26、扉越しの思い
そこからの時間は、限りなく淡々と過ぎて言った。
夕食を食べ、風呂に入り、寝る前にいつもしている魔法の勉強の為に書庫へ向かう。その間、宮殿の人間は俺と少し距離を置いているように見えた。
気まずさからくるものか、それとも宮殿の中ぐらいは俺を〝自由〟にしようという気遣いか。
「……何だかな」
もう何度となく読みこんだ魔法の教本を手に、俺は苦笑する。
(このもやもやした状況をどうにか出来る禁呪とかねぇかな……)
禁呪の項目をぱらぱらと流し読む。勿論、そんな都合のいい魔法なんてあるはずがない。
「ああもう、ヤメだヤメだ」
魔法の特訓なんて気分じゃない。俺は足早に部屋に戻り、寝る準備を始めた。こういう時はとっとと寝るに限る。
目が覚めればすっきり元通り、とはいかないが……俺は雑念を振り払って布団に潜り込み、明かりを消そうと手を伸ばす。
「……ア……」
とその時、声が聞こえた。俺は伸ばした手を止め、耳を澄ます。
「アキサマ……起きていらっしゃいますか……?」
レイナだ。俺は飛び起きて入り口に向かい、ドアに手を掛ける。
「レイナか。待ってろ、今開けるから」
「い、いえ、いいんです。このままで、お願いします」
消え入りそうな声。反射的にドアから手を放す。
やっぱり、今日の事を引きずっている。合わせる顔がない、とでも思っているんだろう。
あまり刺激しない方が良い、か。俺は彼女の言う通りにした。
「……で、どうしたんだ?」
「はい……あの、今日は本当にすみませんでした」
「謝らなくていいさ。元はと言えば、俺が蒔いた種だ」
「だとしても、ボクはアキサマに嘘をついたんです。豊穣の巫女なのに……アキサマの、友達なのに」
嘘。あぁ、確かに嘘になるのか。俺とレイナだけの秘密だったはずの計画をヘンリエッタさんに報告して、しかも俺に黙っていたんだから。
レイナとしては、豊穣神である俺の役に立ちたい、けれど豊穣神が少しでも危険に晒される事態は避けたい。2つの思いに苛まれ『ヘンリエッタさんに報告して、メイドさんに陰ながら護衛をさせる』という行動を選んだんだろう。
彼女の事だ、きっとすごく悩んだだろう。そして今は、俺に嘘をついた罪悪感に押し潰されそうになっている。
でもな、レイナ。俺は今、友達だと言ってくれた事の方が、嬉しかったんだぞ? だから謝る必要なんてないんだ。
「ボク、浮かれてました。毎日が楽しくて、幸せで。豊穣の巫女の役目をちょっと忘れちゃうくらい」
そんなの、俺も同じだ。ファンタジーな世界を前にして、浮かれまくってたさ。
それだけじゃない。リュートと出会えて、嬉しかった。俺を俺として扱ってくれる、遠慮なく言葉をぶつけ合える友達。多分、俺はこの世界に来てずっと、それに飢えていた。
レイナとも、そんな間柄になりたかった。いや、なっているはずだ。
嘘をつくことは、確かに良い事じゃないだろう。でも、友達……いや、例え親友が相手でも、多少は嘘ぐらいつく。良い事じゃなくても、悪い事でもないはずだ。
色んな思いが、彼女への言葉が頭の中を駆け巡る。けど、声にならない。ただただ俺は、無言で彼女の言葉を受け止めていた。
「……しばらく、ボクはアキサマの前に顔を出さないようにします。ボクの顔を見たら、アキサマが辛い思いをするかもしれないから」
扉の外にあった気配が薄まり、足音が離れだす。
「ホントに、ごめんなさい……!」
その言葉を最後に、ぱたぱたとあっという間に足音は聞こえなくなった。
俺は大きく息を吐きだす。自分でも気づかないうちに、緊張していたらしい。
(……確かに、ちょっと辛いかもな。レイナの悲しそうな顔を見るのは)
小さく笑みを浮かべた俺はドアに背中を預け、ずるずるとしゃがみ込む。
「でも、レイナの顔を見ない一日、とかもっと辛いに決まってるだろうがよ……」
もうちょっとしっかりしろや、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます