第13話リメンバー

 目を瞑り、自分の放った弾丸の軌道を瞼の裏に思い描く。

「→→→→→→直前のビルを、迂回↑↑↑↑↑――」

カオス理論ほどに複雑な数式を、リアルタイムで彼女は計算している。

しかも暗算で。

 

「単調に上昇、空中三秒間停止してすぐに降下、その後周回軌道」

二段の銃弾が、音も立てずに逆の方向にぐるぐると回る速度を上げながら、

目標まで飛んでいく。


彼女の指がタクトのように、宙を舞う。


「ここにいる意味だとか、貴方が生きる意味だとか。」

少しだけ暗い眼を浮かべて、目を瞑ったまま、彼女は呟く。


「そんなものはどうでもいいんですよ。『スマイル』……いえ、

饗場もてなし あそびさん」


多次元の曲線を描きながら、銃弾がアソビ達の頭上に到達した。


「さあ、舞え。……人殺しの、」


指が侮蔑を抱いているかのように歪み、

下に向いた。


ひとがたよ」


♦♦♦♦


アソビの左手が、と動く。

「ッ!」

反射的に、隣のサトルの腕を押して、後ろを振り返る。

銃弾が近づいていた。


「『 』」

頭の中のねじを自我を失わない範囲で、いくつか外す感覚。

自然と口角が上がった。

ナイフを取り出すと同時に、後ろに飛び引く。

自分の方に向かってくる銃弾を視認して、距離を測る。

1……2……3。

ナイフで半径の弧を描くように、銃弾の一つを叩き落とした。


だが、

バキュン、

と、後ろで音がしたかと思うと、

「が、ああッ!!」

右肩に鋭い痛みが走った。


撃たれた!


「……!!」

来ている服が背中から赤く染まる。


困惑するサトルは、今の光景を見て思い当たる節があったのかボソッと何かを呟いた。


「……やっぱり、なのか」



その言葉も聞こえないほど痛烈な痛みを感じる。

痛い痛い痛い痛い。

銃で撃たれると、痛い。


「この能力、日和の……」

少女が苦しむ姿に、顔色一つ変えず、サトルは考える。


「あいつが、こいつを狙ってるだと……?」

あいつがに銃を撃ったのか?


「意味が、分からねえ……」

サトルはアソビを両手で抱えて、はあ、とため息をつく。


痛がる少女を抱きかかえて、辺りを冷静に見回す。

この威力。

「加速の度合いから考えて、大して離れてはいないか」

「あの……サトル、さん?」

「何だ?」

冷や汗を浮かべて、アソビは、サトルに問いかける。

「右手が、動きません」

見ると、彼女の右肩が痙攣していた。


「……!」


見ると、銃弾の傷口が紫に染まっていた。

単なるうっ血ではない。


苦虫をかみつぶしたような気分になる。

「……毒だ」


彼の周りを包む雰囲気が変わる。

びく、とするほどの殺気。


「……あの? サトルさん?」


もしかして、

怒ってくれてる?

いや、ありえないかな。


「……いくぞ」

「え」


言うと、サトルの足元が酷く歪む。

瞬間。

景色が急に当たりの建造物よりも高い位置に来た。

……、

高い、位置?


「……嘘でしょ?」

チラ、と見えたコンクリートの道が、渦を巻いたようにねじ曲がっていた。

何あれ?

まるで、……?

っていうか、


「あれサトルさんの能力!!?」

思わず少女は叫んだ。


「……」

サトルは、無言。


下に落ちないようにサトルにしがみつくアソビは、思い出す。

ずっと忘れていた。

この人は、の、知り合いなんだった。

普通なわけが無かった。

自然に頬が緩む。


「……アハハハハハ!! お兄さん面白い面白いっ!!」

「……ふん」

その反応に半ば呆れながら、サトルは、再確認する。


自分の殺傷能力が、元に戻っていたことを。

記憶を、取り戻していたことを。


スタ、とビルの屋上に降り立った。

「……まあ、今はどうでもいい。」


遠くに、一つの人影が見える。


相変わらずの、無表情な女が、落ちることも厭わずにフェンスに腰を掛けている。

こちらを驚いた眼で見ていた。


「……?」

それは恐らく、彼女にとっては本当に珍しいことであった。


「なんで死んでないんですか?」

きっとそこまで感情が揺り動かされるのは、


その表情にかすかな好奇心を浮かべながら、片手に持った銃口を向け、

その女―日和は、話しかける。


そのきれいな夜空を映したような、紺色の目には若干の親しみが含まれていた。

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