第8話 皇さんと京極先生

次の日、魔物に憑かれていた圭太くんは、朝から学校に来ることができた。


みんなの前では夏風邪が長引いたと言っていたけれど、本当はどうだったんだろう…。圭太君は昨日のことを覚えてるのかな。


「西森さん!」


そんなことを考えていると、圭太くんの方から声をかけられた。


「圭太くん、元気になってよかったね。」


顔色もずっとよくなっている。魔物の影響はもう大丈夫そうだ。


「ありがとう。なんだかずっと体調が悪くてね。昨日、夢に西森さんが出てきたよ。なんだか魔女の恰好をしてて、あとヴァンパイアの恰好をした男の子もいたんだ。」


「えっ…そうなんだ。」


もしかして、昨日のことを覚えているのだろうか。もし私が闇祓いで、魔物と戦っていることがみんなにばれたら、それはちょっと大変なんじゃないかな…。


「変な夢を見たけど、そのあとから体調が一気に元気戻って、今日は絶好調だよ。呼び止めてごめん。それだけだよ」


笑顔で自分の席に帰っていく圭太くんを見て、私はほっと胸をなで下ろした。


家に帰ってから、そのことを鏡夜くんにスマホで話してみた。


「あぁ、それなら闇祓いの本部の人には、記憶をある程度書き換えられる人がいるからね。例えばサキュパスとかインキュパスとか、夢魔の仮想の力を使う人は、起きたことを完全に無かったことはできないけど、現実を夢の話だったと思い込ませるくらいのことはできるんだ。」


「なるほど…そうだったんだ。そういえば、もう皇さんとの特訓は始まっているの?」


「明日から学校終わりに始めてくれるって言ってたよ。ちなみに、まいを鍛えてくれる人は、京極先生になりそうだ。」


「えっ、あの天狗のおじさん?」


「そうそう。皇さんが、風の扱い方を教えてもらうなら適任だろうってさ。」


「ちょっと、こわそうな人だなぁ。」


「いや、僕から見たら優しいおじいさんだよ。ちょっと礼儀にはうるさいけど。」


「そうなんだ。ならよかった。」


こう言ったら甘いと思う人が多いかもしれないけど、誰かにあまり厳しく怒られるのには慣れていない。優しく教えてくれる人だったらいいな…。


「修行はこないだの神社でやるってさ。また詳しくはメッセージ送るよ。」


「わかった。ありがとう。」


「うん、それじゃあ明日から頑張ろう。」


「うん。頑張ろう!」


鏡夜くんとの通話を終え、明日からの修行に備えて早く眠ることにした。

学校が終わって、鏡夜くんと一緒に修行のために神社へと向かった。神主さんに挨拶して、以前闇祓い国家試験の会場となった場所に入る。


「おっ、来たね。」


広間の中には、すでにスーツ姿の皇さんと天狗の恰好をした京極先生がいた。


「遅くなってすみません。今日からよろしくお願いします。」


「びしびし鍛えてやるから覚悟しときな。」と皇さんはにこっと笑った。


私と京極先生は試験のあった広間、鏡夜くんと皇さんは別の場所で修行することになった。二人が広間から出て行ったのを見届けてから、京極先生は話し始めた。


「まいと言ったかの?先日の闇祓い試験は見事じゃった。風の魔法の使い方なら、こんな老いぼれでも何か力になるかもと思ってな。よろしく頼む。」


「よろしくお願いしますっ!」


「まずは、どれほどの力を持っているか、見せてくれるかの?ここの壁は以前よりも強い結界がはってある。好きなところにむけて魔法を放つがよい。」


私は少し緊張しながらも、「テンペスト!」と唱えて、5mくらいの高さのつむじ風を発生させた。


「ふむ、悪くはない威力じゃ。他にできることは?」


そう言われて、次に私は「フレイム!」と叫んで、小さな炎の球を出した。


「うむ。他にできることはあるかの?」


そう言われて、私は首を横に振った。魔女といっても、私にできることはあまりに限られている。


「そうか。炎の魔法はまだ実践で使えるレベルじゃなさそうじゃな。」


「…はい。」


「最初のアドバイスとしては、他の水、火、土の元素の魔法を特訓するより、風の魔法に絞って強化するのがいいじゃろう。中途半端にいろいろできるよりも、極めた一つの技があった方がいい。」


