第11話イノセント・クライ

 ねえ、お母さん。今度はどこへ行くの?


今回は、ちょっと帰ってこれるかわかんない。

……また?

ごめんね、アソビ。でも、私が行かなくちゃダメなの。

……なんで、お母さんじゃないとだめなの?

……私が行かないと、死んじゃう人がいるかもしれないの。

……それって、誰?

……私の、恩人なの。

……。帰って、くるよね?

……うん、出来たらね。……遊。

何?

貴方は、一人じゃないからね。絶対に大丈夫だから。

……。

私は、一人だよ。

私に、味方なんていたことないもの。


……違う。

違うわ。だって。

だって、見守ってくれてるから。

……。

貴方は、

貴方はきっと―――


♦♢♦♢


アソビとサトルは一緒に、自分がいる場所を散策していた。

「妙だな」

「何がですか、サトルさん」

「ここら一体、どこにも、人が歩いた痕跡がない。……それに」

隔離棟の中で聞こえ、身に感じ取ったあの振動は一体……?


「ん~、普通の町? みたいな感じですね?」

ナイフをクルクルと投げて遊びながら、アソビが興味なさそうに呟く。

周りには見るからに安全を描いたような場所。


「けど、それならそれで不思議ですね?」

「何がだ?」

「殺人鬼を集めるための施設なのに、これじゃあ、まるで私たちをみたいな気がするんですが……」

「……人の気配がしねえんだから、ここにも何か仕組まれてるって考えんのが普通だろ」

「あー、そうでしょうけど。うーん? でも……」

「どうした?」

うんうん悩んでアソビは、

「変な感じがするんですよ。まるで、あの建物だけじゃなくて、この街も。

第一。私たちが出れたってことは他の殺人鬼だって……」

殺人鬼。そう、今ここで『死神』と出くわしてしまったら、逃げられはするかもしれないが、最悪死んでしまうかもしれない。


 一度振り返って、自分が出た場所、含め建造物を見る。

「これだけみりゃあ、ただの病院にしか見えねえが」

「町中歩いても、人一人いない。……家はあるのに。」

「……変だな」

街のカタチだけを模した、ただそれだけでしかないような、人形のような世界。

 まるで、誰かの心の中みたいな、世界。


「馬鹿な光景ね」

「馬鹿な光景? そんな日本語ねえぞ?」

 アソビは首をやれやれと振って、

「……どうでもいいことに突っかかってくるのどうにかしたほうがいいですよ?

