第13話意味のない物語

 過去に受けた苦痛は消えず残り、人は未来に幸福を夢見る。

その先にどれだけの不幸が待ち構えているのかも知らずに。

 だが、悲しいかな。

 過去の不幸は、我々を蝕み続ける。

後悔という鎖を浴びせ、絶望という悪魔を与える。

 だって、


 過去にあった辛いことは、

未来の幸福で塗りつぶされはしないのだから。


 死神になろうとした彼女は、もしかしたら。

自分自身の運命に、精いっぱいの皮肉を向けたかっただけなのかもしれなかった。


 笑い方の分からない少女は、ひょっとしなくても。

自分のことをこの世から消し去りたいとさえ思っているのかもしれない。


 かつての無感情な能力者でしかなかった男は、

本当に無感情なのかどうかさえ、周りの人間には理解することは不可能であった。

真実は、彼しか知らないのだ。



♦♦♦♦♦


あるものはフェンスの上に腰を掛けて。

あるものは拳を握りしめて。

また、あるものは右肩の痛みに耐えて。

 今ある現実に向き合っていた。


「……なんですか? しばらく見ないうちに、ロリコンにでも目覚めました?」

日和は、二人を見つめて、機嫌が悪そうにため息をついた。


 風が吹くたびにポニーにまとめている青みがかった髪がはためいている。

意思が強そうな目、簡単に折れてしまいそうなくらい首が細い。

背丈に関していえば、アソビと同じくらいか、もっと低い……、

少し品がなさそうに片足をフェンスの上に乗せながら、彼女はこちらをじっと眺めていた。

 すごく、綺麗な女の子。

 

 子どものような見た目と裏腹に、彼女が着ている軍服めいた服が彼女の不思議さを強調している。

 施設にいた囚人と同じようなデザイン。

全体的に迷彩柄ではあるが、色彩に富んでいる。

 緑と黒、茶色に黄色、極めつけはペイント機材を投げつけたみたいな……

 何というか、すごく目を引く。

首には赤色のスカーフを巻いていて、場違いだが子供の頃見た戦隊ヒーローを思い出した。 

「……日和」

「……何が、『日和』よ。ろくに名前呼んだこともないくせに」

「こんなところで、何してる」

「……何年、たつと思う?」

「?」

「……10年」

銃口を向けながら、日和はサトルに吠える。

「あんたが私たちの家を出て行ってから、経った時間。」


「……もうお前らは忘れてるもんだと思ってた」

「……死神さんが凄く動揺していました」

サトルのこめかみがわずかに揺れた、

「……」

「あの人を置いて出ていくなんて、流石に酷かったんじゃないですか?」

「……知らねえよ、そんなこと」

サトルの声が挑発の色を帯びて、相手に聞こえる。


日和は、自分の僅かに伸びた前髪を忙しくいじりながら、

「結局あんたは最後まで私たちになじまなかった。最後の最後まで、私たちの家族にはなりえなかった。」


「……」


「相変わらず黙るしか能がないみたいで何よりです。」

はあ、とため息をついて日和は臍を噛むようにそういった。


「それより、敵対の意思が無いのなら、はやくをこちらに渡してもらえませんか? 入用なんです」

日和は不躾に指をアソビに向けた。


?」


「何です?……面倒くさい人間ですね、全く。私の言葉が分かっているでしょう? あなたがいると邪魔なのでその特例種だけ渡せと言っているんです」


特定種? こいつが?


アソビは、かすかに震える体を持ち上げて、少女に語り掛ける。

「ねえ、キミ。……私は貴方と戦うつもりなんてないんだから、ね?

くだらないことばっか言ってないで、状況を、教えてよ」


「くだらないこと?」

日和は銃口をアソビに向けなおした。


「私たち家族のことを、くだらないって言いました?」


「え?」


”ヒュン”


何、

何の音……?


ふと、何かが崩れ落ちる音がした。

周りを見回そうとしたが、首が回らない。

あれ?


