第4話
イエイヌとサーバルはハウリングのような甲高い音を立てて倒れ、目をつぶったまま動く様子がない。俺は彼女たちの口元に手をかざして首筋の脈を取ると、どちらも正常で恐らくは眠っているだけだろうとほっと一息ついた。
「大丈夫。ふたりとも寝てるだけだよ」
俺の言葉を聞いてカラカルもほっと溜息をつくと、「もう。何だったのよさっきのは」と軽口を吐いて見せた。素直じゃないなあ。
「頭を打ってるわけじゃなさそうだし、イエイヌちゃんのおうちまで運ぼう。俺は彼女を背負うから、カラカルはサーバルをお願い」
「いや、ここで寝かせておいても変わらないでしょ?」
「でも、怪我してるし」
「目を覚ましたらラッキービーストからジャパリまんをもらえばいいわ」
フレンズは、怪我をしてもジャパリまんを食べると回復するそうだ。アニメで、ボロボロになったイエイヌをカラカル以外誰も気遣わなかったのはそういうわけか。
しばらくしてやって来たのは、ジャパリバスを運転するラッキービーストだった。
「ちゃんと、フレンズがいるみたいですね」
「お前たちが、ビーストを大人しくさせたのですか?」
そう言ってバスから出てきたのは、ふたりのフクロウのフレンズだ。確か、博士のアフリカオオコノハズクと助手のワシミミズクだったかな。
サーバルとイエイヌが目を覚ました頃合いで、彼女たちが持ってきたジャパリまんをあげると、なるほど傷がみるみる回復していくのが見える。
「……キュルルさん」
「悪いが、俺はアオイだ」
「キュルルって……。サーバルが、始めにアオイに付けようとした名前よね?」
カラカル、ネコ科の割に記憶力いいね。とはいっても、まだ出会ってから日が明けてもいないんだから当然か。とりあえず、ふくろうたちが島の主なのだろうし、イエイヌが絵から出てきたセルリアンに呑まれてビースト化し、サーバルが何故か彼女に共鳴して二人が倒れたことを報告した。
「やっぱり。あの……もう大丈夫なので、私とアオイさんだけで話をさせてくれませんか?」
「だめです。これからお前とサーバルは、ビースト化が治ったかどうか検査があるのです」
「お願いします」
イエイヌの熱意にほだされたのか、フクロウ達は後からやって来たかばんさんに事情を話し俺とイエイヌは彼女が操縦するヘリに乗り、他のメンツは車でかばんさんの研究所に向かうことになった。
「あなたたちが何を話しても、ボクは聞かなかったことにするから気にしないでね」
「ありがとうございます。じゃあ、アオイさん。率直に聞きます。あなたは、私とキュルルさんに起きた
答えは当然イエスだが、そのまま答えていいものだろうか。彼女の真意が分からない以上、ここはしらばくれた方がいいかも知れない。
「どうして、そんなことを?」
「質問をしているのは、こちらなのですが……。そうですね。あなたは、キュルルさんにしては
君だって、充分クレバーじゃないか。恐らく彼女はこの世界の住人ではなく、アニメに出てきたイエイヌだろう。子供を誘拐して自分のご主人様の代わりになってもらおうと画策した子の割には、妙に落ち着いている。
「ひょっとして、あなたの中にアオイさんとキュルルさんがいるんじゃないですか?では、アオイさんではなくキュルルさんに聞きますね。私に言った最後の言葉を憶えていますか?」
あのフレーズを言えと?本人に頼まれたとはいえ、自分を守って傷だらけになった子に向かって、それも笑顔でおうちにお帰りなんて言えと?さすがにそれは――。
「おうちに、お帰り?」
キュルルー!!お前、本当に
「記憶は、そこまでですか?それに疑問形ということは、ビーストと戦った後までしか記憶がないんですね。というよりも、アオイさんがそこまでしか知らないということでしょうか」
え?その先があるのか?でも、そうだよな。作品の世界があるということは、最終回の後も話は続いているわけで……。
「正解は、「イエイヌさんなんか知らない!」です」
イエイヌによると、ビーストとの戦いを終えた2日後に彼女の所にキュルル達3人が来たのだそうだ。だが、キュルルはその時フレンズ化していてオスの匂いからメスの匂いに変わっていたため
「私のご主人様は、人間のオスでした。だから、私がご主人様にしたいのはオスなんです。同じ人間でも、メスはなんか違うんですよね」
ああ、道理であの探偵コンビが「さあ?」と理解できなかったわけだ。この世界には、アニマルガールしかいないものな。動物には雄雌がいるけど、動物の頃の記憶を持ってる方がレアケースという扱いだったはずだし。
それでイエイヌに拒絶されたキュルルは、「イエイヌさんなんか知らない!」とあさっての方向に走り出し、それを猫二匹が追いかけたということか。その後で、イエイヌは絵から出てきたセルリアンに食われて、気が付いたらこの世界にいたのだとか。
「そういうことです。では、アオイさんの番と言いたいところですが……。もう、私の仮説が当たっていることが分かってしまいましたね」
「そうだな。とはいえ、俺は君とビーストが戦った次の日の夕方くらいまでしか知らないんだが」
「キュルルさんが、フレンズ化した理由を知ってますか?」
それは知らないが、おおよその見当はつく。サーバルとちょっとした口論をして飛行機の翼から落ちた時だろう。あんな高さから落ちておいて、それも頭から落ちたのにケガ一つないわ水も飲んでないわとご都合主義にも程があった。
多分あの時、キュルルは死んだのだろう。そして、海底火山の出したサンドスターによってフレンズ化した。
それまでキュルルはイエイヌの言う通り自分のおうちに帰ることで頭がいっぱいの単なる迷子でしかなく、フレンズ達にはさほど関心を持てないようだった。
それなのに、海に落ちてからはみんなのことが大好きだのここが僕のおうちだのと急な心変わりが見られたのは、フレンズ化したことでかばんちゃん並みの英知を得たからじゃないだろうか。
そのことをイエイヌに話すと「そうですか」とため息をついた。
「それでは、もうそこには行かないで下さいね」
「俺を、フレンズにしないためか?」
「はい!」
まあ、いいけどな。そもそも俺が、あのホテルに行く理由は一つもない。かばんさんの研究所で居候でもさせてもらった方が、よっぽど有意義だろう。そうすれば、サーバルの記憶も戻るかもしれないし。
僕は、おうちに帰りたいんだけど。
悪いな、キュルル。でも俺は、このスケッチブックには何の意味がないことを知っている。絵に描かれた場所をたどっても、キュルルのおうちの場所にはたどり着けないんだ。
研究所に到着すると、早速キュルルが「ここは、僕のおうちじゃない」と呟いたがスルーしてイエイヌとサーバルの検査をしてから夕食という運びになった。
「悪いけど経過がみたいから、数日はうちの研究所にいてくれると助かるかな?それとも急ぎの用でもある?」
「いえ。ただ、他にヒトが住んでいそうな場所に案内してもらえると助かります」
「このパークには、ボクの他にヒトはいないよ。どちらかというと、どうして君がここにいるのか聞かせてもらいたいかな」
かばんさんは笑顔こそ浮かべてはいるものの、目が笑っていなかった。正直、さっきのヘリの中でイエイヌさんの質問をはぐらかしたのは悪手だったな。俺は観念すると、今までのいきさつを全て話すことにした。
さすがに、異世界転生だのアニメだのには触れるわけにはいかないがな。
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