第5話 冷たいメイドとなりたて執事

 前回、いろいろあって月野つきのの家に半強制的に連れてかれた俺こと乙部優は今口をあんぐりと開けてアホみたいな顔で周りを見渡していた。

 だってしょうがないじゃん、月野の家おかしいだろ。めちゃくちゃ広いしなんか門あったり、家は城みたいだったり、庭園が何個もあったり…しまいには銅像とかたってるし。さすが世界的に有名な月野グループだな…。

 なんて周りの物に驚きながらも玄関まで進んでいくと、一人のメイドさんが出迎えてくれていた。

 髪は鮮やかな水色で肩に少しかかっている、瞳は透き通るような藍色で背筋をキリッと伸ばして立っていた。歳は俺よりちょい上くらいかな?


「マジか…メイドさんまでいるのかよ」

「え~、普通じゃない?」

「普通なわけあるか…」


 普通の一般家庭にはメイドさんなんていないです。いないほうが普通なんです。

 そんな会話をしているとメイドさんが一歩前に出ながらお辞儀をした。

 おぉ…メイドっぽい…。


「おかえりなさいませ綾乃あやのお嬢様…。して…その…差し出がましいですがその横の醜い物体はなんですか」


……ん?今このメイドさん俺のこと「醜い物体」とかいった?…気のせいだよな。うん気のせいだきっと。


「ただいま~。この横にいる醜く汚い物体は今日から執事として働いてくれる乙部優だよ~」

「気のせいじゃなかった上にお前のほうが俺のこと酷く言ってね?」


 噓だろ、なんで初対面の人にここまで言われなきゃいけないんだ…。…もうちょっと身だしなみ気を付けようかな…。

 

「というのは冗談で私は氷崎玲奈ひょうざきれいなです。よろしくお願いします」

「それが冗談なら下手すぎるだろ…。俺は乙部優おとべゆうです。よろしくお願いします」

「最近の粗大ごみは喋るのですね…。驚きです」

「アンタもうわざとやってるだろ!」


 絶対もう冗談じゃないだろ!さすがにわかるぞ!

 心なしか緊張もとれて、すっかり自然体でいられるようになっていた、…不本意だがこれは氷崎さんのおかげかもしれない。もしかしたら氷崎さんは俺の緊張をほぐすためにあんなブラックジョークを言ってくれたのかもしれない。


「…もしかして氷崎さん。俺の緊張をなくすためにわざわざ…」

「もちろんです。そんなこともわからないのですかこの駄犬」

 

 …どうやらこれが氷崎さんの通常運転のようだったようだった。

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 そんなこんなでまずは屋敷の中を見て回ることになり。月野は一旦部屋に戻って着替えるらしく、俺と氷崎さんの二人で屋敷を見ていくことになった。正直、この人はなんだか冷たい印象があったが、しゃべってみると意外と話す人だなとなんて思っていた。…必ず毒舌付きで返ってくるが。


「そしてここが乙部さんの生活する部屋になります」

「え?この仕事泊まり込みなの⁉」

「…?お嬢様から聞いていないのですか?」

「まったく聞いてねーよ…。どうすっかな…。妹もいるから正直厳しい気が…」


 妹が一人暮らしをしていけるとはとても思えないし…。どうしたもんか…。

 と頭を悩ませていると遠くでツインテールの女の子が爆走してくるのふと目に入った。…なんか凄い見覚えがあるんですけど。

 そして爆走しているその女の子はそのまま勢いよく俺にぶつかってきた。


「兄さーん!見つけた!」

「ごふっ!な…奈月なつき⁉なんでここに⁉」


 勢いよくぶつかってきたその女の子は妹の奈月だった。確かに学校も終わっていて外に出るのは悪いことではないが…。場所がおかしいだろう。何故ここに奈月が?


