VOL.3 

 気乗りのしない仕事だった。俺は彼女が去った後、小切手を目の高さに持ち上げてながめながら、またコーラを一口飲んだ。


 おまけに外は暑い。


 こんな時に外を歩くのは、最高限度に熱したオーブンレンジの中をうろつくようなもんだ。


 そう思ってみたが、懐具合と、小切手に記された額・・・・『5』の後に0が五桁ついている・・・・が、俺の心に『NO』とは言わせなかった。



 木滑きなめり女史の残していった資料によれば、浅川ルイの生まれ故郷というのは、埼玉県の秩父市という事になっている。


 何でも彼女の実家はそこでは割と知られた旧家で、親代々の土地持ちだという。


 まあ、そんなところに幾ら何でも彼女が恋人と一緒に匿われているなんてことは

考えにくい。


 しかし、加納俊太は東京生まれの東京育ち、しかも両親はとうの昔に他界して、他に親類もいないときている。だから、当たってみるとしたら、まずそこからだろう。


 でもなあ・・・・そこでまた俺は考えた。


 今朝のラジオでは秩父で今年最高気温、40.8度を記録したという。 


 聞くだけでうんざりしてきた。


 だが、仕事だ。


 引き受けたんだ。


 行かずばなるまい。


 俺は保管庫に手をかざした。


 扉のロックは俺の右手の掌紋が記録してあり、他の人間では開かない仕組みになっている。


 面倒くさいが仕方ない。


 これも免許持ちの探偵の宿命なんだ。


 俺は長年のを出し、弾倉レンコンを確かめ、ホルスターに収めた。


 肩から吊り下げる。

 

 そうしてみてから、しばし考えた。


 幾ら何でも駆け落ちした男と女を調べるのに、わざわざ『飛び道具』を持ってゆく必要はあるまい。とも思った。


 しかし、俺は思った。


『闘いは常に相手の二手三手先を読んで・・・・』というのは、あれは誰の言葉だったろう。


 それを考えれば、用心するに越したことはない。


 俺はついでに、ハーフムーンクリップにつけた予備の弾丸をありったけ、腰のダウンポーチに入れ、特殊警棒も忘れずに持った。


 さあ、これで準備は出来た。


 出かけるとしよう。


『もしもし、ジョージか?俺だ。乾だよ。今からひとっ走り頼む。行き先は後で教える。ああ、片道でいい。帰りはいつになるか分からんからな。勿論ギャラはちゃんと払う。有難う。じゃ、30分後な。ビルの前で』


 電話を切ると、俺は残っていたコーラを飲み干した。


 さて、アラビアのロレンスになりますか。

 


 時間きっちりに、ジョージはビルの前に迎えに来た。


 トヨタの4WDである。


 行き先を告げなかったのに、用意がいいものだ。この方が山道も楽に走れる。


 俺が『秩父』というと、彼は何も言わずに走り出した。


『ギャラは前渡しで頼むぜ』


 俺は彼の言葉に、黙っていつもの通りの額を差し出した。


『じゃ、行こう。飛ばすぜ』


 ジョージはそう言ってアクセルを踏み込む。


 車内で俺達は殆ど口を聞かなかった。


『また荒事らしいな』


『あんたも懲りないね』


 彼が言ったのはその位、俺の方は、


『性分だからな』


『なるべく早く頼むぜ』


 答えたのはそれだけだった。





 




 

 




 


 




 


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