「なっ、なるほど…。」


「風の魔法といっても、出来ることはとても多い。まぁ見ていなさい。」


そういうと、京極先生は天狗うちわをふわっと仰いで空に浮かび上がった。


「今私は風を操って、自由に空を舞っている。追い風を吹かせることで急加速も減速も、旋回することだってできる。」


そういうと、京極先生は広間の中を自由自在に飛び回った。


「すごい…。私はまだあんなスピードを出して飛んだり、くるって回ったり、あんな風には飛べない。」


アクロバット飛行を終えた京極先生は、ゆっくりと私の前に舞い降りた。


「あとはこんなこともできる。」


京極先生は、天狗うちわを大きく振りかぶって、思い切り振り抜いた。


すると、高さ10メートルくらいの大きさのつむじ風が一度に三つも現れた。京極先生はもう一度、今度は軽く天狗うちわを振った。すると、その三つの大きなつむじ風は、まるでダンスを踊るように、京極先生と私の周りをぐるぐると駆け巡った。


「うわぁ!すごいっ!」


まいが感嘆の声をあげると、「わははは。まいにだってできるはずじゃ。」と京極先生は笑ってそう言った。京極先生が最後に天狗うちわを振ると、三つのつむじ風は消え去った。


「どうやったらあんなことできるんですか?」


「そうじゃな。風を一度にいくつも操る訓練がいるかの。例えば空を飛ぶとき、まずは空に浮くための力がいる。そして加速したければ、それに加えて追い風を起こせばよい。急ブレーキをかけるときは、その反対方向に風をふかせばよい。」


「なるほど…。」


風を同時に操る…少し難しそうだけど、私にできるだろうか。


「そして、さっきの三つの竜巻じゃが。私は一度の振りで三つのつむじ風を作ったじゃろ。あれは単純に、一度で放つことができる霊力を、三つに分けただけじゃ。もし一つだけ打つならもっと大きなつむじ風を起こすこともできる。」


「すごいっ!三つに分けたつむじ風ですら、私の一つの魔法よりも大きかったのに…。そうえば、そのあとつむじ風を動かしたのはどうやってたんですか?」


「あぁ、あれもつむじ風を起こしたあと、別の風を起こしてそれらをコントロールしてたんじゃよ。そうすることで、逃げる魔物を追いかけて仕留めることもできるじゃろ。」


なんだかとても実践的というか、魔物と戦うときによく使えそうなことを教えてもらった。しかし、とりあえず理屈はわかったけれど、それを実践するのは難しかった。


「テンペスト!」


私はまずは一つのつむじ風を出して、それを別の風でコントロールする練習をした。


「ほれ、せっかく出した竜巻が消えかけとるぞ。」


「あぁ…。」


最初にだしたつむじ風の威力を維持しながら、それを別の風で動かすのはなかなか集中が必要だ。動かすことに意識を向けすぎると、最初に出したつむじ風の威力が弱まってしまう。


