第14話化け物は今日も笑う

 形だけ繕っただけの、アイツの姿。

俺を食おうとする、気味悪く笑うアイツの顔。

俺から、大事な記憶を奪った奴の、顔。


「ハハハハハ!! どうですか! どんな気分ですか!!? 

貴方の一番嫌な記憶が生み出した、の姿は!!」

日和はさも嬉しそうに、形作られた怪物に掴まれた悟を嘲笑う。


「……」悟は何も言わない。

「身動きできないでしょう! それもそのはずです、これは、

貴方自身の記憶を基にして作った人形なんだから!!

貴方が死なない限り、この人形だって消えない!」


「……記憶、ね」

悟は相変わらずの表情のよく分からない顔を、眼前の人形を見ながらひしゃげた。

ゆっくりと、右手を握りしめる。



「そんなに大事なもんかな、記憶なんて」

少しずつ力を籠める。


そもそも、今の悟にはそんな感情を抱くことはできない。


「……『人間を繋ぐのは、消し難い、記憶』」

これも、俺の記憶にあった言葉か。

なあ、日和。

お前が話していた言葉だ。


「殺せ!!! 早く殺せぇ!!!」

少女は気が触れたように、鼻から出る血を抑えながら人形に命令を飛ばす。


能力者の命令に従い、人形はすぐにその大きな口を音をビキビキとたてながら広げていく。


「……日和」

悟の声は、どこか悲しみを秘めていた。

「お前は、もっと、夢を見て良かったんだけどな。……こんなこと、望んじゃいなかっただろ?」


この世界が、あんな壊れたものになっちまった頃から、

俺たちはずっと何かを殺して、奪って生きてきた。


それなのに。

そう生きるしかないのに、

お前は、ずっと優しい子供だったんだから。


俺が、目を覚ましてやらないと。

そうじゃないとこいつは、ずっと。

ずっと、気が付かなきゃいけないことに、気が付けない。


「『怒り』」


そう呟くと、彼の体温が周りの空気さえ熱するようになった。

同時に、彼を掴んでいた人形の手が、


「……え?」

日和は困惑していた。


今、何が起こった……?


瞬間。

彼女の前にいた人形が、

体中をバラバラにされ、

そのどれもが同じように消えた。


日和は目の前の男の体を見る。

真っ赤だ。

血のような、いや、本当に血が出ている……?


流れる汗も、口から出る唾も、垢も、涙も、

あらゆる水分が、「血」?


