27、思いの丈

 朝。俺は控えめに響くノックの音に、重い体をのそりと起こした。


「…………」


 気は進まない。けど、無視するのもなんかイヤだ。


 そう自分を説き伏せつつドアを開けると、


「おはようございます、豊穣神様」


 いつもと同じように佇み、綺麗に腰を折るヘンリエッタさんがいた。


 いや、いつもとは少しだけ違う、か? 全ての動きがちょっとぎこちないと言うか、固さが感じられると言うか。


「……ああ、おはよう。ヘンリエッタさん」


 昨日の事が思い出されて、もう一度謝っておくべきか、と考えたが、それはそれで気まずくなりそうだ。あちらからこの話題に触れてくるまでは何も言わない事にしておく。


「朝食の用意が出来ております。こちらへどうぞ」

「…………」


 ゆっくりと歩き出すヘンリエッタさん。俺も無言で付いていく。




 俺一人がバカでかい食卓を占領する、贅沢で滑稽な朝食も終わり、ヘンリエッタさんがいつものように手帳を片手に俺の横に付く。


「それでは今日の豊穣神様のご予定ですが」

「何もする気はないよ」


 あらかじめ、釘をさしておく。俺なりに反省した、と伝える為にも。


「もう、勝手な事はしない。その点だけは安心して欲しい」

「……さようで、ございますか」


 少し驚いた表情のヘンリエッタさん。俺の殊勝な態度をどう捉えたのかは分からないが、そこには少しの安堵も含まれているように見えた。


「豊穣神様のお心遣い、心より感謝します」

「いらない、そんな感謝は。俺は今まで、ヘンリエッタさんやリオネスさん、それに……レイナの厚意に甘え過ぎてたと思う。だから、それに応える為に何をすべきか少し考えてみた。それだけだよ」


 今までの俺は、俺の〝自由〟だけを考えすぎていた。


 多分、焦っていたんだろう、俺は。訳も分からぬ内に異世界に飛ばされ、豊穣神に祭り上げられ、俺自身の意志、自由が極端に制限されたこの状況に。


 そして、その焦りから出た俺の行動で宮殿の人達に余計な心労を掛けた。俺は勝手に召喚された被害者なんだから、って言い訳しながら。


 もう、やめよう。そういうのは。何か行動を起こすなら、もっと真正面からぶつかっていこう。


 だって俺は、この国の平和を担う『豊穣神様』、なんだからな。


「なるほど……そのお考えは大変素晴らしいと思うのですが……」


 と、ヘンリエッタさんが困った様に頬に手を添えた。


「? 何か問題が?」

「問題と言いましょうか……本日の豊穣神様のご予定は、神都への外出にしようと思っておりましたので」

「へ?」


 呆けた声が漏れる。ヘンリエッタさんは尚も続ける。


「今回は戦闘メイドの護衛を付けません。本当の意味で、豊穣神様お1人での外出となります」

「……いいのか? 俺が何かに巻き込まれる可能性はゼロじゃないだろ」

「もちろん、何かございましたら遠慮なくご連絡くださいませ」


 これって……つまり、今まで内緒で護衛を付けてたことに対するお詫び、って事か? だとしたら申し訳ないな。ヘンリエッタさんはメイド長として、豊穣神の安全を考えてくれただけ。我が儘を言ってるのは俺の方なのに。


 と、俺の心中を表情から読み取ったのか、それもありますが、とヘンリエッタさんが付け加える。


「わたくしも、昨日の一件で少し考えました。豊穣神様も、元は遊びたい盛りの学生。雁字搦めの生活に不満を覚えるのも当然の事、と」

「…………」

「豊穣神様の安全を考えると宮殿の中にいて頂くのが一番。それは変わりません。ですが、他にも出来る事があるのではないか、と。例えば、街中に治安維持を目的とした役職を設置したり、ギルドに危険人物の情報収集を依頼したり」


 俺が色々と考えさせられたように、ヘンリエッタさんも思うところがあったのか……やっぱり、もっと早い段階で腹を割って話す事が出来ていたら、宮殿を脱出する、なんて計画を立てなくても良かったのかもしれないな。


「……まぁ、まだ構想の段階です。ですので、今回の外出はその実験も兼ねて、だと思っていただければ」

「そうですか……はい、分かりました。ありがとうございます」


 頭を下げると、ヘンリエッタさんが慌てた様子で俺の前に跪いた。


「お、お止め下さい! メイド長たるわたくしが豊穣神様の心身を気遣うのは当然の事。感謝される事など……」

「さっき、ヘンリエッタさんも俺に必要のない感謝をしてたからね。これでおあいこにしよう」


 笑ってみせると、ヘンリエッタさんも柔らかく破顔した。少しだけ、肩の荷が下りた気がした。


「……そういえば、レイナは?」

「レイナ? いえ、見ておりませんが」


 まぁ、しばらく顔を見せない、って言ってたもんな。当然か。


 根が真面目な彼女の事だ。俺が合図の魔法を送れば、きっと応えてくれる。転移の魔法で俺の前に顔を見せてくれる。


 でも、それは卑怯だ。今日の夜にでも、もう一度話し合ってみるか。扉越しじゃなくて、面と向かって。


「ん、分かった。それじゃあ、折角だから街で羽を伸ばさせてもらうよ」

「はい、どうぞごゆっくり。……えぇと、これはメイド長から豊穣神様へ、ではなく、あくまでわたくし個人の言葉だと思って頂けたら幸いなのですが」


 そんな前置きをして、何故か咳払いをするヘンリエッタさん。何度も周囲を確認した後、どこか恥ずかしそうな表情で言う。


「あまり遅くなられませぬよう。どうかお気をつけて……アキ様」

「……はは。うん、分かってるよ」


 行ってきます。腰を折るヘンリエッタさんに背を向け、俺は歩き出す。

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