「んーとね、友達のみのりちゃんがね、よかったら家に泊まりに来ない?って言われたからきちゃった!」

「実ちゃん…?誰だそれ…?」


 どうやら妹の友達らしいが…。実ちゃん…?聞いたことないな…。あと、妹よ。泊まりに行くなら兄に一言くらい言わなきゃだめだろう。

 謎の「実ちゃん」という少女について考えていると奈月が走ってきたほうからゆっくりとだが走ってくる少女がいた。


「はぁ…はぁ、奈月ちゃん…急に…走ってかないでよ…」

「実ちゃんが遅いんだよー。もっとバーって走らないと!」

「はぁ…そんなこと…言われても…運動…苦手だし…」


 奈月の後を追ってきたこの少女がどうやら実ちゃんらしい。髪は黒で可愛らしいポニーテールをしていて、瞳は鮮やかな赤色だった。

 なんか誰かに似てるな…。すごい見覚えある…。


「あれ…?このお兄さんは誰?」

「この喋る汚物は今日から屋敷の執事となる、綾乃お嬢様の同級生の乙部優でございます」


 今まで喋ってなかった氷崎さんが俺の自己紹介を代わりにしてくれた。…喋る汚物?


「そうだったんですね。よろしくお願いします優さん」

「よろしくね。実ちゃん。…その赤い瞳、もしかして綾乃の妹さん?」

「そうですよ。これは家系の遺伝みたいなもので…。…優さんは、奈月ちゃんの…その…お兄さんですか?」

「そうだよ。ってあんまり顔とか似てないんだけどね」

「そんなことないですよ!雰囲気とか…似てると思います!」

「はは…。ありがとう」


 なんだこの子凄くいい子じゃないか。これなら安心して妹をまかせられるかな。どこかの誰かとは大違いだ。…無理やり拉致ってくるやつとか。


「どっかの誰かとは大違いだね」

「それまさか私のこと言ってる~?」


 後ろから突然聞き覚えがある眠たげな声が聞こえてきた。驚いて後ろを見てみるとワンピース姿になっていた綾乃の姿があった。

 …やばい、今の発言完璧に聞かれてた。どうごまかそうかな。


「ソ…ソンナコトナイヨ」

「優さん…顔に出てますよ…」

「噓が下手だね~、乙部は」


 …ダメだ。思ったことが全部顔に出てしまう。本当に俺は噓がつけないらしい。やったぜ、それだけ俺が正直者ってことか。断じて俺が不器用とかではない。

 そういや綾乃に泊まり込みについて聞かないとな…。


「それよりか、綾乃。なんでこの仕事が泊まり込みって言ってくれなかったんだよ」

「あれ~?言ってなかったっけ?ていうか名前呼びとか…もしかして私に気があるの~?」

「違うよ!単に実ちゃんと苗字が同じだから名前呼びにしてるだけだ」

「なんだ~つまんないの」


 綾乃がそっぽを向きながらつまらなそうに言う。こんなお菓子と睡眠しか頭にないやつこっちから願い下げだ。

 なんて思っていると奈月が不思議そうに尋ねてきた。


「兄さん、泊まり込みってどうゆうこと?」

「あぁ…実はこの屋敷で執事の仕事をすることになったんだが泊まり込みらしくてな。だから奈月をどうしよっかなって考えてて…」

「じゃああたしもここに泊まり込みする!」

「いやいやさすがに厳しいだろ」


 だだでさえ俺に対してこんなに広い一室を借りさせてもらってるんだ。これ以上部屋があるとは…


「部屋ならまだ全然余ってるし、全然いいよ~」

「マジか⁉どんだけ広いんだよこの屋敷…」


 しかし問題は部屋だけではなかった。家にある荷物などすべて持ってかなければならないのだ。しかも二人分の荷物をだ。後日荷物を運ぶとするならさすがに今日から泊まり込み!とはできないだろう。


「まあ家にある荷物とか持ってくるなら今日からとかは無理そ…」

「荷物なら既に運んでおります。もうじき荷物を積んだトラックがくる頃でしょう」

「用意よくね⁉てかどうやって入ったんだよ⁉」

「錠破りのプロを少々…」


 氷崎さんの手によって、どうやら今日からさっそく泊まり込みで働くそうです。妹の奈月もです。

 マジかよ…展開急すぎね?そんな俺の心の愚痴は誰に伝わるでもなく。一人頭を抱えるのだった。









 



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