第8話悪戯

「あらら、寝てしまったんですか?」

饗場もてなし 悪戯あそびは、気絶した微睡サトルをケラケラと笑いながら眺めていた。


耳を澄ますと、風の音が聞こえてくる。

どうやら、彼の言っていたことは本当だったようだ。

この部屋から先が、この施設の出口……。


「う~~ん、久々! 私やっぱりの方が好きね。」

悪戯あそびは軽く背伸びをして肺一杯に息を吸い込んだ。


「あの子ったら、なかなか出してくれないんだもの……まあ、私の体じゃないから仕方ないけど」


不自然なほど、不思議なほどに、強そうに笑う彼女は、まるですべてを悟っているかのように笑う。


「まあでも、助けがいるときぐらいは、助けてあげるよ。あなたはまだ私がいないとだめだもんね? あそび。」


に握った大ぶりなジャックナイフをクルクルとまわして付着した汚い血をあたりに振りまく。

そのまま、一人で外へ出ようとしていた時のこと。


「ん?」

足元から何かが動くような音がした。

気になって見ると、


「おやおや……、これは驚いた。」


アソビがバラバラに切り裂いたドレイクの肉片が、

一か所に集まろうとしていた。

既に、半分近くは出来上がっている、未完成なドレイクの体が彼女の眼前に確認された。


「ほんっとうに気持ちが悪いですね……、あの子が嫌いそうな典型だわ」

悪戯あそびは静かに嘆息して、それを見る。

まるで一つ一つの肉片が一つの意思を持った生き物のように蠢く。


「フウン……? 不思議。ほかの人の心が聞こえる……」


『苦しい、苦しい苦しい苦しい助けてくれ、殺さないでくれ、やめてくれ、、

まだ死にたくない、、、殺さないで。やめて!』


「……なるほど? 魂を食べる化け物、といったところですか」


いくつもの断末魔が彼女の耳に響いている。

数百、数千じゃ聞かない人数。


他人から奪った魂が消えてなくなるまでは、この怪物は、死なない、と。


「馬鹿馬鹿しい。」

左手に握ったナイフを握りしめる。

まさか、この私に、、

『こんな怪物を殺さないでくれ』なんて言うつもり?


「無理に決まってる……たかが怪物の分際で文句を垂れるな」


口元は笑ったまま、悪戯あそびは、その瞳を殺人鬼のそれと同じように鋭く歪める。


「お前たちは死んだんだ。受け入れろ。お前たちは生き返らないんだから」

そう。

かつて私が死んでしまったように。

お前たちも死んだんだ。


「幻想を抱くな。……私は、化け物だ」

たとえお前たちの声が聞こえても、

他人の心が聞こえても、

私は、人間じゃない。

お前たちは助けない。


徐々に集まりだしているドレイクの残骸に向けて、ナイフを振り上げる。


「私のために死になさい」


情けは人のためならず、

巡り巡って己が為……。


顔が作られ、口が動く。

「莫迦、、め、、、、たかがそれぐらいで、、、、俺は…‥‥!!」


左手に握ったナイフを自分の顔の前に立て、

左手を切る。

たらり、と流れる血にナイフを乗せて。


「『祈り』」

そう呟くと、途端、彼女の持つナイフが赤く染まり、

燃えだした。


「!!」

化け物の成りそこないは、恐怖をその表情に浮かべる。


燃え盛る炎は、時々黄色い光を煌煌ときらめかせながら、

悪戯の左腕の周りを包み込む。

「あの子ほど、私は優しくないから、覚悟してね?」

ニコッと笑い、少女は、怪物に飛び込む。


「クソガキがあああああああああああ!!!!!!」

『鬼』の大きな手が彼女の頬をかすめ、

通り過ぎざまに、その腕さえも焼け切れる。


絶望に染まった怪物の顔を残酷に眺めながら、

くるりと回って、その体を、


縦に切り裂いた。


 正面から縦に、生き物のような炎が『鬼』の体を広がっていった。


「ガあアアがガガガがああああああああッっ!!!」

巨大な体が炎とともに燃えていく。

ドレイクの指が悪戯あそびに伸びる。


セミロングの黒髪の先に触れようかというところで、

「ごめんね」

一瞬だけ、申し訳なさそうに悲しそうに、

彼女の顔がゆがんで見えて、


「おやすみなさい」

その声とともに、


怪物は涙を流すように、


不思議な感情に包まれた。

どうして、俺に向かって、そんなことを言えるのかと。

燃えていく自らの意識の中で、ほんの少しだけ、

化け物は彼女の表情の意味を探る。


……ああ、そうか。

こいつは、、俺の、、、、

「ここ、、ろ、を……」


こいつは、《俺の心を感じ取ったんだ》。

いやひょっとしたら、


記憶さえ、見えているのではないだろうか?

この炎は、まさか……?


「……きょう、かん……せいの」

燃え上がる自分の目の前には、きれいな黒髪を風になびかせながら、

所々溶けたナイフをこちらに向けている一人の少女。


「……償いなさい、道を踏み外した人の子よ。」


崩れ去る自意識の中で、ドレイクは思った。

 「な、魂……だ……」


それを最後の言葉にして、

ドレイクの体は消え去った。


 空気に舞う炭をその身に浴びながら、

 悪戯は呟く。


「……私は、汚いよ」

 

同時に、ドレイクの体に取り込まれていたたくさんの魂が、

色々な色の光となってあたりへ散っていく。


悪戯あそびは下唇を軽く噛んで、

目を閉じた。


あとはあなたの自由にしなさい、わたしはまだそばにいるから。


そう思い残して、彼女という人格は眠りについた。



to be continued……

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