12、ハウトゥ魔法

「ふぉぉぉ……!」


 俺は今、猛烈に感動している。思わず情けない声が漏れてしまった。恥ずかしい。


「これが、魔法か……」

「さすがは豊穣神サマ! 素晴らしいです!」


 手の平の上で、火の玉がくるくると回転している。初級魔法、ファイアーボールによって生み出されたモノだ。


 俺が、自分の力で魔法を使ったんだ。ほんの数日前までは想像もしていなかった現実に、どうしようもなく気分が昂っていく。


「魔力を集め、言霊で形を与えて、魔法として放つ、か。分かりやすいな……って、魔力じゃなくてマナ、だっけか」

「どちらも同じものですよ。他の国ではマナを魔力って呼ぶところもあるので、間違いってわけじゃないです」


「そっか。まぁ、この国のしきたりとしてマナって呼ぶんなら、俺もそう呼ぶよ」

「えへへ……嬉しいです! ボク達の文化を受け入れてくれて、ありがとうございます!」


 そんな事で感謝されても、ちょっとむず痒いんだけどな。まぁ、レイナの満面の笑顔を見れるのはこっちとしても嬉しいけど。


 俺は照れ隠しで視線を落とす。ファイアーボールを発動させた手に気を付けながら、手元にある魔法の教本をぱらぱらとめくった。


 ここは書庫。国中の本が集まっている、という触れ込みの、宮殿の中にある大図書館的な場所だ。


 かなりの広さを誇っているが、人の姿は少ない。元々こうなのか、豊穣神である俺が利用しているから出入りが規制されてるのか。


「よし、これで魔法の初歩の初歩はマスターしたって事でいいんだよな?」

「はい! おめでとうございます、豊穣神サマ!」


「いや、初歩の初歩だから出来て当たり前じゃ……」

「これだけ早く使えるようになるのは凄いです! 豊穣神サマは他の人よりもマナの扱いが上手ですから、当然と言えば当然ですけど」


「そうなのか? 自分じゃ良く分からないけど」

「えっとですね……これ、見えますよね?」


 そう言って、人差し指を立てるレイナさん。その指先が光を帯びる。何度か見てきた、暖かい光だ。


「あぁ、光が見えるな」

「これがマナです。ボクもマナと馴染みやすい体質なので光が見えますけど、普通の人には見えないんですよ? これ」

「へぇ……これがマナなのか」


 神都に来た時、街が輝いて見えた。今はもう慣れてしまって特にそう感じる事はなくなったけど、あれは活気とかじゃなくて神都に漂うマナが目に見えただけだったのか。


「ボクが聞いた話だと、先代の豊穣神サマもそういう体質だったらしいので、多分豊穣神サマとなった人はみんなマナが見えるんじゃないかなって。最初は全く魔法を使えなかったけど、メキメキ上達していった、ってお母さんが言ってました!」


 先代、か。50年前にこの国に召喚された人間で、俺みたいに漢字を使った名前だったらしい。てことは同じ日本人か、もしくは中国人か?


「って、レイナさんのお母さんは先代と仲が良かったのか?」

「う~ん、仲が良いって言うか……お母さんは先代の豊穣の巫女なんです。ボクはお母さんから豊穣の巫女の名を継いだんです」


「へぇ、母娘で巫女なのか……ん? 豊穣の巫女であるレイナさんが俺を召喚したって事は、先代の豊穣神は」

「はい、お母さんが召喚しました。それからずっと先代サマのお世話をしてきたそうです。先代サマが亡くなった今も、よく思い出話をボクにしてくれるんですよ?」


 なるほど、俺にとってのレイナさんみたいに、右も左も分からないこの世界での暮らしをサポートしていたのか。仲が良い、というのとはちょっと毛色が違うかな。


 世界についても、魔法についても、マナについても。分からない事だらけだ。


 やっぱり、片っ端から知識を吸収していかないとダメだ。じゃなきゃ、俺はずっとこのまま籠の鳥状態で暮らす羽目になっちまう。


 教本をめくっていく。初級、中級、上級……段階的に難易度が上がっているらしきその内容は、難しくなるにつれて仰々しい名前と長ったらしい言霊、そして派手な挿絵で彩られていく。


 いずれは、こんな強力な魔法も使えるのだろうか。ぞくぞくと心が高揚していく中、俺はふとページをめくる手を止めた。


「……? なぁレイナさん、これ何だ? 〝禁呪〟、って書いてるけど」

「へっ? ……えぇぇぇ!?」


 と、ひったくるように俺から教本を奪い取るレイナさん。豊穣神に対する不敬に当たらないのか、と何となく思う。言わないけど。


「えっ、な、なんで『良い子の魔法教本』に禁呪なんて載ってるの!? こ、これはリオネスさんに言って絶版にして貰わないと」

「? なんか響き的にヤバそうだけど、実際にヤバいのか? 禁呪」

「ヤバいです! ……いや、実際はそこまでじゃないですけど、初等の魔法教本に書いてあるのは流石におかしいかなって」


 まぁ確かに、『良い子』が禁呪をぶっ放すのはおかしいわな。


「ふーん……けど、使える人はいるんだろ?」

「いますけど……場所を選んで使わないと大変な事になっちゃう魔法が多いですから」


「禁呪かぁ……なんかそういうの、良いよな。俺はマナの扱いが上手いんだろ? 禁呪も練習すればその内」

「ダメです! 絶対ダメ! 禁呪は危険なんですからね! 隕石を落としたり、地割れを起こしたり、亜空間に閉じ込めたりしちゃうんですから!」


 おお、レイナさんにしては珍しい語調だ。怒ってると言うよりは、親が子供に『やっちゃダメだよ?』って言い聞かせてる感じだけど。


 だがしかし、隕石に地割れに亜空間だと? そんな男心をくすぐる言葉を並べては逆効果だぜ? レイナさんよ。


「……分かったよ。じゃあ、この上級魔法、ってのは俺でも使えるのか?」

「そうですね。豊穣神サマならいずれマスターできちゃうと思います! ボクが保証しちゃいますよ!」


「それは嬉しいな。……よし、禁呪は上級魔法の次辺りに載ってたし、そこからもっと練習すれば俺にもきっと」

「だからダ・メ! なんです! 禁呪はすごくマナを使っちゃって、使った本人も危ない目に遭っちゃう事もあるんですよ!」


「ケチ」

「ケチでいいです! ボクは豊穣神サマの為を思って言ってるんですから!」


 隙を見て教本を取り返そうとしてみたが、鉄壁のガードだ。仕方ない、諦めよう。今は。



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