第15話消えない気配
「……と、まあ挨拶はこれぐらいにしておこっかな?」
ケロっと事も無げに、軽い言調で悪戯は呟いた。笑顔で。
「……何の、つもりですか」
日和の訝るような声が辺りに響く。
応対する悪戯は軽く背伸びをしながら、自分の肩まで伸びた黒髪を顔からどけている。まるで緊張感が無かった。
「んん? 何のつもりって言われても困るなあ。貴方たちがあんまりにも身内ネタで楽しんでたから邪魔してやっただけじゃないの」
「嘘をつかないで下さい、貴女、一体何なんですか!」
「知らない。興味ないから」
「……!」
悟は悟で、状況が上手く呑み込めないでいた。
あの病棟で、姿を見せた『何か』。
それが今目の前にいるのだ。
「いや、違うだろ」
悟は非難するように言葉を発する。
「どう考えてもおかしい。俺が知ってる殺人鬼の気配じゃない。これは、全く別の、違う何かだ。」
悪戯は悟の方をちらと見て、少しだけ微笑んだ。
「さすがですねえ、悟さん! 私の気配が感じ取れるなんて、並の才能じゃない! ご褒美にハグしてあげましょうか??」
そういう悪戯の左手には、血がこびりついたナイフが握られている。
……無理に決まってんだろ。
「なら、まずその左手のナイフを捨てろ」
「あら? 大丈夫ですよ? ここまで汚れちゃったら何も切れませんから(笑)」
「……普通に怖いわ。使えねえんならもう仕舞え」
「愛想が無いですねえ、もう少し何かあるでしょう?
……まあ、それが出来れば悟さんは今ここになんかいないんでしょうけどねえ?」
二人が言い合う後ろで日和は、その様子を不思議に思っていた。
「……?」
あの悟兄さんが、感情を出している……?
いや、その前に何なのこの雰囲気?
まるで遊んでるみたいに……。
それに、あの悪戯とかいう女。
「興味ない」って本当に本心からの言葉なんだろうか。
どちらかというと、「どうでもいい」って感じに見えるのだけど。
「間違ってはいない、ですねえ? そういう考え方もあるのでしょう」
「!?」
気づいたら、目の前に悪戯がいた。
何故か、自分の頭を撫でている。
急いでどかそうとするが、離れない。
「……苦しそうな声」
「私は、何も言っていない」
「私には聞こえるんですよ、普通の会話と同じように」
何の話をしているんだ、こいつは。
いや、待て。
普通の会話と同じように、聞こえる?
それって――
「……『絶対心感』?」
「わあ! 凄いね、30年も前の用語知ってるなんて! 勉強熱心なんだね!
どうせなら説明してみて! 私説明下手だからできないからさあ!」
どうして私が、と言おうとしたが止めた。
雰囲気で分かる実力の差。
自分が何をしたところでこの人には抗えない。
「……私が聞いたときは、都市伝説レベルの話でした。
心―いわゆる有機生命体の思考をハイジャックし、その機能さえ支配する。
噂によると、他人との魂同士の繋がりが生まれつき産まれやすい性質が転じたものだとも言われていました。
『イノセント・クライ』を引き起こし、世界に人殺しを発生させるきっかけを作った、30年前に亡くなった一人の少女の所有していた才能。」
その少女の波長が、人々に影響を与えた。
そのせいで、この世界は変わった。
説明を聞きながら、悪戯は少しだけ目を細めて嗜虐的な視線を日和に向ける。
「……その都市伝説も、もう20年は前に流行ったもの何ですけどね。
もしかして結構お年を召されているので?」
このクソ女、分かった上で質問してやがる。
と、似合わない汚い言葉は脳内でとどめた。
「ええ……それなりに」
似合わない。
本当に、
この人にすべて動かされている。
「それじゃあ、貴方はこの街に隠れている生き物の存在もご承知なので?」
「……は?」
「……へえ? 知らないんだ?」
「生き物? 何のことですか」
「向うにいる奴のことだよ」
向う? 日和と悟は床に視線を向ける、が、何も感じない。
「あの殺人鬼を集めていた病棟。そしてあの地殻そのものが動いているような振動、極めつけの、衝撃波。」
「どうしてこの街には人間が一人もいないのか」
どうして、殺人鬼を集めるための施設が、
こんなに人間臭い建造物だらけの街にあるのか。
「……!」
日和は何かに気づいたように目を見開いた。
「まさか、そんなわけないでしょ! だってこの街はもう『処理済み』なはず……」
確かに地震に多少の違和感は感じたが、『アレ』が出てくるなんてこと……。
ふと、日和のポケットの中身が振動した。
取り出して、音声をオンにする。
『まだまだかかりそうだと思ってたけどよォ! もう少し持ってくれよ日和ィ!!』
粗暴な声がその機器から飛び出すように聞こえる。
『俺のミスだ!! 今すぐそこから撤退しろォ!!』
「……何があったんですか」
『カミが目覚めやがった!』
「!!」
日和の顔から血の気が失せ始めた。
「なん、なんで? あいつはもう死んだはずじゃないですか!」
『俺も知らねェ!! いいから今すぐ、夕日から逃げろォ!!』
その声に、その場にいた三人が同時に夕日を見た。
その瞬間。
「い、い、いや……!」
日和たちの目に映ったのは、
黒。
巨大な翼を不遜にはためかせ、
数多くの人間をその体に埋めた、
『悪魔』。
そう呼ぶしかないような、恐怖の塊のような存在。
それは、見ただけで人を狂わせる。
それは、ただいるだけで人から生命を奪う。
それは――
「あれは――あの時の……」
悪戯は二人に聞こえないくらい小さい声で、呟いた。
その瞳は、鋭く、その奥深くには、
憎しみが込められていた。
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