第6話

 翌日、かばんさんの運転するオープンカー型のピックアップトラックに俺とサーバルとカラカル。それにイエイヌと博士と助手の6人が乗って都市と呼ばれるジャングルへとやってきた。


 途中、車がスタックして動かなくなり猛ダッシュしてきたチーターが激突してその状態を抜け出した礼もあり、プロングホーンとのリレーを提案しサーバルとカラカルがそれに参加したことで予定よりも遅れてしまったが。


「あの腰巾着の表情かお、傑作だったわねえ」


 プロングホーンの腰巾着ことG・ロードランナーの絵をあえて1枚目には描かずにチーターと彼女とサーバルと俺が描かれた絵を最初に見せ、2枚目でリレー中に飛んでいこうとした彼女の尻をたたいて落とすカラカルの絵を時間差で見せるというドッキリは見事に成功し大いに盛り上がった。


「ちょっと、意地悪だったかなとは思うけど」

ロードランナーはチータをプロングホーンと走らせるためにさんざん煽ってたから、ちょっとお灸をすえるかと思ったのだ。


「したり顔でやったくせに」

「あはは……」


「まったく……。2枚目がなかったら怒ってたよ。ボク」


 かばんさんが、呆れたようにため息をついた。あのとき、絵をのぞき込んでいたのはそういうわけだったのか。


 それはさておき、ここまで乗ってきたトラックはオフロード用らしく、ジャングルでもある程度走れるということだ。


 外側から見ると、都市というのは名ばかりのジャングルといった感じだが中に入っていくと廃ビルから木や蔓が生えていた。


地面には朽ちた標識が転がっており、アスファルトはボロボロで草がまばらに生えている。なるほど、確かにここはヒトが住む都市だったのだろう。


 かばんさんによると、ワニやヒョウ、それにゴリラ達がセルリアンハンターとしてこの中を巡回しているそうだし、なんとかキュルルの家だったものを見つけられればと思っていたら俺の口が勝手に動いた。


「かばんさん!車止めて!」


 キュルル、一体どうした?そんな問いに答えるわけもなく、トラックが止まるなり俺の体はどんどん知らないような見覚えがあるような道を走り続け、目的の場所にたどり着いたのだった。


 まったく、いつの間に体の主導権を奪ったんだ。


「僕のおうち……」


 目の前にあるのが絵に描かれたキュルルの家だと辛うじてわかるものの、割れた窓から木の枝が突き出ており、壁には亀裂が入りコケやら蔓がむしている。素人目で見ても、今にも崩れ落ちそうだ。この中にヒトが住んでいるとは、到底思えない。完全な廃墟だった。


 もっとも、それはキュルルの家だけじゃない。周囲の家も、似たような状況なのだ。中には、完全に崩れているものもある。だからこそ、ここにヒトは住んでいないという事実が否応なく頭に入ってくるのだ。


「アオイさん、実物を見てもらった方が理解が早いかと思って黙っていたのは謝るよ。実は、このジャパリパークからヒトがいなくなって2000年の歳月が流れているんだ」


「これが、キュルルさんのおうちですか。フウチョウの二人が、キュルルさんが人間の集落について尋ねるまでは私からはここのことを口にしないでくれと言っていたのはこういうことだったんですね」


 後からやって来たかばんさんとイエイヌがそう言うが、キュルルはそんなことは聞きたくないとばかりに家の中に入っていく。


 待て、キュルル。今、イエイヌが気になることを――。


「違う!!違う!!違う!!違う!!違う!!僕のおうちは、明るくて優しくて温かくて……こんなの、違う……こんなの……嘘だ……。嘘だ!うそだ!ウソダ!!嘘だあ!!!」


 その言葉が口からあふれ出ると、強烈な吐き気とめまいに襲われて意識を手放したらしく目の前が真っ黒になっていた。


「もう、夜か?」

「面白いことを言う奴だ。ここには、昼も夜も存在しないぞ」

「我々は、月のない夜のごとく光をも吸い込む本物の黒だがな」


 どうやらカタカケフウチョウとカンザシフウチョウが、目の前にいただけのようだ。いつの間に?いや、それ以前に状況がつかめない。


 分かるのは、ここから少し離れた場所で「おうちがー!!僕のおうちが―!!こんなのやだー!!」と泣きわめくキュルルの他は、俺たちの姿しか見当たらないということだ。


 夢……なんだろうか。そう思えるほどに、今いる空間に現実味を覚えない。


「君たちは、イエイヌに口封じをしていたフウチョウか?」

「厳密には違うが、彼女たちとは記憶を共有している」

「我々は、女王の雛の目付け役だからな」


 フウチョウコンビによると、キュルルとはセルリアンの女王がコピーした人間であり、オリジナルは別にいるのだとか。なるほど、だから雛なのか。


「あいつは、家に帰りたいという心だけを模写されたらしい」

「あいつにとって、動物たちは道案内の道具でしかなかったらしい」


 心だけを模写?言っている意味が分からない。ひょっとして、こいつらはキュルルの正体を把握しているのか。


「待て待て。アニメ版でキュルルは、みんなのことが大好きなんだって叫んでいただろうが」


「それは、あいつがフレンズになった後の話だろう?」

「海に落ちる以前のあいつが、動物たちの心を理解しようとしていたか?」


「確かに、少なくとも理解しようとはしていなかったな」


 すぐそばで怒っているカラカルをなだめることなく、レッサーパンダに対し「助けようとしてくれようとしただけでうれしい」となだめたり、ヒトを探していると言って接触してきた探偵コンビを事情も聞かずにあしらったりしたことでもそれは明らかだ。


