第10話キミは一体「誰」なの?

 ×××は、私に言いました。笑ってそいつは私に、言いました。


「アソビちゃん、キミってやつは僕よりもひょっとすると劣っているのかもしれないね? いやいや、嬉しい限りだ。僕よりも劣っている存在がいるなんてこと考えたこと一度もないし、僕としても、僕自身のことをこれ以上貶める必要がなくなるからね、だってさ、キミって存在がいるってそれだけのことで、僕は、僕はね、

生きる意味ってやつを、自分の存在ってやつを確認することができるんだから。素晴らしいことだと思うだろ? ああ! 本当にキミと出会えてよかったなあ!」


×××は、本当によく話す人でした。

彼曰く、アソビという女の子の存在は、ありえないものだったそうです。

だって、彼は、劣等感の塊だったから。


彼と、アソビは学校の同級生でしたが、アソビの知る限り、

アソビは、彼が普通以下、いえ、

むしろ、馬鹿にする対象、ぐらいに考えていたほど能力のない人物だったからです。



 誰一人、この世界中で、彼を殺すことのできる存在はいません。

彼は不死身ではありません。けれど、寿命はありません。

彼は無敵ではありません。けれど、何故か負けることを知りません。

彼は頭がよくありません。けれど、誰も彼の考えを読めません。


 誰も彼のことを支配することができません。何故なら、

彼は、人間でもなく。

彼は、化け物でしかなく。

ただの人の姿をしておきながら、誰とも心を交わすことができません。

どれだけの優しさに触れたとしても、

どれだけの熱意に、感動に値する出来事に出会ったとしても、


彼の頭の中は、決して変わることはないのです……。


「だから、ね、アソビちゃん?」

×××は、血まみれの恰好で、平然とした顔をアソビに対して向けていました。

アソビはアソビで、自我を失っていたので、×××の言葉は、耳に入りません。

それでも、×××は笑顔を崩さず、続けます。


「ここは学校で、皆が切磋琢磨して勉学に励む場所だ。君ってやつは、

どうしてそんな場所で、ナイフなんてものを振り回してるんだい?」


 辺り一帯は、アソビがやったのか、

数々の学友たちの死体が転がっていました。

きっと彼らは何も悪いことはしていないでしょうに、無残なことです。

クラスの窓ガラスは木っ端みじんに粉砕されており、縁も曲がってしまっているので、もう修復は無理そうです。


破壊された教室には、いえ、

には、アソビと×××しか生き残っていませんでした。

×××の腹部も、どうやらアソビのナイフで貫かれているようでしたが、

何故か、彼自身痛みを感じないようでした。


「殺戮衝動ってやつかな? よくは知らないけれど。」


アソビは狂ったような笑顔をさらに邪悪に歪めて、

×××に飛びかかりました。


×××は少しだけ微笑んで、

「僕を殺すつもりかい? できるかな、キミに……」

彼は一歩も動かないまま、アソビに切り裂かれ続けました。


叫び声一つ、あげません。

血が流れます。けど、表情だけは揺らぎません。


×××は無駄なことをし続けている彼女を辟易としたように眺めます。

「……ねえ? アソビちゃん」


アソビは、はっ、と後ろを振り返りました。

いつの間にか、×××はアソビの背後の黒板の縁に腰かけてこっちを見ていました。


「なあ、少し世間話でもしようよ。論題は、そうだなあ……そうだ!

『世間の正しさ』とかでどうだい?」

ケラケラと笑うように、彼は彼女に語り掛け始めます。


「……この世間ってやつは、ひどくマイナスイメージばかり植え付けられているけれどさ、僕は、そんなに悪いもんじゃないと思うんだ。」


飛んでくるナイフを自然に避けて、話を続ける。


「世間は弱者に厳しい、世間は馬鹿に厳しい、世間は心が弱い奴に厳しい!

アハ、当たり前のことじゃないか。そう思わないかい? 弱者が強い奴に勝てるわけなんかない、認められるわけなんかない。……


ギリ、、と歯ぎしりした音が響き、アソビは、

何も持たず、彼に殴りかかる。


「馬鹿だね」


当然、当たらず、それどころか腹を思いっきり蹴られて前の黒板まで体を飛ばされた。


「が、、!」

背中から黒板に衝突する。

肺から空気が出たせいで、うまく呼吸ができなくなった。


「そんな顔したって無駄だ。君が一体何人殺したところで、キミの苦しみは消えない。君は自由になれない、おかしいね? キミは誰からも束縛されていないのに。」

×××は、自分の腕に着けた、壊れた腕時計を触る。


「弱い奴が、甘ったれることを肯定することに対する暗黙の中での強要。

……わかるかい、アソビちゃん? 君がやっているのは、ただの『強要』なんだよ。……自分のそういう弱さ、不安定さを、他人に押し付けているのさ。」


飄々とアソビの近くによって、顔を覗き込む。

「ねえ、分かるだろ? ……ねえ? は楽しい?」


「……!」


「おや、おやおや? ちょっとばかり感情が見えてきたな? いや心なんて読めないんだけどね?」

一拍おいて、×××は言いました。


「ねえ。君の中には、誰がいるの? 僕はね、キミの中の奴と話がしたいんだ。」


×××の掌が、彼女の首を絞める。

「……!!!」

「早く、出てこい。じゃないと、こいつを殺す……!」


息ができない。

手足をばたばたしようとしたが、無駄だった。


だんだん、彼女の意識が薄れていく。

消えていく。


「ん? あれ? おいおい、ちょっと待ってよ、たったこのぐらいで死ん、、」


轟音が轟いた。


「!!?」

×××は、一瞬何が起こったか分からないというように、

宙を舞いながら、考えた。

何が起こった?


視線の先には、

こちらを無表情で眺めるアソビの姿があった。


地面に着地した×××は、思いっきり笑って、


「会えてうれしいよ」

「……悪いけど、私は貴女と遊ぶつもりなんか無いの」

「何言っているの? これからじゃない。僕はね、キミみたいなのに出会いたかったんだよ」


「気持ち悪いのよ、、貴方と話してると。」

悪戯あそびは、辟易として×××に言う。


「だろうね、知ってた。」

×××はけろっとそう答えた。


「どっちがオリジナルなのかな? アソビちゃんか、それとも君か」

「……私にも、分からないよ。私は、ただ。この子の助けになりたいだけなんだもの」


悪戯は、下に転がっていたナイフを弄びながら、

「私は、この子が強くなるまで、待つしかできない。」


「そう、大変だね。……いいよ、逃げな? 今ここで全部見るのは忍びないと思ってきた。……キミの相手をするには、少しばかり早すぎたようだ。」


「……助かる、、わ……!?」

後ろから、何か打たれた。


「貴方、、、何を!!」


「少しばかりね、このままじゃ、キミは死刑になるだろうから。

……別の場所に行ってもらうよ?」


まだ、キミの本質は、隠れていそうだからね――


その言葉を最後に、


アソビは、あとから来た組織の隊員から、

殺人鬼のいる建物へと、つれていかれることになるのだった。

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