第7話 快活少女と王子様?

「ふぁ~…んん…」


 何て爽やかな朝なんだ。こんな気持のいい朝は久しぶりかもしれない。

 …隣で一緒に寝てるやつがいなければ。


「なんでここで寝てるんだよ奈月なつき

「う~…ん…。あれ…兄さん起きたんだぁ」

「おはよう妹よ、とりあえず出てってくれない?」

「よいではないか~、よいではないか~…すぅ…」

「起きろ!」


 数日前、俺と妹が泊まり込みで急に働く事になった日から数日がたった。

 しかし、妹のこの「寝てる間に兄の布団に入る」という癖は直らなかった。頼むから妹よ、兄離れをしておくれ…。

 そんなこんなでいつも通り皆の朝食とお弁当やなんやらを作り。登校することとなった。…リムジンで。今更だけどリムジンで登校ってなんだよ。降りたときの皆からの視線が痛いよ。


「なあ…綾乃あやの、リムジンでの登校。やめない?」

「何を今更~、もう慣れたもんでしょ~?」


 この眠たそうな声の主は同じクラスの同級生で、今俺が働いてる屋敷の主、月野グループの代表取締役、月野仁つきのじんさんの一人娘である。

 一緒に登校してるせいであらぬ噂のようなものも出始めている。そりゃリムジンに二人で降りればそんな噂も出るよな、なんて半分諦めているが。

 


 教室に入り席に座ると隣の席の咲音凪さくねなぎがいた…のだが。どうやら酷く落ち込んでいるのか目をずっと伏せたまま動かない。

 …なんだ?いつもなら笑いながら話しかけてくれるのだが。…少し心配だな。


「おはよう、咲音…」

「ひっ…!な…なんだ、乙部君か…」


 驚いたように咲音が何やら手紙のようなものを机の中に隠す。

 あの手紙…なんだ?


「わ…悪い、急に声かけて。でもなんか落ち込んでるようだけど大丈夫か?」

「だ…大丈夫だよ!僕なら全然元気だから…!」

「そ…そうか…」


 有無を言わせず咲音が無理したように強がる。

 …これは相当やばいだろ。はたから見ても明らかに怯えている。

 本人は強がってるが寝れてないのかクマがくっきりと目の下にできていた。


「なぁ…なんか俺にできる事があったら遠慮なく言ってくれよ?」

「ありがと…優しいんだね」


 こんなことしか言えない自分が歯がゆい。しかし人のプライベートにあんまり踏み込むのはよくないしな…。

 咲音は授業中も先生の喋ってることには一切耳を貸さず。ずっと窓の外を見ていた。



 やっと帰りのホームルームが終わり、皆続々と帰っていく中、咲音だけは帰らず席にずっと座っていた。

 

「咲音?もう帰りのホームルーム終わったぞ?」

「そうだね…僕は…もう少し後でいいかな」


 …?なんで咲音は帰りたくないんだ…?

