第9話殺人鬼でしかない者たちへ捧ぐ
「……う、、ん」
目が覚めると、気を失う前までと同じ天井が見えた。
ただ、周りはやけに薄暗い。
色々な装飾が施されていたはずの巨大な部屋は、何があったのか、
どこか焦げたような跡が目立つ。
くん、と鼻で息を吸うと、焼却炉のような刺激臭がした。
「焦げ臭い……」
長い夢を見ていた気がする。
まるで、私がこの体を誰かに奪われていたような、ぼんやりとした感覚。
夢の中で、誰かと会っていたような気もするのだけれど、もう思い出せない。
こんなことは、昔からよくあった。
自分の意思とは別に、動く奇妙なものが、自分の中にいるみたいな。
時々、そいつは顔を出してきて、私を乗っ取るんだ。
そのたび、何故だか分からないけれど。
寂しいような、悲しいような、懐かしいような気持ちが巻き起こる。
その感情に背中を押されるように、
ある瞬間から、私は私ではなくなるような感覚に包まれ、そして気づくと、
事実、私は私の意思とは無関係に何かをしてしまっているのだ。
そんなことは昔から何度か経験がある。
目を覚まして、こんな風に意味不明な状況下に置かれているなどということは、
私にとっては全然不思議ではないことだった。
そう、
以前までの私は、そう思っていたのだ。
「……あれ?」
眠りから覚めてから、自分がいる場所に違和感を覚えた。
豪奢な部屋はどこへ行ったのか、何故か全体的に焦げている。
焦げている?
「ん?」
なんで?
確か、私は、あの化け物にやられたんじゃなかったか……。
ズキ、と左腕が痛む。
「……?」
ぼんやりとした脳をそれなりに動かしながら、不思議に思う。
左手には、ジャックナイフが握られていて、少しばかり火傷が目立つ。
何故か、その刃の部分だけが燃えていたのか、所々焼けて溶けたかのような跡が残り、全体的に黒く染まってしまっている。
私は、、右利きなのに……?
不思議だ。
これまでも、私がおかしくなった時でさえ、ナイフを持つ手は変わらなかったというのに。
「……まあ、いいか」
気にするほどのことでもない。
起き上がってから周りを見渡すと、あたりは薄暗くぼんやりとしか見えない。
だが、部屋の後方でサトルが倒れているのがギリギリ視認できた。
「お兄さんッ!!」
アソビは足をばたつかせて、サトルのすぐそばまで近づいた。
「お兄さん!! 起きてください! お兄さんってば!」
体を揺らして、そう懸命に問いかけるが、サトルは目覚めない。
胸に手を当てて、心臓が動いているかを確認する。
「……よかった。普通に動いてる。」
男の無事を確認して、アソビは胸をなでおろした。
どうやら気を失っているだけのようだ。
良かった。
「……どうしよう」
アソビは今の状況を考える。
このまま連れて行っても、また『死神』のような能力者が現れても面倒だ。
かといって、自分ひとりで大丈夫かと言われれば不安が残る。
私では、彼女のような上位の能力者には勝てない。
無力だ。
私はただ、笑うことで少しばかりの戦闘能力を得られるだけ。
本当に、それだけのことしかできない。
また見逃してくれるとも限らない。
そんな風に、アソビはアソビなりに現状の打開策を考えていたのだが、
現実とは非常なもので、簡単には休ませてはくれないらしい。
まあ、もっとも。
物語は先に進むようだったが。
”ギャリギャリギャリギャリギャリギャリギャリッッ!!!!!!”
「また……!」
大きな地震。
自分がいる場所すら危うくなるほどの振動が続く。
……。
「過ぎた、のかな」
一体何なんだ、この揺れ方……?
地震と表現したけれど、なんだか、もっと別のもののような気が……
”ドカンッ!!”
「うわ!?」
衝撃音。
自分がいる建物に何かがぶつかったみたいな音がした。
……危ない、か。ここにとどまらないほうがいい。
ふと、風が吹き込んでいることに気が付いた。
「外……?」
それなら、
「ここにいてもしょうがないか……」
向かってみるか。
そう考えるとすぐにアソビは、サトルを背中に背負った。
そのまま巨大な部屋の奥へと足を進める。
自分よりも体の大きなサトルを抱えるのは少女であるアソビにはきつかった。
一歩、一歩、着実に進む。
足元をちゃんと確認しながら、歩く。
奥の扉を片手で懸命に押す。
ひしひしと、腕が痛くなるほどに体重を乗せて少しずつ扉を開ける。
「なん、、で! 私、、こん、、なこと、、! してるんだろ!?」
アソビは自分の置かれた状況に対して不平を漏らしながら力を込める。
ギギギギギギ、、と扉が開いていく。
すると、
何か明るいものが隙間からこぼれだし、彼女の顔を照らした。
「……うわ!」
扉の外は、これまで見たこともないくらい綺麗な夕日が照らす光に包まれていた。
経った今さっきまで命のやり取りをしていたことなど忘れてしまうほどに、
彼女の見る夕陽は美しかった。
「きれいだあ」
アソビが少女らしく、可愛げのある感嘆をこぼした。
すごくうれしそうに。
ぴく、とサトルの耳が動いた。
かすかにその瞳が開き、同じ光景をその中に映した。
「嫌な、夕日だ」
「サトルさん!? 起きたんですか、よかった!」
サトルは担がれていた肩を離れ、自分で起き上がった。
「嫌な、はないでしょう? こんなにきれいなのに」
「……昔、は、こんなんじゃなかったんだよ」
「昔?」
「……前、は、、もっと、きれいだったんだ」
「……へえ?」
ふと彼の方を見ると、何でかは分からないが、
すごく寂しそうに見えた。
一体、
ちょっとだけそれが、気になった。
「ん?」
何かが気になるのだけれども、その何かが分からない。
何か、教えてもらっていないことを、知っているような……?
「どうした?」
「え……? いえ、なんでも」
「?」
まだまだ、分からないことばかりだ。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
まだ誰とも知れない者たちの会話が響く。
「どうだった? 『スマイル』は」
「……やはり、思った通りでした。絶望世代唯一の望みになるかと」
「……『望み』ねえ? 果たして、それが絶望になるか、希望になるかはこれから次第だとは思うが…‥。」
「振れ幅がマイナスになるか、プラスになるかでものを考えてはいけませんよ。
問題は、未来があるか、ないか、です。」
ふむ、と考える組織の男は自らの獣のような手を顎に当てて、
「俺には、まるで、あの
モニターを睨む男は、頭をがしがしとかきながら、
「それじゃあ、行ってくるわ」
「はい……お気をつけて。」
おう、と背中越しに手を振った男は、夕焼けの空を眺めつつ思う。
汚い夕日だ。
「待ってな……すぐ見つけてやるから。……
その声は虚空へと消えていった。
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