足に、力が、入らない。


「……え」

アソビの膝が両膝とも打ち抜かれていた。


痛みが無い、いや、そんなはず…‥、

ない、、、の、、に……

――――。


「おい!! 起きろッ!!!!」

サトルは両手でアソビをゆすった。


「この程度で、希望、ねえ?」

日和は、せせら笑いながら、意地の悪そうな視線を二人に向けていた。


「……銃声がしなかった、まだ誰か隠れてんのか?」


「いいえ、いませんよ。生憎、私のほかにはここに人員が回されていないんです」


「…‥っ!」

アソビを見る。

体が魂を抜かれたように脱力している。

元々白かった肌が、血の気を失っていく。

話しかけにも答えない。


「……変ですね、貴方は、私たちの生死だって『どうでもいい』って面倒くさがるような、そんな人でなしなのに。それなのに、今さっき出くわしたばかりの少女には気をかけるんですか?」


脈を診る。

……ほとんど、感じ取れないがわずかに拍動は感じる。



「今撃った銃弾は、『追憶』。厳密にいえば実弾とは違います。

実弾ではないので、音もしません。

その人の過去に語り掛け、心を奪い、最後には、魂を穿つ。

安心してください。今度は毒なんかじゃないですから。

私の能力は、人の心に干渉する能力でしかない。まあ、といっても、」

日和は銃をクルクルとまわしながら、


「精神が壊れることと、死ぬことは同義であるように感じますがね?」



優しく、少女を床に寝かせた。


「……お前、?」


「何を言っているのかわかりません、私は私です。」


「……殺傷能力を、殺人に使う家族を、俺は二人しか知らない」


「……」


「一人は、自分の能力に飲まれた幼馴染、二人目は、生きているのかどうかすらよく分からない奴」


「何を、」


「お前は、あの人の誓いを破るような女じゃなかった」


「!」


「お前は、日和じゃない。……気づいていないのか」


「気づくも気づかないもない! 私は、日和だ!!」


「……濁っているぞ、お前の瞳」


「うるさい!! 死にぞこないが!!」

3発の弾丸をサトルに打ち込んだ。


鮮血が

辺りを汚した。


「……!」


「どうして避けない…‥!」


「俺はいつ死んだっていい」


サトルは無造作に伸びた前髪をぐしゃ、と手でかき上げながら、

「俺は、今この場で、お前に殺されても文句は言わない。」


「腐りきった人生観ですね……!!!!!」

侮蔑を精一杯込めた瞳が、サトルを見下ろす。


「じゃあ、もう死んでしまえ!!!!!」


新たに銃弾が、1っ発。

サトルの脳天をめがけて放たれた。


「……ッ」


向かってきた弾丸を当然のように手で掴んでいる男を見て、日和は下唇をかんだ。

「嘘つきが……!」

「……そう言えば、お前は人殺しには向いていなかったよな」

サトルは、掴んだ銃弾を変形するぐらいに握りしめて、


それを、

思いっきり、

日和の顔面に、

投げつけた。


「が……!」

鼻から血を流しながら、日和はふつふつと湧き上がる怒りを、

少しも隠そうとせずにサトルを見た。


「……たとえ、あなたでも、今の私には勝てませんよ、

……元、殺人適正試験次席さん」

熱のこもった声を発して、日和は男に語り掛ける。


その声に反応せず、サトルは既に、日和の眼前まで飛んでいた。

今にも日和を殴ろうとしている矢先。


日和の指がわずかに揺れ動いた。


「『追憶』」

周りのコンクリートが生物みたいに形をかえ、

サトルをつかみ取った。


「過去を憂え! 臆せず向かえ! 全ては私の意のままに!」


「!!」


「『追憶』……再現ばーじょん!」


容姿相応に、日和は無垢に笑った。


辺りの風、草木、コンクリートをベースに、何かが作られていた。


「形成……”ドレイク・ドール”ッ!!」


数秒後、

サトルの眼前にいたのは、

『鬼』の、笑みだった。

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