その後も繰り返し、練習をしたけれど、その日は上手くつむじ風をコントロールすることはできなかった。


「今日はこの辺にしておくのがよかろう。」


「はっ…はい。ありがとうございました。」


「小さい風を起こして、それを動かすくらいならお主の部屋でも練習できるじゃろ。とにかく二つ以上の魔法を同時に使いこなすことじゃ。」


「はい!わかりました。」


丁度そのとき、鏡夜くんと皇さんが修行を終えて扉から帰ってくるのが見えた。というか、鏡夜くんは皇さんに担がれて、だらんと力なくうな垂れている。


「えっ!?鏡夜くんどうしたんですか?」


私が駆け寄ると、皇さんは笑顔で「ちょっと頑張りすぎちゃったかな。」と答えた。


「大丈夫なんですか?」


「まぁ『想像の力』使いすぎちゃっただけだから。今はちょっとショートしてるけど、じきに目が覚めるよ。こいつ昔から真面目だから、頑張り過ぎちゃうんだよね。それがいいところでもあり、その真面目で頭が固いのが悪いとこでもある。」


「そうなんですか…。どんな修行してたんですか。」


「あぁ、私がこないだ黒い斬撃みたいなの飛ばしてただろう。それの基本を教えているんだ。」


以前、窮奇を一撃で切り裂いた黒い斬撃のことだ。確かにあれはすごい技だったけど、どうやったらそんな技が出せるのか、イメージできなかった。


「今日はこの辺でまいちゃんは帰りな。鏡夜は私が送って帰るから。」


「はい…。そうえば鏡夜くんってどこに住んでいるんですか?」


そうえば、もう鏡夜くんと知り合って二か月近くになるけれど、まだ鏡夜くんの家がどこかとか何人家族なのかとか、そういったことを全然知らない。


「あぁ…。鏡夜のやつ、まだまいちゃんに話してなかったんだな…。」


そんなに特別な質問をしたつもりはなかったのだが、なぜか皇さんは少し困ったような顔をして、「またこいつが目を覚ましたら聞くといい。」とだけ告げて、鏡夜くんを担いだままいってしまった。


「まぁあの小僧も色々抱えるところがあるんじゃよ。今日は早くお家にお帰り。」


京極先生がそう言ったので、お辞儀をして私も家路に着いた。


“お疲れさま。修行は大丈夫だった?”


やっぱり心配だったので、私は鏡夜くんにメッセージを送った。すると、1時間くらいたって、鏡夜くんから返信がきた。


“お疲れさま。まぁ大丈夫だよ。修行はどうだった?僕のほうはなかなかハードな一日だったよ…。”


私と鏡夜くんは今日の修行についてお互いの話をした。鏡夜くんの修行はこんな感じだったらしい。



「よろしくお願いしますっ!」


鏡夜はきれいな角度でお辞儀をし、皇との修行が始まった。


「相変わらず礼儀正しくいい挨拶だね。時間も限られてるから早速本題にいくが、とにかく、今のお前が一番に習得するべきことは、闇のオーラを身にまとうことだ。」


「闇のオーラ…。皇さんがこの間使った、黒い斬撃のことですか?」


「まぁ、そうだね。あれも闇のオーラを使った一つの技に過ぎないけど。」


皇の言葉を聞いて、鏡夜は少し頭をひねった。


「でも、あれってヴァンパイアの特質なんですか。僕にはヴァンパイアといえば、吸血と、怪力と、蘇生、あとは変化くらいのイメージしか、今までなかったのですが…。」


鏡夜がそういうと、皇は人差し指をたてて鏡夜の頭をつついた。


「だからお前は頭が固いって言ってるんだよ。」


「えっ…。」


「ヴァンパイアは太陽の光に弱いだろ。それはヴァンパイアが闇に生きる存在だからさ。様々な能力を持つヴァンパイアだが、闇に生きるヴァンパイアの能力の元を辿ると、その根源は、闇の力に行きつく。」


皇さんは腰にさしていた自身の剣を引き抜いた。その剣の柄をグッと握ると、銀色だった剣は黒い剣へと色が変化した。


「そっ、それが、闇のオーラですか…。」


近くで見ると、剣の刀身は銀色のままだが、どこか禍々しいような漆黒の靄のようなオーラが、剣の周りをぴったりと覆っていた。


「あぁ、簡単に言うと、自身の霊力をヴァンパイアが持つ闇の力に変換して、剣にまとわせているだけだ。」


霊力を闇の力に変えて、それを剣にまとわせる。今まで考えたことがなかった技だ。


「こうすることで、ただヴァンパイアの怪力の力に頼って剣を振るうより、切れ味も威力も格段に増す。これまで鏡夜が遭遇した魔物でも、簡単に切れなかった相手がいたんじゃないか?」


