第7話裏切りには復讐を。

 おとぎ話に出てくるような、あからさまなほどの悪意。

 物語を動かすためだけに作られた、悪役でしかない悪役。


 そんな奴らを見るたびに、同じことを考える。


 そいつらはきっと、元々は善人でもあったのかもしれない、と。

ただ、だけで。

それ以外は、何らおかしいことなんて無いのかもしれないと。


 だが。

 俺はただ、期待したかっただけなのかもしれない。

 人間に。実際にはありえないほど、良い人間とやらに。

自分も知らぬ間に失ってしまった、『大切な思い出』とやらも、

いつか思い出して、まともに生きることができることなんかを、妄想していたんだろうか?


もっとも、今となっては何の意味もなさない願いではあるが、

それでも、本能が、心が、

『それ』だけは捨ててはいけない、と訴えている。


だから、これから送る日々とやらも、

きっと、お前からしてみると、ただの妄想なのかもしれない。――

♦♢♦♢


 この建物を出るためには、この豪奢な部屋を出なければいけない。

そして、この部屋に住まう怪物は、その脱出を試みたものすべてを捕食している。

食人自体は、サトル自身もやらないことはないのだが、能力のために喰らうそれと、ただの嗜好で人を喰らう怪物との間には大きな隔たりがある。

「約束通りつれてきたぞ……、ドレイク」


「ずいぶん遅かったじゃねえかあ? サトルゥ!??」

ドレイクは舌なめずりをしながら、アソビを眺める。

「まあまあ上出来だから許してやるけどよーケケケッ!!」

アソビは本能で脱兎のごとく駆け出した。

「――!!」全身の毛が逆立つのを感じる。

だが、

ゆうに10メートルを超そうかというその体躯からして、

アソビの動きを捉えることなど些末なことでしかなかった。


むんず、と掴まれる。

「はな、してぇ!!」

「ケケケ、どこから食べようかなあ……」

瞳に涙を浮かべながら、決死の表情でアソビは叫ぶ。

「お兄さんッ!!!! 助けてぇ!!」

そんなアソビの言葉に耳を傾けながら、サトルは思う。


こいつで、もう200人目だ。

俺が騙して、ドレイクに喰わせた人間の数。


必死になって叫ぶが、サトルには届いていないらしいと思ったのだろう。

アソビは、もう一度ここで「笑う」ことにしたようだ。

手の平には、大ぶりなジャックナイフが一本。

侮蔑を込めた瞳が涙を浮かべて、強くドレイクを睨む。


「離せッ!!!」


『死神』と対峙したときは違い、明らかな敵意を浮かべながら

ナイフを男の巨大な指に一閃。

血がまき散った。


だが、指は切り離せない。

「!!?」


切り傷が、目の前で塞がっていく。

困惑している少女を俯瞰して、『鬼』は凶悪な笑みを浮かべている。


「ほーう?? お前も絶望の世代の特徴を持ってんのかぁ?? ハハハ!!」


横目をサトルに向けて、

「上出来じゃねえかあ、サトル。能力者の喰らうのなんざ、何十年ぶりだ?」


サトルは冷めた目で『鬼』を見る。

「……」

「だんまりか?? 相変わらず気色の悪い男だよなお前もォ!」

腕の中で暴れる少女に、


余った片方の腕で軽く頭を小突いた。

脳が揺れる衝撃。


「――ぁ」

気を失ってしまったアソビは、作った笑いのまま、固まる。


「気持ちの悪い笑顔を作るものだな、ずいぶんまずそうだ」

『鬼』はせせら嗤う。


サトルは、冷や汗を浮かべてその光景を見ていた。


ずいぶんと、あっけないものだ。

あれだけ稀有なガキも、もう探せないだろうけれど。


「……なあ、ドレイク。そいつで、最後なんだよな?」

「んあ? 何のことだ??」

「とぼけるな……俺の、を返してくれるって約束だったじゃないか」


「きおく。ああ、なるほどそうだったな」


「200人目だ。……俺たちがここに閉じ込められてから、お前に喰わせ、殺した。」


『鬼』は、化け物然として、人殺しの男を一瞥して、

「約束だったなあ? 200人食わせてくれたら、お前から奪った記憶を差し出す、と。」


「そうだ。……俺は、お前を信じた。」


「そうだな、信じた。お前は俺を。」


しずかに目を伏せて、サトルは言った。

「……そいつを食う前に、教えろ。」

「あん? 何を」


自分が持っていた、ペンダントを取り出す。

アソビに指摘され、気が付いた。


「お前は、俺から何を奪ったんだ?」


「……」

ドレイクは黙り、そのペンダント内部の女性の写真を一瞥する。

「こりゃあ……おどろいた。まだ、お前はそんなものをもって」


「ふざけるなっ!!!」

こめかみに血管を浮かべて、サトルは激昂した。

巨大な部屋に、異常なほどの轟音がこだました。


