VOL.8
エアコン嫌いの彼女の事務所は、両側にある窓が全開になっていた。
壁にかけてある寒暖計の目盛りは既にセ氏37度を完全に振り切っている。
真昼の12時30分だ。この分だと40度に達するのも時間の問題だろう。
彼女のデスクの向こう側には、
『温暖化防止!』と、大書された貼り紙が鎮座ましましている。
俺はさっきから、雑巾みたいになっちまったハンカチで、何度も額の汗を拭った。
喉を
(先生は今別の用事でお出かけになっています。じきに戻られると思います。)秘書の彼女はそう告げて出て行ったきり、戻ってはこない。
流石の俺も
彼女は無感動な声で、
『お待ちになって?』とだけいい、秘書にアイスコーヒーを頼んだ。
『早速、報告を聞きましょうか?』
どこまでもつんと
俺は
それからついでにチップをICレコーダーから抜き、その上に添える。
昨夜報告書を徹夜で仕上げたのだ。
『私が調べた記録の全てです。二人が駆け落ちしたなんてのはウソですね。』
報告書をつまみ上げて頁を繰っていた彼女が、きっとした目で俺を
『加納俊太君の事務所と浅川ルイの事務所はライバルだったのは事実だが、別に敵対していたわけじゃない。しかもお互いこのところ事務所の経営状態はジリ貧だった。そこで
彼女は悔しそうに唇を噛み、ますます俺を睨みつけた。
『あのアルバイトの兵隊も、そしてルイのお袋さんも、全部本当のことを喋ってくれたよ。勿論当人たちもね。あと、あの車の持ち主もナンバーから割り出せたよ。あんたが頼んだんだってな。このビデオ制作会社に』
俺はポケットから妙なロゴの入った名刺を一枚取り出し、テーブルの上に投げた。
『・・・・幾ら欲しいのよ?』
恨めしそうに俺を見ながら彼女は
『・・・・前払い分だけで十分だ。こんなの仕事の内に入らん。明朗会計だろ?』
俺はハンカチで汗を拭い、くしゃくしゃになったまま、丸めてポケットにねじ込み、生ぬるくなった『アイスコーヒー』を、一気に飲み干した。
(せめてコーラくらいにしてくれりゃいいものを)
俺は腹の中で愚痴りながら立ち上がった。
『じゃ、これで失敬する。早く帰って地球温暖化を推進しなくちゃな』
俺の言葉に、彼女はますます嫌な顔をした。
ビルの外に出た。
照りつける太陽が、また俺の全身を汗で濡らした。
『ヘィ!ミスタ・オペレーティヴ!』
クラクションと共に、埃だらけの4WDのウィンドが開き、人懐こそうなジョージが顔を覗かせた。
エンジンがかかっている。
俺は正面から回り込み、助手席に乗り込んだ。
エアコンがガンガンに効いている。
『かけっぱなしにしてたのか?アイドリングは禁止だぜ?』
『さっき言われたよ。パトロールの
シフトレバーの前にコカ・コーラのペットボトルが2本、露を一杯に貼り付けて立っていた。
俺は何も言わず、そのうちの1本を取ってキャップをひねる。
威勢のいい音、あの喉にきいんと来る泡。
やっぱりアルコールが入っていない時にはこれに限る。
『収穫は?』
ジョージの言葉に、俺はポケットから封筒を取り出してその内の半分を数えて渡した。
『出すぜ!』彼はサイドブレーキを外し、アクセルを思い切りふかした。
『どうするよ?』
『とりあえずネグラに帰ってシャワーを浴びる。それから一杯・・・・まずはビール。いや、泡の出ない奴でいこう。ジントニックなんかどうだ?』
『いいねぇ』
ジョージはカー・ステレオのスイッチを入れた。
ビーチ・ボーイズ。
外さない男だ。
終わり
*)この物語はフィクションであり、登場人物、事件、場所等全ては作者の想像の産物であります。
真夏の銃弾 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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