11、これからの事

 この宮殿で暮らすようになって今日で3日。その間、至れり尽くせりだった。


 メシは文句無しに美味いし、みんな豊穣神扱いしてくれるので不自由を感じる暇すらない。まぁ、ちょっと冗談気味に無理難題を吹っかけたらあらゆる手を尽くして達成しようとするので、気軽に発言しにくい、という問題はあるけど。


 でも、宮殿の外……つまり神都の街に出るのだけはダメだ、と何度も念を押されている。これだけは、豊穣神命令、という切り札を切っても覆ってくれなかった。


 理由は簡単だ。


「俺の事を心配してくれるのは分かるけどさ、大丈夫だって。ちょっと街に出るくらい」

「いけません! 豊穣神様に万が一の事があってしまっては、わたくし共はみな首を吊ってお詫びをしなければなりません!」


 『豊穣神の御身に何かがあってはいけない』。彼らの行動は、つまるところこの意識が前提にあってこそ成立しているのだ。


「どうしてもと仰るのであれば、わたくしが鍛え上げた武闘派メイド20人ほどを護衛としてつけますが、よろしいですか?」

「いや、多すぎるから。それに武闘派メイドって何だ」


 まぁ分かるさ。この国の天変地異を抑えているらしき豊穣神に危険が迫らないように配慮するのは。


 けど……つまらんのですよ。折角ファンタジーな世界に来てしまったんだし、魔物の退治とか? 盗賊とやりあったりとか? あるいはどろどろした陰謀劇とかそういったもんに巻き込まれてみたいとか思うわけですよ、俺は。


 とはいえ、この人達はマジで首を吊りかねない。ひとまずは諦める。


 そう、ひとまずは。


「じゃあこの話は終わり。我がまま言ってすみません、ヘンリエッタさん」


 謝ると、彼女は露骨に安堵のため息を吐いた。


「その代わりに、レイナさんを呼んでくれません? 彼女と話したい事が」

「はい、お呼びでしょうか豊穣神サマ!」

「……っ!?」


 ありのままを話そう。レイナさんが、空から、降ってきた。


 最初の時のように下敷きになるのは免れたが、心臓に悪い。つーか思い返せば、あの時の俺はレイナさんのバカでかい胸に押し潰されたから、あんまり痛みを感じなかったんだなぁ……。


 ……いや、もう一回下敷きになりたい、とか思ってないよ? ホントだよ?


「どうかしましたか? 豊穣神サマ。ハトがファイアーボール喰らったような顔をしてらっしゃいますけど」

「それもう、丸焼きじゃん。もう少しハトに優しいことわざに出来なかったのかよ」


 ちなみに、ファイアーボールは初級の魔法だ。この国では子供を含め、誰でも使えるような魔法らしい。


 と、今度はレイナさんの方が驚いたような顔をしている。


「何だよ」

「ほ、豊穣神サマがボク相手に砕けた言葉を……感激です!」


 君もですか。まぁ喜んでるようだしスルーだスルー。


「それより、俺が呼んだ事を知ってるって事は、近くにいたのか? レイナさん」

「いえ、わたくしが魔法で知らせました」


 と、ヘンリエッタさんが人差し指を立てながら言う。その指先には、優しい光が纏わりついている。


 と、ぱぁん! と甲高い音が響いた。レイナさんの方からだ。


「このように、わたくしの魔法でレイナに合図を送ったのです」

「で、ボクは合図が来たらすぐに転移魔法ワープで豊穣神サマのお傍に参れるようにしていたのです!」

「へぇ……」


 便利なもんだ。けどまぁ、どこにいるか分からないレイナさんに合図を送ったり、どこにいるか分からない俺の下にワープしたり出来るものなのだろうか。


「はい、問題ありません。これは狙った場所、というよりは、狙った人、に魔法を使っていますので」

「そういう風に設定してるんです。全ては豊穣神サマの為に、です!」


「……えぇと、つまりレイナさんは、いつでも俺の頭上にワープできるように設定をしている、と?」

「はい!」


 軽いストーカーじゃん。何とかしてその言葉は飲み込んだ。


「で、ボクに何か御用ですか? 豊穣神サマの為なら例え火の中火の中火の中、どこへでも行きますよ!」

「どんだけ火の中好きなの、レイナさん。さっきのファイアーボールのくだりをまだ引きずってるのかは知らんけど、違うよ」


 レイナさんが期待に満ちた表情で俺の言葉を待つ。豊穣神からのお願いと言うのが嬉しいのかな。


「えっとさ、頼みたい事があるんだ。俺に、魔法を教えてくれない?」


 ずっと籠の鳥のまま、なんて御免だ。俺は俺なりの〝自由〟を追い求めてやる。


 魔法は、その手始めだ。

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