じゃないと人から嫌われちゃうので」

「……俺が他人を気にする必要あるのか」

「ええ、人殺しでも人間ですから。」

ジト目で隣の男を見る少女は、年相応にしか見えない。


「人間。」

それきり、二人はぴしゃりと話すのをやめた。


 心の中でサトルは自分の右隣にいる少女のことを考える。

こいつからは、会った時から「血の匂い」が強烈に匂ってはいた。

少なくとも、これまであったことのある殺人鬼の中でもとりわけ、


 こいつには殺意そのものがないのだ。

不思議で仕方がない。サトルは思う。

絶望世代が、台頭してきたのは、今から30年ほどは前のことだ。

その頃は、まだサトル自身もただの子供であったが、

それでも、この世界にまだこんな奴がいるってことが信じられない。


「なあ、アソビ。お前、あの事件を知っているか?」

少し探ってみるか。

「事件? どれですか? たくさん知りすぎて、判断つきません。」

「……事件と言ったら、あれしかねえじゃねえか。」

「あれ?」

「……お前本当にどこで生きてきたんだ?」

「……私の境遇なんて知ってもいいことないですよん」

アソビが唇を尖らせて少しだけおどける。

 サトルは半ばあきらめたように、口を開く。


「……『イノセント・クライ』」

「……何ですか? それ」

「本当に、知らねえのか?」

「知らない。」


この声。嘘はない、か。

「今から数十年前、一人の女に、この世界で初めて、俺たちの持っている、

『殺傷能力』が発現した。」


そいつは、酷く優しい、善良な女だったそうだ。

他人からも信頼され、人間としての魅力にあふれていた。

平穏な日々、平和な日常。


だが、一体何が間違ったか。

その女が17の時、彼女は、を起こした。

場所は、日本の首都、スクランブル交差点。


制服を着た少女が一人。多くの人間が行きかう道路の真ん中に突っ立っていた。


何故か、彼女は涙を流していた。

周りの人は、彼女に声を何も書けない。

いや、


何故なら、彼女の存在そのものを認識することのできる人間がその場にはいなかったからである。

賢明な判断であっただろう。だって、

彼女が触れようとするだけで、人間は死んだ。

声をかけようとすれば、人は呼吸ができなくなり。

瞳を合わせれば、視力を失い。


ふと、敵意を持ってしまえば最後。

周囲にいる人間すべて、跡形も残らないほど粉々に崩れ去っていった。

意思が彼女を支配し、能力が彼女を蝕んでいた。


それで、彼女は、「自分を隠す」ことに決めた。

彼女自身、膨大なエネルギーをうちに持っていたから、

様々な形でそれを変形することができたのだ。


誰も傷つけないように。誰も死なせないように。

彼女は自分ひとりで死ぬつもりだった。


だが、現実はどうであろうか。

簡単な話である。


彼女はただ、怖くて、死ねなかった。

死にたくなかった。


また友達と笑い合いたかった。

また家族と一緒にご飯が食べたかった。

また、普通に戻りたかった。

まだ、生きていたかった。


だから、泣いていた。

だが、決して動きはしない。

何故か。


だって、彼女はもう……

家族も、友人も、学校の先生も、何もかも。


殺してしまっていたのである。

彼女の能力は、彼女自身の制御下に置くことはできず、

むしろ、能力そのものが、彼女を操っていた。


彼女の心は、絶望一色に染まり、触れたら壊れるまで追い詰められていた。


滂沱と流れる多様な不満、悲しみが頭を流れていく。

どうして自分がこんな目に合わないといけないのか。

私が一体何をしたというのか。


考えているうちに、バタ、と音がした。

「?」



彼女の周りで、人が倒れ始めていた。


「……え?」

能力は、抑えているはずなのに?

まさか。

自分の右手を恐る恐る見る。


     あ。


「あ、、、、あああああああああ!!!!!」

それは、もう人の手ではなかった。

左手も、同じ。左足、右足も、胴体も、頭も。


彼女は、いつの間にか、人ならざる者になってしまっていた。

彼女が何をせずとも、

彼女の運命が、彼女を動かしていたのだ。

頬を流れる涙が、いつの間にか、赤く染まりだし、


彼女の瞳は、文字通り、血涙を流し始めた。


周囲の人々も、彼女を視認し始める。

強く、騒ぎ立てる。

いつの間にか、

誰も、傍にはいなくなっていた。


「そん、な……」

彼女は、死にそうな顔をして、呟く。

血の涙が、地面にぼたぼたと落ちる。

「悔しい、、なあ……」

彼女は能力の制限が利かなくなっていく自らの体を、縮こませるように丸まった。

「もっと、もっと、やりたいこと、たくさんあったのになあ……!」


誰も、話しかけてくれない。誰も、私の味方でいてくれない。


「このまま、心まで飲み込まれるくらいなら……!」

自信の禍々しい腕を鋭く突き立て、胸に向ける。


「ごめん、なさい。……私、なんかが生まれてしまって」


悔しいほど、弱弱しかったはずの自分なのに。

人を傷つけてしまうというのなら。


「……『叫び』」


能力を自分に向けて使った。

 禍々しい両手が、黒い光を発す。


強く強く、胸に刃を突き立てた。


瞬間。


地面が、大気が揺れた。


”ゴガガガガがっががががっガガガガガガがガガガがッ!!!!”


自信の能力とともに、

許容限界を超えるほどのエネルギーを放出した。


光とともに、辺りのものが空間ごとかき回される。



『この世界に、いつか、私のような人が現れませんように。』


そう祈って、


その女は、

死んでいった。


その願いも、神様には聞き届けられないと知らずに。

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