19、平謝り

「あ、これ……マズいヤツだ」


 リュートがそんな事を呟き、俺から距離を取る。どうやら俺を助けてくれるつもりはないようだ。


 ……いや、そりゃそうだよな。これに関しては、俺が全力で謝らなきゃならない事だ。


「えっと、ヘンリエッタさん。俺は」

「お迎えに上がりました、豊穣神様」


 お叱りの言葉が飛んでくるかと思いきや、ヘンリエッタさんの声は思いのほか落ち着いていた。


「本日はレイナと魔法の特訓に没頭する、と聞き及んでおりましたが、今は息抜きでしょうか? お疲れ様です」

「あ、えと、まぁ、はい」


「ですが、もう日も暮れます。さぁ、宮殿までご一緒いたします」

「はぁ……」


 あんなに俺が1人で外出する事に難色を示していたのに、この柔らかい態度はどういう事だろう? 見る限り、まったく怒っているように見えない。


 レイナが一緒だから? いや、それでいいのなら俺は宮殿を離脱、なんて計画を練ったりしない。


「豊穣神様? 参りますよ」


 と、ヘンリエッタさんの訝しげな声。考え込んでいた俺は、とりあえず気にしない事にする。今彼女をイライラさせるのは得策ではない。


「分かった……あぁ、ごめん。ちょっとだけ待ってくれ」


 一言断りを入れ、俺は遠巻きに見ていたイリーネさんとリュートに駆け寄った。


「って事で、今日は帰ります。お世話になりました、イリーネさん」

「い、いえいえ、そんな事は! 楽しんでいただけたのなら、私達も嬉しいです!」


 うん、変わらないなこの人は。いつかこの丁寧な敬語をぶち壊せる日が来ることを願おう。


「リュートも。色々ありがとな」

「別に。僕は僕で楽しかったし」


 ぶっきらぼうながらも、楽しいと言ってくれた。何気にそれが一番嬉しい。


 笑みがこぼれた俺は、しゃがんでリュートと目線を合わす。そして、肩に手を回して引き寄せた。


「な、何だよアキ」

「なぁに、ちょっとした内緒話だ。男のな」


 声を潜め、俺は続ける。


「次、いつ抜け出せるか分からないけど、絶対にまた来るからその時も俺と遊んでくれよな?」

「……また抜け出すの? メイドさんがキレても知らないよ、僕」

「その時はその時だ。何とかするさ」


 そういうトラブルもまた、〝自由〟の1つだろう。……まぁ、実際にヘンリエッタさんをガチギレさせてしまった日には、こんな事を言ってる心の余裕はない気がするけどな。


「別にいいけどさ。一応、楽しみにしとく」

「おう、楽しみにしといてくれ」


 最後までぶっきらぼうなガキンチョだぜ、ったく。


 リュートの肩をぽんと叩き、俺はヘンリエッタさんに歩み寄る。


「お待たせしました。行きましょう」

「はい、豊穣神様」


 先導するヘンリエッタさん。俺はその後ろに付こうとして、


「……? どうした、レイナ」


 動きを止めているレイナに声を掛けた。俺の事を見ていたレイナは、慌てた様子でこちらに駆け寄る。


「な、何でもないです! 行きましょう、アキサマ!」

「? おう」


 満面の笑みを浮かべたレイナが俺の横に並ぶ。けど、その横顔はやはりどこか憂いを帯びているように見えた。

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