 そもそも、キュルルがフレンズに関心を多少でも持っていれば、9話のエピソードは胸糞悪い話で収まらずに済んだだろう。だが――。


「だが、キュルルがフレンズに関心を持つようになったのは、リョコウバトに出会ってからだ。どこの世界に、無関心な相手のために夜通し絵を描くバカがいる」 


「あいつは、絵を描いた理由は分からないと言ってはいたがな」

 

「自分の気持ちを吐露できるほど大人でもないんだろう。動物たちに関心を持てなかった少年が、初めてフレンズに恋をしてその子と接することで動物たちへの関心が持てるようになったんだ。皆の役に立ちたいって言葉は、動物フレンズを理解しようという気持ちにならないと生まれないじゃないか」


 アニメのキュルルは、確かに成長していた。自分のことでいっぱいいっぱいで動物たにんに関心を持てなかった少年が、リョコウバトとの出会いで動物を仲間フレンズとして認識する物語として。


「そうか。だが、今のあいつは現実を受け止める力はなさそうだぞ。あのままでは、女王に覚せいすることだろう」


「あいつに、帰る場所なんてものはないとお前が告げれば、あいつの心が壊れるだろう。だが、そうしなければあいつは女王に生まれ変わることになる」


 ふたりがそう言って、翼の先端を向けた先にいるのは「僕のおうちー!」と泣き続けるキュルルの姿だった。


 いや、あれは本当にキュルルなのか?


 帽子が足元に落ち、額から羽根のようなものが数本生えだしているし、体も緑色に染まりだしているような。


「キュルル!正気に戻れ!」


いやいやいやいや!しっかりしろ、俺!


 とにかく呆然と見ているわけにはいかない。俺は彼のもとに駆け寄ると、一向に泣き止まないキュルルの頭を叩いて黙らせてから俺はすぐさま彼を抱きしめた。


「皆がいてくれるこのパークが、お前のおうちだ。それでいいじゃないか」


 俺は、最終回でキュルルが下した結論が間違っていたとは思えない。悪いのは、そこに至る過程だ。だが、キュルルは再び声を上げて泣き出した。


「そんなの、やだあ!!ボクのおうちは、優しくて明るくて温かかいんだ!!」

「だったら、このパークをそうすればいい。俺たちならできるさ」


 こんな小さな子供に、お前の帰りを待ってる人はいないだの現実を受け止めろだの言う気にはなれない。たとえ、それが最善策でもだ。


「おじさんには、娘がいたんだよ。ともえって子だ。でも、おじさんはともえの代わりに死ぬことしかできなかった。でも、お前は生きているんだろう?だったら、いくらでもやり直せる。それともお前は、おうちが見つからないっていうだけで消えるつもりなのか?」


 俺の記憶が戻ったのは、チーターのお陰だった。トラックに後ろから追突して吹き飛んだ彼女の姿を見て、車にはねられる前に投げ飛ばしたともえの姿が重なったのだ。


「パパ!パパ!死んじゃ、やだあ!!」

ともえはお陰で元気そうだったが、俺自身がもう助からないことは察していたようだった。


「ケガはないか?ともえ」

「そんなのどうでもいいよ!!パパあ!!やだあ!!誰か、救急車!!救急車を!!」


 俺をひいた運転手は老人のようで、フロントガラス越しに何が起こっているか分からないという表情をこちらに向けてている。くそったれが。俺の死は、こいつには、理解されることはないのだろう。


 それより今は、キュルルを落ち着かせないと。


「キュルル。お前は、女王になりたいのか?皆を傷つけたいのか?」

「分からない!分からない!分からないよお!!だって、だって……!おうちが、僕のおうちがあ!!」


 キュルルの体がセルリアンになっていっているのは確かなようで、キュルルの腕をつかんでいるだけでかばんさんやイエイヌ、サーバルにカラカル。それにアムールトラが攻撃を弾かれて退散していくのが見えたのだ。


 それだけじゃない。木の根に足を取られたカラカルがつまずき、真っ黒な腕が彼女に振り下ろされそうになっている。


「やめろ!!キュルル!!」

力いっぱい目の前の子を再び強く抱きしめると、その腕はすんでのところで止まり、カラカルはサーバルがお姫様抱っこで持ち上げて避難させた。


「聞こえた?今の声?」

「はい。アオイさんは、あの中にいます。多分、キュルルさんも」


「助けられないの?」

「とりあえず今は、撤退しましょう。――アオイさん!!キュルルさんのことは、頼みます!!」


 イエイヌに頼まれちまったらしょうがねえな。とはいえ、打開策はないんだが。とにかく俺は、キュルルと会話を続けることにしたのだった。

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