「なんという……!!」

おぞましい姿だ……。


「……お前はいつから、誰かの道具になり下がったんだ?」

「!!」


悟のその言葉とともに、

考える間もなく、少女は悟に殴り飛ばされた。


「がァあああああああ!!!」

少女はもだえ苦しんでいた。

殴られた頬が痛いわけではない。

顔を殴られて、首の骨が折れたわけでもない。


ただ、自分の頭部がだけだった。


単なる火傷ではない、ただただ炎上しているのだ。

人間の頭が。


「熱い熱い熱い熱いぃ!!!!!!」

咄嗟に出した掌で、『追憶』を使った。


数秒前までの燃える前までの状態を再現する。


「……はあ!!!! はああアアッ!!」

完全に元通り、とはいかないけれど、大半の傷はこれで治る。

だけど。

「な、なんで、、どうしてこんなことができるの!!?」


恐怖は消えなかった。


日和は、先ほどの消滅現象と、今の燃焼を考えて、

悲痛に顔を歪ませた。


「さっきの、まさか、、した……?」

さっき作ったドレイクの人形は、大気中の水分もそれなりに含んでいた。

「血が燃えて、燃焼したっていうの?」


悟は、自信の血でまみれた体には大した興味も持たず、

その悪魔のような様相とは対照的に、ただ静かに日和を見ていた。


血だけどな……。まあ、こんなもんか」

男は無感動に、たった今少女の頭部を燃やしたことも気にせず、

あくまで自分のためだけに言葉を発する。


一歩ずつ、彼女のもとに歩み寄る。


「く、来るな!!」

日和は腰元に入れていた二丁の拳銃を取り出した。


「……」

悟は、静かに嘆息し、そして少女を睨みつけた。

たったそれだけの行為で、少女の呼吸は乱れる。


「こんな、はずじゃ、無かったのに。私は、私はただ、あの『特例種』を捕まえられればそれでよかったのに。ねえ、どうして!」


「……見た感じからして、お前の能力は使用の振れ幅を広げただけで、それだけだな。……もっとも、俺を殺すには向かねえ」

「……!」

「話なら聞いてやらんでもないが、その前にあいつを元に戻せ」

「ハハッ、今更、人間に思い入れを持ち始めたんですか? くだらない!」

「……おい」

悟がもう一発殴ってやろうかと考えだした時。

ふいに、少女の体がビク、と震え始めた。


少女は、その瞳を真ん丸に見開いて頭を抱えて何か呟いていた。


「……黙れ黙れ黙れ静かにしてください殺したい生きたい逃がさない助けて助けて助けて助けて助けて……」

「どうしたんだ」

悟の目には、彼女が『何か』と戦っているように見えた。

だが、気のせいかもしれない。


「私は、決めたんだ……他の誰かを守るって。」

「あ?」

守る?

殺傷能力者が? 人間を?


……何を考えているんだ、こいつは。


「もう、決めたんだから…………!」

言うと。日和は二丁の拳銃を両手でクロスした、妙なポーズをとった。

何かが来ると予想して、悟は能力を再び発動した。


だが、


「面白そうなことやられてますね、お二人さん♪」


横から、黒髪の女の平然とした声が聞こえてきて、

「「!?」」

その場の空気は水風船が弾ける様に霧散した。


「な、なんで……! 『追憶』の能力を二発も喰らっておいて!!」

日和がおぞましいものを見るような目で、に震える両手で、

拳銃の照準を合わせようとする。


それを見たそいつは、冷笑を浮かべ、

「やっすいマインドコントロールだったね……貴方の能力だったの?

あんまりにも弱弱しい『悪夢』だったから、食い破って出てきちゃった」


「あれを、抜けられるはずがないだろ!! 私の『追憶』は!

心を、、捻じ曲げる力だ!! 魂のある人間が!

逃げられるような代物じゃない! それこそ、私と同系統の能力でもなければ……」

そこまで言って、日和はハッと何かに気が付いたように、顔を青ざめさせた。

、化け物。……いや、だってあり得ない。

少なくとも、貴方には「狂う」力が備わっているはずでしょう!

殺人鬼が、殺傷能力を複数持てるわけがない!!」


「アハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハ!!!!!!!!!」


声が一つ聞こえるたびに、神経が削れる。そんな笑い声。


「貴方、視野が狭すぎるわ、ハハ、まるで子供みたい」

その言葉にはさすがにむっと来たのか、日和は銃弾を放った。


それが眼前に迫ってきた瞬間。小さく呟いた。



「『祈り』」



”バチ”


日和が放ったはずの銃弾が、空中で爆ぜた。

性格に言えば、二つ放った銃弾が申し合わせたように空中でぶつかった。

それだけのことだった。


日和と悟はどちらも呆気にとられ、何も発言しない。

「どうも、初めまして」

すると、そいつは両腕をよこに広げ、上半身をゆっくりと下に下げた。


たったそれだけの行動だったが、

日和と、悟の意識を一挙に支配したのは確かだった。

まるで、

この場で変に動けば、間違いなく何かをやられる。

そんな強迫観念を二人に植え付けていた。


口が開き、冷ややかで、そして綺麗な鈴の鳴ったような声が

発された。


「私の名前は饗場もてなし悪戯あそび


人殺しが大好きな、ただの残酷だよ」

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