「お前は!! 俺がずっと天涯孤独だったと! そう言っていたじゃないか!!」


ドレイクは、耳を掻きながら、

「……だったら、何だあ??」

「何だ、だと?」


「お前が、仮に、一人じゃなかったんだとして、それがなんだ?」

ギリ、と歯ぎしりする。

「大問題だ!! お前は俺に嘘をついた!!」

「うそ? そんなことお前だってよくやるだろお? それにさあ、」

ドレイクはアソビを握ったままの手を徐々に口元に近づけながら、


「もはやも使えない、それどころか人間としてのカタチも保てない、

お前みてーな出来損ないが! どうして俺に文句が言える!?」


ドレイクはその顔を醜悪に歪めながら、サトルに問いかける。


「……出来損ない、だと」

サトル自身の口から、煙が昇り始める。

かすかに、細く、そして黒く。


まるで、体から憎悪が漏れ出しているかのように。

「じゃ、あ、これ、は、、誰なんだ」

「知るか」

サトルは、片手をドレイクに向ける。

「止めろ、そいつを、つれてきた意味は、」

そいつを、殺さなきゃいけない意味は?

どこにもないのに。

どうして。

「うるせえ!! ちょっと黙ってろや!!」

ドレイクは、手にした金棒であたりを薙ぎ払った。

辺りに吹き荒れた衝撃に体を飛ばされる。

「ぐ!!」


口元に、少女の肉体が運ばれていく。

「やっとだあ、、やっと200人に届いた。これで、俺の能力は、開花する!!」

ドレイクは喜びをその笑みにたたえながら、アソビをあんぐりと明けた口の中に放り込んだ。


コマ送りのように。少女の体が、巨人の口に吸いこまれていく。

……嫌だ。

殺したくもない相手が、死ぬなんて、いやだ。


だけど、もう止められない。

一度やってしまったことは、取り返せない。

それが世の常。


いったい、これが何度目の失敗になるんだろう。

自分の利己を通すためだけに生きてきた。

その分、他人から報復だって受けてきた。


気づいたときにはにいて、

ドレイクに記憶を奪われていた。


「く、そ……」

額から血を流しながら、多くのしがらみにとらわれたサトルは、

心からの絶望を感じていた。


俺では、あいつを、助けてやれない。


サトルは静かな諦めとともに、その瞳を閉じる。


少しだけして、肉の避けるような音がした。


……。

……。

……?

誰の声も、しない?

誰も動いていない?


サトルが漠然とした疑問を感じている、その時だった。







巨大な部屋全体に、きれいな音が響いた。



「けひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッッ!!!!!」


狂ったような笑い声が聞こえてくる。

サトルはゆっくりと目を開く。



何だ?

誰の、、声……?


「『物語の本質は、登場人物の性質によって決まってしまう。』」

鈴のようなきれいな声が豪奢な部屋に響いた。


「!!」

目に飛び込んできた少女の顔は、

禍々しいわけでもなく、すがすがしいわけでもなく、


本当に、この世界ではありえないほど、

純粋な笑みだった。


「理想を抱くのも結構。時には妄想することも必要でしょう。けどねえ。」

饗場もてなし あそびは人間らしい表情をしている。


「あなたの思い描く未来に、化け物なんかいらないんですよお? 必要ない登場人物だって、物語なんかじゃない限り、そこらに転がる石ころみたいにあふれてるんですから、、ねえ?? サトルさぁん?」



あれ。俺、こいつに名前を教えたか?


そんな疑問を抱く前に、アソビの足元に転がるものに息を詰まらせた。


辺りには肉片が。

血しぶきが。

これでもかとひきさかれた四肢が。

散乱している。


「……ドレイク?」

思考が追いつかない。何が起こった?

いや、その前に。


「お前は、?」


サトルの言葉にニカっ、と笑って、さっきまで意識を失っていたはずの少女は答えた。


「私の名前は、饗場もてなし 悪戯あそび!! 人は私のことを、

『共感性の化け物』、そう呼んだ!!」


「……意味が、分からん」


「わかんなくてもいいんだよ!! 私は私で、貴方は貴方だ。他人のことなんかわかんなくてもいいんだから、ねえ?」


ぼんやりと映る少女の姿は、不思議と、

光って見えて、とても綺麗だった。


「なんだ、よ。それは……。」

そんな一言を発して、サトルは眠りについた。

彼の表情は不思議と、安心したような顔になっていた。 




TO BE CONTINUED……

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