皇の問いに、鏡夜はこれまで戦ったキョンシーや、窮奇のことを思い出した。


「確かに、その通りです。」


「これからもっと手ごわい相手と戦うなら、この力を身に着けるのは必須だろう。というわけで、しばらくはこの闇のオーラを纏うことを練習すればいい。ただし、最初は霊力をかなり消費するだろうから。無理はしないように。」


「はいっ!」


その後、結局無理をしてしまった鏡夜は、霊力が尽きてその場で倒れてしまった。というのが今日の出来事らしい。


“あんまり無理しちゃ駄目だよ。明日もがんばろうね。”


メッセージを打って、鏡夜に送りかけたところで、そうえば皇さんと話したことを思い出したので、本人に聞いてみることにした。


“そうえば鏡夜くんってどの辺に住んでるの?ご家族は何人家族?”



それまですぐに返信がきていたのだが、今のメッセージを送ったときは、既読がついてからしばらく妙な間が空いて、鏡夜くんからの返事は返ってきた。


“ちょっと暗い話になるから、今までは黙ってたんだけどね。僕の両親はもうこの世にはいないんだ。”


そのメッセージをみた瞬間、私は息が止まるような緊張感を感じた。


“今は父さんと仲が良かった闇祓いの人の家に一緒に住まわせてもらっている。”


私はなんて返事を返したらいいかわからなかった。既読をつけたまま、しばらく時間が経過すると、“丁度いいタイミングだったかもしれない。また明日詳しく話すよ。”と鏡夜くんからメッセージがきた。


