている?

 誰にも話していない、警察だって動いてないのに。


 かすかに隠し持ったナイフを抜こうとする、

 「無駄だと思うよ」

が、その言葉に動きを止められた。

 「……どこまで、知っている?」

 「全て。貴方の頭の中にあること全部」

 「嘘をつけ、そんなこと分かるわけがないだろう」

 

  アハ。

 

  少女がその顔を悪魔のように歪めていた。

 「? 下等生物が」

 少女が一歩近づくたび、男と、幸の死体は崖の縁にまで追いやられていく。

 「くそ……」

 こうなったら、

 「それ!!」

 「!」

 男は幸の死体を、先に投げ捨てた。

 少女は、それを追いかけた。


 「馬鹿め!」

 ナイフを振りかざした男が彼女の後頭部を刺そうと振りかぶっていた。

 その瞬間。

 ほんの微かに、少女の口が動いていたことに、男は気づくことはなく。


 「…あガ……ハ……」

 自分で自分の首を突き刺した愚かな男の図が、そこにはあった。

 

 「な、、ン……で……」

 

 男の眼前には幸の死体と、それを落とさなくて済ん安堵していた少女の微笑みだった。

 「私たちの世界に、なんでなんて疑問は意味を持たない。ただ、

そこには事実があるだけだもの。ところで、おじさん」

 

 今にも消えそうな意識の中、最後に聞こえたのは、

 「地獄に落ちろ、くそ野郎」

 

 それだけだったことは、言うまでもなかった。

 

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