 朝から浮かない顔をしている…どことなく怯えていて、帰りたくない…か…。まさかとは思うが一応…万が一この考えが当たってるなら…危ないな。


「綾乃、今日は咲音と帰ってもいいか?」

「え?乙部君…本当に大丈夫だから…!」

「何々~乙部まさか咲音ちゃんのこと好きなの~?でも残念、乙部は仕事が…」

「頼む、綾乃」


 俺は綾乃に腰を九十度に折り、深く頼む。周りからの視線が刺さる。

 こんなもんで咲音の問題について関われるならいくらでも腰を折ってやる。


「…わかった。今日はお休みってことでいいよ乙部」

「本当か⁉ありがとな!綾乃!」

「ただ~し、明日はちゃんと働くことと…」

「と?」

「ケガは…しないで」

「…そりゃ保障しかねるな」


 なるべく暴力は避けたいが…最悪そういう場合になることもある。だから…保障なんて…できない。できると言い切れない。


「乙部君…どういうつもり…?」

「さあ、いいから荷物持って帰ろうぜ」

「でも…」

「大丈夫だから…な」

「…!わかった」


 こうして咲音と一緒に帰ることになり。少し歩いて咲音が口を開いた。


「…乙部君。もしかして僕の今起こってる問題について知ってる…?」

「推測だけどな。間違ってたら恥ずかしいけど…」


 今日一日、咲音の様子を見ての推測。間違いならそれでいいのだが…。


「もしかして…ストーカー…か?」

「…」

「当たり…ってことか」


 俺の推測がものの見事に当たった。俺が考えた推測は言ったとおり、ストーカーだ。

 怯え、急に隠した手紙、帰りたくないという気持ち…その他諸々もことを合わせた推測だが。


「いつからだ?」

「…一昨日くらいかな、急に手紙がきて、なんか一気に外の世界が怖く感じて…それで…それで…」


 そこからは咲音の言葉が止まらなかった。次々と吐き出される言葉一つ一つに俺は頷き、「大丈夫」という言葉をかけていく。

 泣きながら言葉を吐き、しばらくたつと落ち着いたように涙も引き。呼吸もゆっくりとしたものになっていく。


「ありがと…乙部君」

「こんなんでよければいつでも」

「…もう。でももう大丈夫!ストーカーなんてどうせ悪戯だろうし!」


 といって咲音は勢いよく踏切を渡っていく。ストーカーなんて悪戯なんて言ってるがそう断定するにはまだ早すぎる。


「おい!悪戯かなんてまだわからないだろ!」

「本当に大丈夫!また明日ね!乙部君!」

「おい待てよ!さく…」


 そんな俺の言葉は踏切を通る列車で遮られ、列車が通り終わった先にはもう咲音の姿はなかった。



「もう…乙部君は…。ギザすぎるよ…」


 乙部君と別れ、ゆっくりと帰っている。乙部君に声をかけてもらったせいか、なんだか怖い感覚はなくなっていた。

 むしろちょっとだけ顔が赤い。こんな姿は家族にでも見せられないだろう。

 

 そんな事を考えていると後ろから微かに足音が聞こえてきた。足の速度や歩くテンポが僕となんだか合わせてる気が…。


「まさか…ね」


 しかし後ろの人の気配と足音はずっとついてきていた。

 流石に不安になり後ろを振り向く。


 するとすぐ後ろには背が高く、太っている中年が立っていた。


「ひっ…だ…だれっ…」

「はあ…はあ…き…君が…凪ちゃん…だよね…?」


 なんで僕の名前を?というか誰?一体何されるの?

 呼吸が荒くなり、手足が震える。


「に…逃げ…逃げなきゃ…っあ」


 逃げようとして走り出そうとした…のだが足がうまく動かず、その場にへたり込んでしまった。


「に…逃げるなんてひ…酷いじゃないか…」


 徐々に男が距離を詰めてくる。

 誰かっ…誰かっ…。


「いやぁ…いやぁ…」


 涙が落ちる。この先なにをされるかわからない恐怖が体を巡り、手足の震えも大きくなる。

 誰かっ…誰でもいいからっ…助けてっ!

 そう願ったとき、横から一人の男性が飛び出し、中年の男を殴りとばした。


「咲音に…なにしてんだてめぇぇ!」


 その男性の正体は、乙部優だった。


「は…へぇ…?乙部…君?なんで…?」

「あんな状況のまま置いていけるわけないだろ…ってそれよりコイツ!」


 俺は殴りとばした男を指さす。しかしその男はすっかり伸びてしまっている。死んでないよな…?



 その後警察に連絡し、事件は収束へと向かっていった。

 俺は咲音が泣き止むまでずっと隣にいた。すると不意に咲音が口を開く。


「乙部君…」

「ん…どうした…?」


「本当に…ありがとねっ」


 なんて、まだ恐怖が消え去ってないはずなのに、泣きはらした顔でお礼を言う。


「咲音が無事でよかったよ。まあ…またなんかあったら次はちゃんと言ってくれよ。言ってくれなきゃ、伝えてくれなきゃ、わからないから」

 

「…!うん!」


 ちなみに、その後警察の事情聴取が終わり、屋敷に帰ると皆からの説教が小一時間あったのは秘密だ。

 







 






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