私は“ごめん、ありがとう。”とだけ返信をした。



次の日、学校が終わって、図書館で待ち合わせをし、神社までの道のりを鏡夜くんと一緒に歩いた。少し気まずい空気が流れる。先に切りだしたのは鏡夜くんだった。


「昨日の話しだけど…。」


「あっ、うん…。」


まだ太陽の位置は空高くに位置していたが、私の心は少し暗い気持ちのまま、鏡夜くんの話に耳を傾けた。



「僕の両親は、魔物に殺されたんだ。」


「えっ…。」


亡くなっていたというのは、昨日聞いたけれど、そんな…魔物に殺されただなんて。


「僕の家にいきなり魔物が現れた。僕の父と母はどちらも闇祓いだったけど、いきなりのことだったから、二人とも幼い僕を守るのに精いっぱいだった。」


鏡夜くんは少し悲しそうな表情で語った。


「異世界で僕の両親を殺した魔物はそれだけに飽き足らずに、僕の身体を乗っ取った。そして…、僕の手で…、僕の両親は現実世界でも息を引き取ったんだ。」


鏡夜くんは自分の手をじっと眺めながら歩を進めるスピードを落とした。


「ほらっ、すごく暗い話になっちゃうだろ?だからあんまり話したくなかったんだけどね…。」


鏡夜くんは、無理やり笑顔で明るく振る舞おうとした。でも、私はその話を聞いて居た堪れないような気持になった。


「ごめん、こんなこと聞いちゃって…。」


私がそういうと、鏡夜くんは「気にしなくていい。」と私の肩をぽんと叩いた。


「いつかは言おうと思っていたんだ。早く言ってすっきりしたほうが、僕も修行に集中できるしさ。何の問題もないよ。」


鏡夜くんはそう言って、神社の鳥居をくぐっていった。


「おや、今日はちょっと集中がかけておるのではないか?何かあったかい?」


京極先生は私の気持ちの動揺を見抜いているようだった。


「あっ…、すみません。その…、鏡夜くんのご両親の話を聞いてしまって…。」


私がそういうと、京極先生は「そうじゃったか…。」とため息をついた。


「かなり悲惨な話じゃからな。魔物に異世界で自分の親を殺され、そのまま鏡夜に取り憑いて、現実世界で自分の親を殺させるなんて、全くもって痛ましい話じゃった。」


京極先生は悲しそうな表情でその時の出来事を教えてくれた。


「あの小僧の親もなかなか優れた闇祓いだったんじゃが、相手が悪かった…。相手は王の位である金色の輪をつけた魔物じゃったらしい。その後、大勢の闇祓いたちで、なんとか鏡夜からその悪魔を追い払ったが、とどめを刺すには至らなかった。」


「その魔物は、今は…?」


「魔界へと帰っていた。今もそちらの世界で生きているじゃろう。あの小僧はポイントが溜まったら、きっと殺された両親を生き返らせてくれと願うんじゃろな。」


死んだ人を生き返らせる、そんなことができるのだろうか…。


「願い事って、死んだ人でも生き返らせることができるんですか?」


私の問いに、京極先生は首を振った。


「願いを叶えたものは、闇祓いとしての記憶を消される。周囲の者も、その者が闇祓いだったという記憶がなくなってしまう。じゃから、もし死んだ者を生き返らせたという闇祓いがおったとしても、私たちはそいつの存在を知る術はないんじゃ。」


「あぁ、そういえば…そうだった。」


誰が願いを叶えたのか、どんな願いを叶えたのか、誰にも知る術はないんだった。


「まぁ、鏡夜の境遇を知ったところで、あやつの過去は自分で背負うしかないじゃろう。お主にできることは、暗い気持ちになるよりも、あいつと一緒に前を向いて、力をつけて共に戦ってやることじゃないかい?」


京極先生は、優しい表情で私の目を見つめた。


「はい…。そうですね!気合入れてがんばります!」


その日は、なんとかつむじ風の威力を保ったまま、今まで真っすぐ直進しかできなかったつむじ風を、右に曲げたり、左に曲げたりできるようになった。


“ギギッ”と木の軋む音がして、入口の門が開いた。今日の鏡夜くんたちの修行も終わったのだろう。


「あっ、おつかれさ……ありゃ。」


「何じゃい。今日も白金のせがれはそのありさまか…。」


鏡夜くんは今日も、皇さんの肩の上でぶらんっと力なくぶら下がっていた。


「お疲れさま。鏡夜がまた無茶しちゃって。」


「いや…でも、今日は…まだ意識はありますよ…。」


力なく鏡夜くんはそう言うと、皇さんに降ろしてもらい、自分の足で立ち上がった。


「その小僧の修行の調子はどうじゃ?」


「そうですね。鏡夜も飲み込みは早いですよ。一週間もしたら、今習得しようとしていることも、ある程度は様にはなると思います。京極先生の方はどうですか。」


「こっちも順調じゃの。この年で風の魔法をこれだけ扱える子はそうはおらんよ。今後が楽しみじゃわい。」


自分のことを目の前で褒められると、なんだかこしょばゆい気持ちになった。


それからも、鏡夜くんと私の修行は続き、一週間後には二人とも新しく習得した技をかなり使いこなせるようになっていた。


私も鏡夜くんも、もっと修行をつけてほしかったけれど、皇さんも、京極先生も、闇祓い連盟から招集がかかったらしく、そこまでで一先ず修行を終えることになった。

最後の修行が終わり、皇さんと京極先生にお礼を言って、夕焼けに染まる帰り道を、鏡夜くんと一緒に歩いて帰った。


「強くなったかい?」


鏡夜くんは神社の鳥居をくぐったところで私に尋ねてきた。


「うん。一応2つまでは一度につむじ風を打てるようになったし、そのうち1つは動かすこともできるようになったよ。」


「そうなんだ、すごいじゃないか。」


「鏡夜くんのほうは?」


「僕も皇さんに教えてもらって、闇のオーラをある程度は扱えるようになったよ。まだまだ奥が深くて、もっと修行しないとなんだけどね。無駄がまだ多いから、霊力の消費も激しいし。」


