第16話空想は空っぽ

 『共感性の化け物』。

 彼女について語るには、少しだけ理解に困ることがあるかもしれないので、先に『共感する』とは、どういうことであるだろうか、と問うてみよう。

 

 恐らく、大抵の人間は次のような例を挙げる。


 誰かが笑うと、自分も笑おうとする。

 誰かが悲しんでいると、泣くような感情が出てくる。

 誰かが特定の個人を非難して入れば、それに同調して同じ人物を非難する。


 つまり、簡単に言うと、『場の空気を読む』ことである。


 どうだろう? 如何にも、饗場 遊には出来なそうなことでは無いか?

事実。彼女に出来るはずがない。

 彼女だって、絶望世代と呼ばれる「利己心の最終地点」に至っているものの一人なのだから。

 間違っても、空気を読んで笑うなんてことしないだろうし、多分出来ない。

良い所、その空気をぶち壊して、自分色に染め上げてしまうのが落ちである。


 全く、困ったものだ。


「偉そうに語らないでもらえるかな? 私そういうの大嫌いなんだけど」


  おや?

 

 これは失礼。気が付かなかった。

 まあでも、分かり切った話だったね。……

 だけど、君にとっては、もうどうでもいいことじゃないのかい?


「どういう意味?」

アソビの外見は、現実世界と何ら変わりなかった。


 彼女の容姿は一言でいうなら、「病んでいる」という評価が正しい。

 濁った両目は睡眠をとっているいないに関わらず常に下を向いている。

 端正、というなら端正な顔立ちなのだが、その全てを諦めたような雰囲気は、

見るものをして、それこそ共感性をもって、嫌がられる類であるのは間違いなかった。

 着ている琥珀色の女の子らしいコートさえ、くすんで見えるほどの負の雰囲気。

 それが彼女だ。


「まざまざと観察するな。気持ちが悪いね、相変わらず」


 ああ、ごめん、あんまりにも可憐だったからついつい。


 まあ、そのままの意味だよ。とっくの昔に君は気づいていたんだろうし、

今までずっと気づかないふりをしているだけなんだから。


「……」


 君は人格を複数もっているわけでは、ないのだし。

だ。ね?


「……だね」


アソビは今自分が立っている場所を見て思う。

ああ、これは夢なのだ、と。


すると、目の前に黒々とした、靄が現れた。

なんとなく人の形として認識できるそれは、口と思しき空間を開けて、

くぐもった声を発した。


『僕は、ただの対話者だ』

「ええ、貴方は私のただの話し相手。」

『君が思案するときに、キミが思考の整理に使うだけの存在だ』

「へえ…」


 イマジナリーフレンド。

 俗に言う独り言を行う際に、意識的に設定しているだろう「話し相手」。

 

 「……私も終わってる」

 『何で?』

 「ただの妄想の友達が夢にまで出てくるなんて、考えもしなかった」

 『別にいいじゃんか、僕はキミと話せて嬉しいよ』

 

 ワタシハオカシクナイ。


 ワタシハクルッテナイ。


 これが普通、私は普通。


 自分の置かれた状況を正当化するために、彼女はしきりに自分に言い聞かせた。


 時々、自分がどこにいるのかわからなくなる時がある。

 今もそうだ。

  

 「ねえ、私を殺してくれないかな」

 『どうして』

 「そろそろ起きないと、外の人たちが困るでしょう」

 『ああ……けど、良いの? あんなどこの馬の骨かも分からないような奴らに構って』

 「いいんだよ……それに、」

記憶を頼りに鑑みても、外は戦場になっているだろうから。

「どうせ死ぬなら、外で死にたい。」

 『そっかー』


 こいつとの会話はつまらない。

あくまでも自分の中で想定したワード、予想できる範囲内での会話しか送れない。

実に、つまらない。



  ”ヒュン”

不意に、耳元で風を切る音がした。

疑問に思い横を見ると、

アソビの左腕が落ちていた。


何故だろう、痛くない。それに、

何かを失った気もしない。

それは私が利己心さえ捨てているのと同義なのではないか。


傷口からは血が流々と流れだしていたが、アソビ自身は気にも留めなかった。

靄は自分を鋭利な刃物に変えて、次々と少女の体を引き裂いた。


血に溺れるように消えゆく意識の中で、

『終わりは見届けてやるから、それまで頑張りな』



それだけ聞こえた。



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