「そうなんだ。修行大変だった?」


そう尋ねながら、私よりちょっとだけ背が高い鏡夜くんの顔を見上げると、鏡夜くんの顔は、すごく嫌な記憶を思い出すような表情に変わっていた。


「あっ、よっぽど大変だったんだね…。」


その苦虫を噛み潰したような表情で、私は全てを察した。


「まぁ、大変だったね。最初は剣に闇のオーラを纏わせるだけで一苦労だったんだけど、次の段階は、皇さんと手合わせしながら、闇のオーラを纏い続けるってやつが超絶に大変だったよ。あの人も容赦ないからね…。お互いヴァンパイアだから、腕の一本くらい切り落とされても、蘇生できるから。闇のオーラを纏い続けるのと、蘇生するのに霊力を使い果たして、いつも最後はぶっ倒れてた。」


「うわー…話を聞いただけでもきつそうだ。」


お互いの修行の話をしながら、私たちは家路についた。玄関の扉は鍵がかかっており、まだ誰も帰っていないようだ。


毎日修行をしていることについて、お母さんは外で遊んでいるのだと思っているようだ。低学年のうちは毎回「どこに行くの?」とお母さんに聞かれていたけれど、高学年になってからは、お母さんもパートの仕事を始めて、夜まで帰らないときがあったり、私が外に出かける時も、あまり行先を尋ねられることが減ってきた。


大人になったと認められている気がして、それはちょっと嬉しいことだ。


「ただいまー。まい、夕飯ちょっとまってね。」


夕方の六時過ぎにお母さんは仕事から帰ってきた。


「おつかれさまー。大丈夫だよ。あと、お風呂洗って、洗濯物も取り込んどいたから。」


「あら、ありがとう!まいもすっかりお姉さんになっちゃって、頼りになるわねー。」


お母さんは仕事で疲れているはずなのに、てきぱきと夕飯の準備を始めた。夕飯の準備ができるころにはお父さんも帰ってきて、三人で夕飯を囲んだ。今日の夕飯は大根おろしがのった和風ハンバーグだ。


「最近まいがね、とってもしっかりしてきたような気がするのよ。」


お母さんは上機嫌でお父さんに話した。


「確かに、まいももう高学年だもんな。早いもんだなぁ、顔もちょっと大人っぽくなってきたんじゃないか?」


「えっ、そうかな?」


どうしてだろう…。やっぱり、闇祓いになったからだろうか。確かに、闇祓いになってから、色んな経験をして、いろんな人に会って、何が大切かとか、物事をちょっと真剣に考えることも増えてきたかもしれない。


夕飯を食べ終えて、自室のベッドに横になる。


「それにしても、私なんかよりも、鏡夜くんってすごい大人だよなぁ。」


どうやったら、あんな大人っぽくなれるのだろうか…。いや、大人にならざるを得なかったのか。ふと、鏡夜くんの両親の話が思い出された。


自分の親を異世界で殺され、両親の幸せを奪われた。そして、その直後に魔物に自分の身体を奪われ、自らの手で親を手にかけてしまったなんて…。そんなこともう二度と起こしてはいけない。


私はベッドから起き上がって、京極先生に言われた通り、前向きに考えることに決めた。


「みんなを守れるように、そして鏡夜くんを支えられるように、私も頑張ろう!」


部屋の電気を消して、夏用のブランケットに潜り込む。最近は秋の訪れを知らせるような涼しい夜も増えてきたが、まだそのブランケットで充分な気温だった。修行の疲れもたまっていたのか、私はすぐに眠りについた。

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